2017年8月14日 (月)

加賀石の里めぐり(4)大聖寺の近代建築など

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2017年5月の加賀旅行の記事です。
今回は石はあまり関係ありません。

金沢に行く途中に大聖寺という駅があるのは知っていましたが、降りたのは初めてです。
かつてあった大聖寺という白山信仰のお寺が地名の由来であるものの、その存在感はあまりなくて、大聖寺城の城下町という性格が強いようです。江戸時代は加賀藩の支藩・大聖寺藩でした。

大聖寺駅のホームに降りると、古い工場建築が目に付きます。
チェーンを作っている大同工業の大きな工場が駅の南側一帯を占めています。

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このようにノコギリ屋根が連なっているのが壮観です。

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本社事務所も近代建築です。

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町は駅の北側に広がっていて、歩いて行くと塔屋のある建物があります。
現在はヘアーサロンオダです。
あまり古そうに見えないながら、写真に撮って後で確認すると、近代建築総覧にも載っていて、大正4年に建てられた旧物産館となっています。最初は旧八十四銀行としているページもありますが、未確認です。

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明るい色の蔵。
色合いからすると観音下石(日華石)でしょうか。

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やや行き過ぎて、旧市街に戻ってくると、旧大聖寺川に趣きのある橋が架かっていました。
福田橋という名前で、親柱には昭和11年と書かれています。鋼ボーストリングトラス橋という形で、大聖寺にはもう一つ同じ形の二天橋(昭和6年)があるそうです。私は未確認です。

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真横から見たところ。
美しくて、渡ったり、くぐったり、ぐるぐる回って眺めてしまいました。

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こちらは水口製材所さん。
小さな事務所があって、母屋から渡り廊下でつながっているのが面白いなと思いました。

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西に進むと大聖寺流し舟八間道船乗場。
左に電車が見えますでしょうか。待合室に使われています。
今回、舟には乗っていません。

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また旧大聖寺川を渡った先に、深田久弥山の文化館として使われている、旧山長織物会社の事務所がありました。
新緑の銀杏の大木との取り合わせが絶妙です。樹齢650年とか。

山長織物会社事務所は明治43年に建てられ、昭和50年代半ばに工場が移転した後も、平成10年までは住居として使われていました。その後、加賀市が取得して現在に至っています。

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敷地の端には、生糸保管庫として使われていた石蔵があります。
ここが展示室です。明るい石は観音下石(日華石)? でもちょっと時代が合わないかも。

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蔵の内扉には、打出の小槌の鍵穴隠しが付いていて、チャリンと小判の蓋を動かして鍵を差し込むという遊び心ある仕掛けになっています。

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深田久弥は山長織物会社とは関係なくて、もう少し南に行ったところに深田紙店という実家が残っています。
日本百名山の著者として知られています。
白山を眺めながら育ったのですね。

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大聖寺には立派な商家がたくさんあり、その一例として大野保平商店。
今も現役のようです。

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ちょっと面白い蔵の換気口金物。
泣いているみたいです。

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大聖寺中新道の西野縫製工場も古い工場のようです。

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そして大聖寺に行くなら訪ねて見たかったのが、彫金工房「月」・カフェサロン「銀」となっているこの建物。
昭和10年に建てられた牧野歯科医院をリノベーションしたものだそうです。
インスタグラムなどで見かけていて、ぜひ行ってみたいなと。
帰る日にお茶しに寄りました。

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廊下には長い栗材が使われていて、ほとんど狂いがないそうです。

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シャンデリアの根元の飾りも透かしの入ったモダンなもの。

今は彫金工房とカフェになっていますが、歯科医院時代の道具なども壁にオブジェのように飾っていて、うまく継承されているという印象を受けました。

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最後に帰る間際、たまたま通りがかった旧那谷医院。
小さくてとてもかわいらしい診療所です。
今はなんとタビト學舎という塾になっているそうです。
この時は写真の設定を失敗したので、改めて撮りに行きたいと思います。


大聖寺はゴールデンウィークというのが嘘のように静かでした。
街並みも美しく、もっと評価されていい街のように思いました。


<関連記事>
 「加賀石の里めぐり(1)鵜川石切場跡」
 「加賀石の里めぐり(2)ハニベ巌窟院」
 「加賀石の里めぐり(3)遊泉寺銅山跡」

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2017年6月30日 (金)

鳴門の近代建築など(2)

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近代建築などを中心に、鳴門の記事の続きです。
これも2016年9月11日の記事です。

まずは撫養川に架かる文明橋から。
この橋、昭和13年に架けられたもので、渦潮のデザインが良いです。
この頃から既に渦潮を推してたんですね。

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出典:国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス
   「鳴門海峡」USAーM263-23 昭和22年米軍撮影 を加工

位置を確認します。
前回は撫養川の西側を紹介しましたが、今回は撫養川の東側から撫養港まで近代建築などを中心に紹介します。
お遍路さんの通り道である、撫養街道に沿う地域です。

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橋の欄干はアーチの連続です。

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橋の東側はちょっと広がって渦巻く装飾がありました。

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文明橋から撫養川に沿って少し北上すると、美奈登橋があります。こちらは昭和10年。「湊橋」と書けばよいところ、少し気取った漢字を当ててます。

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橋の下には雁木の荷揚場がありました。
左側の岸壁もアールの付いた縁石を使っていて古そうです。
ちなみに対岸右手に見えている丘は、これから向かう方向にある妙見山です。
その向こう側に撫養港があって、港の目印になる山です。

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撫養川を渡って、林崎の集落に入りました。
養老湯の跡を確認するためです。
ここには事前確認して行きました。
2009年末に廃業されたとのことで、緑の侵食を受けつつありました。

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2階の窓には色ガラスが使われています。
洋風の雰囲気です。

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この時はレンタサイクルでの移動なので、寄り道していると、北浜集会所というのがありました。昭和20〜30年代といったところでしょうか。潮風に色あせて味が出ています。

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撫養街道に沿って進んでいくと、モダンな住宅がありました。
古いようなのですが、かなりきれいにしています。

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玄関周り、水平、垂直の線で構成されていて、とてもシュッとしています。

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妙見山が近づいて来ました。
左側から回り込みます。

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港のすぐそばまで来ました。
これは元料亭などでしょうか。

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撫養港の周辺には今も旅館がありますが、関西方面から船でやってくるお遍路さんで賑わった昔は、もっとたくさんの旅館があったのでしょう。朽ちかけています。

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緑に埋もれている建物は、水の旅館の旧館です。
2棟のうち1棟は戦前の建物だそうです。
右に新館が建っています。

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小屋裏の換気口はちょっと変わったデザイン。
中を見学できれば良いのですが。

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水の旅館の前で撮ったパノラマ写真です。
左に大毛島、遠くに淡路島が見えています。
ここが撫養の港です。

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昔は船が着いたのですね。
フェリー待合室が閉め出されてトマソン化しています。

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前に「渡船の記事」で紹介した岡崎渡船
の隣に元幼稚園らしき廃屋がありました。
下見板張りです。

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左側の建物。
下足箱があるので、幼稚園かなと思ったのですがどうでしょう。
気になります。

鳴門で気になった主な建物は以上です。
よほど生育環境が良いのか、植物の強さが印象づけられました。

<関連記事>
 「鳴門の近代建築など(1)」
 「隠れた名所・小鳴門公園」
 「鳴門の渡船に乗る」
 
「大毛島から高島へ」
 「鳴門の石材」

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2017年6月29日 (木)

鳴門の近代建築など(1)

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随分間が空きましたが、鳴門の記事の続きです。
訪問日は2016年の9月11日。
鳴門の近代建築などを紹介します。

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出典:国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス
    「鳴門海峡」USAーM263-23 昭和22年米軍撮影 を加工

鳴門を訪ねるにあたって、事前に空中写真で旧市街を確認しました。
写真を見ると東西に延びる市街地と南北に延びる市街地があります。
その交点が上の写真の場所です。
道路元標を置くならここしかないという場所ですが、道路元標は見あたりませんでした。

まず東西の道は撫養街道です。関西方面から船でお遍路さんに来るとまず上陸したのが撫養港で、そこから撫養街道をたどって札所を目指したそうです。
南北の道は渡船場につながっていて、その先は高島です。

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まず南北の道を北上しました。
すぐに現れたのがこのピンクの建物。
とても目立っています。
窓の桟や水平線も主張しています。

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玄関脇にはダイヤの窓も。

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途中で裏道に入って、造り酒屋の花乃春酒造さん。
登録有形文化財のプレートを掲げておられました。
創業文化11年(1814年)で、正面に見えている仕込み蔵と左手にある瓶詰め蔵は昭和18年のもの。
お酒の販売もされています。

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撫養小学校の裏門。
元は正門だったのではないかという重量感があります。

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小学校の向かいにある斎田集会所はそこそこ古いのではないでしょうか。
サイディングに覆われていますが、後ろに回ると下見板張りです。

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撫養街道まで戻ってきました。
ダルマヤ薬局の磨りガラス文字。

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医院の建物に隣接してピンクに塗られた下見板張りの建物がありました。
元は医院関係で使われていたのではという気がします。

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またこちらも裏通りにある、住宅にしては立派な建物。

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玄関上の破風部分に亀甲模様が入っていたり、漆喰細工のようなものがあったり、凝っています。

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再び撫養街道に戻って、西に向かいます。
初めて見るとインパクトのあるおたふくさんの鏝絵看板。

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洋風付き町家。
町家で部分的に洋風なのが面白いです。

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これはたぶん銭湯跡でしょう。
屋根が落ちていて残念です。

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西に歩いて行き、三拍子酒造の煙突に誘われていくと、レトロな浜田煙草店がありました。大正9年の建物だそうです。

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玄関脇のこの小窓は何でしょう。
たばこの販売窓口?
このあたりで引き返しました。

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鳴門市街中心部に戻ってレンタサイクルを借りた後、渡船をめぐって、小鳴門海峡の北の入口にある北泊まで走りました。その途中にあった、瀬戸小学校の門柱。左側の門柱には「瀬戸幼稚園」と書かれています。

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堂浦の集落にあるよろず屋。
漁村にしっくりきます。

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玄関上の磨りガラスと桟が凝っていました。

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モダンデザインの塀。
建物がかなり傷んでそうで気がかりです。

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再び市街地に戻ってきて、古い排水施設。

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今では鳴門で唯一の銭湯となってしまった東浜温泉。
1965年の開業だそうです。
私も入りました。たぶん開業時の雰囲気が今も残っています。

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最後にもう一つ。
鳴門市役所の建物がかっこいいなと思ったら、1963年に完成した増田友也設計の建物だそうです。
docomomo Japan選定。
鳴門は増田友也の建築がたくさん残っているそうですが、この時の旅行ではそこまで回る余力はありませんでした。
ご興味のある方はこちらもどうぞ。

「鳴門の近代建築など(2)」に続きます。

<関連記事>
 「隠れた名所・小鳴門公園」
 「鳴門の渡船に乗る」
 
「大毛島から高島へ」
 「鳴門の近代建築など(2)」
 「鳴門の石材」


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2017年6月20日 (火)

旧天下茶屋郵便局電話分室の解体(大阪市西成区)

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先日(6/11)、天下茶屋を歩いていると、大きな空き地が。
旧天下茶屋郵便局電話分室(NTT西日本天下茶屋第1ビル)が解体されていました。
地味なのですが、昭和2年に建てられた近代建築で、設計者は逓信省技師の山田守とのことです。
写真を撮っていたはずですが、見つけられず。

解体されるといって注目されることなく、ひっそり消えていくのは寂しいことですね。

ストリートビューでは、まだ残っている状態です。

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2016年4月29日 (金)

まちかどの近代建築写真展 in 名古屋Ⅰ 開催中

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(名古屋市・敷島湯)

まちかどの近代建築写真展の第1回名古屋展が開催されています。
大阪展では展示しきれなかった「小さな建物たち」の写真800点に加え、地元愛知県の近代建築の写真200点以上、合計1000枚以上の写真が展示されています。

関連イベントもありますので、名古屋でご都合のつく方、ぜひお出かけください。

■まちかどの近代建築写真展in名古屋Ⅰ
 愛知・名古屋の近代建築 & 想い出の商店街
「小さな建物たち」 

開催概要
 場所:公益財団法人名古屋まちづくり公社 
    名古屋都市センター 
    11階まちづくり広場(ボストン美術館同ビル)
 住所:〒460-0023 
  愛知県名古屋市中区金山町一丁目一番一号 金山南ビル内
 TEL:052-678-2200 
 会期:4/26(火)~5/8(日) ※5/2(月)は休館
 開館時間:10時〜18時(最終日15時まで)
 入場料:無料

 招待作家:大場典子氏(針穴写真家)、加美秀樹氏(考現学写真家)、クレメンス・メッツラー氏(イラストレーター)、宮井周平氏(近代建築スケッチ会主宰)

 主催:まちかどの近代建築写真展in名古屋実行委員会
 協力:まちかどの近代建築写真展実行委員会・近代建築探訪メーリングリスト・名古屋スリバチ学会

<関連イベント>
■講演会「あきなうみせがまえ」
 考現学的見地から商店建築(各種商店、遊郭含む)を解説します。
 講 師:フリーライター・考現学 加美 秀樹氏
 日 時:2016年5月1日(日)13:00-14:00(開場12:30)
 参加費:無料
 定 員:60名(先着順)
 場 所:名古屋都市センター11階ホール

■発表会「近代建築~私の1枚」
 自分の好きな建物の写真を1枚持ってきて、語っていただきます。
 発表者は自由参加。
 日 時:2016年5月1日(日)14:00-15:00
 参加費:無料
 場 所:名古屋都市センター11階ホール
 お申込は下記まで。
 E-mail tatemono2016@gmail.com (写真展実行委員会)

■ギャラリートーク
 全国の近代建築を撮り歩いてきたお二人による写真解説
 スピーカー:岡崎紀子氏、前村敏彰氏
 日 時:2016年5月8日(日)
    第一回 10:30〜  第二回 11:30〜
 参加費:無料

■講演会「まちの宝物・産業遺産の魅力を探る
    ~熊本地震を機にまちなか建築の価値を考えよう~」

 講師:市原猛志氏(九州大学百年史編集室助教、
     北九州市門司麦酒煉瓦館館長、産業考古学会理事) 
 日 時:2016年5月8日(日)13:30-14:30
 参加費:無料
 定 員:60名(先着順)
 場 所:名古屋都市センター11F ホール

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2016年3月 6日 (日)

まちかどの近代建築写真展 in 大阪XI 「小さな建物たち」始まる

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今回で11回目となる、まちかどの近代建築写真展 in 大阪が始まりました。
毎年春の恒例になっていて、写真展の春場所。
今回のテーマは「小さな建物たち」ということで、銭湯、散髪屋、商店などの看板建築などが取り上げられています。ある意味、今まで以上に「かわいい」建物たちです。

すぐに来ていただきたいところですが、一度だけ来られるつもりなら、4/2(土)以降の最終週がお勧めです。
というのは、街の小さな建物などを描かれているオーライタローさんの油絵絵画展「小さな建物、街の記憶」がコラボ開催されます。その期間、実行委員会メンバーの方が在廊されているので、直接お話もできます。

大場典子さんによる大丸心斎橋店の写真コーナーもあります。

以下、開催概要

 「まちかどの近代建築写真展in大阪ⅩⅠ」(通算第53回)
 テーマ「想い出の商店街 小さな建物たち」

 会期2016年3月5日(土)~4月9日(土)
  3月5日(土)は13時から。最終日は15時まで
 
 会場:ハヤシライスと雑貨の店 ハaハaハa
  〒552-0022 大阪府大阪市港区海岸通1-5-28 3F
  Tel 06-6576-0880
 OPEN  11:00~18:00
 CLOSE  火曜日,水曜日 ※ご注意

 協力:まちかどの近代建築写真展実行委員会
         近代建築探訪メーリングリスト 

【関連サイト】
 ハハハな一日「今年もあります!まちかど近代建築写真展」
 オーライタローさんのブログ「日々是オーライ」 


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設営を少しお手伝いしてきました。
会場は昭和10年に建てられた天満屋ビル。カフェハaハaハaさんでの開催です。

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今回、大場典子さんによる大丸心斎橋店の写真展も同時開催されています。

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設営終了後には、名物のハハハヤシライス。
スープセットも出来ていて、ますますメニューが充実していました。
ケーキセットなどもあります。
ぜひカフェハaハaハaさんでお茶・お食事して帰って下さい。

ちなみにお隣のレトロビル、商船三井築港ビルにもうどん屋さん、たいやき屋さんが入っていますので、お腹に余裕がありましたら。

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2016年1月17日 (日)

本日、大丸心斎橋店本館の公開

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※クリックすると拡大します

ご存じの方も多いかと思いますが、1/16(土)、17(日)の2日間、13〜17時(最終受付は16時30分)、大丸心斎橋店本館で、建て替え工事前最後の一般公開が行われます。
本日が最後です。

大丸・松坂屋のカード会員限定とはなっていますが、カード1枚につき2名入れますし、当日カード会員になることも可能と聞いています。ポイントカードでもOKです。

建物は御堂筋側外観は残すとされているものの、美しいアールデコの内装はイメージ保存となってしまう可能性があります。
公開部分は1階のみですが、撮影も可能な、最後の貴重な機会です。

一人でも見逃す方が少なくなるよう、記事にしておきます。

詳しくは、公式HPで
 →大丸HP「大丸心斎橋店本館1階 最後の開放!」

写真は上手な人に任せるとして、内装が残されるよう願いつつ、私もその場に身を置きたいと思います。

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営業最終日の12月30日、御堂筋側玄関では多くの人が建物を見上げて写真に収めていました。
内部も写真撮影は黙認されている状態で、多くの人が写真を撮っていました。二度と作れないような華麗な装飾で、そこにかけられる経費を考えれば、改装したとしてもそれ以上のものが作られるわけがないと分かっていますので、1階の内装など、何らかの形で、一体として保存していただきたいと思います。


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改装後の完成予想模型。
建物外壁の背後に、白い大きな建物が建ちます。

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2015年11月 1日 (日)

はならぁと2015の宇陀松山

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毎年開催されている、奈良町家の芸術祭「はならぁと」
今年も訪ねてきました。
今年の「こあ」会場(キュレーターが関わるメインの会場)は、宇陀松山、八木札の辻、今井町の3ヶ所で、うち前2ヶ所を回りました。

会期は11月3日までありますので、行ける方はぜひ。
奈良町家の芸術祭「はならぁと」2015HP

今回、八木と宇陀松山を結ぶ無料バスが片道3便出ていて、とても便利です。
あまり利用されていないのがもったいないなと思います。
(乗車場所と降車場所がかなり離れているので注意)

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さて、宇陀松山に着いて歩いて行くと、川を渡って城下町の西門に出ます。

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入ってすぐに、最初の展示会場「熊鯛商店」があります。
ゴムをかぶったブロンズ像をどこかで見たことあると思ったら、2013年に今井町の会場に出展されていた諸熊さんでした。諸熊さんは、宇陀松山に移り住み、ここでお店をされているそうです。
はならぁとが定着のきっかけになったのでしょうか。

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会期中は、うつわまかせというユニークな企画カフェが出展されています。
メニューがなくて、うつわを選ぶと、うつわに合ったチャイと野菜サラダが提供されるというシステム。
私はチャイ(300円)だけでしたが、野菜を頼んだ方にはかなり凝った伝統野菜などの小皿料理が提供されていました(250円)。

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今回、宇陀松山の展示で一番面白く感じたのは、こちらのマルカツです。
かなり傷んだ町家の空き家です。

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ここに3人にアーティストが住み、3種の演劇作品を制作したそうです。
普段上演されているのは、この町家を舞台装置とした物語で、上演といっても展示に近いものです。楽しみをそぐので詳しい説明はしませんが、この家に住んでいた方の姿を探偵のように掘り起こし、記録するようなもので、とても面白い体験でした。

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その隣には旅館として使われていた建物があります。
ここは入れません。

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会場のひとつ、霜永家。
舶来らしき掛け時計が面白く、力士のシールが貼ってあるのがまた意図せず作品化しています。

(追記)
この時計は、明治期に流行した四ツ丸時計またはだるま時計というタイプだそうです。本家・米イングラハム社製。

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「アキヤマ」もお勧めで、明るい店頭から一転、薄暗い空間が奥に続いています。
店の間の奥に、台所、蔵、そして居室へと続く不思議な間取りです。

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2013年の時に会場だった建物が今回、お店になっていました。
そして、隣の空き家が今回の会場に。
空き家の活用が進み、参加者にとってもまた別な町家を体験できますし、お店も利用できるというよい循環が生まれているようです。

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帰りがけに見た旧松山町役場。
傷んでいるのか、ちょっと心配な姿。

前回とは重ならない会場が多く、内容的にもとても楽しめました。

※参加される方へ
 ・現地で配られている地図などはありません
 ・立派な公式ガイドブックが500円で販売されていて、
  これにマップが掲載されていますし、
  有料会場に入れる缶バッジ(別に買うと300円)
  も付いていますのでお得です。
 ・あちこちで靴を脱いで上がるので、
  脱ぎやすい靴で出かけるのが良いです。

<関連記事>
 ○2013年
 「宇陀松山の千軒舎」
 「宇陀松山の街並み・前編」
http://binmin.tea-nifty.com/blog/2014/02/post-1453.html

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2015年10月 2日 (金)

大和高田市・本町通りの近代建築

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※クリックすると拡大します

2014年8月の旅です。
大和高田の寺内町のメインストリートは南北の本町通りです。
東西の天神橋筋商店街のアーケードから本町通りに入ると、洋風の入ったタイル貼りの町家があります。

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本町通りの西側には、寺内町の核である浄土真宗本願寺派の専立寺があります。
東側にはいくつもの近代建築があり、専立寺と向かい合っています。

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※クリックすると拡大します

北から順に紹介します。
まずは森川商店本社ビル。
旧産業銀行高田支店(昭和2年)です。
南側以外に建物がないので、表からも裏からも眺められます。

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※クリックすると拡大します

小振りながら、銀行らしい建物です。
円柱が並んでいたり、装飾があったりする割には、あまりそう感じさせません。

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裏側の窓には幾何学模様のステンドグラスがはまっていました。

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※クリックすると拡大します

続いて、三宅蒲団店。
看板建築の洋風建築です。

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メダリオンのところに玄関灯が付いているのが面白い。

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※クリックすると拡大します

さらに進むとモリモトデンキがあります。
これだけ見ると看板建築かもと思ってしまう建物ですが、違います。
昭和8年に竣工した旧吉野銀行高田支店です。
この通りは銀行の集まる通りだったんですね。

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※クリックすると拡大します

裏側も見えます。
銀行なので住みにくいと思うのですが、ベランダを増設して物干し場にして生活されています。

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※クリックすると拡大します

さらに旧宮城医院があります。
大正末年の建物で、1、2階の窓の間の装飾など、いかにも大正時代のデザインです。

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玄関上部を拡大してみました。
葉っぱの付いた玄関灯の痕跡があります。

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本町通りの隣ですが、敷地の奥に煉瓦の四角い煙突が見えました。
銭湯の松湯です。中はレトロだそうなので入ってみたいところ。

大和高田の中でも、本町通りは見逃せない通りです。

<関連記事>
 「2つの大和高田」
 「大和高田のアーケード」

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2015年7月19日 (日)

有鄰館 日本館の公開(京都市)

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文化財特別公開イベント「京の夏の旅」で、京都の岡崎にある藤井有鄰館の日本館(第二館)が公開されています。
この「有鄰館 日本館」だけ、公開期間が7月24日(金)までと短いのでお気を付け下さい。
入館料は600円です。

日本で最古の私立美術館という藤井有鄰館第一館(大正15年)は、以前訪ねたことがあります。
第二館もその時、入っているのですが、あまり印象に残っていないのは、入れる部分が限定されていたからでしょうか。
→日常旅行日記「中国趣味の藤井有鄰館」

内部の撮影は禁止でしたので、文章だけでお伝えします。

解説によると、有鄰館 第二館は、明治末から大正初めにかけて、フランス人の設計により、金沢で横山男爵邸として建設されました。2階建ての木造建築で、アールヌーヴォー、アールデコの様式が各所に使われています。京都にはその一部が昭和3年に移築されました。昭和天皇の即位御大典にあたり、犬養毅元首相が滞在するなど、京都では、いわばゲストハウスとして使われていたようです。

玄関を入ると2階まで吹き抜けの階段ホールになっています。
階段の親柱などはアールデコっぽいデザイン。

食堂ではボランティアガイドの方が解説をされていました。

各部屋にあるニスを重ね塗りした板や大理石の暖炉は古さを感じさせません。
突き当たりにあるトンボの間は、トンボと桔梗(?)のデザインで埋め尽くされています。とくに寄木細工で、床、壁、天井まで作られていて、その精巧さは見事です。天井の一部に寄木が外れているところがあり、厚みなど確認できました。2cmぐらいかな。壁にはトンボの刺繍も全体に施されています。

解説の方は桔梗のデザインですと言われたのですが、特徴的なプロペラ状の種のデザインが入っているので、カエデかもしれません。フランス人ですし、秋のモチーフなので矛盾はないです。

2階に上がると犬養毅元首相が滞在した部屋や大きな仏間があります。
仏間は洋風の部屋なのに、どーんと大きな仏像があって驚きます。家庭の仏間というより、お寺の本堂です。

あちこちに装飾があって楽しめるのですが、惜しいのは一部の部屋(貴賓室など)が非公開だったのと、部屋も廊下も至る所に展示ケースが並んでいたことです。一級品の展示物の数々なので、それはそれで貴重なのですが。

京都の観光協会の方が長年お願いしてやっと公開されたということですので、機会ありましたらぜひご覧ください。

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こちらが美術館である藤井有鄰館 第一館です。
日本館はこの裏側にあります。


<関連サイト>
 「京の夏の旅2015」
 「藤井有鄰館公式HP」

<関連記事>
 「中国趣味の藤井有鄰館」
 「博覧会跡の岡崎公園」
 「島原の輪違屋」(2014年の公開文化財)

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