2016年1月 2日 (土)

日牟禮八幡宮の仙人彫刻(滋賀県近江八幡市)

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※今回の写真は全てクリックすると拡大します
 写真撮影は2014年10月。

日牟禮(ひむれ)八幡宮の楼門には、前回紹介した動物彫刻の他に、各面2人、計8人の仙人の彫刻があります。八仙ということになりますが、中国の八仙とはメンバーが異なり、日本人の好みが加味されているようです。

正面右側の彫刻から時計回りに紹介していきます。

まず蝦蟇仙人。
これは分かりやすいです。
蝦蟇と親しげに語り合っています。

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亀の欄間をはさんで、亀仙人(黄安仙人)。
亀の背に乗り、穏やかな顔で巻物を広げています。

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船に乗り疾走する仙人。
はためく衣、逆巻く波にスピード感があります。
これは芭蕉扇を持っているので、鍾離権でしょうか。
鍾離権は、死者を蘇らせることができたそうです。

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その隣は李鉄拐。
杖を突き、口から魂を吹きだしています。
お決まりの表現らしいのですが、小さな分身を飛び出させている表現が面白いです。
李鉄拐は、魂を遊離させて出かけている間に身体を焼かれてしまい、仕方なく、近くにあった杖をついた物乞いの死体を借りたのでこの姿になっているそうです。

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後ろに回って、鶴に乗った王子喬(鶴仙人)。
巻物を広げ、旋回するところが描かれています。
笙の名手だそうですが、笙は描かれていません。

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鯉の欄間を挟んで、琴高仙人(鯉仙人)。
手に巻物を掲げ、鯉の背に乗って今にも水中から飛び上がろうとする瞬間のようです。
琴の名手だそうですが、琴は描かれていません。
亀の欄間の左に亀仙人、鯉の欄間の左に鯉仙人と、並びが考えられています。

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最後の面は、剣を振るう呂洞賓のようです。
松の木の向こうに3匹の動物(ネズミに見える)が顔を出しています。これを払おうとしているのでしょうか。
犬が呂洞賓を噛むということわざがあるそうですが、犬には見えないのでどうなんでしょう。

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最後に瓢箪から駒を出す張果老。
実際はロバだそうです。
ロバに乗って移動するのですが、休むときにはロバを小さくして瓢箪に入れていたそうです。

全体として躍動感のある表現で場面が捉えられていて、見応えがあると思います。
近江八幡にお出かけの際にはぜひご覧下さい。

<関連記事>
 「日牟禮八幡宮の動物彫刻」

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2016年1月 1日 (金)

日牟禮八幡宮楼門の動物彫刻(滋賀県近江八幡市)

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※今回の写真は全てクリックすると拡大します

明けましておめでとうございます。
本年も当ブログをよろしくお願いいたします。

新年最初の記事は、お正月らしく神社の話題にします。
滋賀県の近江八幡市にある日牟禮(ひむれ)八幡宮の楼門の動物彫刻を取り上げます。
撮影は2014年10月。
日牟禮八幡宮は近江八幡の市街地の北側、八幡山の麓にある神社です。
ここの楼門の動物彫刻がすごいんです。
楼門は江戸時代末期の1858年に焼失し、同年再建されたそうです。

遠目には全体に茶色いのでよく分かりません。

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楼門の正面部分。

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まず目につくのがバクです。
これはお寺の門などで見かけるでしょう。

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正面の欄間のような部分、よく見ると亀がいます。
波の間から振り返っている亀と見上げる亀。

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波に乗るように滑り落ちる亀。

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そして粟?の下から遠くを眺める亀。
それぞれの亀のポーズといい、波や植物の表現といい、とても生き生きしています。

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次いで裏側です。
こちらには何があるかというと・・・

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同じく、欄間のような部分に鯉がいます。
こちらに顔を見せていたり、波の向こう側だったり、体をひねっていたり。
愛嬌のある表情です。

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さらに梁の先端部分(木鼻)には獅子がいます。
これが一匹一匹個性的なんです。
左の方は鞠を抱えていますね。
右はポーズを取っています。

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こちらは怖い目をして飛びかかろうとしています。

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かと思うとこんな風にふざけた獅子も。
こんな獅子がぐるりと一周しています。

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さらに上を見ると斗栱の下にも何かいます。

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波乗りうさぎです。
こちらに向かってきています。
一匹ずつの違いはよく分かりませんでした。
これも四周にいます。

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さらに上、屋根下の隅にはサルがいました。

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楼門の中に入るとここには鳥がいます。
これは孔雀と牡丹でしょう。

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これは何の鳥でしょう。
木は松でしょうか。

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これは鳳凰ですね。
植物は梧桐?

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これは鷹と椿でしょうか。

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側面の欄間のような部分に雲のような彫刻がありますが・・・

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よく見るとこれも鳥の群れです。
全部で11羽。
反対側にも9羽いました。

全体でいったい何匹(何羽)の動物彫刻があるんでしょう。
しかもそれぞれが生き生きとした描写で見飽きません。

日牟禮八幡宮に参拝されるときはぜひご覧下さい。

そしてこの楼門にはあと一群の彫刻があります。
それは次回の記事で。

<関連記事>
 「日牟禮八幡宮の仙人彫刻」

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2013年5月12日 (日)

旧伊庭家住宅のディテール(近江八幡市)

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近江八幡市の安土で、春の特別公開が行われている旧伊庭家住宅(大正2年、ヴォーリズ設計)を見学した記事の続きです。
前回は引手を紹介しましたが、今回はそれ以外のディテールを紹介します。

まず暖炉まわりから。
暖炉には4種類のタイルが使われています。

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中でも目を引くのが床面のモザイクタイル。
こんな暖炉は初めて見ました。
教えていただいたところでは、京都の泰山タイルらしいです。

泰山タイルは大正6年創業らしいので、そうだとすると後の改修?

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こういう赤絵風のタイルもあって楽しい。

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暖炉の上の縁にも植物文様のタイルが使われていて、それ以外にはボーダータイル、熱を受ける部分にはたぶん耐火の白いタイル(か煉瓦)が使われています。

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2階のアトリエには、もっと素朴で荒々しい石張りの暖炉があります。

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次に照明器具。
シャンデリアは陶器製で面白いのですが、本体は明らかに新しいですね。
陶器部分は元からあったのでしょうか。

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暖炉脇にも同じデザインで、単体のランプです。

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階段室の天井には切り子のガラス照明器具。

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2階の和室に手毬状の切り子のガラス。

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2階廊下にはスズラン(?)のランプ。
こういうアールヌーヴォーな茎のデザインは玄関灯で見たことがあります。

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2階寝室のガラスランプ。
これはよく分かりません。

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続いては階段の親柱。
近代建築を見に行くと必ず見るところです。
装飾はありますが、ごくシンプル。

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階段室の壁面。
所々に刷毛目を走らせているのが面白い塗り方です。

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欄間は至ってシンプル。
これはこれで高い技術がいるという説明をしていただきましたが、よく分からず。
ちょっとでも歪むと目立つのは確かです。

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最後に大理石の洗面台です。
足がぶつからないように前面部が斜めに後退しているのがよく考えられているなと思いました。

床の間なども凝っていますが、ほかのディテールは皆さんでお確かめ下さい。

6/2(日)までの毎週日曜日10〜15時まで公開されています。

<関連記事>
 「旧伊庭家住宅を見学」
 「旧伊庭家住宅の引手コレクション」

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旧伊庭家住宅の引手コレクション(近江八幡市)

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前回は、ヴォーリズ設計の旧伊庭家住宅について、全体的な紹介をしましたが、今回と次回はディテール編です。

和風建築を見る時に私がいつもチェックする箇所があって、それは「ふすまの引手」、「釘隠」、「欄間」、「床の間」です。今回、恐らくお住まいだった伊庭慎吉氏が風流人だったからでしょう。引手に見どころがたくさんありましたので、まとめて紹介したいと思います。

まずこの引手。
風合いからいって七宝焼きに見えるのですが、どうでしょう。
とても細かく渦巻きが描き込まれています。

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こちらは、付け書院にあった地袋の引手です。
漆塗りのような質感です。
この写真でも実物大より大きいぐらいで、非常に細かな描画です。
盆栽のようにも見えます。

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一転、非常にシンプルな引手。
「光琳梅」と呼ばれるデザインのようです。
秋のふすまに描かれていました。なぜ秋のふすまに梅なのか不思議です。

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裏側の春のふすまにはこういう引手です。

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奥の和室にあった引手。
花柄と思っていいでしょうか。

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同じく奥の和室の引手。
引き開ける取っ手が、スライドロックのつまみも兼ねています。

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柿のヘタを思わせる引手。
色も柿渋色です。

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これは新しいものに見えますが、釘は古いですね。

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最後に2階のアトリエ入口の引手。
どうも系統が違うような凝った引手です。
どこかで骨董を入手してきたようにも見え、非常に細かい細工です。

旧伊庭家住宅にいらっしゃる機会がありましたら、ぜひご確認ください。

この春は6/2(日)まで、毎週日曜日の10〜15時に公開されています。

<関連記事>
 「北の玄関・伏木港(2)北前船資料館」
 
 「旧伊庭家住宅を見学」
 「旧伊庭家住宅のディテール」
 
<関連サイト>
 安土町観光協会「旧伊庭家住宅」 ・・・公式

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2013年5月11日 (土)

旧伊庭家住宅を見学(近江八幡市)

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安土にあるヴォーリズ設計の旧伊庭家住宅が公開されていると聞き、連休中に出かけてきました。
例年、春と秋には一般公開されているそうです。
今年はまだ6/2(日)まで毎週日曜日の10〜15時に公開されていますので、ご興味を持たれた方はぜひ。

詳しくは > 安土町観光協会「旧伊庭家住宅」

旧伊庭家住宅は安土駅を東側に出て徒歩10分、集落が途切れそうな所にあります。
山をバックにのどかなところです。

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入口は西角にあって、これは昭和初期の増築部分だそうです。

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屋根は天然スレート葺きなのですが、きっちり四角に整形してあって、結構手間なのではないでしょうか。
(東京駅屋根と同じ雄勝石とのこと)

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今年は伊庭家住宅が築100年で特別なのだそうです。
一時は解体の危機にあったのですが、篤志家の寄付で修繕され、こうして時々公開されています。(そういう特別な個人がおられないと残らないのでしょうか)
最近ではアニメの「中二病でも恋がしたい」のロケ地の一つとして聖地になっていると、行ってみて初めて知りました。

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入口を入ると瓦敷きの玄関。

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そのまま廊下につながっています。

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廊下の天井は網代で、竹籠のような編み方です。

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和室に入るとこの家にお住まいだった伊庭慎吉夫妻の肖像画が飾られていました。柔らかなタッチです。
その父親は住友の総理事だった伊庭貞剛氏で、この家の建築主です。(彼の屋敷は大津の住友活機園
伊庭慎吉氏は、学生時代、絵画の勉強でフランスに留学、帰国後、八幡商業の絵の教師になります。結婚後、近くにある沙沙貴神社の神主となり、この伊庭邸に移り住みました。その後、安土村長も務めたそうです。経歴から分かるように風流人で、この屋敷にも芸術家が出入りしていたようです。

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旧伊庭邸の前から、沙沙貴神社の森が見えます。

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風流人らしさはあちこちに伺えて、例えば、このふすま絵は菜の花咲く春の情景。

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裏側はススキに月の秋の情景となっています。

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障子の桟なども繊細なものです。

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2階に上がる階段は、丸みをおびたやさしいデザイン。
当初はこの右側に玄関があり、他の部屋を通ることなく、2階のアトリエに上がって行けたようです。

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洋風の食堂。
奥に暖炉があり、その両脇にベンチが作り付けられています。

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逆に暖炉側から庭の方を見たところ。
左の窓の向こうがキッチンです。

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外にはサンルームがあります。

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2階に上がると広いアトリエがあります。
端に小部屋がありますが、元はそこも含めてアトリエだったようです。

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庭から眺めた屋敷。
緑の壁の部分がもともと玄関だったようです。
改築後は閉じられました。

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サンルームは石積のような壁面です。一般的なサンルームはもっと軽快な、ガラス温室みたいなイメージがあるのですが。
端に洋風の丸い池があって、サンルームから連続的な見どころになっています。
その間に平台がありますが、端に取っ払われたような煉瓦の列があるのは何だったのでしょうか。

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丸池にはライオンの吐水口が付いています。
恐い表情のライオンです。

このように旧伊庭邸は和洋の入り交じった魅力的な建物です。
次回はディテールを紹介します。


<関連記事>
 「旧伊庭家住宅の引手コレクション」
 「旧伊庭家住宅のディテール」
 
<関連サイト>
 安土町観光協会「旧伊庭家住宅」 ・・・公式
 まちかど逍遙「旧伊庭家住宅」
  ・・・すごくポイントを押さえて紹介されています
 光の射すほうへ「旧伊庭家住宅」
  ・・・同じく今年訪問されています

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2012年6月 5日 (火)

新緑の疏水歩き(1)琵琶湖から三井寺まで

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もう1ヶ月前になりますが、ネットの仲間にお誘いいただいて、「疎水沿いに琵琶湖から鴨川まで山ゴエ 昭和の日に明治の偉業を辿る」という企画に参加しました。
かなり他の皆さんの記事と重なるのですが、私もご報告しておきます。

まずツアーの最初はJR大津駅から。
坂を下って、旧東海道を少し歩き、浜大津に出ました。
ここまで歩くだけでも結構楽しめます。
旧大津公会堂(昭和9年築)が昔の賑わいを感じさせます。
今はレストランになっています。

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広々とした浜大津港。
今は視界が開けているのですが、モデルルームがあるのはマンションが建つのでしょうか。

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実際には結構時間がかかってますが、琵琶湖疏水の取水口です。
高いマンションの方に水が流れています。

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向こう岸にいい感じの艇庫があります。
三って「三井寺」の三かと思ったら違って、旧第三高校(京大)の三なのだそうです。
大正元年に建てられたものなのですね。
ひろさんの記事で以前見ました。

>宮本慎宏氏・石田潤一郎氏・西澤英和氏
「旧第三高等学校端艇部(現神陵ヨットクラブ)艇庫について」
 2006年度建築学会(PDF)

(関連ブログ)
 ひろの東本西走「神陵ヨットクラブ艇庫」

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これは水位の監視塔をしているようです。
琵琶湖疏水第1水位局ってこれ?

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琵琶湖第一疏水揚水機場。
琵琶湖の水位が低いときはここのポンプで汲み上げるそうです。
ここから第一疏水をたどっていきます。

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途中の橋も古いものが架かっています。
これは三保崎橋といって、昭和12年と記されていました。

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京福石山線を越えます。

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やや古びた周辺の見取り図。
琵琶湖疏水は一直線に山に向かい、三井寺の下をくぐっています。

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ここで水が二手に分かれ、左が大津閘門、右が大津制水門です。
閘門の方は船が通るためで、制水門は水位調整のためのようです。
すぐ向こうで合流していて、あれっとなります。

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こちらが大津閘門。

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※クリックすると拡大します

琵琶湖疏水に沿っては、この詳しい案内板が随所に立てられています。
設置者は京都市上下水道局なんですね。いま気付きました。

この琵琶湖第一疏水は、琵琶湖から京都の蹴上まで、明治18年から23年まで5年がかりで掘られた水路で、全長は9kmあります。
京都市の飲料水、発電、物資輸送、農業用水など多目的利用のために立案されたと解説板には書かれています。

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桜や紅葉の季節も美しいそうですが、新緑もまたきれいです。
一直線に山に向かっています。

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第1トンネルの入口。
このように各トンネルの入口・出口には立派な門が造られ、当時の有力者の扁額が掲げられています。
ここの場合は、伊藤博文。
設計者の田辺朔郎の名前も刻まれています。

疏水はトンネルでくぐりますが、私たちは峠を山越えしました。

(一緒に歩いた皆さんのブログ)
 気まぐれblog
 「琵琶湖疏水〜昭和の日に明治の偉業を辿る〜(1)」

 「琵琶湖疏水〜昭和の日に明治の偉業を辿る〜(2)」
 いっこうがこっそりブログ
 「琵琶湖疏水を辿ってみた(滋賀県編)」


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2012年1月28日 (土)

守山の駅前散歩(滋賀県守山市)

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滋賀県の守山は中山道の宿場町でした。
中山道は守山駅の西500mほどの所を通っています。
駅と中山道の間も、歩くと意外に面白いところですので、少し紹介します。

まず駅前ビルの北裏に小さいながら味のある建物があります。
三角形に近い形をしているようです。

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ベージュの色合いがいい建物。

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玄関の上には木製桟に型板ガラスがはまっています。
この建物は使われていないようで、元は何の建物だったのかもよく分かりませんでした。

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守山のまちなかは水路がたくさん流れていて、その流れも気ままですし、石垣の護岸があちこちに残っています。歩いていると、この水路と何度も交差して楽しくなります。

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水路の底にはたくさんのカワニナ。

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ホタルのモニュメントなども。
守山は明治時代からホタルを皇室に献上するほど、ホタルで有名だったようです。

ホタルが住めるように石垣護岸を残してきたのかと思ったのですが、ホタルは一度絶滅しているらしいので、そうともいいきれないかも。

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水路には赤煉瓦の護岸もあったりします。
左にはコンクリートで埋めた部分があって、さらに分岐する水路があったようですね。

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これはちょっと気になった橋のトマソン。
両岸を壁と柵で塞がれて、通れなくなっています。
その代わり鉢植えが並んでいます。

*トマソン→wikipediaの説明

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中山道まで歩いてきました。
ここでもまた一風変わった赤煉瓦塀に出会います。
街道沿いの医院の塀です。

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門柱の部分には陶製のライオンが。

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こんな顔です。

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煉瓦自体変わっていて、私にはグリコのアーモンドチョコに見えました。

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中山道沿いの家には凝ったものがあって、例えば玄関扉の鍵が巾着のようです。

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呼び鈴もまた凝っています。
同じ扉の別の部分です。

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中山道の宿場町は紹介できませんでしたが、水路や赤煉瓦にも魅力を感じた守山でした。


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2010年6月18日 (金)

春の彦根(7)芹川の並木

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彦根の街を南に歩いて行くと、土手にぶつかります。
芹川(せりかわ)の土手です。


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上図で緑に着色したところが芹川ですが、もともとは彦根城の東を北流して、松原内湖に注いでいました。それが井伊家の城下町建設に伴い、慶長8年(1603年)に現在の河道に付け替えられたそうです。

(参考)ひこねっと「芹川の観察ガイド」

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芹川付け替えのとき、土手の補強のため、ケヤキ、エノキなどが植えられました。その木が今も残っています。樹齢400年余り。

その後に植えられた木もあり、現在はエノキ、ケヤキ、アキニレ、サクラ、ムクノキ、サイカチ、カジノキなどが混在する並木道となっています。

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それにしても、ここの木は何度折れては再生してきたか分からないほどの節くれ立った姿で、長年の苦労を感じさせます。森の中ならこんな姿にはなっていないでしょう。

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どの木もです。

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土手の上は車道ですが、河川敷はいい散歩道です。
でも私は木々の肌を間近に見られる車道を歩きました。

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河川敷は春色で菜の花の季節。
並木は両岸に続いています。

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河原の外では田植えが始まっていました。
この田んぼも芹川の並木に守られてきたのでしょう。

長くなってしまいましたが、今回で彦根編は終了です。
また大阪に戻ります。

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2010年6月14日 (月)

春の彦根(6)気になる石

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彦根の歩いていて、気になる石がありました。
一つは観光地図にも乗っている腹痛石です。
触ると腹痛になるという。

腹痛石のあるのはちょうどお城に向かう道筋です。
お城のある山には平安時代以来、彦根寺という観音霊場があったそうです。
参詣者がこのあたりに来ると、背負ってきた荷物を下ろし、このあたりにあった石に腰掛けて休憩したのですが、そのうち石がなくなっていき、残された石を守るために腹痛の話ができたのではとのことです。

前掛けの腹痛石は分かりますが、その前にある丸い石はなんでしょうね。

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またこちらはお地蔵さんです。
ここにもお地蔵さんの前に丸い石が置いてあります。
持ち上げると願いがかなうという石でしょうか。

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さらに両側に吊されているもの。
身代わり猿は分かりますが、石もまたいくつか吊されています。
港町を訪ねると祠に石を積んであることがあり、これも琵琶湖漁民に関わりがある風習かもしれません。

彦根は城下町・商人街ですが、それ以外の要素もあることを、こういう石を見ると感じます。


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2010年6月13日 (日)

春の彦根(5)桑畑の測候所

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滋賀県立大学経済学部の近くにこのような近代建築があります。何か分かりますか?

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彦根地方気象台です。

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もっとも建てられた当時は、滋賀県立彦根測候所でした。
昭和7年のことです。その後、昭和14年に国に移管され、昭和32年に地方気象台に昇格しました。

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放物線に近いアーチの窓が使われているのが特徴的でこれは表現主義のスタイル。内部の階段にもセセッションの装飾が使われているそうです(この日は中に入るのは遠慮しました)。(参考:『湖国のモダン建築』)
玄関周りも装飾が入ってますね。

ぷにょさんが内部を紹介されています。
まちかど逍遙「彦根を歩く」(後編

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裏側に回るとこうなっています。
階段室に縦に窓が並んでいるようです。

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こんな小屋もまた古いもののよう。

ところで、今は市街化している気象台ですが、昔はどうだったのでしょう。

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<昭和28年修正 2.5万分の1「彦根西部」>
※オーミケンシ彦根工場の位置は少し違うかもしれません

昭和28年なのでまだ戦前の街の様子を引き継いでいるはず。
桑畑に着色してみるとこんなになりました(緑の部分)。
彦根では明治以降、養蚕が盛んだったので、その原料としてでしょうか。遮るもののない桑畑の中というのは測候所にはいい場所かもしれません。
(当初から桑畑だったかどうかは不明)

近くには近江絹絲紡績(株)の工場もありました。
のちのオーミケンシです。大正6年に絹の屑糸を利用した製糸を目的に設立されました(近江絹綿(株))。
大きな工場でしたが、1998年に閉鎖されて、今はカインズモール彦根というショッピングセンターになっています。

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しかし、今もオーミケンシの彦根工場は一部残っています。
見たところ古そうな建物が並んでいます。

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この建物なども下見板張りが似合いそうですね。

今もかつて盛んだった製糸工業の名残を伝えています。


より大きな地図で 彦根 を表示

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