高山の昭和9年
雪の降る前ですが、出張で高山に行ってきました。
高山というのは飛騨地方の中心地です。
高山駅に到着したのは、とうに日が暮れた後でしたのでその日はよく分からなかったのですが、高山は山の中にもかかわらず周囲の山が低く、空が広く、山間を縫うように走って高山までくるとほっとする気がします。そんなことも人が集まる理由なのかなと思いました。
明治初期、高山は岐阜県で一番の人口を誇ったそうです。(岐阜より多かった)
しかし、その後、鉄道の時代になると高山は近代化に遅れていきました。
南の岐阜、北の富山から延びてきた鉄道が高山でつながったのは昭和9年のこと。これ以後、高山の遅れた近代化が始まったそうです。(その後、戦争に突入して、近代化が足踏みするのですが)
現在の高山駅の駅舎は昭和9年のもの。
つまり開業時そのままです。
小振りでごく飾り気の少ない駅舎です。
高山の市街地を南から北に宮川が流れています。
高山駅は川西にある市街地の西寄りにあります。川東は“さんまち”と呼ばれる城下町です。駅前の北寄りを東西にメインストリートの一つ「国分寺通・安川通」が通り、宮川を越えるところに“鍛冶橋”という橋が架かっています。
鍛冶橋の架け替えられたのは同じ昭和9年。
上昇する親柱が当時の街の気分を表しているように思えます。何をモチーフにしているのでしょう。私には傘に見えるのですが。
橋を渡らず、宮川沿いに南へ行くと、天狗総本店という建物がありました。
やや違和感を感じる精肉という筆文字が隅に書かれています。
この建物は昭和11年に建てられたそうです。こう見えて木造。
昭和2年創業の肉屋さんなので、この建物は最初から肉屋さんということです。
トレードマークはもちろん天狗。
なぜ肉屋で天狗なのか。
天狗総本店の向かいにはこんな建物がありました。
今はmotifという雑貨屋さんですが、建物の来歴はよく分かりません。
近くにはこういうスーパーもありました。
アーケードの上の部分に円柱が残っています。
こういうのが高山の近代イメージだったのかもしれません。
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