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2010年7月27日 (火)

新潟なつ歩き(3)油田を見学

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今回、新津に寄った主目的は、日本では珍しい油田遺構を見るためです。
新津駅から秋葉区の区バスで“石油の里公園”に向かいました。
30分ほど乗るのですが、区の補助があって、上限200円で利用できます。
ちなみに終点は「うららこすど」。日本語っぽく聞こえませんが、小須戸(こすど)にある農産物直売所・加工所・交流施設だそうです。

 

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途中、ショッピングセンター(ここの場合は駐車場を囲むパワーセンター)を経由するというのもよくある光景となりました。

 

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田園の向こうに新津丘陵が見えます。

 

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“花と遺跡のふるさと公園”の新津美術館などを経由しながら、谷あいの石油の里公園に到着しました。ちょっと誤解していたのですが、油田といっても平らな土地にどーんと油井がそびえているのではないのですね。家の横や山の中など至る所に油井のやぐらが立っています。想像以上に面白い光景。

 

このやぐらは、綱式機械掘りのC-86号井で、昭和16年に掘られたもの。平成8年まで実際に油を汲み上げていたそうです。

 

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まず、全体を把握するために石油の世界館に入りました。
見学無料で、資料も入手できます。ここを訪ねるなら必見です。

 

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“石油の世界館”の展示で紹介しましょう。
さきほど出発した新津(青で示した部分)の南に広がる新津丘陵、そのほとんどが新津油田と重なっています。現在地は南端の金津油田です。

 

ハンバーガーをイメージすると分かりやすいかもしれません。
新津丘陵をハンバーガーだとすると、ハンバーグの層にはたっぷり油(石油)が含まれています。油はレタスにはばまれて上には浸透してきません。昔は端の方から油がこぼれていて、それは細々と利用されていました。

 

本格的に石油が利用されるようになると、あちこちにぷすぷすとストローが刺されて、油を吸い上げるようになりました。

 

100717kanazu7p_2 ※クリックすると拡大します

 

これは大正時代の金津油田を再現したパノラマです。
数m角あるかなり大きな模型です。
山の中も含めて、至るところに油井のやぐらが立っていることが分かります。

 

写真の下にある中野邸は、明治時代、金津油田の開発に成功して石油王となった中野貫一の邸宅です。
今は紅葉の美しい庭をもつ美術館して公開されていますが、夏期休業中でした。

 

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もともと江戸時代から明治にかけて、石油は水の井戸と同じように掘られていました。
しかし、水井戸と違って、石油にはガスが付きもので、危険も伴います。
中野貫一は明治27年に、千葉で開発された上総掘り(人力)、明治36年に綱式掘削機(動力)を導入し、大きく生産性を向上させて、金津油田を大発展させました。

 

この模型は上総掘りのやぐらで、竹が車に巻かれています。
竹の弾力と人力で掘り進む仕組みです。

 

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さらに掘られた油井からはポンプで石油を汲み上げるのですが、この装置が面白くて、ナショナルポンピングパワーという大きな車輪1つからいくつものワイヤーが伸び、同時にいくつものポンプを動かすらしいのです。上の写真は動きを見せるための模型です。

 

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これが実際のナショナルポンピングパワー1号機。
尾根の上に明治42年頃に設置され、なんと平成8年まで稼働していたそうです。
ここから四方八方にワイヤーが伸びていたのですね。
金津油田では16台のポンピングパワーが約140坑の石油井戸のポンプを動かしていたというので、その動いている姿を想像するとわくわくします。

 

たまたまここを見学していると、活用を検討中の地元の方が調査に来ておられて、「これが動いたら見に来たいですか?」と尋ねられましたので、思わず「はい」と答えると、「ほら、そういう人もいる」という話になっていたのはそれで良かったのでしょうか。そうはいいましたが、動かすとなるとあちこち入れ替えが必要だと思いますので、現状の姿のままも味はあると思います。

 

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こちらは動力部分。

 

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<石油の世界館友の会『石油の遺産めぐり』、平成18年発行より>

 

ナショナルポンピングパワー1号機が動かしていた石油井戸の図が紹介されていました。
継転機というのはワイヤーの方向を変える装置です。
この1台だけで同時に25坑ものポンプを動かしていました。

 

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ワイヤーの先にあるポンプの一つです。
C-16号井(綱式)。明治39年掘削。深さ210m。

 

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このように集落の中にもあります。
C-3号井(綱式)。明治36年掘削。新津では最古だそうですが、これも平成8年まで動いていたそうです。

 

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さて掘られた石油がどうなるかも見てみましょう。
汲み上げられた石油はまず集油所(集油池)に集められます。
原油はおおまかに水と油に分けられ、油はポンプで集油タンクへ。

 

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集油タンク。ここでは自然沈下で油と水を分けます。

 

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濾過池。水を分けるといいましたが、その水にもいくらか石油が含まれています。
そこで濾過池で水・泥と油を分離し、油はまたタンクに戻します。

 

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2基の計量タンク。
ここで原油量を計り、さらに丸一日の自然沈下で油と水を分けます。

 

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第一・第二加熱炉。
新津の原油は比重が重く、水と分けにくいため、さらに約70度で一晩加熱し、水を除いたそうです。二つの加熱炉を交互に使用しました。
何度も分けるんですね。

 

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第一・第二水切りタンク。
加熱炉で処理された原油をさらに一日かけて水を除きました。
このタンクも交互に使用します。

 

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原油は出荷されるまで受け渡しタンクに貯めておかれます。

 

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原油積み込み場の一角。
そして、ここから原油は出荷されていきます。

 

昔の石油の採掘施設から集油・原油処理施設まで通しで見ることができるので、たいへん面白い見学でした。これが平成8年までは稼働していたというのですから、動いている姿も見てみたかった気がします。

 

○参考文献
 石油の世界館友の会『石油の遺産めぐり』
 石油の世界館『「石油の世界館」総合ガイドブック 石油の世界』

 

 >「新潟なつ歩き」シリーズの目次はこちら

 

 

 

 

 

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コメント

平成8年と言えば、ホンマちょっと前ですよね。こんなんが稼働しとったんですか!びっくりです。
興味深く拝読させて頂きました。
油田をハンバーガーに例えてあって、理解しやすかったですわ。チョコチップ♪

投稿: 山本龍造 | 2010年7月27日 (火) 12:47

アメリカの油田で、荒野にぽつんとポンプがあってぎっこんばったん動いているのを映画で見ましたが、
一個の機械で多くのポンプを動かすってのが日本的で面白い。

なんてことを言う前に、
古い機械に萌えます(笑)

投稿: Bassman | 2010年7月27日 (火) 14:49

山本さん、コメントありがとうございます。

つい最近まで現役って驚きますよね。
少し手を入れただけでもまた動くんじゃなかろうか。

それにしてもチョコチップですか。

投稿: びんみん | 2010年7月28日 (水) 00:35

Bassmanさんもコメントありがとうございます。

実は書き漏らしていたのですが、ナショナルポンピングパワーは、アメリカのペンシルバニア州生まれなんだそうです。ここまではしてないかもしれませんが。

こういう古い機械っていいですよね。

投稿: びんみん | 2010年7月28日 (水) 00:53

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