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2026年1月

2026年1月17日 (土)

再度山(神戸市北区)

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再度(ふたたび)公園を訪ねた日の続き、余談です。
前々回に書きましたが、再度公園の中心、修法ヶ池(しおがいけ)の向こうに見える再度山は、明治の中頃までは禿山でした。
それが明治36年から植林事業が始まり、段々畑のように石垣を築いて土砂の流出を防いで、松などを植林したことで現在のような緑の山になっていきました。現在は永久植生保存地として保護されています。

その石垣を見に行きたいと思いました。

訪問日:2024年5月26日

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再度公園から南へ、大龍寺に続く峠道の大師道があります。
これは開発当初の地図にも出ている道です。

このように山を左に谷を右に見る幅の広い道が続いています。

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振り返ったところ。勾配はきつくなく、歩きやすい道です。

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この道から再度山の方を見上げると、谷に石垣が見えます。
これが植林の際に作られた石垣の一部のようです。

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峠まで来たところに山に入っていく道があり、そこに石標がありました。
「神戸市界」「七十七号」と書かれています。
ここから先が神戸市であって、公園所在地は山田村だったようです(ただ、ややこしいのですが、神戸市神戸区がこの辺りの山林を持っていて、それを公園用地として寄付したようです)。

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裏側には「明治三十三年建〜」と書かれています。
植林事業の始まる3年前です。

再度山に入る道から、何人も降りてくる人がいました。

そちらに行けば、石垣がよく観察できるかもと思い、登っていく人についていきました。

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しかし、石垣は森に埋もれてよくわからず、歩いていくとすぐ再度山山頂に着いてしました。

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再度山山頂の少し下からは大阪湾を見渡すことができます。
神戸市街地こそ手前の山に隠れてほとんど見えませんが、ポートアイランドや神戸空港などは見えています。
この日はもやってましたが、空気が澄んでいる日ならかなりいい眺めだと思います。

再度公園に行ったら、再度山に足を伸ばすのも良いと思います。
また先ほどの峠道を降りていくと、布引貯水池を経て新神戸まで出るルートにつながっているようです。

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2026年1月 6日 (火)

再度公園の休憩所(神戸市北区)

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前回に続き、神戸市の六甲山地にある再度(ふたたび)公園の話です。
今回は修法ヶ原(しおがはら)池畔にある休憩所を取り上げます。写真多めに載せたかったので(ここが気に入ったので)別記事にしました。

これは休憩所を正面やや左から撮った写真です。

訪問日:2024年5月26日

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<神戸市「失業応急山地開発再度公園道路新設工事報告」(昭和12年)の付図の一部>

上の写真と見比べてほしいのですが、特徴がほとんど変わっていないことが分かると思います。
例えば、腰壁に石を貼り付けてあるところとか、柱に斜めの補強材が入っているところなどです。

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<神戸市「失業応急山地開発再度公園道路新設工事報告」(昭和12年)の表紙の一部>

さらには報告書の表紙にもこの休憩所が写っています。
注意すべきは、この写真を見る限り、奥の壁はありません。風除けのために後から塞がれたのではないでしょうか。
真ん中に白く四角いものは見えていますが、これは後でそれらしきものを説明します。

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ユニークなのは休憩所が左右非対称で、西側にアール型の突出があることです。
絵図には表現されていないんですが。

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入り口の様子。入り口まで石が敷かれています。
絵図に現れている基礎部分のコンクリートもあります。

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内部の様子。それほど広くはありません。
右側には新そうな石張りの壁があります。ここの造りを覚えておいてください。

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アールの突出部はこのようにぐるっと回るベンチになっています。
外の人と会話したり、池を眺められます。

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屋根の構造。部分的にトラスになっています。

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休憩所の東側から。このあたり、石の貼り方が面白いですね。
遊び心があります。

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問題の裏側。中央にずんぐりした煙突のような部分があります。
思い出してもらうと、内側は壁になっていて、煙突はありません。
報告書表紙に写っていたのは煙突ではないのでしょうか。
元々は火を焚いたりできるようになっていたのかななどと想像しますが、確証はありません。

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そして公園内にはもう一つ、西山の遊歩道上に、休憩所跡らしきものがあります。

「神戸市勢要覧第18回」(昭和13年)の再度公園に関する記載に「山の家風の四阿も森林逍遥路に添って各所に建設されてゐる」と書かれています。これがその痕跡ではないかと思います。

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見ると柱の跡やベンチの付いていた跡のようなものが見られます。

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反対側にも同様のものが観察できます。

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この遺構に続く道には石敷きがあり、今では普通の山道になりつつありますが、おしゃれな逍遥路だった名残が伺えます。

今回は再度公園で気になったポイントについて少し詳しく紹介いたしました。

以前訪ねた公園では枚岡公園の休憩所を思い出します(まだ残っているのかな)。

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2026年1月 4日 (日)

再度公園(神戸市北区)

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今回から数回、兵庫県の近代の公園について紹介します。まずは再度(ふたたび)公園。
六甲山地にある再度公園は、昭和12年に開設された公園です。
公共交通では、三宮から4/1〜11/30の土日祝のみ運行される神戸市営バス25系統・森林植物園前行きで行くことができます。

バス停から森の中を歩いていくと、再度公園の中心である修法ヶ原(しおがはら)池に到着します。
新緑の鮮やかな気持ちの良い日でした。

自然に囲まれた公園ですが、修法ヶ原池は堰堤のある元ため池ですし、向こうに見える再度山はかつて禿山でした。

訪問日:2024年5月26日

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<園内の看板より>

 公園開設以前の明治35年、薪採取のために荒廃していた再度山の北斜面で植林事業が始まりました。
この写真のように石積みをつくって土砂や水の流出を抑えた上で、植林がなされました。
昭和49年(1974年)に、この森の一部が「再度山永久植生保存地」に指定されています。

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また公園以前の歴史として、公園の奥には弘法大師が入唐の前後に修法したとされる場所に大師堂が建てられています。
修法ヶ原池の名前もこれにちなんでいます。

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<公園内案内板>

再度公園のエリアは、公園および再度山永久植生保存地と外国人墓地からなっています。

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堰堤の側から修法ヶ原池を見たところ。
左に見える建物はカフェRE-encounterです。

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松林も後から植林されたものです。
季節が良いので、あちこちでテントやタープを張ってお昼寝している人がおられました。

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売店などもあります。とても便利。

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外国人墓地の方にも来てみました。
墓地自体は墓参者か一般公開(春秋の月1回・抽選)の参加者のみで、一般の人は入れません。
ただ、墓地を見渡せるエリアが公開されていて、ここには誰でも入れます。

見渡せるといっても、木々に埋もれていてよく見えませんが。

外国人墓地は神戸市街にあった小野浜墓地(慶應3年〜)や春日野墓地(明治31年〜)が手狭となっていたため、既に昭和5年からこの地への移転計画があり、昭和12年の再度公園計画にも組み込まれていました。しかし、阪神大水害や戦争によって計画が遅れ、ようやく戦後の昭和27年になって移転が始まったそうです。

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公開エリアには勇士の慰霊塔(大正10年)が建っています。
これは第一次大戦の時に祖国のために出征して戦死した英仏国人19名を慰霊しているそうです。

元々春日野墓地に建てられ、移転してきました。

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公開エリアには礼拝堂があって、ここが意外にも再度公園や外国人墓地に関するビデオやパネル展示がある資料館的な場所になっているんです。
興味のある方は行ってみてください。

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<神戸市「失業応急山地開発再度公園道路新設工事報告」の付図コピー>

ここのビデオで大事な資料の存在を知ることができました。
神戸市「失業応急山地開発再度公園道路新設工事報告」(昭和12年)です。
後日、図書館に資料を閲覧しに行きました。

地図が添付されていて、これが公園の当初の姿を知るのにとても役立つんです。もちろん本文も重要ですが。

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この資料を読んで分かったのが、どうも修法ヶ原池畔にある休憩所が当初の姿を留めているらしいということです。
じっくり紹介したいので、これについては別記事にします。少しお待ちください。

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また地図に出てくるものとして、修法ヶ原池の堰堤を降りていったところにある石の太鼓橋があります。

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ここに出てくる「しあん橋」(思案橋)だと思われます。
開設当初からある橋ということになるのでしょうか。

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それ以外についてはちゃんと特定はできていませんが、堰堤に続く園路の階段なども古いのかなと思います。

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こちらは時期はわかりませんが、公園内の橋です。

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これも公園内の別の橋。

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幅の広い階段。これも古いものかも。

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水路を渡る飛び石。

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修法ヶ原池畔の手水鉢。

地図を見て気づく現状との違いについて、現在は公園の東側を通過する自動車道が元は園内を通っていたこと、西側の園路については砂防工事でルートが変更されていること、北側部分の園路は外国人墓地内に取り込まれていることなどが分かります。もう一度地図を見ながらじっくり現地を歩いたら、もう少し気づくこともあるかもしれません。

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2026年1月 1日 (木)

深日町の塀(大阪府岬町)/2026年もよろしくお願いします

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明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

今年の抱負ですが、やはり1本でも多く記事を書くことに尽きます。
昨年は少なすぎました。書けないはずはないのに。
時間が経つうちに鮮度も落ちてしまいますし。

あとはいい加減に面格子の薄い本を出さないといけないと思います。

さて、初歩きはこのところ海が見たい気分で、また泉南に出かけました。
大阪の最南端、岬町の深日町です。

歩いてみて印象に残ったのは塀の多彩さだったので、それに絞って紹介します。
(他にも見どころはあったんですが、それはInstagramなどで紹介します)

まず出会ったのはカラフルな玉石の塀です。
これは私が一番好きな塀のタイプと言ってもよいです。

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大きなお屋敷で、カラフルな玉石の柄がこのように連続しています。

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こちらは雨で流れたような塗り方の塀。
どうやって塗るのか、意図的に塗ろうとすると難しそうです。

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こちらはドイツ壁風。ドイツ壁風の塀は深日町でたくさんみました。
かといって洋館なわけではなく、住宅は和風です。

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石積みの塀。こちらは表面の土が剥落しただけかもしれません。
基礎の石に和泉砂岩を使っているのはよく見かけました。

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こちらは表面に波模様をスクラッチした塀。
たまに見かけます。

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これはよくあるブロック積みの塀のようでありながら、所々こちらに出っ張っているのがユニークなところです。

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色々ある中でも一番印象に残ったのはこの石積み(?)です。
遠目には石積みなんですが、近くで見ると表面がザラザラの洗い出しです。
つまりはコンクリートでぷっくりした石垣風のものを作っているのでしょうか。
ザラザラした表現は新印象派のようにも見えます。

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こんな感じ。なんとも柔らかいんですよ。
面白い表現だなと思います。真新しい部分とくすんだ部分があったので、作り直されてもいるようです。

以上、初歩きのご報告でした。
次回からは兵庫の公園編になるかなと思っています。

 

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