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2008年8月15日 (金)

青島・煙台の旅(16)青島の近代建築に泊まる

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青島で迎える3日目の朝。
青島でももちろん近代建築に泊まりました。
海岸にある「桟橋・王子飯店」です。
ロケーションがよく、海を眺めながら朝食がとれます。


予約した時点でよく分かっていませんでしたが、ここはドイツ人地区のまっただなかです。

◇青島のドイツ植民地に関する参考ページ
 鳴門教育大学図書館の特別展「敗者へのいたわり」での
 立岡裕士助教授による解説「ドイツ山東植民地および青島の概要」が、
 ビジュアルで分かりやすく、参考になります。

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とくに青島のシンボルである桟橋を眺めることができるのがいいところです。ただ、今朝はあいにくの霧(霧は青島の名物らしいので、青島らしいともいえるのですが)で、霞んでいます。

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桟橋・王子飯店は、上海のドイツ・マンデル社が投資して、主楼部分が1899年に開業しました。1年余りのち、マンデル社は青島旅館業連合協会にホテルを売りに出し、1910年前後にハリー洋行が権利を取得しました。1905年から1906年にかけて建築家クルト・ロートケーゲル(Curt Rothkegel)がホテル北側にユーゲント・シュティール(ドイツ版アール・ヌーヴォー)様式の音楽ホールを設計し、5年後、今度は建築家のリヒトが同様にユーゲント・シュティール様式で王子飯店の中楼を設計しました(1912年完成という)。この中楼は1914年以前に習慣的に王子飯店旅館部と言われるようになりました。これが現在の桟橋・王子飯店です。

マンデル社が王子飯店主楼を開業して1年後、ハインリッヒ兄弟とユーゴー・クリプエンドーフ(?)は、王子飯店の西100mのところにあらたなホテルを建てました。1908年、アウグスト・パブストがこのホテルを買い、中央旅館と改称しました。1914年(ドイツ撤退)ののち、日本商人が共同で王子飯店と中央旅館を購入し、3つを合わせてグランドホテルと称しました。

この間、王子飯店には、ドイツのハインリッヒ王子を始め、ドイツ総督、貴族、商人、実業家、銀行家、宣教師、弁護士、自由旅行者、スター、政府役人、技術者が泊まり、音楽ホールは青島最初の映画館そして劇場にもなりました。
(桟橋・王子飯店の解説ポスターより)

このホテルはドイツ人にはプリンツ・ハインリッヒ・ホテルと呼ばれていました。もともとの王子飯店主楼は建て替えられて、泛海名人酒店となり、隣で営業しています。西側には1911年に立てられた西洋レストランがあったそうです。

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私の泊まった部屋はこんな感じです。今年、改装されて準5つ星にリニューアルされたらしく、私にはオーバースペックです。この部屋はたぶん下から2番目のレベル。最低レベルは窓のない部屋なので、さすがにそれはいやということで。裏側の建物なので増築部分ではないでしょうか。

私は日本から楽天トラベルで予約して495元(7500円ほど)でしたが、定価は倍ぐらいです。昨日の煙台の宿は30元だったので、15倍以上の格差。海の見える部屋は2万円以上するようです。

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ホテル内はかなりきれいに改装されています。本館の方ですが。

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例によって、他のホテルも見に行きました。
桟橋・王子飯店のある太平路から1本陸側に入った広西路31号(番地)の「紅房子賓館」が非常に気に入りました。王子飯店の音楽ホールを設計したというクルト・ロートケーゲルによるユーゲント・シュティール様式の建築です。もとは1905年に立てられた医薬商店です。

ちなみに1泊220元(3300円)〜。
次の機会にはここに泊まりたい。

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この曲線、そして窓下の格子がユーゲント・シュティール。

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壁面にはこのような植物模様のタイルがはめ込まれています。チョコレートみたい。

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同じ広西路13号にあるのがユダヤ会館の煉瓦建築です。
ユダヤ人協会、ユダヤ会館、ミレフスキー図書館がここにあり、青島ユダヤ人の活動拠点でした。青島のドイツ租借でドイツのユダヤ人が、ロシア革命でロシアのユダヤ人が大勢やってきて、最も多いときで青島に300人のユダヤ人が暮らしていたそうです。

日本は最初、ユダヤ人と友好的でしたが、第2次大戦でドイツと同盟国になってからは、ユダヤ人を圧迫し、ユダヤ会館、図書館は閉鎖されました。

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ここに「海夢賓舎」という旅館が入っています。
旅館だから安いと思います。

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楽器屋さんも入っていて、なかなか渋い広告を出しています。

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こちらにも建物の雰囲気に合わせて抑えた看板を出しています。

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正面にはベランダの空間があってちょっとだけコロニアル。
面取りした柱がちょっと変わってます。

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ベランダの内部。ちょっと面白い空間。ところどころ装飾が入ります。

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昔ながらの木の階段も残っていました。

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何か特別な部屋だったんでしょうか。入り口がものものしいです。
木彫りの玄関ドアには花の模様も。

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柱頭飾りは石で、中国風の陰陽模様も入っていました。

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味のある色合いです。
いろいろ興味深くて、ついたくさん写真を使ってしまいました。

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おまけみたいですが、ここにも旅館があります。
王子飯店から2軒向こう、太平路と青島路の角です。
建物は1899年から1901年にかけて建てられた旧徳華銀行青島支店です。設計者はシルバ。完成時の写真を見ると外側の窓ははめられておらず、ベランダになっています。
1923年から日本領事館が置かれていたこともあるそうです。
中に順華旅館という旅館があります。もしかしたら庭の中かもしれませんが。

煙台に比べると青島にはクラシックホテルもあり、近代建築には泊まりやすいといえます。

○参考資料
 『青島と山東半島』(旅名人ブックス)、2007年、日経BP企画
 『中国近代建築総覧 青島篇』、1992年、中国建築工業出版社
 竇世強・李明『画説 青島老建築』、2004年、青島出版社
 魯海『青島老別墅』、2006年、青島出版社
 魯海『老街故事』、2003年、青島出版社

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コメント

青島、凄いですね。私も「紅房子賓館」がとても素晴らしいと思いました。なるほどユーゲント・シュティール!

投稿: ひろ009 | 2008年8月15日 (金) 09:24

ひろさん、こんばんは。
青島はすごいですよ。
1898年から1914年というユーゲント・シュティールの時代に、ドイツが大金を投じて一気に街を建設し、その名残がたくさん残っているので。後につくられた建物も今に至るまでドイツ時代の建物をコピーしているのがまたすごい。


私もぼちぼちとは紹介しますが、
「中国・青島@建築探訪記」さんにたくさんのきれいな写真としっかりした解説が紹介されています。

投稿: びんみん | 2008年8月15日 (金) 19:04

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