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2018年12月28日 (金)

根室の建物(北海道根室市)

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釧路湿原美術館を見に行った翌日(もうそれで今回の旅の目的は果たしたのですが)、丸々一日あったので、前回は行かなかった根室まで足を伸ばしました。

外を歩くと寒いだろうし、列車に乗って暖かい車内から景色を眺めるのも良かろうという考えもありました。
実際その通りで、釧路から根室までは列車で約2時間半、途中、小さな谷や湿原、海、丘陵と移り変わる景色、シカや丹頂鶴などの動物など、景色の素晴らしい路線でした。私と地元の人以外に、乗っていたのはほとんど鉄道ファンだったと思います。
あまりいい写真が撮れなかったので、そこの話は思い切ってカットします。
でもかなりお勧めです。

さて、根室駅到着です。
ここで到着した観光客は、駅で記念グッズを買い求めたり、記念写真を撮ったり、納沙布岬行きのバスに乗ったりするのですが、私は街を見に行きます。あとラジオ塔の確認と(それは別記事で)。

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駅前にはさっそく古そうな商店がありました。
サイディングで覆われていますが、たぶん下見板張りだったのではないかと思います。

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訪れた街がイメージしていたものと違うというのはあることで、根室の場合、まさにそうでした。
もう少し暗い街をイメージしていたのですが(すみません)、何より、街が高台にあって、至るところから青い海が見え、さらにその向こうには雪をかぶった知床半島と国後島の山並みが延々と連なるスケール感。建物も思ったより低く、開放感があります。

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大きな通りに面したこちらの建物、Mさんによると元郵便局らしいです。
現在は選挙事務所と天理教教会に使われています。

この向かいにかつてラジオ塔があったという、ときわ台公園があります。

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ときわ台公園をめぐった後は、その横の坂を下っていくことにしました。
すると見えてきたのがこちらの立派な赤煉瓦の倉庫。
明治20年創業の酒造メーカー、碓氷勝三郎商店です。ブランド名は「北の勝」。
今は酒造だけですが、昔の地図を見ると建物は缶詰工場や味噌工場などにも分かれています。

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逆光ですが、広がりは分かりますでしょうか。

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倉庫の上部はこのように連続的な装飾になっています。

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さらに下って海辺の段丘のへりに出ます。
大きな倉庫付きの古そうな建物があります。

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さらに段丘の崖をくだって、赤煉瓦の倉庫。
かなり煉瓦の摩耗が進んでいますが、青空に映えてきれいです。
漁業倉庫とかなんでしょうか。

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再び段丘の上へ。
本町の通りにあたります。
このあたり、古そうな建物が固まっています。昔は海産物問屋が軒を連ねていた通りらしいです。

なお、近くの鳴海公園に根室市平和祈念の碑」というものがあり、根室空襲というものがあったことを知りました。
1945年の7月14日・15日に空襲を受け、発生した火災により、市街地の約8割が焼失。現在の北方領土に向かうために停泊していた船を含め、被害者は355人、行方不明者39人という被害だったそうです。

このあたりの建物は火災を免れたのでしょうか。
それともその後の建物なのでしょうか。
この建物は軒下の飾りなど古そうですし、正面の窓や壁面は更新されていますが、側面の窓は縦長の古そうなものです。

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隣にある玄関上がハーフティンバーの住宅。

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こちらはかなり原型を留めているようです。
下見板張りの建物。

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持ち送りのような木製の軒下飾りもあります。

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また隣にモルタルの倉庫・・・と思ったのですが、所々破損した部分から煉瓦が顔を出しているので、煉瓦の倉庫の上からモルタルを塗ったものみたいです。

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この建物、分かりにくいですが、奥の窓に格子がはまっています。

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またこの建物も複雑な屋根の構成で、隣の駐車場に医院の札がかかっていたので、診療所っぽいのかなと思うのですが、どうでしょう。この左手前に、花咲学校跡の碑が立っていました。

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根室市立花咲小学校のドット画のような校門門柱。
花咲小学校は明治9年、道内で3番目にできたという歴史ある小学校らしいです。当初の名称は花咲学校。

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ほとんど下調べなく歩いたのですが、ここは調べていきました。
ここ明治公園には、開拓使根室牧畜場跡のサイロが3基残っています。
中央が第一サイロ(昭和11年)、右が第二サイロ(昭和7年)、左が第三サイロ(昭和11年)だそうです。

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手前の柱の説明文。
このような標柱は根室のあちこちに立っていて、これを読んで回るだけでも、かつての根室の街の様子がイメージできてきます。これは文章だけですが、かつて建っていた建物の古写真も入っています。

明治公園は柵外にももこもこした丘陵が続いていて、とても広々した公園です。

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最後にスケールの大きなY字路。
左のY字路の先にはアイストップに教会、そして遠くに海と知床の山々が見えています。

冬の入口とはいいつつ、昼間は比較的暖かく、見通しがきくので歩いて気持ちの良い街でした。

<関連記事>
 日常旅行日記「釧路湿原美術館を訪問」

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