はじめての今井町(奈良県橿原市)
夏の瀬戸内の記事は終わりましたが、まだ昨秋のはならぁとの記事が残っています。
季節外れで申し訳ないですが、お付き合いください。
今回のはならぁとに合わせて、初めて奈良の今井町を訪ねました(え、今頃?と言われそう)。
近鉄の八木西口駅から歩き、小さな橋を渡って、今井町の北東にたどりつきます。
寺内町を回る前に、観光案内所でもある今井町まちなみ交流センター華甍を訪ねました。
ここは明治36年に建てられた旧高市郡教育博物館です。
とても立派な建物。今井町役場として使われた時期もあったのですが、今は再び博物館的に使われています。今井町の解説やジオラマなどもあるので、町を回る前の予備知識になります。
全体に和風でありながら、細部は洋風の面白い建物です。
角が階段状になった窓や菱形の窓などもユニーク。

今井町は中世には寺内町・商業都市で、江戸時代初期には東西600m、南北310mの規模があり、周囲に土居と濠をめぐらせた環濠集落です。
町は西から発展してきたとのことで、最も東にあるこの重文高木家住宅は幕末の建物。
業種は酒造業・醤油業だったそうです。

内部を見学させてもらいました。土間の天井が非常に高い。
届かないので上げ下げ窓を使っています。

座敷には美しい桟が入っています。

桃の釘隠がありました。

続いて重文河合家住宅。
この部分は建物のほんの一部で、奥に非常に大きいお屋敷です。
主屋は18世紀中頃の建物。今も酒造業をされています。
こんな調子で、江戸時代の建物が続きますので、思い切って端折らせていただきます。
さらに西に歩いて行きます。
玄関が気になった建物。
玄関上部の斜め格子の窓、型板ガラスの扉や窓、ボーダータイルなど、とても良い感じです。

寺内町の中心といえる称念寺。
寺はいくつもあります。

三つ巴の窓です。ほとんど窓ではないですけど。

西の端まで来ました。
ここには信長と戦ったという今西家があります。
環濠に面して西の守りとなっています。
慶安3年(1650年)に建てられた今井町で最も古い建物です。
中にお白州があって裁きをしたり、牢があったりもしたそうです。
写真は撮れなかったので、リンク先をご覧下さい。
→今西家保存会HP
格子に欄間のような透かしが入っています。
近くでは長屋の再生工事が行われていて、見学もできました。

2階の手すりが洋風です。

さて再び東に折り返して、中筋町生活広場。
防災小屋を兼ねて、こういった新しいスペースも整備されています。

重文音村家住宅の復元された「かまど」。

磨りガラスで描かれた風景。
中央は澪つくしでしょうか。

全然はならぁとの作品を紹介していませんね。
サガン・井上ギャラリーの土蔵で展示されていた、
諸熊仁志さんのブロンズ作品。
ビニールやゴムでできたような質感を重いブロンズで再現されているのが面白いところです。

ユニークな表現の鬼瓦。
トラかと思いましたが、唐獅子という人もいます。

そしてこれも面白かったのが羊プロジェクト。
JR桜井線の土手に2匹の羊が放たれ、土手の草刈りになっています。
ちょうどフェンスに囲まれるので、移動動物園のようでもあり、時々電車も通ったりして全体が面白い仕掛け、かつ役立つ取り組みです。
日が暮れて帰る途中、洋風の住宅を見かけました。
江戸時代の街並みが保存されている今井町では、こういう建物はあくまでさりげなく。
あまり街並みの写真は出しませんでしたが、これだけ面として保存しているのはたいへんなことだと思います。今回ははならぁとメインで回り、中に入るのを飛ばした住宅がいくつもありますので、またそれらも訪ねてみたいと思います。
より大きな地図で はならぁと2013 を表示
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