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2017年8月19日 (土)

モダンな船岡山公園(京都市北区)

170813funaoka01_1 京都の北の方にある船岡山公園に、ラジオ塔見学を含めて出かけてきました。
京都盆地からよく見える丘です。

 

どこから入ればいいかよく分からないので、とりあえず北側の入口(大徳寺側)から入ってみました。
公園の入口には灯籠型の門柱が残っています。
その先には噴水跡?があります。

 

170813funaoka03_1 これがその噴水跡?です。
ふと東京の元町公園(昭和5年)を思い出しました。
そこまで装飾が多くはないですが、それでも共通するものを感じます。

 

170813mapm42 ※この地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)から切り取ったものです。
 
船岡山の明治42年の様子。
船岡山は平安京造営の時に基準にしたという説もあったぐらい特別感のある丘で、市街地から目立っています。
平安時代には船岡山の北西は有名な風葬の地「蓮台野」で、応仁の乱では戦いの舞台(西軍の陣地=西陣)になり、戦国時代も度々戦場になった場所らしいです。そんな雰囲気は今はありません。あまり深く考えないことにします。

 

織田信長を祀る建勲(たけいさお)神社は船岡山の東半分を占めていますが、ずっとあった訳ではなくて、明治3年に東京に建てられたものが明治13年に船岡山に移ってきました。(社地は明治8年に賜る)
明治42年には大徳寺と一体的に見えますね。
その後、昭和6年に船岡山が京都市の風致地区に指定され、昭和10年に船岡山公園ができたという流れのようです。
現在は市街地に囲まれています。

 

船岡山公園で特異なのは受益者負担が導入されたことで、事業費の2割は、公園外周から4町(約430m)の範囲に住む人に、距離に応じて5段階に分けた負担をしてもらったそうです。

 

土井勉氏「京都市の公園形成史」(『土木史研究』第11号、1991年6月)

 

170813funaoka02_1 北側入口にあった船岡山の分かりやすい見取り図。
南北逆なのでご注意下さい。

 

建勲神社作製のようで、こちらに元図らしきものがあります。
説明も参考にさせていただきました。
建勲神社HP「船岡山について」

 

 

170813funaoka05_1 さて、公園内にはところどころ、照明器具として灯籠が立っています。
直線的なモダンデザインで、足元には小石を貼り付けています。

 

170813funaoka07_1 ちょっと気になったのがこの蒲の池。
上から見ると半月型をしています。

 

170813funaoka06_1 背面がこのように段々となっていて、半円の台が付いています。
ここも噴水などだったのでしょうか。
古そうです。

 

170813funaoka08_1 他の入口も確認しました。
西側のこの入口がもっとも正面らしいと思います。
モダンな照明器具兼の公園門柱は、窓もちゃんとあります。

 

170813funaoka10_1 進んでいくとまず、滑り台などのある広場に出ます。
滑り台は滑る部分が2つ並んでいる双子型です。
東京の元町公園にあるシンメトリーな滑り台(そちらは両側に滑りおりるタイプですが)を思い出しました。

 

階段を上がったところに通路兼用のパーゴラがあります。

 

170813funaoka11_1 2段目は広場になっています。
木の根元を丸く囲んでベンチになっています。

 

170813funaoka12_1 そして、私がこの公園一番の見どころだと思うのが、この広場の奥にある壁泉とその上のテラスにあるラジオ塔です。
今は水が張られていないのが残念です。
柵はなく、子どもが水遊びすることを想定していたようです。
ここがデザインの中心ではないでしょうか。

 

170813funaoka13_1 この壁泉の両脇に、テラスに上がる階段があります。
ここのデザインも、途中までシンプルながら、途中から放物線状の縁石が連続しています。
アールデコのデザインです。

 

170813funaoka15_1 テラスに上がってラジオ塔の場所から広場を見下ろします。
公園と同じく、昭和10年に建てられたものです。

 

しかも地元のラジオ体操クラブによって2015年にラジオが設置され、毎朝のラジオ体操に使われているそうなんです。(以上、『ラジオ塔大百科2017』より)

 

170813funaoka16_1 ラジオ塔の後ろには野外演奏場があります。
昭和34年に設けられました。

 

170813funaoka17_1 公園は、野外演奏場-広場-遊具広場と続く谷を南北の尾根で挟み込む形になっています。
北の尾根には東屋があり、北側への眺望が開けています。

 

170813funaoka18_1 南側の尾根に登っていくと、遊歩道から引っ込んだところ、建勲神社との境界に、国旗掲揚台が残っていました。
流れ落ちるようなデザインです。
ただ、なぜ広場ではなくて、こんな引っ込んだ場所にあるのか不思議です。

 

 

170813funaoka19_1 南の尾根、山頂付近にも東屋。
柱の周りに腰掛ける板が巡らせてあるのが面白いです。
しかも中央と奥2つは丸、手前2つは直線でした。

 

170813funaoka20_1 もう一つの謎の建造物がこのサイレン塔。
いつのものなんでしょう。警報を伝えるものでしょうか。
これも放物線デザインで、モダンさを感じさせます。
附属室の内壁にはコントロールパネルのような装置が付いていた跡がありました。
この煙突みたいなのが何の機能を持つのか気になります。
まさか発煙する?

 

170813funaoka21_1 山頂(112m、比高45m)からは京都盆地を南の端まで見渡せて、とても良い眺望です。
戦いの場になったのが分かります。

 

170813funaoka09_1 山頂付近にあったこの銅板は、周囲の山を案内しているのでしょうか。
摩耗しているので分かりにくいです。

 

170813funaoka22_1 山頂付近もそうですが、西側斜面がとくに岩盤が露出していて、西側にはたくさんのお地蔵さんなどが祀られていました。聖地として磐座などがあったのでしょうね。

 

全体として、モダンデザインに見応えがある公園でした。

 

入るときは北側か西側から入るのが分かりやすく、帰りは南側に降りると、近くにカフェさらさ西陣船岡温泉があるのでお勧めです。

 

 

(関連記事)
*全国の近代公園
 「近代の公園」(目次)

 

 「小松原児童公園とラジオ塔」  「萩児童公園とラジオ塔」  「ラジオ塔のある大曽公園」

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