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2026年4月

2026年4月 8日 (水)

武庫川取水場(兵庫県西宮市)

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越水浄水場を訪ねる前、たまたま武庫川取水場に出会ったことがあったので紹介します。
武庫川取水場は越水浄水場から東に直線で3.5kmほどのところにあります。武庫川から直接取水している訳ではなく、新堀川沿いの旧瓦木村の菰池から伏流水を取水して、越水浄水場に送っていました。取水開始は大正12年7月のことです。昭和11年11月の第一次拡張では出水池に集水井を設置して施設能力を拡充しました(参考:西宮市HP「水道施設の概要」)どの部分が菰池でどの部分が出水池なのか、私にはわかりません。

集水井というのがどんなものか調べてみると、鉛直に掘った井戸から放射状に水平に集水管を伸ばし、伏流水を効率的に集める仕組みのものらしいですね。

(訪問日:2023年4月16日)

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武庫川取水場はフェンスに囲まれていて入ることはできませんが、新しいフェンスは内部がよく見えるようになっていて、外から見学できるようにしているのかなと感じられました。敷地が細長いので間近に見られます。
こちらの取水塔はニテコ池の取水塔にも通じる所のあるデザインです。

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取水塔の前の管理用の橋はコンクリート製です。
橋の欄干にも丸窓。

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取水塔の反対側。丸窓がアクセントになっています。建物自体にも丸っこさがあります。

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今は水がありませんが、池になっていたようです。
右に丸い筒状のものが見えます。

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池の左側。地下に水槽があるのでしょうか。

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取水場のメインの建物。
昭和11年の建物らしい。両端に丸窓が付くなど、取水塔と共通したデザインがあります。

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建物正面にある低い塀?もデザインが入っています。

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取水場は松並公園に隣接していて、公園側からもこの建物を見ることができます。
裏側(西側)は非常に窓の多いデザインです。

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建物の北側に記念碑が見えます。
角度と距離があって読みにくいのですが、「上水道擴張工事 竣工記念碑 昭和拾壱年○○月 西宮市」と右から書いているように思われます。
昭和11年に第1次拡張工事が行われた時の記念碑かと思います。

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その北にはクアトロフォイル型の池。
デザイン的に古いものではないかと思います。

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手前にも井戸らしきものがありました。

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取り外されたドア。
丸窓がはまっています。

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こちらは敷地の北の方です。ドーム屋根に丸窓という共通するデザインが使われています。

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取水場境界の低い塀はデザインが入って、古いものに思われます。

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こちらは塀が続いている区間です。

このように昭和11年の改修時のデザインが多く継続しているように見えました。
非公開ながら、見通しの良い塀や柵に囲まれているので、見学はしやすい施設だと思います。

<関連記事>
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 「水道施設だったニテコ池」
 「武庫川取水場」 この記事

 

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2026年4月 6日 (月)

水道施設だったニテコ池(兵庫県西宮市)

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前回、前々回取り上げた越水浄水場に関連するニテコ池のお話です。

苦楽園駅から越水浄水場を目指すと、小さな尾根を越え、池の畔は通ることになります。
この池がニテコ池です。江戸時代から谷を堰き止めたため池だったようで(採土場の跡という話も)、上中下の3段に分かれています。
明治期の地図を見ても今とほとんど形は変わっていないように見えますので、そのまま利用したのでしょう。

武庫川水源地からの水を補完する目的で利用され、大正13年の越水浄水場2期工事において、水分川と剣崎谷の表流水をニテコ池に貯めての浄水が開始されたそうです。(参考:西宮市HP「水道施設の概要」

(訪問日:2023年6月3日(下池)、2024年3月31日(上池・中池))

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まずは上池から。
丸いコンクリートの筒が水面ぎりぎりに顔を出しています。
それと下流側の堰堤に管理用の橋が突き出しているのが見られるぐらいです。

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もう少し近づいてみると、曲弦ワーレントラスというのか、美しいトラスの通路になっています。
このサイズで構造的にそんな凝ったことする必要があるのかと思いますが。
先端にはハンドルが付いていますので、ここで池の水を調整できるのでしょうか。

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ここから上流側を見ると、甲山が見えます。
この甲山を借景とする眺めがニテコ池を特色づける景観になっているそうです。

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次に中池です。ここには目立つ構造物が2つあります。

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一つにはかわいらしい取水塔です。管理用の橋はさっきと同じタイプのアーチ。
丸い筒状の建物に丸い窓、ドーム状の屋根と丸が多用されています。昭和11年(1936年)に最初に作られたそうなのですが、見た感じは新しい。それもそのはず、阪神淡路大震災(平成7年(1995年))で壊れ、平成8年(1996年)に全く同じ形に復元されたのだそうです。

ただ取水自体は平成19年度(2007年度)で終了しています。

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もう一つは下流側にあるこの施設です。
同様のトラス構造をしていて、同じく水量調整のための施設なのでしょうか。

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続いて下池です。
ここから急にお天気になるのは、2023年の写真だから。
下池の下流側堰堤上は車道になっています。木々も多くて、上池・中池とはちょっと違った雰囲気。

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ここには丸い屋根の施設が下流側にあります。
中池の取水塔をぐっと細く、シンプルにしたような、でも共通性も感じられるデザインです。
管理用の橋もアーチがなくてずっとシンプルです。

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下池は細長い形をしています。

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丸い屋根越しに、中池の取水塔や甲山が見えます。
こうしてみると丸い屋根も甲山に合わせていると見えなくもありません。

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下池の東端には溢れた水を流す水路が作られています。

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下流側から見るとこんな風になっています。古くは感じません。
堰堤も阪神淡路大震災で崩れたそうなので、その時に改修されたのでしょうか。

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下池の堰堤の下はすぐ水田になっていました。
上水道の取水をしなくなったニテコ池は、江戸時代のため池に戻ったとも言えそうです。
西宮の上水道の歴史を伝える、眺めの良い散歩道としても親しまれているようです。

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2026年4月 2日 (木)

越水浄水場の外にある遺構(兵庫県西宮市)

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前回は越水浄水場の普段非公開のエリアについて記事にしましたが、今回はいつでも見られる公開エリアについてです。
まず入り口から。貯水池のニテコ池を背にしています。

緩やかな上り坂が、越水浄水場の中心へと続いています。
右側は低い谷で、西宮震災記念碑公園となっています。

左側は高くなっています。さらに左には、明治45年に開かれた満池谷(まんちだに)墓地があります。

西宮市HP@「【満池谷】越水浄水場の竣工」に鳥瞰図が出ているので、それを見ながらだとわかりやすいと思います。

(訪問日:2024年3月31日、一部2023年6月3日)

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まずは西宮震災記念碑公園となっている谷の方から。
階段を降りたところに気にあるものがあります。

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これです。小さな水場です。

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浄水場の構内で見たのと同じ、西宮市章入りの銅製酒樽型吐水口があります。

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その横には慰霊碑。いつ頃のものかはわかりませんが、鳥瞰図に出ています。
(同じものではないかも)

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前回見下ろした噴水跡が間近に見られます。
ただし入れません。柵の間から見られるということです。

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反対側の階段。この先は住宅地です。

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公園は大部分グラウンドになっています。
ここもかつては浄水場関連の敷地だったようです。
左奥がニテコ池です。

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公園の中には「阪神淡路大震災 西宮市 犠牲者追悼の碑」があります。
西宮市内の犠牲者の方のお名前が刻まれています。
公園名の由来はこれですね。

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公園にはまた「小説火垂るの墓 誕生の地」という2020年に建った記念碑もあります。
野坂昭如氏が疎開した親戚の家が満池谷にあったということです。

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古そうにも見える階段。
スタート地点に戻って、今度は左の山側を歩いてみます。

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今は空き地になっているこの場所も、鳥瞰図を見るとかつては公舎などが建っていたようです。

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丸い花壇。かつては木が植っていたのでしょうか。

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左側の土地は段々になっていて、階段で結ばれています。
この階段も古そう。

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公園との境界の柵はスリットが入っています。
古そうにも見えるデザインです。

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左側の敷地の最上段には石垣とコンクリートの柵に囲まれた土地があります。

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屋根のかかった門柱。
この先には今は何もありませんが、鳥瞰図では神社が描かれています。
水神社があったらしいです。

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手水鉢の遺構がありました。

公開エリアでもこれだけのものが見られますので、桜の通り抜けに訪れるなら、こちらも見ていただけたらと思います。
時期が合わなければ、こちらだけでもいいですけどね。

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