2010年5月16日 (日)

飾磨の天満宮(姫路市)

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<天満神社(恵美酒宮)>

間が開いてしまいましたが飾磨探訪の続きです。
今回は神社を紹介します。タイトルが「天満宮」なのは、飾磨に主な神社が3つあって、全て天満宮だから。つまり菅原道真公を祀っています。しかし、元々そうだったのかというと違うようです。

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<昭和22年測図 2.5万分の1「姫路南部」>

例えば町の北にある天満神社は別名「恵美酒宮」です。
元々は戎さん(漁場の神様)を祀っていました。
津田天満神社は、元々大歳社と呼ばれていたので、年神様(正月にいらっしゃる農耕神)を祀っていたようです。
浜の宮天満宮は10世紀の創建で、もともとかもしれません。

もう一つ特徴的なのはそれぞれ水に関わりが深そうなこと。
恵美酒宮の前には水路が引きこまれています。
津田天満神社は昔は御旅所のある津田の細江という古い港の所にあったそうです。菅原道真公が流された頃の港はここです。
浜の宮天満宮は、元は宮地区にあったものが、池田輝政の港湾整備に合わせて移転しました。名前の通り、浜に面していたのだと思いますが、新田開発で内陸化したようです。港も沖へと移動していきました。

菅原道真公が九州に流された際に立ち寄ったところ、立ち寄った可能性のあるところには、のちに次々に天満宮ができていった(あるいは元あった神社が天満宮になっていった)ようです。飾磨の場合は古くからの港なので当然立ち寄ってもおかしくないでしょう。
(などとあまり知ったかぶりで書くのはいけませんが)

それでは各神社を紹介します。
(津田天満神社は今回行っていません)

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まず恵美酒宮。
これが神社前に引き込まれている水路です。
とても情緒のある一角ですね。
この右手に姫路藩の米蔵のひとつ「飾磨御蔵」があったそうです。

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水路に向かって舞台のようなものが設えてあります。
昭和9年のものですが、どう使われたのでしょうね。

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これは祭りの時に活躍するのでは思うのですが、何でしょう。
ご存じの方、教えてください。

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とても姿勢のいい狛犬。広島に多いという玉乗り狛犬です。
瀬戸内海の港らしいですね。

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厳島神社タイプ(島状)の摂末社。
玉垣が多く、かなり篤く信仰されているようです。

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少し離れて水路沿いに、屋台蔵を見ました。

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次いで浜の宮天満宮です。
海に向かって建っています。

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※クリックすると拡大します

浜の宮天満宮の説明です。

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境内の片隅にあった東屋は「絵馬堂かな?」と思って入ってみたのですが、休憩所のようです。天井に伊達綱が飾られ、写真は祭りの写真ばかりです。祭りの盛んな播州らしさが伝わってきます。

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拝殿前には狛犬のように牛が構えています。

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東側の牛は、説明板にあった、越前・加賀の北前船主が明治11年に奉納したという石像霊牛です。

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浜の宮天満宮にも厳島神社タイプの摂末社があります。
ここには航海の神様である住吉神社と表示されています。

いずれの神社も古くからの港町であった飾磨らしい神社であることがよく分かりました。
ただ、姫路の神社を語るのに祭りは欠かせません。私には祭りを語れないので、ぜひ地元の英ちゃんによる「網干在住日記」をお読みください。

<関連ブログ>
 網干在住日記「飾磨、散策3」津田天満神社
       「飾磨、散策4」津田天満神社、津田の細江
       「飾磨、散策7」浜の宮天満宮
       「飾磨、散策11」恵美酒宮

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2010年5月13日 (木)

古代の岬の敏馬神社(神戸市)

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「中山岩太展」の後、いつも兵庫県立美術館に来るたび気になっていた敏馬(みぬめ)神社に立ち寄りました。読めないだけでなく、読みにくい。
名前は古いですし、(昔の)海岸に向かう高台で、地形も特徴的。絶対何かあると感じさせる神社です。

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拝殿まではこれぐらいの高低差があります。

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※クリックすると拡大します

由緒を読むとやはり古い神社です。
創建は伝承で201年。神功皇后ゆかりの神社です。
能勢の三草山と縁があるのですね。

また「社殿は、飛鳥・奈良時代「敏馬の埼」と呼ばれた高台にあり、東側は「敏馬の泊」という神戸最初の港」と紹介されています。
アースダイビングでも意味のありそうな場所です。

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ありがたいことに境内の一角に、郷土史研究家による歴史展示コーナーがあります。

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※クリックすると拡大します。

大正時代の境内はこんな環境だったそうです。
目の前がすぐ海です。

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今は目の前にビルが建っていて海は見えませんが、階段上で暫し、かつての光景を想像します。

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2009年7月26日 (日)

初めての北海道(15)網走市立郷土博物館

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網走で近代建築というと、網走市立郷土博物館は外せません。
『道東の建築探訪』の表紙も飾っている建物です。
非常にインパクトのある建物なので、てっきり街中で道路の突き当たりにアイストップとして建っている建物と思いこんでいたのですが、実際には街に背を向け、森にうずくまるように建っていました。
足元には青磁釉っぽいスクラッチタイル、色の付いた壁面もタイルです。


より大きな地図で 北海道 を表示
永専寺から南へ、線路を渡った向こうにあります。
一面の森なのでちょっと道に迷いそうになりました。

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裏側(北側)には部屋が張り出しています。

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元々この建物は、昭和11年に北見郷土館として建てられました。
初代館長・米村喜男衛氏の収集した考古・民俗資料が基礎となり、網走の自然と歴史に関する資料が展示されています。剥製がいっぱい。
寄付金が足りなかったため、こう見えて木造だというので驚きます。設計者はフランク・ロイド・ライトの弟子の田上義也とのこと。

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中からの印象は外からと違って、ステンドグラスがカラフルな光を発しています。

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岩石標本の断面のような複雑なモザイク状で、何か文字が隠れているのでは?などと思わされますが、読み解けませんでした。

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階段室は白と焦げ茶でシンプルながら、とても複雑な造型で、らせん階段がドームの3階に続いています。残念ながら登れません。

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天井は中央が高くなっていて、やや独特。
展示には昔の網走の地図や写真、民具などもあり、興味深く見学しました。
分館としてモヨロ貝塚館もあるので、貝塚関係はそちらにあるのかもしれません。

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ここまで来たのでついでに網走神社にも立ち寄りました。
森の中に長い参道が続いています。
網走神社は文化9年(1813年)、近江の藤野四郎兵衛が漁場鎮護のために祭ったのが始まりで、明治41年に現在地に移ったそうです。祭神は市杵島姫命ほか。厳島神社の祭神です。釧路にしてもそうでしたが、住吉の神ではなく、厳島の神を祭るのですね。北海道の場合はそうなのでしょうか。あるいは近江の人が多いために、竹生島の神様を祭ったのでしょうか。

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社務所は、明治28年頃建てられた藤野家の迎賓館を移築したもの。
藤野家は網走の漁場持、豪商であったそうです。

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拝殿・本殿までは白い道が続いています。
これが白砂かと思いきや・・・

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ホタテ貝の貝殻!
白砂は手に入らないのかもしれませんが、むしろ網走の神社らしい参道になっていると思います。

 >「初めての北海道」の目次へ

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2009年5月29日 (金)

住吉大社で灯籠を楽しむ(大阪市住吉区)

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改めて住吉大社の西側正面です。

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参道には有名な太鼓橋があります。

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住吉大社の本殿は4つあります。
左が第三本宮、右が第四本宮、奥に第二本宮、第一本宮があります。奥の本殿は改修中でした。
現在の本殿は文化7年(1810年)のものだそうで、国宝です。
住吉大社は211年、神功皇后によってこの地に鎮座されました。
 →住吉大社HP(よくできています)

源氏物語にも登場するように、古くから信仰を集めてきた神社ですので、境内・境外に見どころはたくさんありますが、今回は灯籠を楽しんでみました。

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住吉大社には大小600余りの石灯籠が奉納されています。
その多くは江戸時代に海の神様として、全国の廻船業者が寄進したもの、そして様々な業種の同業組合が寄進したものです。広告塔の意味もあったのだとか。

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◇寄進者を楽しむ

 別に石灯籠鑑賞に詳しくはないですけど、楽しみ方のいくつかを。
 石灯籠には寄進者の名前、寄進年などが記されています。
 この灯籠は陸奥の灯籠。廻船業者では、松前、南部、津軽、仙台、越中、江戸、安芸、尾張内海、摂津伝法、紀州、土佐、伊予、日向延岡、肥後、薩摩といったところから、今では埋もれている壱岐勝本、塩飽牛島、讃岐粟島などまで全国です。海だけでなく、伏見の三十石船もあります。

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 こちらは大阪の灰屋株仲間。意外と(?)大きな灯籠です。
 業種別では、大阪の干鰯、魚料理、砂糖、絞油、薪、土砂、堺の茶船、阿波の藍、吉野の材木、北国積の木綿などなど。大きさともうかり具合は比例するのかなどと思ったり。

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◇大きさを楽しむ

 かなり大きな石灯籠も何組もあります。
 これは仙台の石灯籠ですが、隣の普通の大きさの灯籠と比べると大きさが分かります。

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◇細工を楽しむ

 これだけたくさんあるので、石工の細工も見どころです。
 これは堺の呉服古着商。灯籠の裏にまで彫刻されているのがすごいところ。
 商売柄、凝っているのでしょうか。

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 商売柄といえば、大阪の小間物問屋の灯籠は小ぶりながら細工が細かいです。さすが小間物。

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 紅花商の灯籠には花びら付きです。

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 砂糖商の灯籠ですが、まるで屋号の見本帳のようになっています。

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◇素材を楽しむ

 多くの石灯籠は花崗岩だと思いますが、中には「異色」も。
 この2基は白さが目立ってますでしょう?

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 足元を見ると、美濃赤坂山産と書かれています。
 ということは大理石!
 江戸時代の慶応2年(1867年)のもの。
 美濃赤坂の大理石というとカラフルなものを想像しましたが、
 脇水鐡五郎氏の「美濃赤坂大理石に就て」という論文p99では、9種類に分類されています。
 1.鼠(淡灰色緻密フズリナ石灰岩)
 2.霞(灰白色クリノイド石灰岩)
 3.鮫(濃灰色緻密フズリナ石灰岩)
 4.黒(漆黒色炭質シュワゲリナ石灰岩)
 5.白(雪白色微晶質石灰岩)
 6.下部太理(斑色微晶質石灰岩)
 7.花絞(黒色珊瑚シュワゲリナ石灰岩)
 8.上部太理(斑色微晶質石灰岩)
 9.更紗(雑色石灰角礫岩)

 どれに当たるんでしょう。

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 これとは別に、大事に覆いをされている灯籠が2対あって、こちらも同じような質感なので、これも大理石なのかもしれません。

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 石灯籠以外では、他に岡山の備前焼の狛犬もあります。
 明治2年に寄進されたものです。

 今回紹介したものは境内のものだけですが、住吉大社の参道には、住吉公園の方まで、住友家寄進の石灯籠が並び、公園の先にも石灯籠が続いています。
 600基もあれば、これ以外にも、いろいろな楽しみ方ができると思います。

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2008年7月17日 (木)

神社の松

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神社の杜というと、どんな木をイメージしますか?
私の場合は、杉かクスノキです。
浜寺のあたりの神社には松の木がありました。

高師浜駅のすぐ近くにある高石神社。
創建は不明ですが、延喜式内社(927年の「延喜式」に掲載されている神社=その頃には既にあった神社)です。祭神は少彦名神社、天照皇大御神、熊野坐三社で、末社に八幡神社、八坂神社、春日神社、船富神社、彌栄神社です。熊野の神様が祀られるのは紀州街道沿いだからでしょうか。

元々は松林に埋もれるように神社があり、やがて松が刈られて神社の周りだけに松が残ったと想像するのですが。

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同様に伽羅橋に近い羽衣浜神社にも松林があります。
こちらも延喜式内社で、創建は慶雲3年(706年)。祭神は両道入姫皇女(日本武尊の妃)です。古い神社は思いがけない方が祀られていたりして好きです。この神社は大鳥大社の摂社で、井戸之森大明神と呼ばれていたそうです。地形をみると、この神社を巻くように芦田川が流れていて、この神社の下に川から地下水が流れ込み、真水の井戸が湧いていたのではないでしょうか。

かつては知られた浜寺の松も、今はまとまって見ることができるのは浜寺公園ぐらいですが、浜寺の神社も松原に思いを馳せるよすがにはなるのではないでしょうか。


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余談ですが、羽衣浜神社に面白い灯籠がありました。
絵文字のように、すりこぎ、角桶などがレリーフされています。またハートマークの連続模様も。
何を意味しているのか気になります。

(追記)京都の円山公園で、この灯籠が「善導寺型灯籠」と呼ばれる種類のものであることを知りました。京都にある知恩院派の善導寺の灯籠に由来するそうです。火袋に茶道具(茶碗・茶筅、炭斗・ 火箸、茶釜・柄杓、五徳など)が刻まれていること、扇子に由来する可能性のあるハートマークはその特徴です。上の写真の場合、左が茶碗と茶筅、右が炭斗箱と思われます。(2009.1.12記)

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2008年6月26日 (木)

生國魂神社の境内にて

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生國魂神社といえば、大阪でも有名な神社の一つ。でも私は初めての訪問でした。
社伝によれば、神武天皇が九州から難波津に着いた際に、今の大阪城付近に生島大神・足島大神を祀ったのが創始とされているそうです。のち大物主大神も祀られました。生島・足島大神は国土・大地の守護神で、大物主大神はダイコクさんです。
秀吉の大坂城築城に際して、天正13年(1585年)に現在地に遷座しました。

現在の拝殿前は広々と開放的です。

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神社は(とくに古いのは)けっこう好きなのですが、その中でも摂社・末社をはじめ、境内にあるいろいろなものを見て回るのが好きです。変かも知れないけど。
まず境内図をチェック。全体の配置と面白そうなものがないか確認します。
そしてまずは拝殿にお参り。「お邪魔します。ちょっと境内を見せてください」と願いごとするという・・・

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大きな神社ですので、摂社は大きめで、かつそれぞれにユニークです。
右から、浄瑠璃神社、家造祖神社(土木建築の守護神・手置帆負神・彦狭知神を祀る)、鞴〈ふいご〉神社(製鉄・製鋼・鍛冶の守護神、カマド神)、城方向〈きたむき〉八幡宮(大阪城鬼門の守護神でしたが今は?)です。城方向八幡宮は、生玉公園ができるときに移されてきています。

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精鎮社。表参道蓮池に祀られていた弁財天社で、生玉公園ができるときに移されたようです。池になっていて、鯉が泳いでいるのが面白い。
余談ですが、摂社・末社の中でも弁財天社、厳島神社が好きです。というのは、島をかたどって周囲に池を巡らせたり、堀で囲んだりしていることがよくあるからです。その造形を見るのが楽しみです。

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こんな碑もあります。
八雲琴の碑といって、愛媛の人が、文政年間出雲大社に参籠し、神託を得て二弦の八雲琴を完成させたそうです。芸能に関わりが深いですね。

表からみると、丸い穴が開いてますでしょう。

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裏から見ると月の形。
昼は日の形で、夜になると月の形になるという粋な仕掛けかと思います。

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また、面白い奉納玉垣がありました。
「世界一週記念 奉納英貨十五パウンド 長谷為五郎」と書かれています。側面には大正13年の日付。ポンドで奉納してしまうあたり、得意げな顔が浮かびます。

このほかにも様々なモニュメントがあり、さすがに多くの人々の崇敬を集めて、見どころの多い神社です。

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2008年5月20日 (火)

新潟まち歩き(14)白山神社とポッポ焼き

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白山公園と一体的に白山神社があります。白山神社は平安時代創建といわれ、新潟の総鎮守です。
境内には松林があります。

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参道の狛犬に備前伊部焼の大きな狛犬がありました。大正6年の寄進です。

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摂社の一つに住吉神社があります。言わずと知れた海上安全の神様。白山神社は舟運とも関連が深く、船を描いた大絵馬が奉納されています。ここも港町・新潟に縁の場所といえるでしょう。
上の写真は溝があって、太鼓橋などが架かっていますが、昔は水路で堀につながっていたのではと思われました。

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脇にやられていますが、出雲狛犬もあります。
ほんとに各地の文化が集まっています。

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本殿は立派な建物です。
(雨の中だったので実はよく見ていません)

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さて、話が変わりますが、ポッポ焼ってご存じですか?
私も知りませんでした。新潟絵屋のUさんに、「白山神社でポッポ焼を売ってたら食べてみてください。おいしいですよ」と教えていただいていたのでした。あえてどんなものかは尋ねず、楽しみに出かけました。
白山神社の参道にありました。ポッポ焼の屋台が。

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これです。ポッポ焼。
ベビーカステラを棒状にした感じで、ほんのり黒砂糖の甘みがあります。見た目に素朴ですが、やさしい味でとてもおいしいお菓子です。
9本300円。1本でベビーカステラ5個分ぐらいありそうなので、ベビーカステラ換算45個ぐらい?結構なボリュームですよ、これは。でも一人で食べました。

名称の由来には定説はないみたいです。
面白いものがあるものです。
皆さんも新潟にお出かけの際にはどうぞ。

「新潟まち歩き(15)近代公園いろいろ」につづく

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2007年12月31日 (月)

瀧尾神社の彫刻

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先日、京都の泉涌寺に行く機会がありました。
京阪の東福寺駅から歩いたのですが、その途中(東福寺駅から北にすぐ)にあった瀧尾神社が見どころたくさんでしたので、少し紹介します。

まず社殿の彫刻。
この鳥などすばらしいと思うのですが、このような彫刻、鳥やら動物やらがたくさん彫られています。

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このように決して大きな神社ではないのですが、拝殿、本殿、摂末社、絵馬舎、手水舎と揃っていて、中規模の神社の形態をよく留めているとのことです。

別のHPなどを見ていると、ここの拝殿の天井には大きな龍の彫り物が潜んでいるそうで、それに気づかなかったのは惜しいことをしました。

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もう一つの見どころは絵馬舎。
絵馬といいながら、ここは大丸にゆかりがあるらしく、大丸のお店の絵が奉納されています。

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例えば、これ。
江戸時代の呉服店だったころのお店でしょうか。

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何枚も。店が大きくなってからの様子でしょうか。


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京都大丸の写真まで奉納されています。
これだけ大きなスポンサーがついているので、彫刻にも凝ることができたのかもしれません。

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2007年10月21日 (日)

宮の浦と大山祇神社

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しまなみサイクリングでは、大三島の宮の浦に泊まりました。
かつての大三島町の中心地、2005年に合併して今治市です。
「宮の浦」はその名の通り、「神社のある入り江」で、神社とは大山祇(おおやまづみ)神社でしょう。島なので、昔、といってもつい最近までは海が玄関口ですから、港は神社の表玄関ということになります。そんな港の第一埠頭は神社風です。ユニーク。

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港に建つ商工会館も日本建築風。

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港から大山祇神社までは、参道が続いています。
参道にはこのような建物が並びます。これは酒屋さん。
表の木部はベンガラ塗りで、ちょっとあでやか。
これも神社を意識してでしょうか。

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深い軒下に床が張り出しています。
通りゆく参詣客を眺めながら憩っていたのではないでしょうか。

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洋風の装いをしている棟もあります。
両開きの木製雨戸が町家には珍しいか。
建物本体は和風なんですけどね。

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古い官公署風の建物もあり。
今は使われていないようです。

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海の町らしく、波か帆の形をした棟飾りを乗せた家がありました。
ここは港町ではあっても漁村ではなく、海の宿場町または海運の町ではないかと思います。

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岩山に囲まれたふもと、川の先にある杜が、大山祇神社です。

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大山祇神社には、クスノキの巨木群があり、天然記念物に指定されています。

この神社は歴史が古く、伊予一宮の格の高い神社で、説明には日本総鎮守をうたっています。
祭神の大山積大神は海上安全の神様だそうです。
源義経奉納の鎧をはじめ、武将の奉納した武具で有名らしいですが、時間がないので、今回はパス。

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とくに説明はありませんが、この神社は背後の岩山とも関係がありそうです。
古い神社ほど、地形的に特異な場所にあるので。

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もちろん海とは関わりが深く、棟飾りには波が渦巻き、紋の「三」も波打っています。

海に関わる神社があることで、いっそう海に近い宮の浦でした。

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2007年5月20日 (日)

出雲大社境内

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出雲旅行の話は、まだ続きがあります。
今回は出雲大社の話。やっと境内に入ります。

参道を登り切ったところに現れるのは、正門鳥居、そして、その背後の神苑です。
いよいよ境内という気分。

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ところが鳥居をくぐると松林の長い下り坂。
こういうパターンは珍しいのではないでしょうか。
たいがいの神社は、拝殿・本殿まで登っていくか、あるいは水平だと思います。
砂丘の地形なのか、神苑を担当した伊東忠太の演出か。(伊東忠太が関わっていたと知ったのは後のことで、知っていればもっと注意深く見たのに)

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本殿一帯はこのように山に囲まれています。
一つの山塊というより、たくさんの小さな山に囲まれているよう。正面も丘になっているわけですから、小さな盆地のようなもの。古代以来の神社の空間は、何か特別な場であることが感じられて好きです。

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神社の北には、2つの池が掘られています。正面の広々とした白砂の空間に対して、鬱蒼とした森です。
この日は平日だったのでとりわけ静か。

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その一画には、森の雰囲気に合った彰古館が建っていました。大正3年(1914年)に建てられています。

近道しようと思えば本殿脇の駐車場から歩けばすぐですが、こういう雰囲気全体を楽しむなら、やはり参道から歩いてきた方がいいのではないでしょうか。

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