« 2021年もよろしくお願いいたします | トップページ

2021年1月 3日 (日)

八幡公園と擬木(滋賀県近江八幡市)

201108hachimanp1

今年BIWAKOビエンナーレが開催されたのを機会に、前にどなたかの投稿で気になっていた八幡公園に行ってきました。
近江八幡の市街と琵琶湖の間にある八幡山の東麓にある古い公園です。
公園の入り口には自然石を利用した公園標示がありました。

訪問日:2020年11月8日

201108hachimanp2

裏面には土に埋もれて全部は見えませんが、「昭和5年 花」の文字が見えます。
この公園は、昭和天皇の御大典記念事業として計画され(昭和3年に八幡町議会で公園設置を決議)、昭和5年に1.5haが完工しました。
その後、数度の拡幅を経て、現在は総面積4.76haとなっています。

201108hachimanp14

なぜこの場所に公園ができたかというと、こちら。
羽柴秀次の館跡及び家臣団の館跡があるためです。
山頂に城郭があったとのことです。

城が築かれたのは1585年ですが、1590年に秀次は尾張清洲に移り、秀次が謀反の疑いをかけられ高野山で自刃させられた1595年には廃城させられています。わずか10年。

201108hachimanp16

公園内には羽柴秀次の銅像(昭和54年)も建てられています。

201108hachimanp3

全体の配置はこのようになっています。
公園は棚田状に造成されていて、秀次・家臣団の館跡と隣接しています。

201108hachimanp20

他にも史跡はいろいろあって、公園を登っていくと石碑が並んでいます。右が高田義甫(よしなみ)、左が宮田義昌(初代蒲生郡長)の記念碑です。
高田義甫は江戸時代には勤王派として活動し、明治に入ってからは法律相談所を開設したり、水産会社の会長をしたり、新聞社や銀行を設立したりした方だそうです。この碑は没後の明治27年に帝国水産株式会社によって立てられています。

201108hachimanp19

こちらは西村太郎右衛門供養塔。
慶長8年(1603年)近江八幡に生まれた商人で、20歳の時に朱印船に乗って安南(ベトナム)に向かい25年。鎖国になったため、国に戻ることができず、安南で没したそうです。この供養塔は太郎右衛門の兄が弟を偲んで屋敷内に建てたものです。その後、公園内に移築されました。

201108hachimanp18

こういうお社もあります。
杉春稲荷大明神と書かれています。

201108hachimanp17

公園の東の端にはちょっとした段の奥に2つの蔵が並んでいます。
ここは公園の案内では、北脇邸跡と書かれています。
北脇家というのはどういう家かと調べてみると、住友鉱山の近代化に功績のあった広瀬宰平の生家のようです。ただし、元は八夫村(現在の野洲市)にあり、北脇本家は明治32年頃にこの八幡山麓に移ってきたそうです。

201108hachimanp6

公園内には東屋が何ヵ所かあり、公園内だけでなく、近江八幡の市街が眺められるようになっています。

201108hachimanp9

公園内で標石以外に公園当初のものを確認できなかったのですが、この公園で気になったのが(最近気になっている)擬木です。
これは新しいタイプの擬木ベンチ。あちこちに擬木が使われています。

201108hachimanp10

こちらは輪切りにした擬木をテーブルと椅子にしたもの。

201108hachimanp8

こちらも写真では分かりにくいかもしれませんが、角材風の擬木ベンチです。

201108hachimanp7

こちらは丸太風の擬木の柵。
これはよく見かける気がします。

201108hachimanp4

このテーブルなどは普通にコンクリートのテーブルじゃないの?と思いますが。

201108hachimanp5

よく見ると年輪が入っていて板材・角材の擬木です。

201108hachimanp13

このひょうたん池も周りは石ですが、橋は木橋風の擬木です。
昭和61年竣工の「きぼうのはし」と書かれています。

201108hachimanp12

公園からは八幡山に登る登山道が伸びています。

201108hachimanp15 

その階段の土留めがまた擬木です。
5本セットのユニットになっているようです。

と擬木に注目してみましたが、上の方に上がれば、近江八幡市街を望める眺めの良い公園です。

|

« 2021年もよろしくお願いいたします | トップページ

日常旅行(滋賀)」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。西淀の藤の記事を探して
たどり着きました
目的の記事はかなり昔のなのでこちらにコメントさせてください

色々拝見して、とても懐かしい記事(東山動物園)などあり楽しかったです。

さてなぜか西淀の記事は塚本から左方面ばかりで右側も来られたらいいのにと思いました。
姫島にもいろいろあります、駅すぐにある裏道は古い建物が多いです
江戸時代からの酒屋さんとか、〒555-0033 大阪府大阪市西淀川区姫島1丁目15−10 鎌田酒類食品店

大正時代?の建物(きれいすぎてわからない)とか、大阪府大阪市西淀川区姫島1丁目13−2
大正時代の民家とか、大阪府大阪市西淀川区姫島1丁目20−6
色々あります。
福町から工場地帯に入った所の建物もものすごいのが多かったのですが18年の台風で建て替えが進んでいます
いまだ一軒は確実に残っていて表向きシャッターの締まった商店ですが横から見ると二階の窓に古い網のかかった建物だったりします〒555-0043 大阪府大阪市西淀川区大野3丁目3路地の虎の絵の上あたりが古いのです
虎の絵の所を右に曲がった角の家もかなり古いです


姫島ももう何軒も古い建物が消えました。
軒が140センチくらいしかない古い長屋も壊されてしまいました。
西淀幼稚園のあたりです。
こちらの方もご覧になるといいですよ。

投稿: | 2021年4月11日 (日) 01:54

コメント、情報ありがとうございます。
古い記事にコメントいただいても通知は来ますので構いませんよ。

実はつい先日、姫島に行ってきました。
もう少し早く尋ねれば良かったと思います。
訪問しても記事にできないまま眠らせてしまうことが多くていけないのですが。

この通知を見たときに港区の方にいましたので、すぐ福に行ってきました。
虎の絵ってタイガースのトラッキーのことだったんですね。
分かりやすい目印でした。
福はたぶん20年ほど前、ブログを始める以前に訪ねて、漁村らしさが残っているなと思ったのですが、かなり漁村らしさは薄れましたね。関西の古い建物に関してはおっしゃるように2018年の台風の影響って非常に大きくて、これで空き家だったところの崩壊・解体が進んだと感じています。
動きにくいこの頃ですが、身近なところを回っていかないとと思います。
ありがとうございました。

投稿: びんみん | 2021年4月11日 (日) 21:29

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 2021年もよろしくお願いいたします | トップページ