2018年12月24日 (月)

淡輪遊園(大阪府岬町)

181216tannnowa_1
先日、大阪の岬町に大正時代に開かれた淡輪遊園(あたご山公園)があると知り、現地を確認しに行きました。
*淡輪は「たんのわ」と読みます。
かつて淡輪にラジオ塔があったという記録があり、その場所を確認したかったのもあります。設置場所として、淡輪遊園の可能性が高いのではないかということで。

淡輪駅に降り立ったのは初めて。
大正14年に建てられた洋風の駅舎で、観光地らしい雰囲気です。

181216tannnowa_1_2
駅前の道を歩いて行くと、海のそばに丘が見えます。
この丘上に淡輪遊園(あたご山公園)はあります。

181216tannnowa_1_3
丘の入口にはあたご山の観光看板。
つつじが咲き誇る季節の公園が描かれています。
この赤い橋は後で出てきます。

181216tannnowa_1_4
丘を登っていくと、木々に隠れて煉瓦造の円形の貯水槽がありました。
いつ頃のものなんでしょう。色むらが少なく、新しめに見えましたが。

181216tannnowa_1_5
また、煉瓦貯水槽の下には愛宕祠がありました。
おそらく、これがあたご山の由来なんでしょう。
この雰囲気、夜は怖そう。

181216tannnowa_1_6
淡輪聖書教会もあります。
1959年にキャンプ場兼教会としてスタートしたそうです。
1980年にキャンプ場は閉鎖されました。


181216tannnowa_1_7
栗本鐵工所の研修センターの横を抜けて、海の方へ歩いて行くと、海に向かって開けた丘に出ました。
至るところにコンクリート製のベンチが置かれていました。
このあたりが淡輪遊園です。
(ベンチの脚がかなり浮き上がっていて、施工時から土が流出したようですね)

南海鉄道の「開通五十周年」(昭和11年)、「南海鉄道株式会社大観」(昭和12年)、「南海沿線厚生施設編」(昭和16年)によれば、淡輪遊園の開発は、明治36年に大阪朝日新聞の西村天囚氏が山内愚僲画伯とともにこの丘に遊び、大阪朝日新聞紙上に「海風」と題して十数日にわたってこの地を賞賛する記事を掲載したことがきっかけだそうです。

有名になり、来訪客が増えたため、翌明治37年に黒崎海岸に海水浴場ができ、村営の案内所を設置、民家を開放(民泊ですね)しました。当初は駅がなく、箱作駅から村営連絡船で客を運んでいたそうです。

明治39年には淡輪の臨時停車場ができ、黒崎館・龍宮館など旅館がオープン、翌明治40・41年には海水を使った人工滝や汽車ホテル、菖蒲園などもできました。明治44年には駅側にスロープを付け、全山が一大遊園地に。また駅舎をスイス風に改築するとともに、上水道を通し、全山に電灯を灯しました。

大正時代、南海は地元とともに海水浴場を改修し、釣り舟料金を統一して釣り客を誘致するなど、積極的に来遊者を増やす取り組みをしていたようです。

また明治43年頃から数千本の桜、大正14年に数万本のツツジを植えて、季節の行楽地となり、休憩所や東屋、ベンチ等を整備しました。
対岸の淡路島の洲本との間には摂陽商船の定期船が毎日2時間で結んでいたそうです。
昭和12年にはたんのわ温泉がオープンしています。

181216tannnowa_1_8
この日はお天気が悪かったのですが、天気が良ければかなりの眺めのはず。
海岸には大阪府立青少年海洋センターが見えています(昔泊まったことがあります)。

181216tannnowa_1_9
テラスには藤棚も2つありました。

181216tannnowa_1_11
丘上にはこれらいくつもの建物がありますが、以前は何らかの営業をしていた建物ではないかなと思います。

181216tannnowa_1_12
歩いて行くと、谷間に看板で見た朱塗りの橋がありました。この両側がツツジです。

181216tannnowa_1_13
この橋の名前は京橋でしょうか。

181216tannnowa_1_14
下の方にももう一つ朱塗りの橋がありました。

181216tannnowa_1_15
また別の丘に登って、こちらにもベンチが固まって置いてあります。
とにかくたくさんのベンチが散らばっています。

181216tannnowa_1_16
ここちょっと変わっているのが、鉄筋の出たコンクリートの遺構があります。
休憩所か何か、建物が建っていたのではないかと思われます。

181216tannnowa_1_17
歩き回ってもラジオ塔らしきものは見つけられないので、こちらの旅館・龍宮館でお話を聞いてみることにしました。
龍宮館、先ほど名前が出てきましたね。そう明治時代、この地に最初にできた旅館の1つです。
今も営業されています。一度泊まってみたいですね。

さて、最初奧さんが出てこられて、昭和一桁のお生まれのご主人も呼んでいただいたのですが、ラジオ塔は記憶にないそうです。
戦時中にレーダーの研究者がずっと泊まり込んでいたことはあったけれどもという話もあって、それはそれで貴重な話ですね(軍関係者では?)。

どこか近くでラジオ体操をしていた場所はないですか?と尋ねると、今は太陽光発電所になっている下の広場に集まってラジオ体操をしていたとのこと。
そこが可能性が高いのではないでしょうか?

181216tannnowa_1_18
行ってみると、こんな感じ南海電鉄の南海淡輪発電所となっています。

181216tannnowa_1_19
金網の隙間から見てみると、こんな感じ。
石柱がぽつんと立っていて、気になります。


グーグルストリートビューで見ると、2010年の画像しかなくて、その頃の広場の様子が分かります。
来るのが遅すぎました。
さっき見たのと似たような看板と、その右側に石柱があるのが見えますでしょうか。

181223tannnowa
1961年撮影、MKK613-C24-43

また国土地理院の空中写真を見ると、この矢印の先のものが何だろうと思います。
とはいえ、全然違う場所なのかもしれませんが。
場所としては、このあたりにあるのが一番自然に思えます。

181216tannnowa_1_20

今回の探索はここまで。
民家カフェのひろしげ珈琲倶楽部さんというのが気になって入りました。
ここ民家の土間や座敷を使って営業されていて、本格的なコーヒーをハンドドリップで入れてもらうこともできれば、手軽に飲みたい人にはセルフでコーヒーマシンで淹れてもいい(その場合は250円)という融通のきいた運営をされています。お菓子は障害者作業所のクッキーを一袋100円で販売。

私がいる間でも、若い人が来たり、おばあちゃんが土間で話し込んでいたり、子どもが座敷で勉強していたり、東南アジア系の外国人の方が豆を買いに来たりと、人が行き交ういい空間になっていました。
また次も行ってみたいと思います。

今回、淡輪遊園だけで終わってしまったので、集落の方も見てみたいというのと、淡輪遊園もまたツツジの時に見に来たいと思いました。

<関連記事>
 日常旅行日記「近代公園目次」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 6日 (火)

「まちかどの近代建築写真展 in 大阪XIII」開催中

180303machikado2018_1_1

今年も恒例の、まちかどの近代建築写真展・大阪展の季節になりました。
今回で大阪港・天満屋ビルカフェハaハaハaさんで開催される大阪展も13回目、全体では72回目だそうです。
毎年、大阪展で新たなテーマの展示が行われ、その後、一年かけて各地を巡回していきます(会場に合わせて、過去の展示の再構成・追加の場合もあり)。

今年のテーマは宗教建築で、大阪展では主に各地の近代の教会の写真が展示されています。
私も一枚だけ出しました。

以下、ハaハaハaさんのブログから引用

「まちかどの近代建築写真展in大阪XIII」(通算第72回)
テーマ「信仰の場 教会からモダンなお寺まで」

会期 2017年3月3日(土)~4月7日(土)15時まで

会場:ハヤシライスと雑貨の店 ハaハaハa
〒552-0022 大阪府大阪市港区海岸通1-5-28 2F
Tel 06-6576-0880 アクセス

月・木・金曜日 11:00〜17:00
土・日・祝日 11:00〜18:00
CLOSE  火曜日,水曜日

主催:まちかどの近代建築写真展実行委員会
協力:ハヤシライスと雑貨の店 ハaハaハa
近代建築探訪メーリングリスト

180303machikado2018_1_2

こんなとこまで!という場所に貼り巡らされた写真展示も見もの(?)
見落としそうな場所にも貼っていますので、よく見て下さい。

180303machikado2018_1

4月には天満屋ビル3階にオールドコールマンミュージアムがオープンするそうですよ。

<関連ページ>
 ハハハな一日「今年もやってきます!まちかどの近代建築写真展」
 まちかど逍遙「まちかどの近代建築写真展 in 大阪XIII」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月20日 (水)

恵我之荘住宅地(大阪府羽曳野市)

160904eganosho_1
もう1年以上前になってしまいますが、羽曳野市の恵我之荘住宅地を見に行きました。
恵我之荘住宅地は、大阪鉄道(現在の近鉄南大阪線)の恵我ノ荘駅開業(大正13年)に合わせて、大阪鉄道によって開発された郊外住宅地です。むしろ住宅地開発のために駅を作ったというべきか。
住宅地は駅前からすぐ広がっています。

撮影日:2016年9月4日

160904eganosho_1_1
駅から北は商店街が続いていて、古いお店らしきものもあります。

160904eganosho_1_2
その前には古い防火用水。

160904eganosho_1_17
駅前のこの建物も古そうです。

160904eganosho_1_3
住宅地に入っていって、古そうな住宅を見つけました。
こちら、切妻屋根を組み合わせた平屋の建物です。

160904eganosho_1_4
玄関まわりの桟や扉、玄関灯など見どころがあります。

160904eganosho_1_5
北東側から。

160904eganosho_1_6
こちらの建物も屋根が改修されていますが、建物は古そうです。
門扉の桟も美しい。

160904eganosho_1_7
またこちらは生け垣に遮られて見えにくいですが、古い建物のようです。

160904eganosho_1_8
同じ建物。腰壁までが下見板張りになっています。

160904eganosho_1_9
和風の住宅が多く見られます。

160904eganosho_1_11
もう少しディテールに注目していくと、こちらは籠を編んだような玄関灯。

160904eganosho_1_12
門扉や門柱が古そうな住宅はいくつもありました。

160904eganosho_1_13
こちらの門は立派です。

160904eganosho_1_14
生け垣から流れるように連続する門扉。矢羽根模様が刻まれています。

160904eganosho_1_15
左側の門柱の方はオリジナルでしょうか。

160904eganosho_1_16
門柱と石垣、石敷きが一体的です。

160904eganosho_1_18
駅の南に回ると、かなり改装していますが、元お医者さんぽい古い建物がありました。

160904eganosho_1_19
この部分、新しくなっていますが、本体は古いのではないでしょうか。

恵我之荘住宅地は、とくに目立つ洋風建築などはないものの、生け垣などにも高級な住宅地の雰囲気が残っています。
朝日新聞大阪地方版の週刊まちぶら(2009年5月17日)によれば、昔は住宅地にポプラ並木があったそうです。

160904eganosho_1_20
なお、興味深いものとして、駅南側の池の側に辻本善三郎翁の碑というものがあります。
大正14年に建てられたものです。

書かれている内容をかいつまんで紹介すると、辻本善三郎翁は、この丹下地域が度々旱害に見舞われることを憂いていたところ、大阪鉄道会社が設立されて線路敷設工事用に土砂を求めていると聞き、大阪鉄道に持ちかけて野登りヶ池堤防の一部、池床の浚え、あら池中央築島、中堤防の土砂を大正10年11月下旬から提供したそうです。これによりため池は大きくなり、鉄道会社は土砂を入手でき、お互いにメリットのある取引だったようです。
この記念碑は長年、墓地の片隅にひっそりと置かれていたのを、平成9年に池の側に移設したとのこと。
どのように土地の改変が行われてきたかの一端が分かる説明で、興味深い記念碑です。

<関連記事>
 目次「近代の郊外住宅地と別荘地、社宅」
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月10日 (火)

朝潮橋にもこだわり貸家(大阪市港区)

171008misaki_1_1

以前、西九条で、六角形の装飾にこだわった貸家を見ましたが、久しぶりに3例目を確認しました。
六角形の金属の枠に石をはめています。
今度は大阪市港区の三先1丁目です。

まず南側に6軒並び。

171008misaki_1_2

そして背中合わせの北側に3軒並びです。
北側も6軒あったものが縮小されているかもしれません。

久しぶりに新たなものを見かけて、改めて分布が気になりました。
今回も環状線の西側です。

皆さんもどこかで見かけたらぜひ教えて下さい。

<関連記事>
 「西九条のこだわり貸家」
 「佃にもあったこだわり貸家」

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2017年6月26日 (月)

ラジオ塔のある大曽公園(豊中市)

170211ooso_1_2
半年前のことですが、「ラジオ塔大百科」で紹介されていた豊中市の大曽(おおそ)公園に行ってきました。
訪問日は2017年2月11日です。


170211ooso02_1
大曽公園のメインの入口は南西角にあります。

170211ooso03_1
公園の配置図。
広場が大きな面積を占めていて、東側が一段高くなり、遊具コーナーなどがあります。

170211ooso04_1
広場とはこれぐらいの段差があります。
雨水の貯留施設にするために掘り下げられたのかは不明。

170211ooso05_1
古い雰囲気を残している場所です。
緩い大階段で一段上がったところに、藤棚とベンチがあります。

170211ooso06_1
この手前に大曽公園建設記念碑が建っていました。
裏側に説明があって、この公園が昭和16年に建設されたことが分かります。

書き起こすと(送りがなはひらがなに直しました)、
「本公園は本市連合町内会隣組の結成を記念し、之が敷地を大字桜塚よりの寄付に求め、其の資金は市民の篤志に俟ちて建設したるものなり。
 昭和十六年十一月十四日
 大阪府豊中市長 従五位勲六等 中川種治郎」

地域と市民の寄付で出来たんですね。


170211ooso07_1
そしてこれがラジオ塔。
表には「豊中市大曽公園」と書かれています。

170211ooso08_1
裏側には「大阪中央放送局」と書いてあります。
恐らく上にラジオの収納部分があったのでしょうが、欠損しています。


170211ooso09_1
また隣には国旗掲揚台らしき御影石の柱があります。

170211ooso10_1
つまり全体としてはこういう配置です。
国旗が揚がり、ラジオ塔からラジオ体操が流れ、右側に集まって体操するという位置関係ですね。
戦前の公園の様子が分かります。

170211ooso11_1
藤棚については、いつの時代のものかは分かりませんが、六角形のコンクリートのベンチがあります。

170211ooso12_1
また、現在の藤棚とは別に柱の跡がありますので、こちらがもともと藤棚のあった位置ではないでしょうか。

170211ooso13_1
何かの基準点らしきものもありました。


170211ooso14_1
たぶん戦後の整備ですが、砂場があります。
周囲にはよく見るラクダやキリンの遊具。

170211ooso15_1
象やカタツムリのコンクリート製遊具もあります。

170211ooso16_1
周辺は古い住宅地で、こんな木造住宅もありました。
うろこ状の戸袋がユニーク。

(関連記事)
*全国の近代公園
 「近代の公園」(目次)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月20日 (火)

旧天下茶屋郵便局電話分室の解体(大阪市西成区)

170611tengachaya_1

先日(6/11)、天下茶屋を歩いていると、大きな空き地が。
旧天下茶屋郵便局電話分室(NTT西日本天下茶屋第1ビル)が解体されていました。
地味なのですが、昭和2年に建てられた近代建築で、設計者は逓信省技師の山田守とのことです。
写真を撮っていたはずですが、見つけられず。

解体されるといって注目されることなく、ひっそり消えていくのは寂しいことですね。

ストリートビューでは、まだ残っている状態です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年10月17日 (月)

土師ノ里の理髪館(大阪府藤井寺市)

160710izaki01
※クリックすると拡大します。撮影日:20160710

7月のことですが、夕方に時間が空いたので、近鉄南大阪線の土師ノ里駅の北側を歩いてみました。
とくに当てがあったわけではないのですが、歩けば何かあるもので、長尾街道を歩いて段丘を下ったところに、古そうな理髪店がありました。
古そうといっても、モザイクタイルで屋号が右から左に書いてあるのが古そうなだけで、状態はきれいですし、ちゃんと営業されています。

日本家屋に看板をくっつけたような建物。
上の写真でいうと、モルタルのひさしの部分に■が5つ並んでいるのが見えますでしょうか。

このモザイクタイルの文字がなかなか良いので、拡大して並べてみます。

160710izaki02

160710izaki03

160710izaki04

160710izaki05

160710izaki06

井崎理髪館です。
道の反対側からタイルの写真を撮っていると怪しまれて、理髪店のご主人が出てこられました。
「タイルがきれいだったので」と説明して、お店のことについて伺いました。ご主人はお忙しそうだったので、お店のお客さんか関係者の方が後を継いで説明してくださいました。

この店は大正時代から(少しだけ移動したものの)この地で理髪店を営んでおられて、現在の建物は昭和16年に建てられたものだそうです。モザイクタイルは当時のもの。
100年近い老舗ということです。

昔は前の長尾街道の人通りが多く、国鉄(省線?)の柏原駅に着いた貨物を運ぶ荷車が西に向かっていたそうです。

「店のこと宣伝したってや」と言われたので、宣伝しておきます。

160710izaki11
ついでに周辺で気になったものも少し紹介。
理髪館から少し北に行ったところに墓地があり、そこに記念碑が立っていたのでのぞいてみました。

「東尾平太郎顕彰碑」ということで、隣に解説板も立っています。
解説によると(出典は藤井寺市史)、東尾平太郎は明治20〜30年代の地価修正運動で中心的な役割を果たした人物だそうです。若くして大阪府会議員になり、地価修正を政府に働きかけました。大阪府立農学校長も勤め、明治23年の第一回衆議院議員選挙に38歳で当選して7回当選しています。(調べると明治31〜36年まで高野鉄道の社長でもあったらしい)
大正8年に亡くなり、大正10年にこの顕彰碑が建てられました。

160710izaki12
顕彰碑の隣にある灯籠。
丸っこくて流れるようなモダンさを感じさせるデザインです。

160710izaki10
近くに鶴乃湯というお風呂屋さんがあったので、入って帰りました。

160710izaki13
※クリックすると拡大します

あと、土師ノ里の駅の北側にちょっと変わった場所がありました。
昭和30〜40年代の文化住宅っぽい建物なのですが、一体的にリノベーションされています。

160710izaki14_2
※クリックすると拡大します

中庭を囲んでお店が集まっています。
全体が「里庭の箱」という名前で、地元の不動産屋さんが手がけたリノベーションらしいです。
「里庭の箱とは」

戦前の長屋や60年代ビルのリノベーションは見ますが、この昭和30〜40年代の文化住宅リノベーションがうまくいくなら対象は相当たくさんありますね。
こういうものが増えていくのか気になります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年3月 6日 (日)

まちかどの近代建築写真展 in 大阪XI 「小さな建物たち」始まる

160305machikado01

今回で11回目となる、まちかどの近代建築写真展 in 大阪が始まりました。
毎年春の恒例になっていて、写真展の春場所。
今回のテーマは「小さな建物たち」ということで、銭湯、散髪屋、商店などの看板建築などが取り上げられています。ある意味、今まで以上に「かわいい」建物たちです。

すぐに来ていただきたいところですが、一度だけ来られるつもりなら、4/2(土)以降の最終週がお勧めです。
というのは、街の小さな建物などを描かれているオーライタローさんの油絵絵画展「小さな建物、街の記憶」がコラボ開催されます。その期間、実行委員会メンバーの方が在廊されているので、直接お話もできます。

大場典子さんによる大丸心斎橋店の写真コーナーもあります。

以下、開催概要

 「まちかどの近代建築写真展in大阪ⅩⅠ」(通算第53回)
 テーマ「想い出の商店街 小さな建物たち」

 会期2016年3月5日(土)~4月9日(土)
  3月5日(土)は13時から。最終日は15時まで
 
 会場:ハヤシライスと雑貨の店 ハaハaハa
  〒552-0022 大阪府大阪市港区海岸通1-5-28 3F
  Tel 06-6576-0880
 OPEN  11:00~18:00
 CLOSE  火曜日,水曜日 ※ご注意

 協力:まちかどの近代建築写真展実行委員会
         近代建築探訪メーリングリスト 

【関連サイト】
 ハハハな一日「今年もあります!まちかど近代建築写真展」
 オーライタローさんのブログ「日々是オーライ」 


 160305machikado02
設営を少しお手伝いしてきました。
会場は昭和10年に建てられた天満屋ビル。カフェハaハaハaさんでの開催です。

160305machikado03


160305machikado05


160305machikado04
今回、大場典子さんによる大丸心斎橋店の写真展も同時開催されています。

160305machikado06
設営終了後には、名物のハハハヤシライス。
スープセットも出来ていて、ますますメニューが充実していました。
ケーキセットなどもあります。
ぜひカフェハaハaハaさんでお茶・お食事して帰って下さい。

ちなみにお隣のレトロビル、商船三井築港ビルにもうどん屋さん、たいやき屋さんが入っていますので、お腹に余裕がありましたら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年1月24日 (日)

鈴木啓文さんの「知らない街」展開催中(ギャラリーspin・Confidence cafe)

160116shiranaimachi01

取り上げるのが遅いのですが、大阪の2つの会場で、鈴木啓文さんのスケッチ展「知らない街」が開催されています。私は2日目に行ってきました。
「ギャラリーspin」(昭和町)・・・1/24(日)まで
 「Confidence cafe」(住吉大社近く)・・・1/26(火)まで

まず、昭和町の昭南ビル2階にあるギャラリーspinさん。
両会場ともですが、時をおいて描かれた2枚のスケッチを並べたものがたくさんあります。
こちらではギャラリー周辺の昭和町の街並みや、心斎橋などが中心です。
とくに大丸心斎橋店本館については、御堂筋の南側から、北側から、屋上、北側の階段!まで数多く描かれていました。

写真と違って、くっきり分かる描き方ではないのですが、しばらく見比べているうちに、浮かび上がるように変化に気付いたりします。

160116shiranaimachi02

160116shiranaimachi03

自転車で走って住吉大社近くのConfidence cafeへ。
前に行ったことはあるのですが、その時は満席で入れず、今回初めて入れました。
古い住宅の風合いを生かして改装したカフェです。

こちらには、解体された朝日新聞社ビルや精華小学校など、それにカフェの店内のスケッチなどが展示されていました。工事のクレーンが生々しいです。

最初に行った日は、私ですとは名乗らずにいて、後から「来られてたんですか?」となったので、今日改めてギャラリーspinに伺いました。
運良く鈴木さんも在廊されていて、クロッキーを描いていただいたり、直接お話を伺ったりできました。

前に来たときより作品が増えていて、大丸心斎橋店では、見学会に並ぶ行列などをスケッチした作品などが追加されていました。

写真だとさっと撮って離れることもできますが、スケッチだと3時間ほどもその場にいないといけないということで、街中は描きにくいものの、それでも工事中のお店の前だったり、意外といい場所があるそうです。
飛田百番など、よく描けたなあと。
そうでなくても、ずっとその場にいるのは、冬場、夏場、大変ですよね。

写真と違った表現で街を見せてもらうことで、街の面白さも増すと思います
どういう経緯でそこを取り上げたのかとか、その時の様子など、画家ご本人に伺えるとまた違った見え方がしました。

写真で街を撮られている作家の方も来られていて(アーケードがお好きだとか)、鈴木さんとまたここで作品展をされると聞き、それも楽しみです。

この作品展、街歩き好きな皆さんでしたら楽しめると思いますので、ぜひ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年1月17日 (日)

本日、大丸心斎橋店本館の公開

151230daimaru01
※クリックすると拡大します

ご存じの方も多いかと思いますが、1/16(土)、17(日)の2日間、13〜17時(最終受付は16時30分)、大丸心斎橋店本館で、建て替え工事前最後の一般公開が行われます。
本日が最後です。

大丸・松坂屋のカード会員限定とはなっていますが、カード1枚につき2名入れますし、当日カード会員になることも可能と聞いています。ポイントカードでもOKです。

建物は御堂筋側外観は残すとされているものの、美しいアールデコの内装はイメージ保存となってしまう可能性があります。
公開部分は1階のみですが、撮影も可能な、最後の貴重な機会です。

一人でも見逃す方が少なくなるよう、記事にしておきます。

詳しくは、公式HPで
 →大丸HP「大丸心斎橋店本館1階 最後の開放!」

写真は上手な人に任せるとして、内装が残されるよう願いつつ、私もその場に身を置きたいと思います。

151230daimaru02

営業最終日の12月30日、御堂筋側玄関では多くの人が建物を見上げて写真に収めていました。
内部も写真撮影は黙認されている状態で、多くの人が写真を撮っていました。二度と作れないような華麗な装飾で、そこにかけられる経費を考えれば、改装したとしてもそれ以上のものが作られるわけがないと分かっていますので、1階の内装など、何らかの形で、一体として保存していただきたいと思います。


151230daimaru05
改装後の完成予想模型。
建物外壁の背後に、白い大きな建物が建ちます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧