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2020年3月20日 (金)

日吉公園と茶ノ木島公園(名古屋市中村区)

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名古屋市中村区の近代の公園を巡った話の続きです。
里山公園の後は南下して日吉公園(昭和10年)を訪ねました。

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公園の南西入口の門柱が独特で、橋の親柱のような形をしています。
もしかしたら当初の門柱なのかもしれません。

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公園の中はこのようになっていて、中央部に森があります。

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その実体は神社。現在の社殿はごく小さなものですが、日吉神社または日之宮といいます。

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隣に石碑があって、由緒ある神社だと分かります。
「日吉丸生母祈願乃址」とあって、つまり豊臣秀吉の母がここにあった日吉権現に、子どもが授かるようにと日参し、生まれたのが豊臣秀吉で、その感謝を込めて日吉丸という幼名を付けたという伝承があるそうです。

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公園の南側に鳥居があって、その横にも「日吉丸生母祈願の跡」という看板が立っています。

『名古屋の公園』(昭和18年)によれば、昭和7年、名西土地区画整理組合が、敬神思想の助長・奨励と旧跡保存を目的に日の宮神社の境内を拡張して公園としたもので、昭和10年に名古屋市に寄附され、由来にちなんで日吉神社と名付けられたそうです。中村公園と似たようなルーツなのですね。
当初は設備が充実していて、公会堂(日吉会館)、四阿、公衆便所、橋梁2つ、国旗掲揚柱1基、ベンチ5ヶ所、滑り台、ブランコ、鉄棒、藤棚、芝生が整備され、吉野桜など633本の樹木があったとのことです。

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古いものとして、鳥居の前に国旗掲揚柱があります。

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裏を見ると昭和8年と書かれているようですので、これが『名古屋の公園』に記載のある国旗掲揚柱でしょうか。

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それ以外の古いものはよく分かりません。
ここにも懐かしい回転ジャングルジムがありました。
もちろん戦前ではありません。

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砂場がひょうたんの形なのはさすがに豊臣秀吉を意識していますね。

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ハードディスク型のトイレもありました。

続いて、名古屋駅に戻りながら、茶ノ木公園(昭和12年)も見に行きました。

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茶ノ木公園は防災公園の米野公園の一部になっていて、恐らくこの写真の左奥の部分がそうではないかと思います。
米野公園はこの時はまだ整備途中で、木々はまだ育っていませんでした。

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米野公園の案内板があります。
このうち「子どもの遊び場」となっているのが旧茶ノ木公園ではないでしょうか。

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なお、米野公園の案内板に「(整備中)」とあるように、実際の風景を見ると案内図のようになっていません。
右側のカーブする遊歩道が柵で囲まれた通路で分断されていて、奥には住宅まであります。2つの異なる風景がパッチワークされているようです。公園を断ち切って道が作られているようですが、もちろん逆で、整備できるところから盛り土して公園が建設されています。なんとも不思議な風景です。

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その隣に茶ノ木島公園はあります。

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ちゃんと茶ノ木島公園の表示が残っています。

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横にちゃんと茶ノ木島公園の解説板が設置されています。
こういうのはうれしいですね。

『名古屋の公園』によれば、日吉公園と同じく名西土地区画整理組合から昭和12年に寄附を受けたものです。当初の施設には、ブランコ、滑り台、鉄棒、藤棚等があり、ヒマラヤ杉など362本の樹木が植わっていたそうです。

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隣接して熊野神社があり、神社と一体的な公園だったようです。

日が沈んだこともあり、この日の名古屋市中村区の公園巡りはこれで終了しました。

 

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 日常旅行日記「近代の公園目次」

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