陰影ゆたかな旧甲子園ホテル
武庫川学院甲子園会館=旧甲子園ホテルの特別見学会に参加してきました。
(普段でも予約制で見学できるらしいので、どう特別かよく分かりませんが。)
楠松祭、近代化遺産全国一斉公開に合わせたものです。
すごいとは聞いていたので非常に楽しみにしていました。
集合場所に行くと、15名ぐらいずつグループに分かれ、大学庶務課の方が解説をしながら案内してくださいます。
1枚目の写真は(逆光になっていますが)正面部分の写真です。
これに両翼が張り出しています。2階が低いのは、泊まられた皇族の方が屋上から手を振られることを想定しているとか。それほどの格式です。左右に聳える寺のような塔は煙突。
旧甲子園ホテルは、昭和5年(1930年)に高級リゾートホテルとして建てられました。
武庫川の分流である枝川・申川の廃河川敷を利用した、阪神による甲子園住宅地・リゾート開発の一環として計画されたものです。東には武庫川と松林、南には昭和2年に開通した新阪神国道という立地でした。とてもゆったりした敷地です。
ホテルはフランク・ロイド・ライトの弟子である遠藤新が設計しました。「西の帝国ホテル」と呼ばれ、海外の賓客、国内の政財界要人、軍人、皇族などが宿泊し、阪神間の財界人・文化人らのサロン、結婚式、会食、新婚旅行にも利用されたそうです(『近代日本の郊外住宅地』)
しかしホテル時代はわずか14年で終わります。昭和19年に海軍病院、昭和20年に米軍将校宿舎、昭和32年に大蔵省管理と所有が変わり、昭和40年に武庫川学院が譲り受けて大学施設となっています。そのとき客室は教室に変わりました。
まず外から見ていくと、壁面には素焼きのボーダータイルが使われています。焼きむらのグラデーションに加え、光線の加減で目地に陰影ができ、美しい表情です。軒下の排水溝にはレリーフで縁取られた日華石(観音下石(かながそいし))、瓦は京都・泰山製陶所の緑釉瓦を二重に。緑釉瓦は周囲の松林と調和させているそうです。
屋根の上には打出の小槌の形をした宝珠が載っています。
打出の小槌はこのホテルのモチーフであちこちに見られます。お隣の芦屋の打出が、打出の小槌伝説由来の地だそうですが。さらに、そこから滴る水(金?)もモチーフなのかもしれません。
排水溝のアップ。水が滴るようなデザインが施されています。
館内展示などによれば、素材の日華石(観音下石)というのは、石川県小松市観音下町で大正初期から産する凝灰岩で、国会議事堂や遺跡の補修用にも使われているそうです。この甲子園ホテルでは全ての石材部に使われています。白、赤、青があるうち、ここでは赤が使われています。
ただ、補修用には黄竜山石が使われているそうです(1階階段、巾木、床周り、屋上階段笠木など)。
屋上に上がると、塔屋部分が板を複雑に組み合わせているのが分かります。
バランスの取り方は設計者のセンスですね。
なお、屋上はビアガーデンにも使われたそうです。
塔屋の壁面などに使われているのが、素焼きのテラコッタタイルです。1枚のデザインは正方形を凹凸を付けてずらしたような複雑なパターンですが、1種類の型を4枚1組で増幅させてさらに複雑な陰影を生み出しています。加えて、粘土の鉄分や焼きむらでさらに表情ゆたかに。
ホテルの庭側(南側)はこんな感じ。
大きな持ち送りのような石柱が並んでいる奥はラウンジです。その上には6つの打出の小槌。
左右の壁面には、アールデコの絵画のような石壁があります。その意味するところは? 落ちた水滴が跳ねているように見えますが。
中に入って、赤じゅうたんの敷かれたメインの廊下と柱です。こんな複雑な柱はなかなかないのでは。右が玄関で、左がラウンジ。
廊下やシャンデリアの照明具はシェル型という、オウム貝を横に割ったような形が基本パターンで、場所によって複数組み合わせています。
この西ホールは、ダンスホールや宴会場として使われました。結婚式場にもなったそうです。手前は障子を並べたような市松格子の光天井。向こうは金の鍾乳洞かと思うような濃密な天井。打出の小槌から水滴が滴って受け皿に注いでいます。誰の趣味なんでしょう。
最後に酒場に案内されました。
ここの床には京都・泰山製陶所のタイルの試し焼きが敷き詰められているそうです。見本帳を床にしたようなもの。色合いといい素敵なスペースです。
今回は秋晴れの午後に訪れましたが、これだけ陰影ゆたかなので、季節、時間、天候により、その表情を変えてくることでしょう。また違う光の中で訪ねてみたいと思います。
| 固定リンク
「建築」カテゴリの記事
- 野外博物館・四国村(香川県高松市)(2024.07.14)
- 屋島ケーブル跡(香川県高松市)(2024.06.24)
- 北白川の住宅地を歩く(京都市左京区)(2024.06.06)
- 岡ビルから南の建物(愛知県岡崎市)(2024.02.16)
- 六所神社の彫刻(愛知県岡崎市)(2024.02.11)
「日常旅行(兵庫)」カテゴリの記事
- 廃をたどる(兵庫県播磨町)(2024.05.08)
- 4月から改修の西宮中央運動公園(兵庫県西宮市)(2024.03.17)
- 須磨離宮公園(神戸市須磨区)(2020.08.02)
- 橘土地区画整理事業と立花駅(尼崎市)(2020.05.26)
- のせでんアートライン開催中(2015.11.09)
コメント
こんばんは。私も先月、平日に会社を休んで見に行ったところです。
普段は月・水曜日だけのようですので、休みの日に見れるのが「特別」なのでは!?
ここはほんとすごかったです。
ガイドの方の説明もまた素晴らしかったですね!この建物について何でもご存知で、質問するとすべて明確に答えてくださいました。
何度でも見に行きたいです。
投稿: ぷにょ | 2008年12月13日 (土) 02:41
ぷにょさん、こんにちは。
すごいですよね。
やはり休日に公開というのが特別だったんでしょうか。土日に開いていただけるのはありがたいことです。
庶務課の方々、通年で案内をされているので、よく勉強されているんでしょうね。
「塔の影が壁に落ちるのが見られて皆さんはラッキーです。」みたいなガイドトークも織り交ぜておられました。
まもなく登録文化財になりそうで、ますます注目されそうです。
投稿: びんみん | 2008年12月13日 (土) 15:05