« 2015年7月 | トップページ | 2015年10月 »

2015年9月

2015年9月13日 (日)

大和高田のアーケード

140817arcade01
近鉄大和高田駅を南に出て、右を見ると、近鉄高田駅前商店街のアーケードがあります。坂道になっているのが面白いところ。突き当たりで、南北のアーケードに変わります。

大和高田は奈良県でも指折りの商業の街でしたので、商店街アーケードが発達しています。私はこの雰囲気好きなんですけど、各地で撤去が進んでいますね。
今回は大和高田のアーケードを紹介します。

140817arcade02
近鉄高田駅前商店街のつづき。
途中、踏切があります。
道の真ん中で写真を撮っていると、車が結構な速さで走ってきました。
歩行者専用ではないんですね。不意をつかれました。

140817arcade03
駅前商店街のアーケードはすぐに終わって、しばらく歩いて行くと、東西約280mの天神橋筋商店街(この写真は正確には天神橋西商店街)にぶつかります。見ての通り、細い道幅の商店街です。昭和30年に最初のアーケードができたそうです。
旧高田川に架かっていた天神橋から続く商店街です。

>大和高田市HP「昭和6年 天神橋」
        「昭和25年 天神橋筋商店街」
        「昭和42年 天神橋筋商店街」

140817arcade06
見上げると古そうな建物も残っています。

140817arcade04
昭和の雰囲気を残す萬盛庵分店。
中は結構ものであふれているので、ディープな空間が好きな人以外にはお勧めはしません。
暑い日でしたので、かき氷をいただきました。

140817arcade05
天神橋筋商店街の続き。
こういう近代建築っぽい建物もあります。
ぜに宗という名前で、乾物屋さんなどかと思ったら意外にも生地屋さんらしいです。

140817arcade11
天神橋筋商店街の西端からは、少し本町商店街のアーケードが残っています。
寺内町高田のメインストリートです。
本町筋の近代建築は次回紹介するつもりです。

140817arcade07
一方、東の端には、本郷商店街のアーケードが少し残っています。
戦前から既にアーケード商店街でした。

大和高田市「昭和9年 本町商店街」

140817arcade08
南に歩いていき、近鉄高田市駅が近づくと、再びアーケード商店街になります。
片塩商店街のアーケードです。

140817arcade09
さらに片塩商店街の一部の高田市駅前商店街になると、明るいアーケードに変わります。

140817arcade10
肉屋さんの看板ですが、もともとあった建物のデザインを生かしているのでは?と思えました。
いい肉を扱ってそうに見えます。

大和高田市HP「昭和37年 近鉄高田市駅前商店街」

大和高田のアーケードは大部分、こういう更新されていないアーケードで、探訪する者には味があっていいのですが、地元の方には暗いという印象が強いかなと思います。今のうちに楽しんでおきたいところです。

<関連記事>
 「2つの大和高田」

 「坂出のアーケード」 2013年
 「杭瀬のアーケード」 2012年
 「藤井寺のレトロ・アーケード」 2010年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月10日 (木)

ブログ10周年御礼

150829noe01
<大阪市城東区今福西の洋館付き長屋>

本年9月10日をもって、本ブログは10周年を迎えました。
見に来ていただいている皆さま、本当にありがとうございます。

10年というと一区切りですが、振り返ってみてもメインのテーマはほとんど変わっていないな、よく変わらなかったなと思います。当初はもう少し個人的な内容であったり、映画や展覧会などの記事もありましたが、それらは切り離して、次第に近代の街歩きに純化してきました。

この間、取り上げた建物がなくなったことも度々で・・・というより、書いて間もなくなくなったりして、呼ばれたのかと思うこともあります。できるだけ、その後の変化があったものは、追記していきたいと思っています。

ブログを続けてきて良かったことはたくさんあります。
同好の方や関係者の方と知り合えたこと
記事をまとめる過程で深く知ることができたこと
情報が集まりやすくなったこと 等々

この記事は1041本目ですので、この一年に書いた記事は33本です。
かなり少なくなってしまい、申し訳ないところです。

素材自体はたくさんあって、今書き始めている昨年の大和高田、網干、近江八幡、今年に入って名古屋の鶴舞公園、京都の太閤坦、三田、ヨドコウ迎賓館、西宮、鞆の浦・福山、大阪市内の近代公園等々が眠っています。
公開しないことには出かけたことが生きてこないので、忙しいと言い訳せず、記事にしていきたいなと思います。決して飽きてはいませんので。

コメントいただけると非常に励みになります。
まだまだ継続しますので、これからもよろしくお願いします。

150829noe02
<洋館付き長屋の洋館部>

<関連記事>
 ブログ5周年の記事
 ブログ6周年の記事
 ブログ7周年の記事
 ブログ8周年の記事
 ブログ9周年の記事

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2015年9月 7日 (月)

2つの大和高田(奈良県大和高田市)

140817takada01
※クリックすると拡大します

久々の更新になります。
今回は昨年2014年の8月に訪ねた大和高田を紹介します。

上の地図はまちなかにあった案内板です。
(左が北なのでご注意ください)

今回訪ねて初めて知ったのですが、この地図から分かるように、大和高田というのは2つの街からなっているのですね。中央を流れる高田川をはさんで、東が農業集落で、宿場町・城下町でもあった「本郷」、西が専立寺を中心とする商業集落の「寺内町」です。

今はこの大橋の左のあたりに近鉄大阪線の大和高田駅、上の寺と書いてあるあたりにJRの高田駅、南と書いてあるあたりに近鉄南大阪線の高田市駅があって、中心がいくつもあります。

2つの街を分けていた高田川は蛇行していてたびたび氾濫したため、昭和7年から18年までかかって寺内町の西側に付け替えが行われました。さらに、旧河道は昭和23年に埋立と道路化が行われて現在に至っています。

結果として、大和高田の街は立体的で、いくつもの中心をもつ興味深い構造になっています。

140817takada13
浄土真宗本願寺派の専立寺。寺内町の中心です。
縮小されても広い境内。

140817takada07
近鉄大阪線の大和高田駅側から見ると、寺内町は高台になっています。

140817takada10
大和高田駅から商店街に上がって、専立寺に向かうと、道路を渡ったところに大橋の親柱が残っています。旧高田川は高いところを流れていたんですね。

140817takada09_2
その先、旧河川の上流側には橋が架かっています。

140817takada08
のぞき込むと下も道路です。

140817takada02
下から見るとこんな感じ。
連絡歩道もあって、複雑な構造をしています。

140817takada06
先ほどの橋にはこんなプレートがはめこまれていました。
「大和高田市民の手で」ということが強調されています。

140817takada05
近鉄南大阪線の高田市駅側から見るとこのようになっています。
右側が旧河道の道路です。

140817takada03
その間、この左の道の方へ、川は流れていたのでしょうか。
細かな高低差があって歩いていて楽しいです。

140817takada11
天神橋の親柱も残っています。

140817takada12
付け替えられた現在の高田川。
高いところを流れていて、向こうの集落の方が低いですね。

140817takada04
寺内町集落の際では、斜面に建物が建っています。
たくさんのつっかえ棒で支えられて、ぎりぎりまで張り出しています。

そんな興味深い大和高田を数回に分けて紹介します。

<関連サイト>
 まちかど逍遙「旧高田川の痕跡」
       「大和高田駅にて」
        「大和高田訂正」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2015年7月 | トップページ | 2015年10月 »