2015年11月 9日 (月)

のせでんアートライン開催中

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先日、知人に誘われて、「のせでんアートライン妙見の森2015」というアートイベントに出かけてきました。(11/23まで開催中)
今回は2回目の開催で、私は前回は見ていません。
他の地域型アートイベントとどのように違うのか、そしてどんな建物に入れるのかが私の関心事です。

開催地域は非常に広く、北は妙見山頂から南は川西能勢口まで分散しています。能勢電鉄に乗って巡ってくださいという趣旨なのでしょう。能勢妙見・里山ぐるっとパスという、阪急・能勢電・ケーブル・リフトが乗り放題になる切符(1500円)が出ていて、これを利用しました。
ただ結論から言うと、一日で回るのは無理があります。

大阪に住んでいても、私は南の人間なので、能勢まで出かけたのは初めてです。
まずは妙見口駅から。

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歩いて行くと、オリジナルのかかしが並んでいます。
これはアーティストではなくて、学生が作っていたりするのですが、とにかく数が多くて楽しめます。

この向かいに大きな作品がありました。

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さらに歩いて行くと旧吉川中学校の建物。(今はオイスカ関西研修センター)
下見板張りの建物で、昭和20年代の雰囲気です。
ここの体育館に、作品「花子」があって、かなりのインパクトがあります。
ぜひ体験を。

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妙見口駅からケーブルの黒川駅までは、普通に歩いても15分はかかるハイキングコースです。
もっと簡単に乗り換えられるのかと思っていました。
途中、参詣の街道と、穏やかな里山の風景が眺められます。

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ケーブルの黒川駅。
まっすぐ見通せるのですが、随分急な角度です。

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黒川駅の隣には洋風建築の黒川公民館があります。
ここも会場で、プラネタ・ルームという展示が行われていました。

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黒川駅は改修されていますが、どうも古い建物のようです。
ケーブルは大正14年開業で、戦時中に廃止、昭和35年に再開されています。

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ケーブルカーは、途中で角度が急になるので、下ではかなり傾いています。

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ケーブルで山上に上がって、きつい坂道を上り、さらにリフトに乗り換えます。
この季節、コスモス畑の上を走る楽しいリフトです。
片道12分ののんびりした移動。区間によってあじさいの続く所もありましたし、季節によっていろんな花が楽しめるようにしているのでしょうね。

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リフトを降りてからさらに数百メートル登りがあって、妙見山頂に到着します。
ここに100年前の茶室を改造した展示がありました。
この中に入っての、体験型の作品です。
一番のお勧め。

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さらに元旅館での展示もあります。
ここも楽しい展示です。

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妙見山はさすがに妙見信仰で賑わった歴史があり、趣きある建物が残っています。
今は裏手になってしまったこの建物、とても味があります。

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妙見山は十字の紋で溢れています。妙見山は日蓮宗のお寺ですが、江戸時代、能勢氏の庇護を受けており、この紋は能勢氏の家紋と共通だとのこと。キリシタンとの関係が噂されたり、妙見の星辰信仰の北極星を示しているようでもあり、興味深いところです。洋風の要素もあったのが面白いところでした。

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山を下りて、黒川駅から谷を進みます。(これは別の日)
秋が深まって、紅葉しています。

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このクヌギの木、台場クヌギというそうです。
炭を焼くのに、木を地上1〜2mのところで刈って、そこから伸びてくる枝を利用したそうです。
なのでこんな不思議な形になります。

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黒川駅から15〜20分ほど歩くと、黒川公民館に着きます。
休校中の黒川小学校の建物です。この北校舎は明治37年に建てられました。
こういうのが残っているんですね。
ここには4つの作品が展示されています。

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窓から眺める風景は、里山の観察小屋みたいです。

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これも別の日なのですが、山下会場にも行きました。
山下駅から徒歩15分ぐらいです。
ここの多田銀銅山の精錬所を中心とした鉱山町だったんですね。
坂を登った一番奥に、精錬所の跡を利用した川西市郷土館があります。
この建物は、大正7〜8年頃に建てられた旧平安家住宅で、主屋に離れ、蔵が並び、見応えのある近代和風住宅でした。別途記事にしたいと思います。

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また、敷地内には、川西市の小戸から移築された、これも大正7年の旧平賀家住宅洋館があります。
平賀氏は化学者だったので、裏にちらっと見えているのが研究棟で、他に四阿、門、小さな橋が移築されています。

前に鶴之荘住宅地について書いたことがありますが、そこで小戸3丁目にあった洋館の隣に、この建物はあったようです。図面を見ると、移築されていませんが、この洋館以上に大きな和館も併置されていたようです。

イギリス風の美しい洋館なので、映画『繕い裁つ人』、ドラマ『マッサン』のロケ地にもなったそうです。
内部も見事です。

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さらには精錬所跡の遺構も残されていて、美術館やアトリエもありという、かなり盛りだくさんな施設です。
前から行きたいとは思っていたのですが、いい機会になりました。

今回はお誘いする意味でダイジェストでお伝えしました。
ネタバレになりますので、ほとんど作品内容には触れていません。

最初に書きましたが広域に散らばっているので、絞って回らないと仕方ありません。参考になるかどうか私から独断でぜひ見ていただきたい作品を書いておきます。

1.妙見山頂・旧茶室 梅田哲也さん「なくならない室」
 ・静かで美しい体験
2.妙見山・旧よろづや旅館 松村泰三さん「虹をつくる」
 ・楽しい体験型。旅館も見物。
3.妙見の森リフト 淀川テクニック「リフトに乗ってる能勢頼次」
 ・作品がリフトに乗って回っています。見逃さないように。
4.関西オイスカ研修センター Yottaさん「花子」
 ・インパクトとしては最大。夢に見るかも。
5吉川自治会館向かいの空き地 勝木繁昌さん「夢のせて能勢電鉄プロジェクト-未来・心・風景」
 ・楽しいです。鉄好きな人にも。
6.妙見口駅〜黒川駅沿いの田んぼ 地域協働プロジェクト「SATOYAMA”かかし”つながり」
 ・かなりの数の個性的なかかしたち
7.ときわ台駅前空き店舗 ±±±(さささ)さん「記憶/鼓動/蘇生」
 ・鉄好きな人へ。能勢電のお宝があります。映像もマニアック。

なお、日生中央、川西能勢口の会場には行けなかったので、分かりません。

楽しまれますように。

<関連サイト>
 のせでんアートライン妙見の森2015公式HP
 ※公式アプリもあります

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2015年3月12日 (木)

園田住宅地(兵庫県尼崎市)

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※クリックすると拡大します。

尼崎の園田住宅地の紹介です(昨年6月訪問)。
前回も書きましたが、昭和11年に園田駅開設とともに開発された住宅地です。
面積は70892坪。180戸。

住宅地の象徴のような水路沿いに古い住宅がありました。
六ノ橋の隣です。

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煙突はシンプルな角形ですが、王冠のようなデザインが入っています。

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後ろから。窓が無くて、蔵みたいですね。

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住宅地は猪名川から分かれた藻川の側にあります。
高い堤防の上から住宅地を眺めることができます。
それだけ土地が低いということ。

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住宅地内の公園。当初からあります。
区画の角がアールになっているのに注目。

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住宅地の東南部ですが、アールの石垣がきれいです。

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こちらにもアールの石垣。

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アールの凸型ブロック塀。
角を丸めるのが流行りだした頃なんでしょうか。

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住宅地の中でも特徴的な場所として、街路樹のある斜行道路があります。

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その側に平屋の住宅。
懐かしい路地があります。

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別の方向から。
市営住宅っぽいなと思ったのですが、そういう表示はありません。

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※クリックすると拡大します。

またこれも古いかも?という住宅。
いかにも古いデザインではないですが、古そうな匂いがします。

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とくに門柱と扉が素敵です。

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和風の住宅もあります。

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こちらにも和風住宅。

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※クリックすると拡大します。

最後に駅前にあるアールのきれいな美容室。
写真なのにパースみたい。
古い建物がごろごろしているわけではないですが、こんな建物が所々にあります。

<関連記事>
 「目次:近代の郊外住宅地と別荘地、社宅」
 「園田住宅地の十二橋」

<関連サイト>
 「図説 尼崎の歴史−近代編」

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2015年3月 1日 (日)

園田住宅地の十二橋(兵庫県尼崎市)

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昨年6月のことなのですが、阪急神戸線の園田駅周辺にある園田住宅地を歩きました。
昭和11年の園田駅開設に併せて阪急が地元とともに開発した住宅地です。
阪急は低湿な土地を買収して土盛りをし、水路を整備する工事を行ったそうです。

そういうことは後から知ったのですが、歩いていると水路があり、面白い橋がありました。筆文字で「十ノ橋」と書かれています。水路は南北に流れていて、橋は東西の道に架かっています。西にハの字に開き、親柱の上には何かの残骸があります。

(参考)「図説 尼崎の歴史-近代編」

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興味をひかれて水路沿いに歩いてみました。
すると「十一ノ橋」がありました。

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面白いと思ってさらに進むと「十二ノ橋」があります。
片側しか残っていなくて、この先、水路は暗渠になっています。
この先は阪急にぶつかりますので、ここまでで終わりでしょうか。
せっかくなので、逆方向にどこまで橋が残っているのか、たどってみることにしました。

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「九ノ橋」があります。

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ややっ? 植木鉢のようなものが親柱の上に乗っています。
どうもこれが残骸の元の形のようです。
もしかして花でも植えられていたのでしょうか?
橋のデザインとしてはユニークです。

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「八ノ橋」

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こちらは実際に鉢植えになっていました。
たぶん、この家の人がやっているのでしょうね。

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たどっていくと小さな水門があります。
東西の水路と分かれています。

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「七ノ橋」。ここまで全く同じ橋です。

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「六ノ橋」の手前に堰があります。

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よく見ると穴太区用水と書かれています。
区は旧字体です。
元は穴太という地区だったんですね。

ちなみに「六ノ橋」は東西の幅広い道路に架かっていて、住宅地内でも計画上のポイントになる場所のようです。奥に近代建築っぽい住宅が建っていましたが、それは次回にでも。

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さらに進みます。
「五ノ橋」があります。

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「四ノ橋」。これぐらいハの字に開いています。

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「三ノ橋」には以前の橋名表示が残っていました。
これも筆文字ですが、太めの字体です。
ここもきれいに鉢が残っています。

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「二ノ橋」

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そして「一ノ橋」
ということで全部揃っていました。
ここで水路が折れていて、「一ノ橋」だけが南北の道に架かっています。
また、上に乗っているオブジェ?も丸いようなのですが、これは復元の仕方でそうなっているのか、元々そうだったのかどうなんでしょう。カーブが鉢のカーブではないような気するので、これで良いのかも。

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これで終わりかと思いきや、その先にも同じような橋がありました。名前はありません。
ここで水路がまた南北に折れ曲がります。

ちなみにこちらが上流側で、上流から順に一から十二までの橋が架かっていることになります。
開発時に水路の整備が鍵だったので、修景の際、特に意識されたのかもしれませんね。面白いです。

>地元の自然と文化の森協会のHPに、この住宅地と水路、橋のことが紹介されていました。
 やはり橋は開発当初からのもので、植木鉢らしきものは花生けだとか。
 自然と文化の森協会HP「園田の昔」

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さて、水路の東側の家は水路越しに出入りするため、この十二橋以外にも水路にはたくさんの橋が架かっていました。面白いものを紹介します。
まずこれはトマソン化した橋。
奥の駐車場に建っていた家に出入りするための橋だったのでしょう。

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瓦屋根が乗って竹垣がある和風の橋。

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丸太が架かっているのもありました。
どう使っていたのでしょう。

弱点の水を逆に積極的に活かす、面白い住宅地計画だと思います。
次回は建物を紹介します。

<関連記事>
 「目次:近代の郊外住宅地と別荘地、社宅」
 「園田住宅地」

<関連サイト>
 「図説 尼崎の歴史−近代編」

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2015年2月18日 (水)

高砂の近代建築など

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高砂編、最後は高砂市中心部の近代建築などです。
山陽電車の高砂駅の東に三菱製紙(株)高砂工場があります。
工場は明治34年操業開始で、明治・大正期の煉瓦建築がたくさん残っているらしいのですが、表からうかがえるのはごく一部です。
この建物は正門の奥に見える建物。

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西側の塀越しに確認できる建物。

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本町の通りを歩いて行きます。
看板建築っぽいお店。
「カフェ デラコンチャ」
廃業しています。

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レトロ感溢れる銀座商店街のゲート。
マツバ煉炭のネオン広告が効いています。

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この銀座商店街には、江戸時代の染物屋を改修した多目的スペース「高砂や」があります。

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さらに先へ。
元理髪店っぽい看板建築。

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高砂商工会議所は、旧高砂銀行本店(昭和7年)。
いかにも銀行という建物ですね。

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4連の蔵。
高砂は江戸時代、加古川の舟運を利用した物資の集散地として栄えたそうで、その名残を感じさせる風景です。

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こちらは高砂道場。

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蔵が建ち並ぶ今津町。
空き家が多そうです。

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これも今津町にある板張りの蔵です。

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高砂神社の裏手に、立派な煉瓦倉庫があります。
旧横田工業倉庫で、豊田工業という工場が入っています。

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煉瓦積みの美しい倉庫です。

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再び本町の通りへ。
高砂市消防署高砂分署。
昭和10年に建てられた旧高砂町消防会館です。
ミニチュアの建物がくっついているみたいです。

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三菱製紙(株)高砂工場の魚町倶楽部。
明治37年、外国人技師のために建てられた下見板張りの洋館で、元々は最初に紹介した工場内にあったのが、明治38年に現在地に移築されています。

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鐘紡社宅の近くにある住宅。
門から家まで非常に長いアプローチです。どうしてこうなったんでしょうね。

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片岡医院。
古そうな建物です。

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鍛治屋町にある立派な洋館付き住宅。
三星化学合資会社の事務所が入っています。
昭和5年頃の建物との情報があります。

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歩き回って駅に向かう途中、梅ヶ枝湯という銭湯がありました。
入口の木製桟などに年季を感じさせる建物なので入ってみましたが、中も期待に違わぬレトロぶりでした。
建物の古さに反して、中は部活帰りの中学生たちでいっぱいで、これならしばらく安泰かも。

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裏に回ると薪で風呂を沸かしている様子が見られて面白い。
建物もモルタル、煉瓦、下見板張りのパッチワークでユニークです。
すっかり満足して高砂を後にしました。

高砂編、ようやく完了です。

<関連サイト>
 MANAZOUの近代建築・看板建築レトロ探訪
 「兵庫県高砂市探訪その1」
 「兵庫県高砂市探訪その2」
 まちかど逍遙「梅ヶ枝湯」
       「高砂の双璧」
       「憂鬱なGW、高砂を歩く」

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2015年2月 8日 (日)

旧鐘紡社宅と迎賓館(高砂市)

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高砂市の木造市営住宅を巡った後、高砂の街に戦前の旧鐘淵紡績社宅が残っているとのことで見に行ってきました。旧市街からやや西に外れるので、ここを目的にしないとたどりつかないと思います。
赤い屋根の戸建て住宅が整然と並んでいるので、一目瞭然です。

鐘淵紡績の高砂工場の創業は明治41年。
社宅が建設されたのは昭和11年で、終戦直後にあった一戸建て社宅12棟のうち11棟が残っています。壁面がサイディングになったり、サッシを変えたりしているので、そんなに古そうには見えません。
恐らく幹部向けの住宅で、その周囲には長屋の一般社員向けの社宅が連なっていましたが、そちらはなくなっています。

1947年の米軍撮影写真(国土地理院)

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グラウンドをはさんで、南側には大きめの社宅。

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北側には小さめの社宅が並んでいます。
役職の違いでしょうか。

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こちらは小さい方の社宅です。
といっても十分大きいですが。

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未舗装の道路をはさんで板塀が続き、庭の松が枝を伸ばしていて、風情があります。

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大きめの社宅の間にも未舗装の道路。

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ちょっと横長なのが分かりますでしょう?
今は関連会社のカネカ社宅になっています。

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敷地の南側、工場との間には、同じ昭和11年に迎賓施設として建てられた出汐館が残っています。
階段室にアールの入ったモダンなデザインです。
今はカネカのクラブになっています。

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周囲を囲む柵も、柱がアーチになっています。

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出汐館の裏側から。
出窓が傾けてあるのがおしゃれな感じです。

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出汐館に連なる長屋は、戦後すぐの空中写真には写っていないので、戦後のものかも。

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西側に工場の浄水施設があって、この建物もそこそこ古そうです。

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大きな道路をはさんで現在はカネカの工場と社宅。
電信柱がミニ鉄塔です。

このように工場、社宅、迎賓施設が一体となって残っているのは貴重だと思います。

<関連記事>
 インデックス「近代の郊外住宅地と別荘地、社宅」
 「新居浜の山田社宅」(2009年10月)
 「加古川のニッケ社宅街」(2012年2月)

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2015年2月 4日 (水)

荒井の宝めぐり(高砂市)

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高砂市営住宅を2つ回った後、とくに目当てはないのですが、旧集落の荒井を見に行ってみました。
荒井は法華山谷川の左岸三角州に位置する集落です。農業のほか塩田の塩業が盛んだったそうですが、江戸時代後期には廃れ、代わって棉作が盛んになりました。港町でもあります。近代に入ると塩田跡には野田醤油(キッコーマン)などが進出して海岸部は工場地帯になりました。

旧道の入口にあるアーケード。こういう一店だけでやっているアーケード、時々見ますね。

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まちなかに「ふるさと宝の地図」というものが掲示されていて、探訪のヒントになります。以下、かなり参考にさせていただきました。

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寛政12年の道標。読めない。

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元茅葺きらしき家。

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その隣に荒井村道路元標がありました。
このあたりが村の中心ということか。

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銅の雨樋です。
屋根にぴったり沿わせて曲げているところが見どころ。

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波を思わせるブロック塀。
2種類のブロックを使っているだけですが、センスを感じます。

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荒井神社の門。

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洋風の住宅もありました。
玄関回りも良い感じでした。

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高砂でよく見かけるカラス?鷹?の瓦。
羽根の一枚ずつまで表現して芸が細かい。

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若干ポーズが違う。
身体を翻しています。

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反対側にももう一羽。
素晴らしい瓦です。

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最後に石臼を再利用した塀。
こういう再利用はたまに見ますね。
これでもかとばかりに使っています。

旧集落は宝がいっぱいあって、興味が尽きません。

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2015年1月29日 (木)

高砂市営末広住宅

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これも昨年5月の記事です。
高砂市営今市住宅を見た後、近くの末広住宅を訪ねました。
こちらも河川跡にある住宅です。
昭和29年から30年にかけて建てられました。
ここは平屋の二戸一の住宅が9軒、一直線に並んでいます。

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裏側から見るとこんな感じ。
裏はでこぼこがあって個性が出ています。

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東の端から。
木造下見板張りの美しい並び。

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この住宅はかなり原型を留めています。

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外部にある流し。

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南の庭側には各種の増築が見られます。
こういうのも見比べると面白いと思います。

飛び飛びに4つの木造市営住宅を紹介しました。
いずれも空きが出次第、解体されていきそうですので、今のうちに見ておいた方が良さそうです。

<関連記事>
 「高砂市営宮前住宅」
 「高砂市営天川住宅」
 「高砂市営今市住宅」
 「高砂市営中筋住宅」(2013年4月)

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2015年1月18日 (日)

高砂市営今市住宅

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昨年5月に高砂市の木造市営住宅を訪ねたときの記録です。
季節外れですみません。

かなり間が空きましたが、4つ訪ねたうちの3つ目、高砂市営今市住宅です。
今市住宅は昭和29年から30年にかけて建設された住宅です。場所は高砂市役所の目の前。古い空中写真を見ると、戦後すぐは河川敷でした。当初は34〜44棟の住宅があったようですが、訪問時で10棟・14戸残っていました。『高砂市市営住宅再生マスタープラン』によれば、4戸が空き家でH29年度に解体される予定です。

この写真は一番北側の道から。
この道沿いに2戸1の住宅が10棟並んでいました。
4棟・8戸が残っています。

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北西隅の2戸1住宅。

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下見板張りの住宅で、パステルカラーのペンキ塗りが懐かしい感じです。
玄関扉もたぶんオリジナルの木の扉が残っています。

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2戸1住宅の道沿いの側面。
戸袋も木製です。

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真ん中の道沿いはガランとしていて、とくに南側の区画はすっかり更地です。

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戸建て住宅。高砂市営住宅に共通する、木製手すりのついたデザインです。

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戸建て住宅の側面を遠目から。
下見板張りです。

これだけ空き地が広がるとさびしいですが、建設当初としては良い住宅だったのではないでしょうか。

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ところで、市営住宅の北隣に気になるお屋敷がありました。
かなり大きなお屋敷です。

<関連記事>
 「高砂市営宮前住宅」
 「高砂市営天川住宅」
 「高砂市営中筋住宅」(2013年4月)

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2014年9月 8日 (月)

伊保漁港(兵庫県高砂市)

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高砂市の木造市営住宅めぐり。
曽根の後は一駅手前の伊保駅に移動しました。
市営住宅を見に行く前に、地図を見て気になった伊保漁港に寄り道しました。

駅を降りて南へ歩いて行くと、波止場に出ます。
ここは漁港ではありません。隣にはおなじみ日通倉庫もありました。

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※クリックすると拡大します

対岸には巨大な食品工場があります。
奥にはキッコーマンの工場。

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さらに南に歩くと船溜まりになっていて、ここが伊保漁港です。
ぐるっと船がつながれています。

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※クリックすると拡大します

独特な網の巻き上げ機を搭載した漁船が並んでいて、かなり変わった光景です。
網にはひらひらするものが結ばれています。
どうも海苔の収穫用の船みたいです。確認はしてないのですが。

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高須の集落には、小さいながらも漁村らしく戎神社がありました。

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※クリックすると拡大します

ここでも鷹の飾り瓦を見ることができました。

こちら側には旭硝子の巨大な工場があり、対岸にはサントリーや神戸製鋼の工場があるなど工場に囲まれていますが、漁港・漁村はかつてのこの地域の風景の記憶をわずかに留めていました。


より大きな地図で 加古川・高砂 を表示

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2014年8月10日 (日)

曽根の街並み(兵庫県高砂市)

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5月の高砂の木造市営住宅を訪ねる旅、書き漏らしていましたが、山陽電車のシーサイド1dayチケットを使いました。大阪からだと往復するだけで得です。
せっかくなので、地図を見て気になった曽根の集落も歩きました。

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曽根には曽根天満宮という大きな神社があります。
天満宮なので菅原道真公にちなむのですが、ここの場合は、道真公が太宰府に左遷されて向かう途中に寄港し、近くの日笠山に登り、そこにあった小松を植えたものが「曽根の松」という立派な松に育ったそうです。のちに四男がゆかりの地を訪ねて神社を建てたのが始まりという伝承です。

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この神社の周囲の塀には、高砂市内で産する竜山石が使われていました。
赤、黄、青の3色あるのでとてもカラフルです。

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昔はこのあたりが海岸線だったのか、神社の東には松原が続いています。

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さて、曽根の集落は、神社の北側にあります。
天川の東側です。産業としては、江戸時代から戦後にかけて製塩業、明治中期にマッチ製造業、大正期に煉瓦工場があったようです。
立派なお屋敷が豊かさを感じさせます。

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観光地ではないですが、白壁の落ち着いた街並みがあります。

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集落に入ると狭い道が入りくんでいます。

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しゃれた窓手すり。

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まちなかを歩いていると煉瓦塀がありました。
大正4年煉瓦製作所、大正5年中播煉瓦、大正6年大正煉瓦が設立されたとのことですので、もしかしていずれかの煉瓦が使われているのでしょうか。刻印は見つけられませんでした。

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この煉瓦塀、結構長いです。

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角にショーウィンドウがある建物。

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ショーウィンドウには細かなタイルが使われています。

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古い時計屋さんもあります。

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玄関に炭を吊す家。
でも調べてみると風水の考え方である(浄化)らしいので、地域の風習ではないのかも。

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とても大きな持ち送り。
といっても比較対象がないとスケール感がないですね。
通常の倍ぐらいの大きさです。

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型板ガラスのはまった玄関。
シンプルな美しさ。

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和風の立派な門。
細い桟を光と風が抜けて軽やかです。

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古いかまぼこ型の銅製玄関灯。

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これも古そうな台形の玄関灯。

集落の細い道を歩きながら、街並みを味わう楽しみがありました。


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<関連記事>
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