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2017年12月

2017年12月31日 (日)

2017年もお世話になりました

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まもなく2017年が終わります。
本年も当ブログをご覧いただきありがとうございました。

直近ではヤマトヤシキ姫路店(1951年/村野藤吾設計)が2月末で閉店・建て替えとなることが発表され、名古屋の丸栄百貨店(1953年/村野藤吾設計)も6月に閉店・建て替えと伝えられていますが、トップの写真は、旧高島屋東別館(旧松坂屋大阪店/昭和9・12年/鈴木禎次設計)にしました。
10月の生きた建築フェスティバル(イケフェス)で見学させてもらったときの写真です。

昭和41年には店が天満橋に移転して、後は高島屋の事務所などに使われていたため、内装を更新する必要がなく、却って古い内装が残されています。
今後は建物を活かしつつ、長期滞在型の宿泊施設に転換することになっています。
こういう試みが成功することに期待したいと思います。

このブログについては、今年も更新が低調に終わってしまい申し訳ありません。

今年の記事を振り返ります。

●2017年を振り返って

1月 鳴門シリーズ・小鳴門公園(2016年)

2月 鳴門シリーズ・渡船(2016年)

3月 なし

4月 昭和かるた写真展

5月 なし

6月 旧天下茶屋郵便局電話分室解体
   加賀石の里シリーズ
   大曽公園・ラジオ塔
   鳴門の近代建築(2016年)
    
7月 本野精吾邸公開
   小松原児童公園・ラジオ塔

8月 加賀シリーズ・大聖寺
   船岡山公園・ラジオ塔
   
9月 なし

10月 朝潮橋のこだわり貸家

11月 なし

12月 恵我之荘住宅地(2016年)

 ほとんど全記事へのリンクに近いですね。
 振り返って、鳴門、加賀、ラジオ塔関連とニュース的なものということになります。
 決して書くことに困っているということはなく、むしろ逆です。これだけはお伝えしておきたいといういくつかの記事をまだ作成できていませんので、一つ一つ作っていきたいと思います。

 これに懲りず、新年もよろしくお願いします。

<関連記事>
 「2012年のまとめ」
 「2013年のまとめ」
 「2014年のまとめ」
 「2015年のまとめ」
 「2016年のまとめ」

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2017年12月20日 (水)

恵我之荘住宅地(大阪府羽曳野市)

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もう1年以上前になってしまいますが、羽曳野市の恵我之荘住宅地を見に行きました。
恵我之荘住宅地は、大阪鉄道(現在の近鉄南大阪線)の恵我ノ荘駅開業(大正13年)に合わせて、大阪鉄道によって開発された郊外住宅地です。むしろ住宅地開発のために駅を作ったというべきか。
住宅地は駅前からすぐ広がっています。

撮影日:2016年9月4日

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駅から北は商店街が続いていて、古いお店らしきものもあります。

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その前には古い防火用水。

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駅前のこの建物も古そうです。

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住宅地に入っていって、古そうな住宅を見つけました。
こちら、切妻屋根を組み合わせた平屋の建物です。

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玄関まわりの桟や扉、玄関灯など見どころがあります。

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北東側から。

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こちらの建物も屋根が改修されていますが、建物は古そうです。
門扉の桟も美しい。

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またこちらは生け垣に遮られて見えにくいですが、古い建物のようです。

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同じ建物。腰壁までが下見板張りになっています。

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和風の住宅が多く見られます。

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もう少しディテールに注目していくと、こちらは籠を編んだような玄関灯。

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門扉や門柱が古そうな住宅はいくつもありました。

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こちらの門は立派です。

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生け垣から流れるように連続する門扉。矢羽根模様が刻まれています。

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左側の門柱の方はオリジナルでしょうか。

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門柱と石垣、石敷きが一体的です。

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駅の南に回ると、かなり改装していますが、元お医者さんぽい古い建物がありました。

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この部分、新しくなっていますが、本体は古いのではないでしょうか。

恵我之荘住宅地は、とくに目立つ洋風建築などはないものの、生け垣などにも高級な住宅地の雰囲気が残っています。
朝日新聞大阪地方版の週刊まちぶら(2009年5月17日)によれば、昔は住宅地にポプラ並木があったそうです。

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なお、興味深いものとして、駅南側の池の側に辻本善三郎翁の碑というものがあります。
大正14年に建てられたものです。

書かれている内容をかいつまんで紹介すると、辻本善三郎翁は、この丹下地域が度々旱害に見舞われることを憂いていたところ、大阪鉄道会社が設立されて線路敷設工事用に土砂を求めていると聞き、大阪鉄道に持ちかけて野登りヶ池堤防の一部、池床の浚え、あら池中央築島、中堤防の土砂を大正10年11月下旬から提供したそうです。これによりため池は大きくなり、鉄道会社は土砂を入手でき、お互いにメリットのある取引だったようです。
この記念碑は長年、墓地の片隅にひっそりと置かれていたのを、平成9年に池の側に移設したとのこと。
どのように土地の改変が行われてきたかの一端が分かる説明で、興味深い記念碑です。

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 目次「近代の郊外住宅地と別荘地、社宅」
 

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