2017年6月25日 (日)

加賀石の里めぐり(3)遊泉寺銅山跡

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※クリックすると拡大します(以下同様)

鵜川・遊泉寺地区で3ヶ所目、遊泉寺銅山跡を見に行きました。
ここには江戸時代から銅山もあったんです。
鵜川石切場跡を案内してくださった鵜遊立活性化委員会の方など地元の皆さんがこつこつと遊歩道を整備して、2006年から銅山の遺構を見て回れるようになりました。


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現状はというとこんな感じの森。
まさかここに銅山町があったなんてイメージできません。

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案内板によるとこんなに大きな町があったそうなんです。
大正5年頃には従業員1600人、人口5000人に達していたとか。

江戸時代の安永元年(1772年)に開坑し、盛衰はあったものの、加賀藩の有力な財源だったようです。

明治になると採掘権は、土佐藩の竹内綱のち長男の竹内明太郎氏に渡りました。
竹内明太郎氏は鉱山の近代化につとめ、明治40年には鉱山から小松までの軽便鉄道を敷設、神子清水発電所を建設して機械化を進めました。

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この方が竹内明太郎氏です。
氏はまた機械工業の重要性を認識し、諸外国を視察して、遊泉寺銅山の私設鉄工所として小松鉄工所を設置しました。

鉱脈の不足や第一次世界大戦後の不況を受けて、遊泉寺銅山は大正9年に閉山に追い込まれますが、小松鉄工所は銅山の施設・物資と人員を引き継いで、大正10年に小松製作所として分離独立しました。これが今のコマツにつながっています。
ー以上、遊泉寺銅山跡記念碑より。

あのコマツはここから出発したんですね。
今回初めて知りました。


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銅山跡の入口には立派なトイレが整備されています。
また駐車場もあります。
駐車場はもっと奥にもあります。

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このあたりは公園になっていて、遊泉寺銅山のカラミ石も展示されていました。
ここのは四角柱になっているのが特徴だそうです。
他の鉱山では大型の煉瓦の形だったり、尾小屋鉱山の場合は六角柱だと聞きました。

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最初に現れる遺構は真吹炉です。
銅鉱質の分析炉と説明されています。

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周辺にはシャガが群生していて、ちょうど花の季節だったため、写真を撮りに来られている方もいました。

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銅山町の跡は、石垣で階段状になっています。


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次に現れるのは、この銅山跡のシンボルともいえる、巨大煙突と煙道窓です。
煙突は高さ20mあるそうです。

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あちこちに立入禁止看板が立っています。
鉱山跡なのであちこち穴が開いていたりして、危険があるようです。

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例えば、これは分かりにくいですが、窪地になっています。

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遊歩道の足元には煉瓦やカラミ煉瓦が落ちていたりします。


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これは何か分かりにくいですが、鍛冶屋の炉跡です。

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竪坑跡。深さは150mあったそうですが、危険なため、今はコンクリートで覆われています。

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ここから遊歩道は上りになります。
急な登り坂です。

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登り切れば、平坦な尾根道になります。
精錬所から出るノロ(不純物)を引き揚げた巻き上げ装置の台座が残っています。

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尾根筋からは小松市街と海が見えます。

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今度は谷筋を下っていくと、水源地跡があります。
ちょっと分かりにくいでしょうか。
谷が堰堤で堰き止められています。


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解説のないところにも、斜面に穴が開いていたりしましたので、まだ遺構は埋もれているかもしれませんね。

遊歩道は一周1.5kmで、所要時間1時間程度です。

なお、小松市ではこの6月に5000万円の予算を盛り込み、今後5年かけて遊歩道を整備するそうです。
北国新聞社「遊泉寺鉱山跡を整備 小松市、煙突や炉巡る遊歩道」
今でも見て回るのに不都合はないので、こういう森の中の遺跡の雰囲気が好きな方でしたら、今のうちに行っておいた方が良いかも。

<関連記事>
 「加賀石の里めぐり(1)鵜川石切場跡」
 「加賀石の里めぐり(2)ハニベ巌窟院」

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2017年6月24日 (土)

加賀石の里めぐり(2)ハニベ巌窟院

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鵜川石切場跡の案内人の方を紹介していただいたお礼もあり、この地域一番の観光地であるハニベ巌窟院も見学しました。
入口の正面に立つ仏頭のインパクトが大きいです。私は詳しくないのですが、北陸随一の珍スポット、B級スポットとして有名なんだそうです。

ハニベ巌窟院は、昭和26年、鵜川石の石切場跡をアトリエとして、初代院主・都賀田勇馬氏によって開洞され、二代にわたってひたすら作り続けられた仏像などで満たされた空間です。ハニベとは、埴輪を焼く人、彫塑家のことだとか。

入口にある仏頭は二代目によって制作途中の大仏で、完成すると高さ33mになる予定だそうです。

巌窟院自体はここではなくて、右手にあります。

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洞窟に至るまでも彫像などが並んでいます。
これは金沢市金石浜に立つ銭屋五兵衛の銅像の原型で、昭和8年、初代によるものだそうです。

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洞窟は丘の中腹にあるので、階段をあがっていきます。
途中、斜面を利用したかっこいい建物も。

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メインの洞窟の他にも周囲に小さな洞窟があって(こちらも採石場跡)、塑像などが祀られています。

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ここがメインの洞窟の入口です。
仁王様が門番です。

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入ると石切場跡というのがよく分かる通路で、壁や天井など、そのまま使われています。
洞窟の全長は約150mです。

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床に耐火煉瓦が敷き詰められている場所もありました。
窯に使ったものの再利用でしょうね、たぶん。

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洞窟はいくつかのパートに分かれていますが、たぶん一番人気のあるのが地獄を再現したパートでしょう。
この地獄門から始まります。

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鬼たちの食事風景。
食べているのは人間の目玉とか耳とか血とか。
洞窟の中という状況がぴったりですね。

洞窟の様子をレポートしておられる方はたくさんおられますので、そちらをご覧下さい。
悪いことをすると地獄でこうなりますよという教訓で、面白いといえば面白いです。


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こういう通路があちこちにつながっていて、所々、柱として石が残されています。


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最後は切り出された階段を登って地上へ。

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丘の上に上がると広場になっていて、涅槃仏がおられます。
後から来た若い女性が「これが見たかったんです」と駆け寄っていたので、有名なものみたい。

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私はこちらの方が気になりました。
天神牛の台座だけ残っているもの。
上野公園に代表作の天神牛があったとのことなので、そのレプリカなのか、もしかすると金属供出されて台座だけが戻ってきたのか。

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台座の下段はひときわ大きな煉瓦で、半分隠れているので刻印が読めませんが、HASEGAWAと書いてるのかなと推測します。

他にもたくさん紹介記事があるので、簡単にはしょりましたが、多くの彫像・塑像があって、見応えがある施設です。
石切場跡の見学としても良いと思います。

<関連記事>
 「加賀石の里めぐり(1)鵜川石切場跡」

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2017年6月22日 (木)

加賀石の里めぐり(1)鵜川石切場跡

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ゴールデンウィークの3日間、石川県の小松市・加賀市を、石をメインテーマ、北前船の里をサブテーマに巡ってきました。
どれだけ紹介できるか分かりませんが、ランダムに紹介します。

今回訪問した先は、
小松市の東酒造(神泉)、遊泉寺町・鵜川町、観音下、尾小屋、那谷寺、滝ヶ原、
加賀市の大聖寺、吉崎、塩屋町、瀬越、橋立、片山津温泉、動橋などです。

今回の旅行では一日だけ珍しくレンタカーを使いました。
回る場所が散在していたためです。

石切場跡や鉱山跡が集まる鵜川・遊泉寺・立明寺地区(鵜遊立地区)をめざして、その中でも観光地になっているハニベ巌窟院に車を停めました。
そこで目にしたのが、上の看板。
「珠玉と歩む物語」小松 〜時の流れの中で磨き上げた石の文化〜というストーリーで、平成28年度に日本遺産の認定を受けています。

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その右側には、鵜川・遊泉寺・立明寺地区の真新しい案内板があります。
この鵜川石切場跡を見てみたいなと思って、ハニベ巌窟院の売店のお姉さんに「ここを見学できませんか?」と聞いてみました。すると案内人の方に連絡を取って下さって、すぐに来ていただけました。急にお呼び立てすることになってしまって申し訳なかったのですが、せっかく来てくれたのだからと歓迎して下さいました。
鵜遊立地区の活性化委員をされている方だそうです。

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ヘルメットと懐中電灯を用意したら、軽トラに乗せていただいて、数百m東にある近くの石切場跡へ。
この擁壁の向こう、森の中にあります。ぱっと見には分かりません。

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上に上がるとこのこの坑口。
冒険活劇映画のシーンのような。
案内者の方は子供の頃によく遊びに来たそうです。
松明をたいて洞窟探検をしたり、この崖にロープをかけて登ったり、地下水でスイカを冷やして食べたり。
夏は涼しく、冬は暖かいようですし、私がここの子でも絶対入り浸ります。


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入口付近の空間。人工の洞窟なので、広々としています。

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何よりいいのが、採石跡の四角い穴に澄んだブルーの水が湛えられていること。
ほんときれいです。

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こちらは土砂が流れ込んでいます。
ぐるっと一回りしたのですが、未整備なので、足を滑らせたら水没です。
どきどきしながら、進みました。

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水中に没していく石の階段。
どこから水中なのかよく分からないぐらいで、底まではっきり見えています。
ここが一番気に入りました。

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あと洞窟にはコウモリがいます。
固まってぶら下がっているので、シャンデリアみたいです。
昼間なので全く動きません。

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ここの湧き水は飲めるぐらいきれいな水らしくて、ここから水道が引かれています。
また、水を引いてワサビの栽培などもしていたそうです。

鵜川で採れる石材は鵜川石という角礫凝灰岩で、飛鳥時代の古墳の石室から小松城の石垣、近代建築に至るまで、長い期間にわたって利用されてきました。
この石切場が現役だった時代には、集落の中まで長いスロープが作ってあって、切り出した石を引っ張り降ろしたそうです。

昔の様子や遊んだ思い出なども語っていただいて、とても興味深い見学になりました。
大変お世話になり、ありがとうございました。
一般の観光利用のためには転落防止対策をしたり、照明をつけたりしないといけませんが、やりすぎるとつまらなくなるので、どの程度にするか考えておられるところだそうです。

ぜひ宣伝してくださいとのことでしたので宣伝します。
何といっても地下水のプールがきれいです。

直接ハニベ巌窟院に来てもらっても、空いていたら案内するけれど、できれば小松市の観光交流課に「鵜川の石切場跡が見たい」と申し込んでください、とのことでした。

なお、鵜川の集落の下にも坑道が走っていて、何度か小学校のグラウンドが陥没したことがあるそうです。
ハニベ巌窟院も石切場跡ですし、向かいの山には遊泉寺の石切場跡といって、戦時中は中島飛行機が地下工場として使っていた総延長10kmに及ぶ坑道があるそうで、そちらも見てみたかったのですが、天井が崩落している場所などもあり、危険なので観光客には勧められないとのことでした。(ネットではいくつかレポートなども上がっています)

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鵜川の集落内にも石の蔵がありました。
地元だから鵜川石なんでしょうか。よく分かりません。

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2017年2月15日 (水)

大毛島から高島へ(鳴門市)

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(訪問日:2016年9月11日)

前回、鳴門の渡船の記事で省略した、大毛島から高島までのサイクリングについて紹介します。
大毛島の北端は鳴門公園で、大鳴門橋が架かり、大塚国際美術館もある観光地ですが、そちらには行かず、小鳴門海峡沿いを走りました。

土佐泊の渡船場に着いたところから。
渡船はすぐに引き返し、タラップだけが残されます。

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土佐泊の集落で写真を撮っていると、近くで作業中の漁師さんに声をかけられました。
有名な鳴門わかめの養殖をされていて、今は網の手入れ中だそうです。
太いロープにビニールのひもをくくりつけたりされていました。

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別の家の前にはたくさんのブイ。

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徐行の手描き標識。
左上に少し写っているのはイカリ?

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前回も紹介した徳岡造船。
今も現役の造船所で、この時も船を建造中でした。

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海辺にはわかめの水揚げ・加工設備が並んでいます。

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収穫してきたら、浜ですぐゆでてしまうということもしているようです。

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穏やかな海辺の道を走ります。
車も来なくて快適。

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こちらは大毛島ですが、本土とは3本の橋で結ばれています。

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船溜まりがあるのは狭い海峡で、ここを渡れば高島です。

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島のお地蔵さん。
松明のような台座が面白いなと思います。

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鳴門の「鳴」の瓦?

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高島は島の名前であり、その中心の集落の名前でもあります。
高島は製塩業の集落で、塩水の水路に囲まれて、古い街並みが残っています。

この石垣のカーブなど美しいですね。
緑泥色の撫養石(大毛島の三ツ石で産する和泉砂岩・鳴門砂岩)と思われます。

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またこういうカラフルな石垣もありました。

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蔵もあります。

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最後に、鳴門塩田公園に塩田の遺構が残っていると知り、それも訪ねてみました。
集落のすぐ近くにあるのかと思ったら意外と離れていて、見つけるのに少し手間取りました。
江戸時代末期の塩田屋敷(福永家住宅)が塩田とセットで残っていて、重要文化財に指定されています。
煙突は製塩用の煙突。

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すぐ脇は水路で、向こうはすぐ海です。
見えているところは製塩作業場です。
右の茅葺き屋根は鹹水溜、その裏に釜屋でいずれも復元、左の小屋は塩納屋です。

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海側から見たところ。居住スペースと蔵。
美しい石垣に囲まれて水に浮かんだようなお屋敷です。
公開されることもあるようなので、見てみたいなと思います。

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こちらは入浜式塩田の跡。
水中にあるコンクリート製の構造物は沼井(ぬい。濃い塩水を抽出するための設備)で、大正時代のもののようです。

江戸時代の塩田屋敷と入浜式塩田がセットで残っているのはここだけらしいので、鳴門に来られたらぜひ見学をお勧めします。レンタサイクルと渡船を使えば、それほど行きにくくはありません。

鳴門塩業HP「これまでの製塩法」

<関連記事>
 「鳴門の渡船に乗る」

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2017年2月 5日 (日)

鳴門の渡船に乗る

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(訪問日:2016年9月11日)

鳴門に行く下調べをしていたとき、鳴門に市営渡船があることを知り、ぜひ乗ってみたいと思いました。
渡船は橋が架かったり、利用者が減るなどして廃止されていきますので、あるうちに乗っておかないと。

鳴門市営渡船は現在3本あり、全て小鳴門海峡を渡る船です。
黒崎・島田渡船は昭和22年に民間から、岡崎渡船は昭和37年に県から運航を引き継ぎ、市道扱いとして、昭和31年から無料で運航されています。コスト削減のため、平成15年から運航が民間(といっても母体は漁協)に委託されて現在に至っています。

渡船は駅からも相互にも離れていますので、観光協会のレンタサイクル(なると街なかレンタサイクル)を借りました。鳴門駅近くのなると物産館で借りられて、1日500円です。名前はらっきょ号(笑)。

最初に向かったのは岡崎渡船です。
結論から言うと、ここが一番雰囲気があってお勧めです。
本土側の岡崎と大毛島の土佐泊を結んでいます。

上の写真は岡崎の乗り場です。
のどかでしょう?

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こちらは待合室。
早い時間からおじいさん、おばあさんが時間待ちをしていました。

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待合室の中はこんな感じ。人が写るので撮ってませんが、左側にテレビもあります。
暑い日でしたが、ここはクーラーが効いています。乗務員の控室も兼用になっているみたいです。

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こちらは時刻表です。
朝6時40分から晩は19時50分まで、朝夕は20〜30分ごとに1日24往復です。
私は昼時に行ったのでちょっと不便な時間帯。

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時間が来ると、船の前をタラップにつけて乗船です。
自転車ごと乗り込みます。

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舳先を上げることなく走って、3分で対岸の土佐泊に到着。
乗客、船員から船、周りの風景まで、のどかさに溢れています。

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土佐泊の待合所は簡易で、バスの待合所程度。

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ここからは自転車で次の渡船に向かいます。
大毛島については改めて紹介したいと思いますが、自転車で走るには気持ちの良い道です。

こんな造船所(徳岡造船)のクレーンの下を回り込むように走り抜けます。
まさに船を建造中でした。

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左手に穏やかな小鳴門海峡を見ながら、橋を次々くぐっていくこの道は車も通らず、サイクリングロードのようです。

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細い水路を越えると大毛島とほぼ地続きの高島。
いろいろ高島で寄り道しましたが、それは別の記事で。

やがて黒崎渡船の高島の乗り場に到着します。
黒崎渡船は、四国側の黒崎と高島を結んでいます。
桟橋が長くて、半分渡ってしまっているのでは?と思うぐらい。
航空写真を見て分かったのですが、桟橋のある部分は浅瀬なんです。

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先端まで行くと待合所があります。

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振り返ったところ。
向こうは高島。

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対岸から渡船が到着。
学生でいっぱいです。
高島には鳴門教育大学があり、その学生が渡船の主要なお客さんのようです。
おかげでこの渡船が一番賑わっていました。

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船の最後尾。

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わずか2分で対岸の黒崎に到着します。

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脇には待合所がありました。

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ここから今度は小鳴門海峡の西岸を北上します。
向かいの高島には、かつて塩田が広がっていました。

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途中、紛らわしい船着き場に迷いながら、ようやく島田渡船の堂浦の乗り場に到着。
ここは四国側の堂浦と島田島(面白い名前ですね)の島田を結んでいます。
他の2つの渡船と違って拠点が島側にあります。
向こうからやってきて、向こうに戻ります。

しかし、船が来る気配がない。

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乗り場を見ていると注意書きがあり、なんと、船が来ないときはこのボタンを押して下さいと書いてあります。あくまで島田島の人の足なんですね。
さすがに渡船に乗りたいからという理由だけで来てもらうのもはばかられ、乗るのはあきらめました。

浮いた時間で北泊まで走り、帰りに小鳴門公園を見つけたのだから良しとします。

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最後に市営渡船ではないのですが、面白い渡船がありました。
島田島にある鳴門シーガル病院に渡る病院渡船です。
病院に通うために専用渡船というのもすごいですね。
すごく興味ありましたが、面白半分に乗るものでもないので、これもあきらめました。

鳴門シーガル病院アクセス


上の地図で赤い線が市営渡船、緑の線が病院の渡船です。

昔の航空写真を見ていて、どういう場所に渡船があるのかなと確認すると、街道の先にあるのですね。
鳴門から北と東に街道が延びていて、岡崎・黒崎の渡船はその先にあります。
渡船は「道」だということがよく分かります。

繰り返しになりますが、とくに岡崎渡船がお勧めです。
気候のいい時にレンタサイクルを借りてぜひ。

<関連HP>
  鳴門市HP「渡船」


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2017年1月14日 (土)

隠れた名所・小鳴門公園(鳴門市)

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昨年9月に鳴門を訪れました。
観光案内所でレンタサイクルを借りて旧街道を走り、古い建物を探したり、市営渡船に乗ったりと走り回ったのですが、その中で印象深い場所に出会いましたので紹介します。

それはほぼ見たい場所は見て、小鳴門海峡の北の入口にある北泊の漁港まで走った帰りでした。
道の脇に煉瓦の不思議なモニュメントが立っているのに気付きました。
それは唐突にあって場に不似合いなぐらい立派。
右から小鳴門公園と書かれています。
が、その向こうはすぐ森で、公園という感じではありません。

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何か解説板などないかと探しましたがありません。
ただこの門があるのみ。
門の中に、説明板があったような痕跡は確認できました。
(もしかして、金属供出された?)

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見上げると木組みが見えます。

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裏側に回るとまた文字があります。
右から「美妙」と書いてあるのでしょうか。

後で『徳島県近代化遺産調査報告書』のリストを調べると、昭和30年以前のものとされています。

しばらく門を眺めていると散歩で通りがかった方がおられました。
「この上に何かありますか?」と尋ねると「広場になっていて、忠魂碑がある」とのこと。
何もないように見えた森ですが、右に登っていく坂道がありました。
それならと、せっかくだから登ってみることにしました。

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落ちている枯れ枝を拾い、蜘蛛の巣を払いながらこんな道を登っていきます。
登山道みたいですね。

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果たして、ぱっと視界が開け、忠魂碑のある広場がありました。
忠魂碑には大正8年と書いてあります。
意外と古い。

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そしてもっと私には興味をひくもの、公園の記念碑がありました!
こちらは昭和4年です。

読んでいる時間はないので、写真に収めておきます。
後で書き起こしてみました。
写真にちゃんと撮れていなくて、判読に難儀しました。
もっとたくさんに分けて撮っておくんだった。


 御大典紀念
 阿波十五景之一
 徳島日日新報社選

阿州の地古来勝景に富む。此処小鳴門峡神燈岩に立つ若葉の鼻より北泊口に至る十八町、処として奇勝ならざるなく絶景ならざるはなし。試に長江此の道に立って眺めるが、俯して千○の碧潭に涖(のぞ)み、仰いで古蹟鐘懸の高峰に対し、左は島田の翠巒遠く連り、右は遥に塩焼く煙騰る竹島を望む。影浦は波穏にして○乎たる六神の社を蘸(ひた)し、船泊間に白鴎と眠る。而して源平の旧址船隠を擁する○霧湾は峡中第一の勝景にして、松翠に水清く、晩岩聳え、錦鱗常に碧淀に○る。若し夫れに潮の満○らんか春○の鼻の近、大小の塩渦洶湧し、波激しては白○を噴き、響轟いては萬雷一時に落つ。忽ち見る一葉の扁舟、矢の如く駛(はし)り来って岩際を掠むるや、瀾跳(なみおど)り舟舞い、将に覆るを免るるを。而して此処を過ぐるは海上已に平遠、一碧萬頃、唯漁○相望み、○乃互に答え、山水愈緑なるを覚ゆるのみ。蓋し潮流の激迅にして盤潮の千変萬化なる他に其比を見ざる所。而も観潮は何れの季として佳ならざるなく、春暁よく秋夜よく雨日亦よし。昭和三年秋、徳島日日新報社広く県下の勝景を募るや、地峡即十五景中の三位に当選す。○つに碑を山上に建て以て之を紀念せんとし、予に嘱して文を撰ぜしむ乃景を○し由来を証して以て之に与うと云う。

 徳島県立中学校長
 従五位勲六等中原宇三郎撰
    勲八等中瀬○太郎書
 昭和四年十月    


 ※旧字体はできるだけ新字体に変更しました。
  ○は判読できなかった文字です。
  カタカナをひらがなに改めました。
  適宜、改行や句読点を追加しています。
  たぶん読み取り間違いがありますので参考程度にご利用下さい。

 要するに、昭和天皇の即位御大典を記念して、徳島日日新報社という新聞社が昭和3年秋に、徳島県民対象に徳島の名所を募り、十五景を選んでその3位に入ったのがこの小鳴門峡だったということです。

公園といってもこれだけかなと、それほど見通しの良くない広場を見渡して、周囲を歩き回ると、裏に下っていくもう一つの道と、忠魂碑の右手奥に続く道がありました。
まだ奥があるのか、と忠魂碑の右手の道をたどっていきます。

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※クリックすると拡大します

するとコンクリートのベンチが。
「御料理 日之出旅館 仕出し」と広告が刻まれています。
花見弁当の宣伝でしょうか。

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他にもベンチはありますが、広告は入っていません。
ちょっといい眺め。

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突然、鮮やかな赤いベンチが現れた時はびっくりしました。
真新しさが怖いです。

公園には誰一人いない割には整備されていて、後で調べると地元のボランティアの方が毎年草刈りをされているようです。ありがたいことです。

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そしてその先にぱあっと目の前が開けて、眼下に小鳴門海峡を見下ろすベンチがありました。
ここは岬の先端です。絶景ベンチ。

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視線を右に転じると小鳴門海峡がカーブを描いています。

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帰り道からは海峡の出口も見えます。
以前は周囲の木が低くて、もっと海峡が一望できたのかもしれません。

地図で確認すると、小鳴門海峡の真ん中あたりに突き出している岬がこの小鳴門公園です。
近代の公園好きとしては、貴重なものを見ることができました。
普通に景色を眺めてもいい場所です。
記念碑の碑文の撰者が褒め称えるようなことを味わうにはもっとゆっくり過ごさないといけない気がします。気軽に訪ねられる場所ではないですが、再訪する機会があればと思います。


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2016年10月22日 (土)

小豆島・草壁本町から安田へ

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小豆島の草壁本町の近くで見かけた持ち送り。
よく見ると花とトゲのある茎が表現されていて、工芸的です。ノイバラでしょうか。

草壁本町を歩いた後は、バスで小豆島北東部の港町・福田に向かおうとしたのですが、ここでハプニング発生。腕時計の時間がずれていて、バスに乗り遅れてしまったんです。
幸い、瀬戸芸期間ということでバスが増発されていて、2時間待ちぼうけということにはなりませんでしたが、それでも次のバスは1時間後です。
せっかくなので次のバス停まで旧道を歩くことにしました。

これが意外な収穫になりました。

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まず出会ったのが片城橋。
別の親柱に昭和2年と書かれています。

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全体として、こんな風に親柱と一部欄干が残っています。
もう少し先に新しい片城橋があったので、移設されたのかと思いましたが、地図をよく見ると旧片城橋を通る旧河道が確認できます。おそらく河川改修によって河道が直線になり、新たに橋が架けられたのですね。

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佃煮工場の島乃香(株)片城工場の通用門跡?
大正風なデザインです。

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さらに進むと大きな敷地が見えてきました。
歯科医院です。

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下見板張りの建物があって、旧診療所かなと思いました。
戦後っぽい質感です。

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カラフルな石で門柱が作られています。

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破損した部分から煉瓦が顔を見せていて、壁が煉瓦造であることが分かります。

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さらに不思議な建物が。
「内海町片城車庫」と書かれています。
何の車庫なんでしょう。ボンネットバス?

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車庫本体の前に、かわいらしい建物が附属していて、こちらは事務所でしょうか。

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斜向かいにはロープウェイの車両を転用した集会室がありました。
寒霞渓ロープウェイの車体らしいです。
オリーブ畑の中に置かれた車体は、窓が大きくて眺めが良さそうですね。

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安田の町に入ったところで、洋館+和洋折衷住宅がありました。
好みの住宅です。

バスに乗り遅れたおかげで、得る物の多い時間になったと思います。

<関連記事>
 「小豆島・草壁本町を歩く」
 「夏の香川・島めぐり(14)小豆島へ」
 「夏の香川・島めぐり(15)小豆島の醤油工場」
 「夏の香川・島めぐり(16)小豆島の洋館付き住宅・煉瓦」

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2016年10月19日 (水)

小豆島・草壁本町を歩く

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7月の終わり、小豆島に瀬戸内国際芸術祭見学を兼ねて出かけました。
利用したのは神戸発・坂手港行きのジャンボフェリーです。
夜に神戸を出発し、早朝に高松を折り返して坂手港に着きますので、時間が有効に使えます。

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坂手港周辺は前回の瀬戸芸2013の時に見ましたので、すぐバスで草壁港に向かいます。
草壁港のバス停にはびっしり描き込まれた手描き商工地図がありました。

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草壁港内には移築された蔵が2棟並んでいます。
左が宝食品天川亭(旧天川家住宅土蔵)、右が宝食品福井亭(旧福井家住宅土蔵)です。
ともに昭和10年頃。
元の場所から切り離されて港に建っていると浮いた存在感があります。
瀬戸芸の会場になっていました。

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近くを歩いていると古い防潮堤が残っていました。
つまり昔の海岸線はここ。
近くには塩田もありましたし、時代ごとに海岸線が前進しています。

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ここからが本題。草壁本町の旧道沿いを何かないかと歩いてみました。
さっそく現れたのが古そうなショーウィンドウです。
現在の商売は建築資材屋さんです。

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星城小学校の校庭に備前焼の二宮金次郎像を見つけました。
備前焼のは初めて見ました。他地域では金属供出後の代替として作られた場合もあるようです。
備前は小豆島の対岸なので運びやすかったのですね。
備前焼というと狛犬も作っていて、商売の広げ方が面白いと思います。

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街道を歩くと、立派な看板建築がありました。
トキゾウと書かれていて、トキゾウ呉服店です。
営業はされていない様子。

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さらにナカヲ時計店。

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裏側に回ると、隅櫓のような洋風の部屋が立ち上がっています。

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さらに山地呉服店。
右から左の文字で銅板で書かれています。

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その先にアールデコ風の橋があります。
一つ上流に元楊柳橋が架かっていて、たぶんここは楊柳橋なのだと思います。

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楊柳橋から上流を見たところ。
向こうは寒霞渓です。

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旧街道から脇道にも逸れてみます。
立派な門柱のあるお医者さんがありました。

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ここのお宅は地元の名士の方のためか、お庭が面白くて郷土資料館みたいです。
たとえば、こちらに「ときわはし」の親柱があったり。奥にも親柱が見えます。

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さらに草壁町道路元標までありました。
移設でしょうね。

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70年代風の角丸窓がきれいな荒井写真館。

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窓はぷっくりしたタイルで縁取られています。

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カラフルな石を固めた石垣。
暑い日だったのでアイスバーに見えました。

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道脇につな引石というものも。
綱引きの基準線だったのか、あるいはこれ自体を引き合ったのか、詳しいことは分からないようです。

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虎の飾り瓦。面白い。

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このあたりは肥田牛乳エリアで、牛乳箱もありました。

草壁本町は本町と付くだけあって、歴史の蓄積を感じさせる町でした。
この後、旧街道を安田まで歩いたのですが、その話は次回に。

<関連記事>
 「小豆島・草壁本町から安田へ」
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2016年8月 7日 (日)

瑞浪の近代建築など(岐阜県瑞浪市)

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先月、多治見市笠原にオープンしたモザイクタイルミュージアムを訪ねる機会があり、翌日、瑞浪の街を歩きました。多治見・土岐については2008年に訪ねていますので、今回は瑞浪を紹介します。瑞浪は周辺の街と同じく陶器の街のようです。

瑞浪の駅前は昭和の雰囲気も残しつつ、駅前広場は明るく整備されていました。

>日常旅行日記「多治見60年代」
     「懐かしの土岐」

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駅前にある地図です。
瑞浪の街は中心部を土岐川が蛇行していて、街が分かれています。
昔の空中写真を見ると、旧市街は川の西側と、瑞浪駅の南側の半島状の地域、線路の北側を平行して通る旧街道のあたりのようです。

駅からは東に本町通り、南西に元町通り、新しく南へ公園通りが伸びています。
旧市街を意識しつつ歩きました。

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まずは東の方、駅前を東西に横切り、角度を変えて土岐橋に向かう、本町通りの周辺を紹介します。
こちらはタチ医院です。
診察室と後ろに続く自宅の2階が下見板張りです。

タチ医院HPの「ごあいさつ」によると、ここは昭和9年に建てられた大竹医院という眼科医院で、その後、外科の「桜井医院」の時代をへて、昭和42年からタチ医院となったそうです。
真新しく見えるのは、平成17年にバリアフリー対応改修をされたからで、それでも古い外観を維持されているのはありがたく思います。

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もう少し駅寄りで気になった建物に、犬養産業(株)瑞浪営業所があります。
これなどもサイディングを外せば本体は古いのではと思ってしまいますが、自分の目に補正をかけすぎかも。

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本町通りは、現在の幹線と分かれた後、角度を変えて、一直線に土岐川に向かっています。

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その道の先、土岐川の向こうに洋風建築と黒い建物があり、アイストップとして呼んでいます。
始禄というのはお酒の名前で、元禄時代創業の中島醸造という造り酒屋さんです。

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手前に架かる土岐橋は昭和5年竣工。
洋館とともに味がありますが、点検結果が良くなく、掛け替えが検討されています。

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この洋館も中島醸造さんの持ち物のようですが、使われている雰囲気ではなく、心配です。
こういう立地の建物は街の顔なので、風景として残ってほしいところ。

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壁には面白いタイルが使われていました。
アフリカで干上がった池の底のような。

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さらに先に進んでみました。
広大な酒屋の敷地を周りこむと、正門前からまたまっすぐ道が伸びて、きれいな水路があります。

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さらに歩いて行くと、古い公会堂がありました。
益見公会堂という看板がかかっています。
今も使われている様子。

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瓦は益見の「益」の字入りです。
益見というのは地区の名前です。

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街の東側はこれぐらいとして、次は街の中心部です。

古い町屋はたくさんありますが、寺河戸町のこの洋風住宅が気になりました。
煉瓦積みの塀があり、2階建ての洋風建築から和風の部屋が突き出しています。

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川の西側は元町という地名が見えますのでどうも古そう。
美濃窯業の2本の煉瓦煙突が目立っています。
奥が大正9年の角形煙突、手前が昭和10年の丸形煙突です。
東濃地方に残る最大級の煙突として、ともに登録有形文化財になっています。

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元町通り沿いの、たぶん元散髪屋さん。

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川の西側は河岸段丘になっていて面白い地形です。

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段丘の上には古い住宅もありました。
とくにこの建物、すごく良い洋館付き住宅です。
洋館部分だけが目立つことなく、和館の中に取り込まれています。

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和館にサンドされた洋館付き住宅も。
たぶん、右側の和館は後から建てられたものでしょう。

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戦後のものという感じですが、消防団の消器庫が下見板張りの建物でありました。

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玄関部分が下見板張りになっている建物もあります。
面白い構造ですが、なぜ玄関が2つ?

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これは何ともいいがたいですが、川沿いに目立つ洋風住宅がありました。
新しそうにも見えますが、気になるので参考に載せておきます。

とくにあてもなく訪ねた瑞浪でしたが、いい建物に出会えました。

<関連記事>
 日常旅行日記「多治見・土岐の記事一覧」

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2016年4月29日 (金)

まちかどの近代建築写真展 in 名古屋Ⅰ 開催中

Machikadonagoya
(名古屋市・敷島湯)

まちかどの近代建築写真展の第1回名古屋展が開催されています。
大阪展では展示しきれなかった「小さな建物たち」の写真800点に加え、地元愛知県の近代建築の写真200点以上、合計1000枚以上の写真が展示されています。

関連イベントもありますので、名古屋でご都合のつく方、ぜひお出かけください。

■まちかどの近代建築写真展in名古屋Ⅰ
 愛知・名古屋の近代建築 & 想い出の商店街
「小さな建物たち」 

開催概要
 場所:公益財団法人名古屋まちづくり公社 
    名古屋都市センター 
    11階まちづくり広場(ボストン美術館同ビル)
 住所:〒460-0023 
  愛知県名古屋市中区金山町一丁目一番一号 金山南ビル内
 TEL:052-678-2200 
 会期:4/26(火)~5/8(日) ※5/2(月)は休館
 開館時間:10時〜18時(最終日15時まで)
 入場料:無料

 招待作家:大場典子氏(針穴写真家)、加美秀樹氏(考現学写真家)、クレメンス・メッツラー氏(イラストレーター)、宮井周平氏(近代建築スケッチ会主宰)

 主催:まちかどの近代建築写真展in名古屋実行委員会
 協力:まちかどの近代建築写真展実行委員会・近代建築探訪メーリングリスト・名古屋スリバチ学会

<関連イベント>
■講演会「あきなうみせがまえ」
 考現学的見地から商店建築(各種商店、遊郭含む)を解説します。
 講 師:フリーライター・考現学 加美 秀樹氏
 日 時:2016年5月1日(日)13:00-14:00(開場12:30)
 参加費:無料
 定 員:60名(先着順)
 場 所:名古屋都市センター11階ホール

■発表会「近代建築~私の1枚」
 自分の好きな建物の写真を1枚持ってきて、語っていただきます。
 発表者は自由参加。
 日 時:2016年5月1日(日)14:00-15:00
 参加費:無料
 場 所:名古屋都市センター11階ホール
 お申込は下記まで。
 E-mail tatemono2016@gmail.com (写真展実行委員会)

■ギャラリートーク
 全国の近代建築を撮り歩いてきたお二人による写真解説
 スピーカー:岡崎紀子氏、前村敏彰氏
 日 時:2016年5月8日(日)
    第一回 10:30〜  第二回 11:30〜
 参加費:無料

■講演会「まちの宝物・産業遺産の魅力を探る
    ~熊本地震を機にまちなか建築の価値を考えよう~」

 講師:市原猛志氏(九州大学百年史編集室助教、
     北九州市門司麦酒煉瓦館館長、産業考古学会理事) 
 日 時:2016年5月8日(日)13:30-14:30
 参加費:無料
 定 員:60名(先着順)
 場 所:名古屋都市センター11F ホール

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