« 橘土地区画整理事業と立花駅(尼崎市) | トップページ

2020年8月 2日 (日)

須磨離宮公園(神戸市須磨区)

190428sumarikyu-0

昨年春、神戸の須磨離宮公園を訪ねました。
名前に「離宮」と入っているように、終戦まであった武庫離宮の跡地を公園化したものです。
その来歴や見どころなどについては公園自身の紹介などもありますのでここでは簡単に紹介します。

この時はJR須磨駅から坂を登りましたが、最寄り駅は山陽電鉄の須磨寺駅か月見山駅です。

この写真は歩道橋の上から。
正門の向こうに見える森が須磨離宮公園です。

訪問日は2019年4月28日。
間もなく令和を迎えようという時でした。

190428sumarikyu1

正門の門柱。亀甲積み(六角形に切った石をぴったり積む積み方)の石垣とともに、離宮時代からあるものらしいです。

190428sumarikyu2

須磨離宮公園の案内図。本園は元武庫離宮ですが、植物園は岡崎財閥の旧岡崎邸跡です。
この時は時間がなくて植物園までは回れませんでした。

190428sumarikyu3

公園内の要所要所には、このように解説板が立っています。
離宮100年を記念して立てられたもののよう。

もともとこの場所は西本願寺月見山別邸があった場所です。
月見山別邸は明治35年から37年(36年?)にかけて造成・建設されましたが、神戸周辺で離宮適地を探していた皇室の目に止まり、明治40年に売却、代替地として紹介された岡本に建てられたのが有名な二楽荘という流れです。3、4年しか使われなかったんですね。

明治40年に隣接地とともに買収後、離宮の建築設計には片山東熊ら、庭園設計には福羽逸人らという錚々たる顔ぶれで建設が進められ、大正3年に完成しました。その後、大正天皇や満州国皇帝溥儀の宿泊などに利用されましたが、昭和20年の空襲で焼失しました。そのため、現在残っている遺構はほとんど福羽逸人が手がけた庭園関連です。

戦後神戸市に下賜されましたが、昭和21年から31年まで進駐軍に接収され、射撃演習場として使われていたそうです。
神戸市への返還後、当時の皇太子御成婚事業として整備が進められ、昭和42年に須磨離宮公園として開園しました。ですので、公園としてはそれほど古い公園ではありません。

190428sumarikyu4

公園の正門を入ると直線的な馬車道が伸びています。
奥で右に折り返して中門広場まで続いています。
解説板によると、この道の縁石も左側のカイヅカイブキ並木も、鉄筋コンクリートの壁も、右側の石積も武庫離宮当時のものだそうです。

以下、主に解説板に従って説明していきます。

190428sumarikyu5

このあたりの石は自然の露頭に見えますが、フランスの庭園にならって人工的に石を配置した装石(ロカイユ)というものらしいです。

190428sumarikyu6

庭園の名残らしき石塔がありました。

190428sumarikyu7

中門広場。この大きなクスノキは、離宮造営前からあったものだそうです。
写真に写っていませんが、オリーブ栽培を導入した福羽逸人にちなんで、オリーブの木なども植えられています。

190428sumarikyu8

中国風の獅子が迎える中門。
中門は建物としては唯一焼け残ったものです。

この左手にはかつて玄関口の車寄せがありました。

190428sumarikyu9

中門の奥は潮見台(当時は物見台)という広場になっています。
この石垣風の手すりは当時のもの。柱の石材は小豆島産花崗岩です。

190428sumarikyu10

潮見台(物見台)は、海に向かって弧状にベンチが設えられています。
遠くに紀淡海峡・友ヶ島まで見えていました。

190428sumarikyu11

ベンチも小豆島産花崗岩でできています。

190428sumarikyu12

休憩所では「よみがえる武庫離宮展」という展示が行われていました。
離宮時代の写真などが展示されていて、展示品の一つはかつての武庫離宮の配置図です。この図で赤で記された施設等が現存しているとのこと(推定)。結構いろいろなものが残されています。この図は公園のHPでも見ることができます。

他に植栽略図などもありました。

190428sumarikyu13

遺構である鞍馬産自然石の灯籠。

190428sumarikyu14

月見台にある四阿「傘亭」。
屋根は戦災で焼失して柱だけになっていましたが、平成23年に復元されました。

190428sumarikyu15

この柱、立木に似せた青銅製の擬木(松?)でなかなかリアルです。

190428sumarikyu16

他の遺構として、天皇の階段という園路があります。
天皇陛下が歩みやすいように踏み石を互い違いに組んだという「噂」です。
園路はいくつも残っています。

190428sumarikyu17

見逃せないのが煉瓦の隧道。
一説には有事の避難路とか。
今はこのトンネルを抜けると長い滑り台になっています。

190428sumarikyu18

そして敷地の上の方にはかつて浄水場だった広場。
階段はかつての遺構だそうです。

さらに1km上流に「天王の池」という水源地があるそうです。

190428sumarikyu19

かつて離宮の館が建っていた場所は、噴水のある洋風庭園になっています。
竜巻型の面白い剪定の植木がありました。

公園としては古いわけではありませんが、離宮時代の見どころは多いですし、変化に富んで良い公園だと思います。

<参考>
 ・須磨離宮公園公式HP「離宮公園の歴史」

|

« 橘土地区画整理事業と立花駅(尼崎市) | トップページ

日常旅行(兵庫)」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。たくさんのタイムスリップするような写真を楽しみました。一番はやはり竜巻状の木でしょうかね。

二ヶ月以上の空白があったのでちょっと心配していましたが、いつもの丁寧な説明に満足しました。

以前の公園シリーズでジャングルジムの色について書いてありましたが、本当にどこも同じような色合いですね。しかし、私と父、そして愛犬のハスキーはどなたも目にしたことのないと思われるジャングルジムに遭遇したことがありました。てっぺんにお猿さんが座っていたのです。ちょっと怖かったので避けて急ぎました。後から伝わった話では、どこかの幼稚園から逃げ出したとか。この話は東京でのことです。

これからも楽しみにしています!

投稿: まあちゃん | 2020年8月 3日 (月) 09:53

まあちゃんさま、コメントありがとうございます。
お久しぶりです。
やはり竜巻状の木はインパクトがありますね。

ジャングルジムに猿ですか。
驚きますね。やはり猿山のように高い所が好きなのでしょうか。

まだ写真はたくさんあるので、ぼちぼちと書いていきます。

投稿: びんみん | 2020年8月 3日 (月) 23:48

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 橘土地区画整理事業と立花駅(尼崎市) | トップページ