新緑の疏水歩き(1)琵琶湖から三井寺まで
もう1ヶ月前になりますが、ネットの仲間にお誘いいただいて、「疎水沿いに琵琶湖から鴨川まで山ゴエ 昭和の日に明治の偉業を辿る」という企画に参加しました。
かなり他の皆さんの記事と重なるのですが、私もご報告しておきます。
まずツアーの最初はJR大津駅から。
坂を下って、旧東海道を少し歩き、浜大津に出ました。
ここまで歩くだけでも結構楽しめます。
旧大津公会堂(昭和9年築)が昔の賑わいを感じさせます。
今はレストランになっています。
広々とした浜大津港。
今は視界が開けているのですが、モデルルームがあるのはマンションが建つのでしょうか。
実際には結構時間がかかってますが、琵琶湖疏水の取水口です。
高いマンションの方に水が流れています。
向こう岸にいい感じの艇庫があります。
三って「三井寺」の三かと思ったら違って、旧第三高校(京大)の三なのだそうです。
大正元年に建てられたものなのですね。
ひろさんの記事で以前見ました。
>宮本慎宏氏・石田潤一郎氏・西澤英和氏
「旧第三高等学校端艇部(現神陵ヨットクラブ)艇庫について」
2006年度建築学会(PDF)
(関連ブログ)
ひろの東本西走「神陵ヨットクラブ艇庫」
これは水位の監視塔をしているようです。
琵琶湖疏水第1水位局ってこれ?
琵琶湖第一疏水揚水機場。
琵琶湖の水位が低いときはここのポンプで汲み上げるそうです。
ここから第一疏水をたどっていきます。
途中の橋も古いものが架かっています。
これは三保崎橋といって、昭和12年と記されていました。
京福石山線を越えます。
やや古びた周辺の見取り図。
琵琶湖疏水は一直線に山に向かい、三井寺の下をくぐっています。
ここで水が二手に分かれ、左が大津閘門、右が大津制水門です。
閘門の方は船が通るためで、制水門は水位調整のためのようです。
すぐ向こうで合流していて、あれっとなります。
こちらが大津閘門。
琵琶湖疏水に沿っては、この詳しい案内板が随所に立てられています。
設置者は京都市上下水道局なんですね。いま気付きました。
この琵琶湖第一疏水は、琵琶湖から京都の蹴上まで、明治18年から23年まで5年がかりで掘られた水路で、全長は9kmあります。
京都市の飲料水、発電、物資輸送、農業用水など多目的利用のために立案されたと解説板には書かれています。
桜や紅葉の季節も美しいそうですが、新緑もまたきれいです。
一直線に山に向かっています。
第1トンネルの入口。
このように各トンネルの入口・出口には立派な門が造られ、当時の有力者の扁額が掲げられています。
ここの場合は、伊藤博文。
設計者の田辺朔郎の名前も刻まれています。
疏水はトンネルでくぐりますが、私たちは峠を山越えしました。
(一緒に歩いた皆さんのブログ)
気まぐれblog
「琵琶湖疏水〜昭和の日に明治の偉業を辿る〜(1)」
「琵琶湖疏水〜昭和の日に明治の偉業を辿る〜(2)」
いっこうがこっそりブログ
「琵琶湖疏水を辿ってみた(滋賀県編)」
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