名和児童公園(京都市上京区)
開設は昭和15年で、現在の面積は492㎡という小さな公園です。
入口には鳥居があって、公園というよりも神社です。
その脇には「名和長年公遺蹟」と書かれた柱が立っています(昭和14年)。
そう、名和児童公園の名前は、名和長年から取られています。
訪問日:2018年9月22日
さらに右手にもう一本、昭和11年の「此附近名和長年〜〜」という柱も。
公園にはブランコとちょっとした乗馬型の遊具があるぐらいで、公園としての見どころは少ないと言えます。
あくまで主役は隣にある「贈従一位名和長年公殉節之所」という碑です。
解説板があって、名和長年は、伯耆国名和(現在の鳥取県大山町)を拠点に海運業を行っていた豪族で、隠岐に流されていた後醍醐天皇が島を脱出した際、その湊に上陸し、以後、忠臣となって戦功を挙げたため、伯耆守に任ぜられ、帆掛け船の家紋を与えられた。その後、建武三年、足利尊氏と戦って、この地で討死したという説明があります。
成り立ちとしては、大阪の北畠公園と似ているように思います。明治維新後に再評価された人物ゆかりの地が、昭和15年頃に公園として拡張整備されるというパターンです。
碑の前にはこういうものも。
奥が井戸、手前が手水鉢のようです。手水鉢は埋められてしまっています。
正面には「奉納 大日本國防婦人會」と右から。
側面には「昭和十」(その下は埋まっていて読めません)
四隅に礎石があって、以前は屋根がかかっていたようですね。
全く神社のようです。
南東隅には「紀元二千六百年竣工紀念」(昭和15年)の石碑。
こちらと一体で公園が整備されたのですね。
また、それだけでなく、この地は源氏物語ゆかりの一条院跡であるという解説板もあります。
とても小さいですが、ある種の歴史公園になっています。
公園としての見どころは少ないものの、特色ある公園になっています。
ちなみに公園の北西の方にこのバーバーやまぎしの建物があります。
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