2020年1月31日 (金)

北白川児童公園(京都市左京区)

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白川沿いに歩いた京都の近代公園めぐり、この日最後は北白川児童公園(昭和16年)でした。
既にかなり薄暗くなっています。
この公園の変わっているのは、北白川小学校に隣接しているというより一体化していて、校舎をコの字型に囲んでいることです。
今はフェンスで区切られていますが、元はもっと一体的だったのかもしれません。

訪問日:2019年1月14日

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公園東側の入口。門柱から続くアールの低い塀が招き入れています。

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読み取りにくくなっていますが、白い石に北白川児童公園と縦書きされています。

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内側から見るとこういう形。
階段と一体的なデザインです。

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北東隅にも入口の跡がありますが、今は塞がれて、柵の一部となっています。
一種のトマソン?

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こちらは右から北白川児童公園と書かれていて、戦前のものっぽいです。
なぜ塞いでしまったのかは不明。階段になっているので自転車で突っ込むと危ないからでしょうか。

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コの字の北側は遊具エリアになっています。
砂場やベンチ、シーソー、鉄棒などがあります。

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ここにも人研ぎの滑り台があります。
そしてブランコ。

昔の一般的な遊具が並んでいます。
あとジャングルジムがあれば完璧?

この公園での収穫は公園の門柱でした。

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日が暮れたので、この日は南田児童公園あたりまで戻って銀水湯に入って帰りました。

この日はこれで終了ですが、京都の近代公園めぐりはまだまだ続きます。

 

 

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2020年1月28日 (火)

南田児童公園(京都市左京区)

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京都市左京区の白川に沿っての公園めぐり、続いては浄土寺上南田町の南田児童公園(昭和16年)です。
私が写真を撮っている場所のすぐ背後が白川です。

冬場の公園というのは葉が落ちて公園らしさがないですが、全体の確認はしやすいですね。
南西角からの全景です。

訪問日:2019年1月14日

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南側正面入口。入口は台形です。

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南田児童公園の表札。
文字が左からなので戦後のもののよう。ただし大理石っぽくて、戦前のものと質感が似ていて、書体も古めなので、昭和20〜30年代かなあという気がします。

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公園は広場部分と一段上がった遊具部分に分かれています。
そこを区切るようにヒマラヤ杉(?)などの並木。

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敷地の端に気になるコンクリートの痕跡があったので撮っておきます。
何かは分かりません。

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砂場、なんですが、私にはこれは幼児プールの跡のような気がします。
一つは右側中央が切り下げられていて、ここから溢れた水を流していたように思います。
塗装も防水のためかと。

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もう一つはこれ。ここから水を入れていたのかなと。
砂場としては不自然でしょう?

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公園の北側入口。南側入口と対称になっています。

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公園のベンチ。少し真ん中をくぼませたコンクリートのシンプルなベンチです。

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もう見慣れてきた人研ぎの滑り台。

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そしてラクダと羊の遊具というかベンチというか。

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これだけではさびしいので、近くの近代建築もついでに紹介しておきます。
浄土寺東田町の内科・小児科岡本医院。京都市の近代化遺産調査によれば、大正から昭和初期です。
全体がクリーム色の溝タイルで覆われています。

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角から見たところ。裏側には丸窓もいくつか見られます。

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裏には和館も。
こちらがお住まいの部分でしょうか。

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勝手口もアーチ屋根のモダンなデザインになっています。

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次の公園に向かう途中、疎水分線が逆サイホンで白川をくぐる立体交差。

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銀閣寺前町の住宅。
気になったのですが、近くの工事の警備員の方がおられたのでさっさと立ち去りました。

日没との競争で次の公園へ。

 

 

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2020年1月22日 (水)

馬場児童公園(京都市左京区)

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京都市左京区の近代の公園めぐり。宮ノ前児童公園に続いて、馬場児童公園(昭和15年)を訪ねました。
デザイン的に見て面白いのは昭和15年までの公園かなという気がしています。

既に日が暮れかかっていて、見づらくてすみません。
開放的な公園で、外周の道路とは低い柵のみで隔てられているため、公園内の様子は外からもよく見えます。
道路に傾斜があるので、階段状の柵になっています。
この写真は東南隅から。

訪問日:2019年1月14日

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東側の入口が正面の入口のようです。
スロープで上がる入口。
門柱はアールを多用した左右対称のデザインです。

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コンクリートの門柱にそれほど装飾はありませんが、アールや段差など変化を付けてあります。

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馬場児童公園の文字が右から書かれているので、オリジナルのものかと思います。

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公園の北西入口。
階段を登って入るタイプの入口です。
先ほどの門柱と似ているものの形は違います。

 

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南側入口。こちらは階段を下って入る入口です。
階段の先に円柱が付いています。
道路と公園の高さ関係が変化するのに合わせて、入口のデザインも変化しているのが面白いところです。

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公園内部の植樹の縁石。
天然石らしく見えます。

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公園自体は2層に分かれていて、東側の下段はグラウンド、西側の上段には砂場など遊具が集まっています。
その間は緩くふくらむ階段でつながれています。

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以前、富小路公園で見たのと同じような、顔のプレイマウントがありました。
そして子供たちが遊んでいますが、動物遊具があります。
砂場をオアシスに見立てて、そこに集まる動物のイメージに見えます。

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こちら水浴しているゾウ

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居眠りするラクダ

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北西角にもう一つ砂場がありました。

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レーシングカーの遊具。前後どちらにもハンドル。
車体は抽象的ですが、タイヤは本物を使っています。

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ここでも人研ぎの滑り台。京都はほんとに多いです。

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トイレ前の手洗い場。
これも昭和中期ぐらいのデザインに見えます。

この公園の見どころは、よく残っている公園門柱のデザインということになるかなと思います。

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ついでに周囲の近代っぽい住宅も紹介しておきます。
こちらの住宅かなり傷んでいたので、もうなくなっているかもしれません。

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玄関引き戸に鶴の透かしが入っています。

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丸窓のある家。茶室なのでしょうか。

近代の公園を見に行くと、区画整理公園の場合、周辺の開発も同時期だったりするので、周囲の探索も楽しみです。

 

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2020年1月19日 (日)

宮ノ前児童公園(京都市左京区)

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これも1年ほど前ですが、京都国立近代美術館で「世紀末ウィーンのグラフィック展」を見た後、白川沿いに遡って、近代の公園を見て回りましたので、数回にわたって紹介します。まずは宮ノ前児童公園(昭和17年)です。

どこの宮の前かというと大豊神社のようです。
近くには泉屋博古館があります。

写真は敷地の南西角から。こちらが正面です。
残念ながら、こちら側の公園の表示は隠れているか、失われていました。

訪問日:2019年1月14日

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公園は底辺の短い三角形です。
面白いことに敷地の南半分にはイチョウがぽんぽんと立ち並んでいます。
グラウンドの中に木が並んでいるのは面白いですね。

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低い公園柵とグラウンドの間は並木のゾーンになっています。
それではその向こうにある木は?

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敷地東南隅の入口。階段で下りていきます。
ここにも公園の表示はありません。

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公園は北に向かって高く、細くなっており、北の端にも門があります。

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黒い石に刻まれているので読みにくいですが、ここには公園名「宮の前児童公園」と書かれています。
字体から見ても戦後のものでしょう。

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公園は階段で京都市立第三錦林小学校の校庭とつながっています。
そういうこともあって公園でグラウンドを広く取る必要はなかったのかとも思います。

公園成立の時代的に、小学校の校庭と一体で避難場所として考えていたのかもしれません。

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公園には高低差があるので、そこを利用してテラスと滑り台が設置されています。
この組み合わせは面白いです。
ここがこの公園一番の見どころ?

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テラスの後ろに砂場がありました。
縁のコンクリートが比較的古いもののように思われます。

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京都ではよく見かける人研ぎ(人造石研ぎ出し)の滑り台もありました。

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素朴なコンクリートのベンチ。

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これはよく見かけるタイプの、座面が凹んでいるコンクリートのベンチ。

あまりこれといった見どころを見つけられませんでしたが、今後何か補足できることがあれば補足します。

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(追記)さっそくの追記なんですが、これを投稿したところ、Uさんがこの小学校の卒業生とのことで、この正面あたり、今はコンクリートで覆われていますが、校庭の下に作られた防空壕の入口があったという情報を教えていただきました。
 昭和17年という時代、作られる公園は空襲に備える目的のものが多く、この公園についてもそういうことなのでしょう。
 ここに木が植えられているのも防空壕の入口を隠すため?などということも思いました(それなら常緑樹を植えるか)。

 

 

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2019年2月16日 (土)

アールデコの紫野柳児童公園(京都市北区)

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話の流れで、3年前に訪ねた京都の紫野柳児童公園も紹介しておきます。
昭和10年に区画整理事業でできた公園です。
地下鉄の北大路駅から近く、訪ねやすい場所です。
周辺の住宅地には近代の住宅もあり、周りをぶらぶらするのも楽しいと思います。

住宅地を歩いて行くと、紫野柳公園の低く長い塀が現れます。
既に遅い時間だったので写真が暗くてすみません。

訪問日:2016年2月6日

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東西に長い長方形の紫野柳公園は、南側に2つの入口があり、どちらも同タイプです。
アーチ型の門柱に、塀がアールを描いてつながっています。これは下鴨森ガ前児童公園とも全く同じタイプです。
新しい公園表示がかかっているところまで同じ。

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西側の入口だけが小振りで、内側に4分の1の円弧を描いているのが違います。

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この公園での鑑賞ポイントは、やはりラジオ塔のあるテラスです。
恐らくオリジナルのデザインが残されています。

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スリットやラジオ塔の尖塔アーチ、丸窓に格子といったデザインが盛り込まれています。

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ラジオ塔の正面には面格子のような飾り。

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ラジオ塔の背後には国旗掲揚の柱が取り付けられていたようで、国旗掲揚台を兼ねたデザインになっています。

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丸窓に鉄格子のデザイン。
これは地蔵本児童公園でも似たようなデザインを見ました。
(いずれ記事にします)

160206murasakinoyanagi8テラスはそんなに高くはないのですが、公園全体を見渡すことができます。

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象を抽象化したようなジャングルジム兼滑り台。
紙屋児童公園で見たのと同タイプの遊具です。
滑る面が手のひらの幅ぐらいしかなくて、よくこれで滑ることができると思います。

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そしてこの公園のもう一つのポイントは、洛北中部五地区土地区画整理碑(昭和10年)と、その右にある池田新兵衛・舩越嘉右衛門顕彰碑です。前者は(たぶん後者も)公園開設と同時に設置されています。

ありがたいことに京都市歴史資料館のデータベースに、碑文が紹介されています。
○洛北中部五地区土地区画整理碑
○池田新兵衛・舩越嘉右衛門顕彰碑

洛北中部の紫野門前(T10〜S10)・賀茂(T15〜S11)・紫竹芝本(S4〜11)・東紫野(S4〜11)・上堀川(S7〜12)の5つの土地区画整理組合が共同で建てていて、共同で碑を建てるのは珍しい気がします。
ちなみにこの公園があるのは、東紫野土地区画整理事業の施行区域です。

石碑を囲む石は石庭のようで、何かを表しているのでしょうか。

【参考】下村康史氏・飯塚隆藤氏「京都市の土地区画整理事業地における町割方法の歴史的変化について」(『ランドスケープ研究』7(5)、p559〜564、2014年)

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区画整理の碑と書かれています。


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それに続く部分は、楕円形のスペースで、幼児用の滑り台やベンチが置かれています。

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ベンチは中央が低いタイプ。

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中央には藤棚があり、テーブルとベンチが置かれています。
テーブルの方は下鴨森ガ前児童公園のテラスで見たものと同じ形で、これはオリジナルなのかもしれません。

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土管を縦半分に割ったような遊具?
六条院公園で見たものと同じ形です。

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そしておなじみ人研ぎの滑り台も。

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もちろん地蔵堂もあります。
他の公園より立派な出世地蔵尊が祀られています。

他にも遊具はありますが、気付いたところはこれぐらいです。

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公園の周辺には古そうな住宅があります。
南側の住宅は煉瓦の透かし塀付き。

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西側の住宅は門扉、玄関のアーチや丸窓が古いデザインを示しています。

公園のデザインとともに、周囲の住宅も当時の区画整理事業の雰囲気を伝えています。

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2019年2月11日 (月)

アールデコの下鴨森ガ前児童公園(京都市左京区)

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京都の公園の話はしばらく後かなと思ったのですが、興味深い公園があったので先に紹介します。
左京区の下鴨森ガ前公園です。位置的には、下鴨神社の北に当たります。

写真は北側の入口です。こちらが正面のようで、唯一、公園名が表示されています。
正式な入口は南側にもう1ヶ所。あとは道路に面する三方を大人の腰の高さの低い塀で囲んでいます。

訪問日:2019年2月9日

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門柱はオリジナルっぽいですが、公園名表示は新しいものです。

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(「今昔マップ on the web」より加工。25000分の1地図「京都東北部」、昭和6年部分修正、昭和7年発行)

ここで公園の位置を確認しておきます。
下鴨神社の西側には昔から下鴨村がありましたが、下鴨神社の北側は、大正時代頃にようやく都市化した所です。
下鴨森ガ前児童公園があるのは都市化の境界部分で、ここから北が昭和5年から下鴨地区土地区画整理事業の施行区域として、今の北大路通の整備と一体的に急速に都市化していきます。言い換えると自然発生的に都市化した地域と計画的に都市化が進められた地域の境界です。その土地区画整理事業の公園として、昭和10年にできました。

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公園に戻ると、公園の門柱や塀にアールデコの雰囲気が感じられます。
門柱に穴が開いていて、何が取り付けられていたのか(内側は門扉かと思いますが)、気になります。

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【参考】紫野柳児童公園(2016年2月6日撮影)

ちなみに同じくアールデコの意匠のある公園として紫野柳公園もそうだったなと思い、写真を確認したところ、門柱と塀のデザインが全く同じでした。同じ昭和10年開設で、こちらもお勧めです。ラジオ塔があります。

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ここからまた下鴨森ガ前公園の写真です。
南側の入口についても全く同じデザインです。

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敷地の南西より。交差点部分は隅切りされています。

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デザイン的に面白いのは、塀に所々入っている帯状の装飾が、外側では途中で止まっているのに対して、内側では地面まで降ろされて柱のようになっています。

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あとこの公園のユニークなのは公園の真ん中にこういう植え込みに囲まれた区画があることです。

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真ん中に十字型の砂場と、それを囲むL字型×4の植え込みがあります。
開設当初のものかどうかは分からないのですが、この十字型の部分は噴水池などではなかったのでしょうか。

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また公園の北西側には半円形の藤棚のテラスがあります。奥にベンチとテーブル、両端に花壇が配置されています。

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ベンチの脚が逆アールを描いているのもポイントです。テーブルは角餅を載せたようなシンプルな形。

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テラスの背後から。公園全体が見渡せます。
保護者がここから子どもを見守ることを想定して設計しているのでしょう。
ただ、今の季節は寒いので、お母さん方は陽の当たる向こうの砂場に腰掛けておられました。

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もう一つ見どころはこの国旗掲揚台。
シンプルながら、しっかりアールデコのデザインが入っています。

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裏側。柱を支えていた金具がまだ残っています。

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テラスと国旗掲揚台の位置関係はこんな感じ。

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あと気になる痕跡としては、公園北東部にこういう囲みがありました。
ありえるものとしては水飲み場でしょうか。

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あと公園西側に踏み台のようなもの。
子どもの避難用の踏み台というのは考えすぎでしょうか。

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人研ぎの滑り台もあります。

ふんだんに施されたアールデコのデザインが残っていて、興味深い公園でした。
このままデザインを踏襲して使われていくと良いなあと思います。

なお、こんな風に障害物が多いので、かくれんぼや鬼ごっこで遊んでいる親子が多くて、楽しそうでした。

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2019年1月31日 (木)

一条町児童公園(京都市上京区)

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西町児童公園の後は、天神川を西に越えて、一条町児童公園に行きました。

一条町児童公園は、昭和15年にできた公園です。
昭和13年に都市計画決定されて昭和35年に完了した西第五土地区画整理事業の区域内にある区画整理公園と思われます。京都の土地区画整理は、市街地を帯状に巻いてます。
京都市の土地区画整理事業施行区域図

さて、公園のある土地は若干傾斜しているらしく、南側では階段の入口になっています。

訪問日:2018年9月22日

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曲線を多用した門柱で、デザインだけからいうと、少しアールデコっぽいデザインです。

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西側の入口。こちらはほぼフラット。
見えているのがほぼ公園全体です。

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東北の入口。
ここもフラットです。
ここにきてやっと公園名が表示してあります。

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縦に「一條町児童公園」と花崗岩ぽい石に彫ってあります。
「條」は旧字体ですが、「児」の字が新字体なので、戦後のものではないでしょうか。

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公園内に国旗掲揚台跡などないかと思いましたが、それは見つけられませんでした。
縁の丸いコンクリートの砂場。

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コンクリートのベンチ。コンクリート自体に着色されていますし、座りやすいように窪ませているので、進化型のよう。昭和中期ぐらいではないでしょうか。脚はとても単純です。

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ここにも人研ぎの滑り台。

・・・ぐらいです。
ないというのも記録なので。

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公園の西側には道を挟んで、大将軍小学校があります。
このいかめしい名前は、地名です。
門柱がとても立派。

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また、すぐ近くに入口が唐破風の椿湯さんがありました。
一瞬営業されているのかと思ったものの、2018年の6月末に廃業されていて、訪問時点でも既に営業しておられませんでした。

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側面に煉瓦の壁が現れています。

今回の京都の近代公園シリーズはひとまず以上です。
実はこの日、あと2公園回ったのですが、写真が暗すぎるので、また出直します。
また1月にも京都の4公園を回っていますが、あまりこればかり続けてもなんですので、次の記事は場所も話題も変えます。

近代の公園については、自分のテーマと思って記録に回っていますので、またお付き合いよろしくお願いします。

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2019年1月30日 (水)

西町児童公園(京都市上京区)

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衣笠南道児童公園の後は、紙屋川に沿って1.3km一気に下り、西町児童公園を目指します。
途中、北野天満宮の脇を通り、ここから天神川と名前が変わります。近くに小松原児童公園がありますが、それは以前に行きましたのでパス(ラジオ塔のある公園です)。

西町児童公園は天神川から道路を挟んですぐ東側です。
この写真は北西角からで、右側を天神川が流れています。

訪問日:2018年9月22日

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西町児童公園は昭和16年に開設された公園です。

見た瞬間、これは思うのは、公園のコンクリートの柵(塀?)。
この写真はメインと思われる北側の入口で、門柱に向かってアール、てっぺんもアール、門柱にはドームと何重にも丸みを帯びています。

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門柱から柵に連続する造形がそのまま残っています。
この写真では分からないかと思いますが、公園をぐるっと取り巻く柵が残っています。

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公園名は右からの文字で「西町兒童公園」。
完璧ですね。おそらくオリジナルでしょう。

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東側の入口。

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そして西側の入口も小さいながら、カーブして人を呼び込むデザインです。
所々にアクセントのように角張った柱が連続しています。

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公園全体を北東側から見たところ。
残念ながら中の見どころはそれほどないのですが。

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ここにも脚がアーチのコンクリートベンチがありました。
他にもあります。

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三本脚のコンクリートベンチ。
珍しいですね、三本脚は。

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ここまでくると意味不明な遺構。
何とも判断付きません。

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ここも人研ぎの滑り台。
要注意は、滑り台の横にコンクリートの基礎みたいなのがあること。
何の痕跡でしょう。

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砂場は変わった形です。状態が良く、比較的新しそうです。

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ちなみに途中で見た一条橋。
親柱は昭和14年と書かれていました。

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このあたりの天神川はまっすぐで随分、行儀の良い流れです。
しかし、恐らく昔は暴れんぼうだったんでしょうね。


地図を見ると、公園の東側の道が折れているのが気になります。
もう少し北の大将軍八神社のあたりでは、川が西に振ってますので、その次は東に振りそう、と考えるとこの公園のあるのは旧河道ではないのでしょうか。そういう場所に公園を持ってきているように思われます。

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2019年1月29日 (火)

衣笠南道児童公園(京都市北区)

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紙屋児童公園の後は、紙屋川の右岸(西側)を下り、すぐ近くにある衣笠南道児童公園を目指しました。
右奥に見えているのがそうです。周囲は住宅地で囲まれています。

「京都市の近代化遺産・産業遺産編」、p70に載っている衣笠南通児童公園(昭和12年)と同じ公園ではないかと思います。
この辺りは、京都市の西第二土地区画整理事業(昭和9〜16年)の施行区域のようですので、区画整理に伴う公園かと思われます。

訪問日:2018年9月22日

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公園の北東入口には「衣笠南道公園」。

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しかし、公園の南西入口には「衣笠児童公園」
名前がいくつもあって、どれが正式名称なのか迷います。


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この公園も高低差があります。
公園の立入できる部分は一番低いところで平坦なのですが、斜面も含めて公園になっているようです。
ここもおそらくは紙屋川によって削られた段丘崖なのでしょう。

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公園の上から見るときれいに木々が並んでいます。
ずっと柵なので、公園には入れません。

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公園内の南端に崖を上がる階段があって、ここで見える石垣などはもしかしたら古いのかもしれません。


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公園の南入口。
水玉模様の痕跡があって、何の痕跡か気になります。
石でも貼り付けてあったのでしょうか。

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もう一つ不思議なのは、公園内が二重になっていて、空堀のようなもので囲まれていることです。

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こんな風に低い部分にベンチが置かれていて、不思議な構造です。
周囲の道路との間には柵があるので、このベンチに座ろうとすると大回りしないといけません。

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お地蔵さんもあります。
ここでは外を向いています。

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公園内は2段になっています。
下に広場、上に遊具が配置されています。

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砂場。コンクリートで平らな縁取り。

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ここも人研ぎの滑り台です。

この公園内では古そうなものは確認できませんでした。

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ただ、ちょっと気になったのは、この公衆便所。
コンクリートの本体に木造の屋根が乗っています。

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手洗いが内外どちらからでも利用できるようになっていて、そこが変わっています。

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ちなみに公園の上では、このような古い長屋が確認できました。
区画整理事業に伴う開発と言われればそう見えるような住宅です。

まだ公園の記事が続きます。

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2019年1月27日 (日)

紙屋児童公園(京都市北区)

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上柏野児童公園の後は、すぐ近くの紙屋児童公園に向かいました。
まっすぐ行けば近いのですが、少し回り道をして、北側から回り込みます。

近づいていくと立派なケヤキが枝を広げていました。
公園の入口に人が腰掛けておられるので、その大きさが分かりますでしょう。

紙屋児童公園は、昭和16年開設です。

訪問日:2018年9月22日

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しかし、公園の入口まで行ってびっくり。
とても高低差のある公園なんです。
紙屋川の谷の傾斜地を利用した公園で二段に分かれています。
つい最近知ったのですが、このあたり、紙屋川の左岸(=今立っている側)を京都を囲む御土居が通っていたらしいです。それで余計に高低差があるのかもしれませんね。

「京都歴史散策マップ 御土居跡」(PDF)

さっき見たケヤキは、ほぼ一番下の段から立ち上がっているので、なんと樹高は27mとのことです。
見えていたのは上の10mほど。
もう一本、樹高22mのケヤキもあります。

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公園の入口には「紙屋兒童公園」という大理石っぽい標示が掛かっています。
たぶん当初からのものではないでしょうか。

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まず上の段に降りて、探索していきます。
階段も天然石を使ったもの。

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背もたれ付きのコンクリートベンチです。
そこそこ古そう(たぶん昭和中期以前)ですが、足がアーチになっているベンチとはまた違います。
シンプルな2本足。

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見慣れてきた人研ぎの滑り台もあります。
しかし、注目すべきはその後ろです。

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これ。鉄筋が出ていて、国旗掲揚台だと思われます。
たいがい国旗掲揚台は後ろ側か真ん中に挟み込んでで固定していますが、ここは手前で固定しています。
それほど装飾的ではありませんが、アールの入ったモダンデザインです。

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こちらは何の遺構か不明。
パイプが2本出ていたようです。

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こちらは何か特別な木が植えられていたのでしょうか(記念植樹とか)。
公園のデザインになっています。

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滑り台はもう一台あって、見たところ幼児用です。
丸い砂場と一体型。周りを動物遊具が囲んでいるので、オアシスの水場のようです。

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続いて、下の段にも降りていきます。
この木が最初に見えていたケヤキです。

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独特なジャングルジム兼すべり台?
これ滑るのはかなり技術がいりますよね。
前に紫野柳児童公園でも同じタイプを見たことがあります。

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コンクリート枠の砂場もあります。
ここは縁が丸いタイプ。縁が丸いのと、直角のとどちらが古いというのはまだ分かりません。風化具合からすると縁の丸い方が古そう。

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公園の西側の入口を出て、紙屋川沿いを歩いていくと、波打った階段が現れます。
この上を通っているのが、鞍馬口通で、紙屋川にかかるのが金閣寺橋。
右に行くと金閣寺、左に行くと上柏野児童公園という位置関係です。

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階段から振り返れば、向こうの森が紙屋児童公園。
かなり湿気を感じます。

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金閣寺橋を、金閣寺の方を向いたところ。
親柱には昭和5年と書かれていました。

こんなに立体的な公園だとは、来てみないと分からないものです。

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