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2013年6月

2013年6月30日 (日)

竜山石を訪ねて(2)石工の村

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石材産地を訪ねるのが好きなのですが、楽しみの一つに、周囲の町で石材が様々に利用されているのを見ることがあります。

今回、竜山石の産地を訪ねるにあたって、周囲の石工の村を調べて行きました。
名前の挙がっていたのは、島、生石、塩市、魚橋、伊保崎でした。このうち、伊保崎以外を回りました。

まずは生石神社に行く途中にある島集落です。
集落に入っていくと、やはりカラフルな竜山石が塀などに使われています。

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余った石材を利用したような住宅のスロープ。

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ここは手間の掛かる亀甲積みになっています。

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黄色と青の2色を使った見事な石垣。
青、赤、黄の3色ありますので、組み合わせ方によって違った表現になります。

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道標はもちろん竜山石。

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石には関係ないですが、凸型のコンクリートブロック塀。
このタイプ、姫路周辺で見かけるような気がします。

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続いて魚橋。
魚橋は旧山陽道(西国街道)上の集落です。
この写真は土橋家住宅旧魚橋郵便局で、明治7年に最初の郵便局が設置され、明治37年に建て替えられました。かなりきれいに改修されてしまっていますが、この建物は建て替え時のものです。
両隅に使われているのは竜山石だそうです。

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この道標も竜山石製。

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魚橋では興味深いものがありました。
蔵の床下の換気口です。よく見かけるのは鉄の格子が嵌っているのですが、ここは石工の町らしく、石材だけで作られています。松皮菱の意匠です。

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こちらは木瓜紋といっていいのか。

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余談ですが、気になる門と空き地がありました。
学校? 工場?

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続いては塩市の集落です。名前の通り、昔、塩の市が立っていたそうです。
やはりカラフルな石垣がありました。

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ある家の玄関。
3色を使ってパターンを作っています。

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お地蔵さんも竜山石。

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鳥居や灯籠などにも使われています。

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蔵の基礎に使われていました。
赤だけ使うとちょっときついです。

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塩市の西、法華山谷川沿いには石材工場がありました。

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法華山谷川に沿って、内側にもう一つ水路があります。
護岸の石垣はもちろん。水面に降りる階段が単純ながら面白いです。

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どういう使われ方をしていたのか、短い間隔で多数の橋がかかっています。

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中にはトラックの荷重に耐えるためか、こんなに分厚い橋も。

地元だけあって、竜山石が幅広く使われているようです。
カラフルなので、組み合わせでいろんな見せ方ができるのが面白いところだと思います。


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2013年6月24日 (月)

竜山石を訪ねて(1)石切場めぐり

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4月末のことですが、以前から訪ねてみたかった竜山石の産地を訪ねました。
現在は兵庫県高砂市に当たります。

今回はJRの宝殿駅からスタートしました。
駅からは周囲の採石された山が見えます。

竜山石は古代から仁徳天皇陵の石棺などにも利用されてきた柔らかい石(流紋岩質溶結凝灰岩)で、江戸時代には姫路藩の専売品となり、関西では近代建築にも多く用いられています。例えば芝川ビルの外壁や、住友銀行本店の外壁(粉砕したものを貼り付けているらしい)などです。

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駅にレンタサイクルがあったので、これを利用しました。
1日300円で利用でき、あちこちに散らばる採石場をめぐるのにとても助かりました。

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JR宝殿駅からは山に向かって一直線に道が伸びています。
入口さえ間違えなければ、迷うことはありません。
(実際にはかなり寄り道しましたが)

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やがて法華山谷川にぶつかり、その向こうに石切場の崖が見えます。
右の丘の上に石乃宝殿で有名な生石神社があります。

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山の下から急な階段が伸びています。

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石乃宝殿を上から。
7世紀に作られた四角い石の塊で、浮いているように見えます。
裏側には突起がありました。

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※クリックすると拡大します

この生石神社の裏山に登ることができるのですが、非常に眺めが良くてお勧めです。
竜山の全体を見ることができますし、海も見えます。

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山上には大正天皇の行幸記念碑が立っていました。

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裏にも石切場と、青い水をたたえた池があります。

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山を下りて、北の方に走ってみました。
小さな採石場があります。

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当然ながら立入禁止です。
今も採石が行われていて、発破作業の警告があります。

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※クリックすると拡大します

地蔵山の採石場は地上から深く掘り下げられていて、これもなかなかダイナミックな眺めです。

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採石場の脇に、記念碑が立っていました。

その裏には次のような文章が刻まれています。


 地蔵山採石場由来記

明治五年正月五日、印南郡米田村島・西口大吉
は長兄与三郎、次兄弥助外数名と協力し、地蔵
山採石場を開設し、土木建築用材並びに彫刻材
を採掘したりしが、爾来約六十年間には屑石各
所に山積し採掘不能となりたり。

偶々昭和六年国道新設に際し大吉の長男正次と
その弟利吉(松下家養嗣子となる)は、○○省
へ採石山の死活問題を訴願して屑石約五千坪を
機動車にて搬出せしめ、新岩石は露呈し、再び
採石場として復活せり。

昭和十三年三月、利吉の兄正次他界し、利吉兄
の意志を継承す。時恰もセメントの需要漸く盛
んとなり、石材業界不振を告げたるため転業者
も続出するに至る。ここに利吉奮起して地蔵山
全山を一手に収めたりしが、採石場には低地多
く、池の如き水溜を生じたりき。利吉は長男・
歳和と協力し、その水溜の水抜作業を企画し、
昭和十六年第一期工事として県道より八尺下に
水抜穴を設け採石せしところ、その品質優良な
るものを産出す。

更に昭和二十六年に六ヶ月を要して第二期工事
としてそれより七尺下に掘り下げ、仍てここに
十五尺下に排水孔を完全に整へたり。また全山
には自動車道路を五條敷設し、愈々石材並びに
屑石の搬出は容易となりき。

近来石材の需要は拡大し、昭和二十七年四月、
更に地蔵山の東南方に位する中山に、採石場を
開設し、昭和二十九年三月には、番所池附近の
道路の拡張を計り、ここにも亦自動車の通便を
容易ならしめ現今に至る。

創業八十五周年を迎えるに当たり茲に記念碑を
建立す。

昭和三十二年五月 松下石材店 松下利吉
              納庄素山書


 ※旧字体は可能な限り新字体に変更しました。
  適宜、改行や句読点を追加しています。
  一部隠れて読めない字がありました。
  不正確かもしれませんので参考程度にご利用下さい。

 明治五年から採掘されているとのことで、興味深い内容です。

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すぐそばには加工場もあります。

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さらに自転車で走っていくと、西村石材の石切場がありました。
この写真では分かりにくいですが、引き込まれた水路があります。

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再び南下して、竜山の石切場を見に行きます。
法華山谷川は護岸工事が行われていますが、よく見ると川に向かって下る道の跡があり、ゲートのようになっている場所があります。両脇にシュロが植えられています。
昔はこのあたりから船積みされていたのでは?などと想像します。

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採石場の跡地は様々に利用されています。
これは倉庫に転用されているもの。ゴルフ練習場もありました。

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竜山の南斜面には、加茂御祖神社があります。京都の下賀茂神社と同じです。
その上に観濤處といういわば江戸時代の展望台があります。


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埋め立てられて海は遠くなりましたが、今も海が見えます。

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尾根に上がると向こうの山の墓地が見えます。
採石場跡が墓地になっている場所も何カ所かあります。
山上に古代の古墳も残っていて、今も同じ利用がされていることが面白く思えます。

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※クリックすると拡大します

観濤處裏の道を上っていくと突然石切場の上に出ます。
目印のロープの向こうは垂直に数十メートルの崖で、足がすくみます。
すぐ歩いて来れますのでここもお勧めです。

古代から利用されながら、今も採石が続いている竜山。
変化に富んだ風景を見ることができます。

次回は周辺の石工の街を訪ねます。



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2013年6月16日 (日)

旧ジョネス邸の内覧会とシンポジウム(神戸市)

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6/15(土)、神戸の塩屋にある旧ジョネス邸の第2回内覧会とシンポジウムに出かけてきました。
先月の内覧会に続いてです。>前回の記事はこちら
今回は晴れた海が見られることを期待したのですが、前回以上の雨でした。

旧ジョネス邸は現在、マンション建設計画による解体が迫っており、地元の方を中心に保存活用運動が続いています。
詳しくは、下記のリンクをご覧下さい。
 
 「旧ジョネス邸を次代に引き継ぐ会」
 ・署名や寄付、共同購入者、活用提案、情報発信を求めておられます

(追記)
 9月末の期限までに買取の交渉はまとまらず、残念ながら、旧ジョネス邸の現地保存は絶望的となりました。
 ただ、部材・備品は可能な限り保存されるとのことで、今後、移築再生される可能性は残っています。
 詳しくは上記のリンクをご覧下さい。(2013.10.16記)
 
シンポジウムは近くの旧グッゲンハイム邸で行われました。
座談会には代表で旧グッゲンハイム邸の森本アリさん、神戸で近代建築の保存運動・価値発信に関わってこられた北夙川不可止さんや中尾嘉孝さん、京都工芸繊維大学の笠原一人先生、建築家の橋本さんが参加されていました。

シンポジウムには120人、内覧会には450人の方が来られたそうです。

まず旧ジョネス邸が非常に優れた建築であること、塩屋にとって大きな意味を持つことが説明されました。
旧ジョネス邸は一度大事に移築されています。外観デザインは大きく変わらず、階段手すりなどがオリジナルだそうです。煙突は移築の際に撤去されました。2階の間取りは移築時に変更があったようです。

また保存活用事例について。旧神戸商工会議所の保存運動は成功しなかったけれど、それが旧居留地の建物の活用につながったそうです。先行して山邑邸(ヨドコウ迎賓館)の保存運動もあります。旧ジェームズ邸、旧国立生糸検査所、名古屋の旧春田邸、池田市のシェアハウス、高崎哲学堂、和歌山の西本ビルなど各地の活用事例も紹介されました。

旧ジョネス邸は、立地が良いこと、駐車場や厨房を用意できる広い庭があることが活用の際の優位点としてあげられました。ネックは買取価格が高いことです。
活用案の王道としてレストラン、イベントスペース、変わったところでは、銭湯、マンション共有スペース、大学のサテライトや研修施設、(自転車の)道の駅などのアイデアが出ていました。

提案期限は6月末に区切られており、大きなスポンサーが現れることや、所有者のあなぶき興産の協力がないと難しい状況のようです。
何か協力できるという方、ぜひお願いいたします。

(追記)
期限が9月末まで延期されたそうです。
神戸新聞「神戸の洋館・旧ジョネス邸の解体延期」
(2013.7.2記)

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シンポジウムの後、もう一度、旧ジョネス邸に向かいました。
残念ながら、今回もきれいな海は見られません。

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寝室は前回、物置状態で写真を撮るのがはばかられたのですが、今回きれいに整えられていました。

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この部屋にはシンプルな暖炉スペースがあります。

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ちょっと変わった照明器具。
前回、建物全体は紹介したので、今回はディテールを紹介しておきます。

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2階廊下の照明器具。こういうデザイン、よく見かけます。

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階段の照明。

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ドアノブ。みなこの形でした。

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書斎の窓の開閉具。

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書斎の家具。

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龍でしょうか。

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植物と一体化した獣。

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ビワ?

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朝顔のような花の咲くこの木は何でしょう。

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鳳凰でしょうか。

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ここにも雀?

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何かの実。

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獣の足と龍の頭。不思議な造形です。

こういう隅々までの細やかさと、壊してマンションを建てた方が儲かる(短期的には)という粗い感覚は随分遠く思えるのですが、こういう建物を活用するのが経済的にも第一選択となる理解を広めて、距離を埋めていかないといけないのだろうなと思います。

<関連記事>
 「旧ジョネス邸の内覧会に参加」 ・・・前回の報告


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2013年6月10日 (月)

昭和初期住宅のナナイロカフェ(河内長野市)

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河内長野市の高野街道沿いを歩いたとき、ナナイロカフェという民家カフェがあるのに気付きました。黒い下見板張りの建物です。
昨年の7/26にオープンしたそうです。

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営業は週末の木・金・土・日のみ。
時間も13〜17時に限られています。

キャッチフレーズは、「どこか懐かしいおうちカフェ」

こういうお店が観光地に限らずあちこちに出来ていますね。
古い住宅が価値をもつというのは、うれしい流れです。

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入ってみると、こんな空間。
靴を脱いで上がります。
昭和初期の建物だそうです。
床や天井はオリジナル(ペンキは塗り直されていますが)。
キッチンとの間の開口部は壁をぶち抜いたそうです。

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客席は右手の二間です。

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いいのがこの天井。
シャンデリアの根元の飾りがあります。
シャンデリアも残っていたそうですが、破損していたため、新しいものに替えられています。

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天井の模様。型押し鉄板でしょうか?

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ガラス越しに柔らかい光が入ってきます。

とてもゆっくりできそうなお店でした。

<関連サイト>
 ナナイロカフェ・ブログ

 ついでながら、南海電鉄のフリーペーパー「NATTS」の6月号は、くつろぎの古民家カフェ特集です。
 (ナナイロカフェは載っていませんが) 

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なお、近くには改修された旧三日市交番があり、観光案内所になっています。
ちょっときれいに直されすぎていますが。


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2013年6月 2日 (日)

石橋の生け垣の路地(池田市)

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池田市営石橋住宅を見に行ったついでに、周辺を歩いたのですが、石橋というところはなぜかあちこちに魅力的な風景があります。
この路地もその一つ。

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板塀と生け垣にはさまれた路地を進んでいくと、生け垣の下に塵芥箱を発見。
さらに進むと左側も生け垣になって、かき分けるように進むことになるんです。
動画で撮っておけば良かった。

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こちらは同じ家の別方向の路地です。
板塀と石垣にはさまれた路地で、蔵もあります。

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駅の近くにある路地は小さな坂道になっています。
たぶん行き止まり。

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ここから余談としての紹介になります。
市営石橋住宅の近くにある洋館付き住宅。

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ボーダータイルの立派な門。
昭和10年代でしょうか。

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川沿いにあった煉瓦色のフランス瓦の建物。

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昭和30〜40年代かと思われる住宅。
たたずまいが美しい。

石橋は歩く度に発見があって、興味が尽きません。

<関連記事>
 「池田市営石橋住宅」
 「石橋の石橋」
 「東洋のマンチェスターから大大阪へ」
 「石橋の下見板の建物」
 「石橋荘園」
 「テーマは海底探検?」(石橋前池公園)
 「玄関のすてきな共同住宅」
 「西国街道の近代(1)石橋〜軍行橋」

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