
いよいよフールウ村へ。フールウというのは「ひょうたん」の意味のようです。大きな(でも交通量は少ない)道を渡り、墓地を抜けて、フールウ村に入ります。
ちょうど昼時で、くらくらしそうな暑さ。人影もあまり見ません。
狭い路地を歩いていると、道の向こうに水面が見えました。行ってみるとそこは昔、水路の船着き場だったようです。石段が水中に没していました。
今は船が着くわけではないようなので、引き返します。

村のあちこちでは、漢字を目にすることができます(1919年以降、ベトナム語はアルファベット表記)。この石造物は「福」の字が刻まれ、中国的です。
道と壁にはレンガがふんだんに使われていました。
ふらふらと道を歩いていくと、昔見たお寺や集会所、広場を発見。
集会所からは大音量の音楽が聞こえてきます。ちょっと声はかけづらい雰囲気なのでここはパスします。
もう少し歩くと、池のそばに日除けをかけた露店がありましたので、休憩がてら立ち寄ってみました。瓶の豆乳を買うと氷の入ったグラスを渡してくれます。氷は怖いので溶ける前に飲み干します。

<1996年>
上の写真など何枚か写真を見てもらうと、店のおじさんは最初は知らないよというふうでしたが、手伝いの若い人に見せたりするうち、斜め向かいの家を指さしてくれました。
その家は大きなガレージの奥にありました。最初出てきたおばさんには不審者に思われたのか、ドアを閉じられてしまいました。このまま引き返すのも問題なので、しばらく待つと、今度は足をひきずるおじさんが出てきました。手持ちの写真を見てもらうと、知っている人だと理解したようです。そしておっしゃるのは、「いない。みなハノイに行ってしまった」(ベトナム語なので推測ですが)ということ、まだよく理解してもらえてないようなので、向かいの日陰に移動して、プラスチックの椅子に腰をおろし、事情を説明しはじめました。(このおじさんはカーさん。後で分かったのは、写真に息子さんと娘さんが写っていて、2人とも今はハノイに出ているということ。当時10歳前後に見えますので、今は20歳前後でしょうか。娘さんはもうお子さんがおられるそうです。)
この時代、誰か一人ぐらい英語が分かるだろうと思っていた私が甘かったのですが、ほとんど通じません。何ごとかと思った人が一人、二人と増えてきて、ノートにベトナム語の単語を書き並べたり、ベトナム語会話の本を指し示したりして、相当難渋しながら、ようやく、私が日本人であること、10年前にこの村に来たこと、写真を渡せなかったのが心残りで渡しに来たことなど伝えました。やはり現地の言葉は大事です。

再訪の目的をようやく理解してもらい、焼き増した写真を渡したところで、みなで日本から持って行ったお菓子を食べながら、お茶をいただきました。緑茶のようです。ベトナムのお茶は非常に濃く淹れます。
10年前の写真を見せられるのは本人によっては必ずしも喜ばしいことではないかもしれません。その懸念は訪れる前からありました。なんとか大方の人には懐かしく思ってもらえたようです。写ってない村人には面白いことなので、楽しんでもらえたみたい。10年前の村の様子をいろいろ言いながら見ていました。
雑貨屋の店先のこの場所は、人がたまりやすい場所のようで、誰かが来るたび呼び止め、だんだん人が増えていきます。先ほどの写真でいうと、真ん中の男の子、右の女の子にも会えました。真ん中の男の子はレー・ヴァントゥアンさん。20歳で、いま大学生だそうです。ほかに店のおばさんのレーさんや別の女の子グエン・ティートゥーさんも。小学校は昼までなので、何ごとかと興味を持った子供たちもやってきます。
静かに見える村の一日にもいろんなことが起こります。突然、白い鉢巻きをした若者がバイクで現れると、チャルメラを持ったおじさんも現れ、向こうからバスが登場。葬式が始まるようです。

日が傾くとおじさんが、向こうへ行こう、と池のそばに誘います。みな、プラスチックの椅子を持ってぞろぞろ移動。池を渡って、先ほどはなかったいい風が吹いてきます。時間によって、風の吹く場所を知っているわけです。またそのように村が配置されているのかもしれません。
子供たちが指さす方を見ると、派手な凧が一つ空に舞っていました。
ベトナム語と一部英単語でのコミュニケーションですので、思うようにいきませんが、日本での仕事のこと、今回の旅行のこと、いつから来て、いつ日本に帰るのかなど筆談、指さし、ジェスチャーでの会話をしました。電話番号を書いてくれる人がいるのですが、それはちょっと無理?
ここに泊まってはどうかと旅館らしき建物を指す人もいましたが、頃合いと思ったので、お暇することにしました。無邪気だった子供たちも、シャイなベトナム人になっていて、今回は写真を撮っていません。でも住所は書いてもらいました。今回は拙くてもいいから早めに手紙を送らないと。
村が夕陽の色になるころ、カーさんに、「帰ります」と声を掛けると、近くのバス停まで自慢のバイクで送ってくれました。バイクの後ろに乗り、みんなに手を振ります。「次はもっと早く再訪してね」と言ってくれるくれる子もいて、うれしいことです。

この村は幹線国道沿いで、ハノイ行きのバスも頻繁に出ていることをようやく知りました。
ハノイ市街地北部のロンビエン・バスターミナルまでは3000ドン(わずか20円ほど)。30分余りで着きます。
後から振り返ると簡単なこと。ちょっと荷物が軽くなりました。
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