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2019年3月

2019年3月27日 (水)

神野公園の石柱(名古屋市熱田区)

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名古屋市熱田区にある神野(じんの)公園を訪ねました。

「名古屋の公園」(昭和18年)によれば、昭和12年に中野土地区画整理組合から用地の寄附の申し出があり、設備を整備して昭和18年に開園した公園です。「施設はブランコ、砂場等を設けアカシヤ始め八十本の樹木がある」とのことです。

訪問日:2018年10月8日

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公園の南側から見たほぼ全景。

地図で確認するとこの公園のあたりは昭和11年までは未開発の土地で、むしろもっと南の港の方が都市化が進んでいます。区画整理事業によって、都市化が進んだようです。

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ボックス型の公衆便所。
・・・が言いたいのではなく、その向こうの石柱が見えますでしょうか。
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これです。敷地の南東隅あたりに立っている小さな石柱。
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これだけ拡大すれば分かりますでしょう。
・・・って分かりませんね。
もしかして、戦後、文字が削られたのでしょうか。
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裏を見ると「昭和十五年十一月建之」とその下に「中野」「在郷」などの文字が見えます。
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そして側面には「皇紀二千六百年記念」の文字。
昭和15年とイコールです。
紀元二千六百年記念事業として作られた何かを示しているようなのですが、何だったんでしょう。
構造的に国旗掲揚台ではなさそうです。
公園の建設記念としては早すぎます。
記念植樹?
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他に気になったものとしては設置時期不詳ですが、円弧状に配された石積のベンチです。
やや風化しているので、ある程度の年月は経っていそうです。
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その外側にはまた円弧状の石畳。
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その先には木製ベンチもあります。
シンプルなタイプ。
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こちらも今となっては懐かしさを感じさせる木のベンチ。
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そしてここにも個人的グッドデザインの水飲み場があります。
遊具に関しては滑り台など新しいものでした。
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ついでながら、神野公園の近くにあった気になる建物も紹介しておきます。
なんとなく熱帯雨林の研究所を思わせます。
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村木鑿泉探礦株式会社という名称と社章がタイル上に表示されて、ねじねじボーダータイルで縁取られています。

全面に貼られた緑釉のスクラッチ風タイルも柔らかな色むらがあって、探検家の服装っぽく、社名にマッチしているような気がするのは考えすぎでしょうか。

 

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2019年3月24日 (日)

河川敷の大幸公園(名古屋市東区)

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名古屋の矢田川の河川敷にある大幸公園を訪ねました。
ここは皇太子殿下御誕生記念として大幸土地区画整理組合より寄附され、昭和14年(昭和13年?)に開園した公園です。
当初から運動公園で、現在も野球場があります。
残念ながら古そうなものは確認できませんでした。
この写真は敷地の西側から撮ったものです。
訪問日:2018年10月8日
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敷地の東側より。
野球場の横、堤防斜面に大きな木が見えています。
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大きな木陰をつくっていました。
昼寝に良さそうな公園。
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公園の西側部分は児童公園になっています。
グラウンドより一段高い場所にベンチ、遊具などが配置されています。
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児童公園から見た野球場。
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ベンチ2種。コンクリートと木製と。
シンプルなベンチです。
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赤坂公園で見たものと同様の、まんじゅう型の遊具ですが、こちらは派手なペイントのため、かなり印象が違います。
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強いて言うとこの砂場はやや古いのかなと思いました。
丸いコンクリートの縁です。
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壁状の遊具。こちらも真っ赤に塗られています。

 

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堤防をはさんで、大幸土地区画整理事業の区域が広がっています。
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途中で切断されながらも残された木製電柱。
広告も一緒に残っています。

 

 

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公園の西側付近では、堤防の上下でこれだけの高低差があります。
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やや古そうな街並み。
シュロの木がアクセントになっています。

 

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この建物も古めです。土地が緩く傾斜しているのが分かります。
大幸土地区画整理事業の区域ももう少し丁寧に歩けば発見があるかもしれませんが、この日は次の公園に向かいました。
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2019年3月11日 (月)

宮の腰公園と浄水場(名古屋市千種区)

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前回の記事に出てきた鍋屋上野浄水場の北側に、宮の腰公園という昭和15年に開設された小さな公園があります。
細長い公園の四辺が全て道に接していて、見通しの利く公園です。

この公園、附近の他の公園と違うのは、三菱から(県に?)寄附を受けてできた公園ということです。
工場地帯の防空公園として運動場・児童公園等が整備され、昭和19年に市に移管されましたが、空襲により完全破壊されてしまったそうです。(名古屋都市センター『戦前の名古屋都市計画史について』)

訪問日:2018年10月8日

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宮の腰公園の入口です。
現在、宮の腰公園という表記ですが、元々は宮ノ腰公園だったようです。

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公園内、あちこちトラフェンスで囲われていて、何が改修されているのか気になりました。

ストリートビューで確認すると、ここは雲梯とジャングルジムを組み合わせたような遊具があったようです。

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反対側から見るとこんな感じです。
ちょうど台風21号・24号の後でしたのでその復旧関係かなとは思いましたが。

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公園敷地の一番北側の囲い。

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砕かれた基礎のようなものが積まれています。

ストリートビューを見ると、時計の柱が立っていたようです。

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他にはよく見かけるグッドデザインの水飲み場。

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回転するジャングルジム。

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木製(脚は鉄製)のベンチなどがありました。

やはり空襲で完全破壊と言われる通り、戦前のものらしきものは確認できませんでした。

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公園に見どころがなかったので、ついでに鍋屋上野浄水場の写真も載せておきます。
この写真は浄水場南側の歩道橋からで、ここからは敷地内の様子がよく見えます。

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奥には緩速濾過池が見えます。
木曽川から引いた水を砂の層にゆっくり通す間に、池に住み着いた藻類や微生物などによって水を浄化します。

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緩速濾過池はもともとこのような姿でした。

大正3年に8つの池ができ、昭和3年に6つの池が追加されて、近年まで使われてきましたが、平成26年に新しい池に更新されました。

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敷地内に大正3年にできた旧第一ポンプ場。

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その浄水場の南西角に、平成6年(1994年)に水道通水80周年で整備された水道公園「水の丘」という公園があります。
この時は噴水は動いてませんでした。

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こんな感じで段々になっていて、水が流れ落ちていくので水の丘ということなんでしょうね。

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この丸いの気になりますでしょう?
陶丸=「鍋屋上野浄水場の急速ろ過池の下部集水装置に使用されていた磁器質の球」とのこと。

他にもこの公園には、浄水場の石積や沈殿で取り除かれた砂や泥を利用した煉瓦が使われているそうです。


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浄水場から東山配水場までの送水管の上は天満緑道になっていて、このルートは水の歴史プロムナードとして、案内板や小川などが整備され、所々にかつて水道施設で使われていたものが屋外展示されています。

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例えばこれは仕切弁。
イギリス製で、明治44年から約70年、鳥居松沈殿地で使われていたものだそうです。

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こちらはY字管。
昭和6年から鳥居松沈殿地で使われてきたものです。
水を2方向に分けるものだそうです。

こんな感じで水道の歴史にも触れながら歩けるようになっています。

公園を求めて行った訳ですが、思いがけず水道の歴史をたどることになりました。

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