カテゴリー「日常旅行(奈良)」の記事

2015年12月27日 (日)

大和高田の木造アパート

140817seirakuso01 2014年8月17日の大和高田市探訪記事です。
古い記録ですみません。

 

街を歩いていると時々誘い込まれるようにたどりつくことがあります。このアパートの場合もそう。最初に目に留まったのは長屋でした。よく見ようと近づくと「清楽荘」という看板と矢印。その矢印をたどると、細い通路の先にアパートがありました。

 

140817seirakuso02 近づくと玄関部分がせり出して円柱に支えられた魅力的な形です。
サッシが木製なので昭和30年代とかではないかなあと思います。

 

140817seirakuso03 玄関扉上には、磨りガラスでアパート清楽荘の文字・・・が入っていたはずが、たぶん真ん中のガラスが割れたのでしょう。土足で上がるタイプです。

 

140817seirakuso04 裏側が空き地なので、裏側からは全景が見えました。
こういうアパートを見つけるとちょっとうれしくなります。

 

 

<関連記事>
 「2つの大和高田」  「大和高田のアーケード」 「大和高田市・本町通りの近代建築」

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2015年11月 1日 (日)

はならぁと2015の宇陀松山

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毎年開催されている、奈良町家の芸術祭「はならぁと」
今年も訪ねてきました。
今年の「こあ」会場(キュレーターが関わるメインの会場)は、宇陀松山、八木札の辻、今井町の3ヶ所で、うち前2ヶ所を回りました。

会期は11月3日までありますので、行ける方はぜひ。
奈良町家の芸術祭「はならぁと」2015HP

今回、八木と宇陀松山を結ぶ無料バスが片道3便出ていて、とても便利です。
あまり利用されていないのがもったいないなと思います。
(乗車場所と降車場所がかなり離れているので注意)

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さて、宇陀松山に着いて歩いて行くと、川を渡って城下町の西門に出ます。

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入ってすぐに、最初の展示会場「熊鯛商店」があります。
ゴムをかぶったブロンズ像をどこかで見たことあると思ったら、2013年に今井町の会場に出展されていた諸熊さんでした。諸熊さんは、宇陀松山に移り住み、ここでお店をされているそうです。
はならぁとが定着のきっかけになったのでしょうか。

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会期中は、うつわまかせというユニークな企画カフェが出展されています。
メニューがなくて、うつわを選ぶと、うつわに合ったチャイと野菜サラダが提供されるというシステム。
私はチャイ(300円)だけでしたが、野菜を頼んだ方にはかなり凝った伝統野菜などの小皿料理が提供されていました(250円)。

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今回、宇陀松山の展示で一番面白く感じたのは、こちらのマルカツです。
かなり傷んだ町家の空き家です。

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ここに3人にアーティストが住み、3種の演劇作品を制作したそうです。
普段上演されているのは、この町家を舞台装置とした物語で、上演といっても展示に近いものです。楽しみをそぐので詳しい説明はしませんが、この家に住んでいた方の姿を探偵のように掘り起こし、記録するようなもので、とても面白い体験でした。

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その隣には旅館として使われていた建物があります。
ここは入れません。

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会場のひとつ、霜永家。
舶来らしき掛け時計が面白く、力士のシールが貼ってあるのがまた意図せず作品化しています。

(追記)
この時計は、明治期に流行した四ツ丸時計またはだるま時計というタイプだそうです。本家・米イングラハム社製。

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「アキヤマ」もお勧めで、明るい店頭から一転、薄暗い空間が奥に続いています。
店の間の奥に、台所、蔵、そして居室へと続く不思議な間取りです。

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2013年の時に会場だった建物が今回、お店になっていました。
そして、隣の空き家が今回の会場に。
空き家の活用が進み、参加者にとってもまた別な町家を体験できますし、お店も利用できるというよい循環が生まれているようです。

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帰りがけに見た旧松山町役場。
傷んでいるのか、ちょっと心配な姿。

前回とは重ならない会場が多く、内容的にもとても楽しめました。

※参加される方へ
 ・現地で配られている地図などはありません
 ・立派な公式ガイドブックが500円で販売されていて、
  これにマップが掲載されていますし、
  有料会場に入れる缶バッジ(別に買うと300円)
  も付いていますのでお得です。
 ・あちこちで靴を脱いで上がるので、
  脱ぎやすい靴で出かけるのが良いです。

<関連記事>
 ○2013年
 「宇陀松山の千軒舎」
 「宇陀松山の街並み・前編」
https://binmin.tea-nifty.com/blog/2014/02/post-1453.html

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2015年10月 2日 (金)

大和高田市・本町通りの近代建築

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※クリックすると拡大します

2014年8月の旅です。
大和高田の寺内町のメインストリートは南北の本町通りです。
東西の天神橋筋商店街のアーケードから本町通りに入ると、洋風の入ったタイル貼りの町家があります。

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本町通りの西側には、寺内町の核である浄土真宗本願寺派の専立寺があります。
東側にはいくつもの近代建築があり、専立寺と向かい合っています。

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※クリックすると拡大します

北から順に紹介します。
まずは森川商店本社ビル。
旧産業銀行高田支店(昭和2年)です。
南側以外に建物がないので、表からも裏からも眺められます。

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※クリックすると拡大します

小振りながら、銀行らしい建物です。
円柱が並んでいたり、装飾があったりする割には、あまりそう感じさせません。

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裏側の窓には幾何学模様のステンドグラスがはまっていました。

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※クリックすると拡大します

続いて、三宅蒲団店。
看板建築の洋風建築です。

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メダリオンのところに玄関灯が付いているのが面白い。

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※クリックすると拡大します

さらに進むとモリモトデンキがあります。
これだけ見ると看板建築かもと思ってしまう建物ですが、違います。
昭和8年に竣工した旧吉野銀行高田支店です。
この通りは銀行の集まる通りだったんですね。

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※クリックすると拡大します

裏側も見えます。
銀行なので住みにくいと思うのですが、ベランダを増設して物干し場にして生活されています。

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※クリックすると拡大します

さらに旧宮城医院があります。
大正末年の建物で、1、2階の窓の間の装飾など、いかにも大正時代のデザインです。

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玄関上部を拡大してみました。
葉っぱの付いた玄関灯の痕跡があります。

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本町通りの隣ですが、敷地の奥に煉瓦の四角い煙突が見えました。
銭湯の松湯です。中はレトロだそうなので入ってみたいところ。

大和高田の中でも、本町通りは見逃せない通りです。

<関連記事>
 「2つの大和高田」
 「大和高田のアーケード」

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2015年9月13日 (日)

大和高田のアーケード

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近鉄大和高田駅を南に出て、右を見ると、近鉄高田駅前商店街のアーケードがあります。坂道になっているのが面白いところ。突き当たりで、南北のアーケードに変わります。

大和高田は奈良県でも指折りの商業の街でしたので、商店街アーケードが発達しています。私はこの雰囲気好きなんですけど、各地で撤去が進んでいますね。
今回は大和高田のアーケードを紹介します。

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近鉄高田駅前商店街のつづき。
途中、踏切があります。
道の真ん中で写真を撮っていると、車が結構な速さで走ってきました。
歩行者専用ではないんですね。不意をつかれました。

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駅前商店街のアーケードはすぐに終わって、しばらく歩いて行くと、東西約280mの天神橋筋商店街(この写真は正確には天神橋西商店街)にぶつかります。見ての通り、細い道幅の商店街です。昭和30年に最初のアーケードができたそうです。
旧高田川に架かっていた天神橋から続く商店街です。

>大和高田市HP「昭和6年 天神橋」
        「昭和25年 天神橋筋商店街」
        「昭和42年 天神橋筋商店街」

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見上げると古そうな建物も残っています。

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昭和の雰囲気を残す萬盛庵分店。
中は結構ものであふれているので、ディープな空間が好きな人以外にはお勧めはしません。
暑い日でしたので、かき氷をいただきました。

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天神橋筋商店街の続き。
こういう近代建築っぽい建物もあります。
ぜに宗という名前で、乾物屋さんなどかと思ったら意外にも生地屋さんらしいです。

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天神橋筋商店街の西端からは、少し本町商店街のアーケードが残っています。
寺内町高田のメインストリートです。
本町筋の近代建築は次回紹介するつもりです。

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一方、東の端には、本郷商店街のアーケードが少し残っています。
戦前から既にアーケード商店街でした。

大和高田市「昭和9年 本町商店街」

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南に歩いていき、近鉄高田市駅が近づくと、再びアーケード商店街になります。
片塩商店街のアーケードです。

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さらに片塩商店街の一部の高田市駅前商店街になると、明るいアーケードに変わります。

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肉屋さんの看板ですが、もともとあった建物のデザインを生かしているのでは?と思えました。
いい肉を扱ってそうに見えます。

大和高田市HP「昭和37年 近鉄高田市駅前商店街」

大和高田のアーケードは大部分、こういう更新されていないアーケードで、探訪する者には味があっていいのですが、地元の方には暗いという印象が強いかなと思います。今のうちに楽しんでおきたいところです。

<関連記事>
 「2つの大和高田」

 「坂出のアーケード」 2013年
 「杭瀬のアーケード」 2012年
 「藤井寺のレトロ・アーケード」 2010年

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2015年9月 7日 (月)

2つの大和高田(奈良県大和高田市)

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※クリックすると拡大します

久々の更新になります。
今回は昨年2014年の8月に訪ねた大和高田を紹介します。

上の地図はまちなかにあった案内板です。
(左が北なのでご注意ください)

今回訪ねて初めて知ったのですが、この地図から分かるように、大和高田というのは2つの街からなっているのですね。中央を流れる高田川をはさんで、東が農業集落で、宿場町・城下町でもあった「本郷」、西が専立寺を中心とする商業集落の「寺内町」です。

今はこの大橋の左のあたりに近鉄大阪線の大和高田駅、上の寺と書いてあるあたりにJRの高田駅、南と書いてあるあたりに近鉄南大阪線の高田市駅があって、中心がいくつもあります。

2つの街を分けていた高田川は蛇行していてたびたび氾濫したため、昭和7年から18年までかかって寺内町の西側に付け替えが行われました。さらに、旧河道は昭和23年に埋立と道路化が行われて現在に至っています。

結果として、大和高田の街は立体的で、いくつもの中心をもつ興味深い構造になっています。

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浄土真宗本願寺派の専立寺。寺内町の中心です。
縮小されても広い境内。

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近鉄大阪線の大和高田駅側から見ると、寺内町は高台になっています。

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大和高田駅から商店街に上がって、専立寺に向かうと、道路を渡ったところに大橋の親柱が残っています。旧高田川は高いところを流れていたんですね。

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その先、旧河川の上流側には橋が架かっています。

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のぞき込むと下も道路です。

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下から見るとこんな感じ。
連絡歩道もあって、複雑な構造をしています。

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先ほどの橋にはこんなプレートがはめこまれていました。
「大和高田市民の手で」ということが強調されています。

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近鉄南大阪線の高田市駅側から見るとこのようになっています。
右側が旧河道の道路です。

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その間、この左の道の方へ、川は流れていたのでしょうか。
細かな高低差があって歩いていて楽しいです。

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天神橋の親柱も残っています。

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付け替えられた現在の高田川。
高いところを流れていて、向こうの集落の方が低いですね。

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寺内町集落の際では、斜面に建物が建っています。
たくさんのつっかえ棒で支えられて、ぎりぎりまで張り出しています。

そんな興味深い大和高田を数回に分けて紹介します。

<関連サイト>
 まちかど逍遙「旧高田川の痕跡」
       「大和高田駅にて」
        「大和高田訂正」

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2014年12月31日 (水)

宝山寺参道の気になるものたち(生駒市)

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奈良町家の芸術祭・はならぁとの生駒宝山寺参道エリアでは、旧たき万旅館以外にも「ぷらす」(サブ)会場がありましたので、そちらも回りました。

こちらも元旅館の旧サンキ旅館です。
70年代ぐらいの建物?

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入ると床がはがされていて、コンクリートがむき出しです。
黒瀬正剛さんの作品が展示されていました。
その場にあるものをスタンプしたり、描いていく制作方法らしいのですが、コンクリートの接着剤の跡が作品と似たような流れを描いていたりして、その場とつながっているようにも感じられました。

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眺めの良い3階のワークショップ会場まで上がれますよということなので、上がらせてもらいます。
階段下にタイルのパッチワーク。
面白いタイルが集まっています。

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狭い階段を上っていきます。

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この日はワークショップはないので見るだけ。

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矢田丘陵が一望できます。
お天気も良くてすばらしい眺め。
この時に気になる建物があって、後で見に行きました。

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もう一つの発見は、ここからだと静養院断食療養所の建物がいい角度で見られること。
大正7年のケーブル開業時からあります。

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続いて、前に来たときにも気になった旧門前町駐在所。
ここも展示会場になっていました。

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中は花の空間になっています。

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最後にもう一つ、宝山寺洗心閣も。
宝山寺は階段を上り詰めた先にあるのですが、その途中に、洗心閣という現役の宿坊があり、会場の一つになっていました。

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ここからの眺めがまたすごいんです。
座って矢田丘陵・奈良盆地が見渡せます。
この時はお香も焚かれていました。

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備え付けの古い柱時計。
かなり大きなもの。

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トイレもレトロです。
個室の扉といい、タイルといい。

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ここまで来たので宝山寺にもお詣りします。

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この時は奈良・斑鳩1dayチケットを使ったのですが、その特典としておみくじが付いていました。
残念ながら末吉。おみくじを無料でというのが良くなかった?

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はならぁとを離れ、近くを探訪します。
ツタの絡まる気になる住宅がありました。

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スクラッチタイルを貼った門柱があります。
門柱に関しては古そう。

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面白い面格子もありました。
かなりデザインが入っています。

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よくあるタイプと少し違う持ち送り。
矢羽根形と流線型がかっこいいデザインです。

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旧サンキ旅館から見かけて気になった住宅。
ハーフティンバーの古い洋館風デザインですが、建材は新しそうで、古いものかどうか。
周囲の軽井沢町という地名も気になりますし、もう少し周辺を歩いてみないといけないようです。

この後、大和郡山会場も回るため、今回はここで切り上げて移動しました。

<関連記事>
 「生駒参道の旧旅館」(2014年11月)
 「宝山寺獅子閣」(2013年8月)
 「生駒ケーブルの周辺」(2013年8月)

※年内にもう1本記事をアップします

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2014年12月30日 (火)

宝山寺参道の旧旅館(生駒市)

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今年も11月に現代アートのイベント「奈良町家の芸術祭・はならぁと」が開催されました。
毎年開催形態が変わりますが、今年は奈良きたまち、大和郡山、そして新たに生駒宝山寺参道エリアが「こあ」(メイン)会場でした。
その中でも一番興味を持った生駒宝山寺参道に出かけました。

生駒宝山寺には、昨年、宝山寺獅子閣を見に行ったところです。
生駒駅からケーブルカーに乗り換えて、宝山寺駅に向かいます。

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前はじっくり見ていなかったのですが、宝山寺駅は大正建築っぽいですね。
大正7年の開業時のもののようです。

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生駒の宝山寺参道は、日本二大聖天のひとつ、宝山寺の門前町です。宝山寺はインドの象頭の神様ガネーシャを起源とする歓喜天を祀っています。現世利益の神様ですので、非常に華やか。境内には様々な要素がぎっしり。門前の階段両脇には旅館が建ち並んでいます。ただ、今ではこの看板に見られるように廃業する旅館が多く、今回会場となっていた、旧たき万旅館も最近廃業した旅館です。まだ看板に名前が残っています。

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これが旧たき万旅館。
表から見ると2階建ての小さな旅館ですが、いえいえ、裏が崖になっているので、全部で4階建てで、増築を繰り返したので内部は迷路のようになっています。

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玄関で靴を脱いで上がります。
ここから既に楽しい。

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館内のマップをもらい順路に沿って見て回ります。
ここの展示のテーマは「百鬼夜行」。
生駒聖天もそうですし、周囲には他の宗教施設もたくさんあり、旅館自体も複雑で、混沌とした雰囲気が漂うこの場所に合った展示になっています。

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床にテープで順路が表示されているので、これをたどっていきます。
楽しい。

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こんなふうに上がったり下がったり、階段での移動も入ります。

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押し入れも展示スペースに。
押し入れの向こうに別世界というのは定番です。

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ほとんどが和室の中で、洋風の部屋もありました。
部屋ごとに展示があり、それぞれが独立した空間を作っています。

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ふとんを押し込めた部屋も敢えて見せています。
これもインスタレーションのようです。

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浴衣の帯を使って通行止めに。

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昭和の建物なので、こういう型板ガラスも使われています。

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地下室にはたくさんの物の怪たちがいました。

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もともとあるふすまの柄がメタリックな市松で斬新。
ドットで描かれた○は作品で、旅館とのコラボになっています。

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床柱にはカラフルで面白い木が使われています。

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佐伯慎亮さんの部屋は、障子をスクリーンとして写真を展示するというスタイルで、これは非常に面白いなと思いました。

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浴室は高木薫さんの墨による作品になっていて、ここは完全に浴室と一体化。
排水孔に吸い込まれそうな、ちょっと怖い作品になっています。
タイルもみどころ。

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最上階は見晴らしが良い部屋で、トーチカさんの映像作品が流れていました。
薄暗い地下室や押し入れからこんな明るい部屋まで、ロケーションを存分に活かした展示になっています。

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裏には気になる鉄の階段もあります。

次は何が出てくるのかと非常に楽しめる展示でした。
はならぁとの大きな目的は、未利用の物件が開かれ、活用されること。
大きすぎて活用が難しそうですが、この物件が魅力的な形で再生されることを期待します。

旧たき万旅館で記事1本使ってしまいました。
周辺の展示なども次に紹介します。

<関連記事>
 「宝山寺獅子閣」(2013年8月)
 「生駒ケーブルの周辺」(2013年8月)

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2014年10月14日 (火)

あやめ池の住宅地(奈良市)

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近鉄あやめ池駅の南側にあやめ池温泉場跡を訪ねた後、周辺の住宅地も歩き回ってみました。
戦前から開発された住宅地なので、何か古いものがあればと思ったのですが、結論から言うとこれというものは見つけられませんでした。

歩きながら気になったものなどを、余談的に紹介します。

まず、住宅地内のロータリー。
必然性が分からないのですが、昔の住宅地らしさを感じさせます。

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住宅地内は起伏が激しく、駅の北側につながる陸橋がありました。

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面白かったのが、鉛筆形の車止めです。
コンクリートに鉄芯で表現されています。
通学路なのかもしれません。

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住宅地は、谷を堰き止めたため池である蛙股池を囲むように広がっています。
名前の通り、蛙の股のような池です。
半島のような部分に向かって橋が架かっています。

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蛙股池は入り江が多くてきれいです。
真正面には大和文華館という美術館が、地形を活かして建っています。
奈良ホテルのラウンジの一部が移築されているらしい。

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振り返ってみます。
左の丘に、菖蒲池温泉場がありました。

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池を渡ったところにあやめ池神社があります。
由緒自体は古くて、推古15年(607年)に菅原池を作った際に守護とされた弁天社だったそうです。
水辺に弁天社というのはぴったり。
ただ神社自体は昭和55年に復興されたものです。

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池の対岸を見ると、木造下見板張りの住宅がありました。
古そうですが、敷地の奥にあるらしく、アプローチできませんでした。

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こちらかわいらしいロータリー?

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池の南側にちょっと古めの住宅がありました。
例えばこの建物など。木製のサッシにパステルカラー。

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こちらの住宅も門が古そうです。
でも私が見つけられたのはこれぐらい。

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蛙股池の西側は学園前で文化的な香りが強く、大和文華館以外に中野美術館もあります。

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さらに余談ながら歩いていると642pizza(ロッシーニピザ)というお店がありました。
森の奥に建てたバンガローで営業されていて、ここも立地を活かした面白いお店です。
予約しないといっぱいのお店のようでした。

あやめ池駅の北側は改めて探訪しに行きます。

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2014年9月24日 (水)

あやめ池温泉場跡と新地跡(奈良市)

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以前から訪ねようと思っていた奈良市の菖蒲池を訪ねました。
ただし、あやめ池遊園地のあった駅北側を回る時間は今回なくて、南側のみです。
ぷにょさんのブログ「まちかど逍遙」の記事「あやめ池温泉とパレス温泉」を参考にさせていただきました。

あやめ池遊園地のあった頃は何度か連れて行ってもらったのですが、その頃の面影はなく、2004年の閉園後にこういうすっきりした駅前になっています。

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※クリックすると拡大します

駅前の地図で確認します。
上があやめ池遊園地の跡。
東洋民俗博物館(昭和3年)も今度行ってみたいところ。

駅の南にも池があって蛙股池と言います。
こちらが今回の目的地。
どちらの池も、元々は東向きの谷を堰き止めたため池のようで、周辺はアップダウンの多い、複雑な地形です。

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菖蒲池駅の南側には線路をくぐって渡ります。
大阪方面に帰るには必然的に通るはずですが、記憶にありません。

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駅前脇にはレトロな建物が並んでいます。

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※クリックすると拡大します <筆者蔵>

さて、今回訪ねた一番の目的というのは、この建物の跡を確認するためです。
村野藤吾がごく初期に設計監修したという菖蒲池温泉場(昭和4年)です。
ドイツ風の魅力的な建物。どの程度関わったかよく分からないとのことなのですが・・・

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※クリックすると拡大します <筆者蔵>

内部の様子もあります。
遊戯室です。上の写真でいうと左側の建物の1階部分だそうです。

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ぼんぼり状のシャンデリアが面白いです。

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話が飛ぶのですが、この周辺を一通り歩いた後、昼ごはんを食べようと寿司屋の「うおよね(魚米)」さんに入りました。ここで大きな出会いがあったんです。ご主人に絵葉書をお見せしたところ、懐かしんでいただいて、エピソードが次々と。資料もいろいろと見せていただきました。

寿司屋さんをされているのはここ20年ほどで、80年ほど前から魚屋をされていたそうなんです。
菖蒲池温泉場についてもよくご存じで、というのは父親に付いて、温泉場に入っていたホテルに魚を届けていたから。

上の写真で、左側の建物の1階が遊戯室、ご主人の記憶ではダンスホール(どちらが時代的に先なのかは未確認)。2階が映画館でした。
右側の建物に男湯・女湯の大浴場があって、右に大軌経営のホテルが入っていたそうです。

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また、魚屋さんなので、あやめ池遊園地にアシカのエサとなる魚も届けていたそうです。
子ども時代の遊び場でもあったので、どこに何があったか記憶が鮮明で、記憶をもとに小さな紙にスケッチをたくさん描かれています。これはすごいです。全部で13枚あります。

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※クリックすると拡大します

一通り撮らせていただいたのですが、例えば、駅から菖蒲池温泉場の周辺の様子。
どんな木が植わっていたかまで記憶されています。
うおよねさんの向かいには射的場があったと教えていただきました。
菖蒲池の新地は賑やかで、髪結いの人などもいたそうです。駅北には市川右太衛門が設立した全勝キネマ撮影所があり、映画関係者が出入りし、セルロイド職人などもおられたとか。撮影所は火災で焼失したそうなのですが。

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※クリックすると拡大します

またあやめ池の遊園地内。
猿山、ゾウ舎、大劇場、プールから植生まで、こちらも詳細に描かれています。

新聞の切り抜きやあやめ池遊園地が閉園したときの記念パンフレット、参考書(『奈良町風土記 続編』(山田熊夫著))などまで見せていただきました。
最後に名刺をいただいて、聴きたいことがあったらまた尋ねてくださいとのことでしたので、改めてお話を伺いに行きたいなと思っています。

さて、うおよねさんに行く前の話に戻ります。

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菖蒲池温泉場の跡地はマンションになっていて、当時の様子をしのぶのは難しいです。
菖蒲池温泉場の建物は、戦後、OSK歌劇団の学校として使われていたそうです。
マンションが建てられたのは37年前。

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その手前に新地の跡があります。
この通りの両側に旅館が建ち並んでいました。

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※クリックすると拡大します

この建物はご主人によると旅館「紀の庄(きのしょう)」の建物だったそうで、医院がそのまま使っています。

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2階部分に照明が並んでいます。

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新地だったところも見に行きました。
これは新地時代の建物ではないと思いますが、玄関周りをタイルで埋め尽くしているのが新地っぽいなあと思います。

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こういう古い長屋も残っています。
ひさしにむくりがあるのがしゃれていて良いです。

今回はうおよねのご主人との出会いがあったおかげで、思いがけず収穫の多い探訪となりました。
昼ごはんも1軒目のピザ屋さんは満員、2軒目のうどん屋さんは定休日で、たまたまここになったので、これも縁ですね。
忘れられないうちに、ぜひまた訪ねてみたいと思います。

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2014年5月 6日 (火)

奈良きたまち小景

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久しぶりの更新です。
まだ昨年秋の記事です。すみません。

昨年のはならぁとの記事の最後に、奈良きたまちのことも取り上げておきます。
奈良きたまちは、近鉄奈良駅の北側のエリアで、既に観光化されている南側の「ならまち」に対して、エリアとしての認識が進み、面白い店が集積しつつあるエリアです。

きたまちについては、以前にも取り上げていますので、重ならない部分で紹介します。
今回エリアが広いので、古い建物の会場を重点的に回りました。

 「奈良のきたまち」(2010年12月)
 「奈良の工場跡のカフェ」(2010年12月)

この3年の間に、奈良の鍋屋交番はきれいに改修されて観光案内所になりました。

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東に歩いて行くと水路跡が。
丸い親柱は奈良でよく見かけます。

 →「率川(いさがわ)跡の散歩道」(2010年4月)参照

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眼がチカチカする鮮やかなタイルの壁。
色覚検査のパターンみたい。

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味のある門柱がありました。
門柱に埋め込まれた門灯や矢羽根模様の門扉が良いです。

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ふと川を見ると鹿の姿が。
奈良公園の芝生で見るのと違った、野生動物っぽい姿です。

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双葉屋さんの豆タイル文字。

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公認の文字が見える気がするのですが、ちょっとした市場だったのでしょうか。

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会場の一つ苻阪家B。
パステル調のタイルがかわいらしいです。

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複雑な格子模様。

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味わい深い引き戸。

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最後に勇湯に入って帰りました。
なかなか渋い銭湯です。

奈良きたまちは、観光化が進んできたとはいえ、まだのんびり歩けるところです。


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