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2012年12月10日 (月)

丸山通の建物(大阪市阿倍野区)

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大阪市阿倍野区の上町台地の西斜面は、近代建築好きには見どころの多いところです。
私はまだ十分に歩いていなくて、いつもと違う道を歩くと新たな建物に出会います。
この夏に通った丸山通もそうでした。

今回のルートは斜面の下から上へ、天下茶屋から登ります。
阿倍野区に入る直前、西成区の聖天下に煉瓦塀の洋館がありました。
近代建築好きの方にはなじみがあるらしいです。
この写真を紹介すると、「まだ残っていて安心した」という感想をいただきました。

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煉瓦塀は上下で見た目が違って、上は新たに積まれたようにも見えます。

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敷地は広く、裏にも煉瓦塀が続いていました。

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坂の途中にある医院。
玄関庇を大きく取って、白いベンチを設えてあります。
待合室になっているんですね。
面白いスペースの使い方だなと思います。

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医院を裏手から。
丸みを帯びた石垣も面白いです。

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歩いて行くと、道が鍵型に折れています。
その降りてくる道がぶつかる部分に丸山古墳跡の記念碑が立っています。
丸山通というのはこの丸山から取られています。
丸山=円墳ですね。上町台地のあちこちにある古墳の一つです。

宅地開発でなくなったと思ったのですが、実は違います。
角川の「大阪府地名大辞典」の「丸山通」の項目を見ると、大正13年、イギリス海軍工廠が鋳物の土として使うために買い取ったためになくなったとされています。当時は第一次世界大戦の終わった直後。
なぜわざわざイギリス海軍が大阪の土を?ととても引っかかる話です。
以前テレビ番組で、大英博物館で東大阪の古墳の詳細な記録が見つかって、日本の研究者による調査が行われているという紹介がありました。そういうことはないんでしょうか。

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その古墳跡の並びにやはり洋風の建築があります。
かなりきれいに改修されていますので、古くは見えないのですが、デザインが古いタイプです。

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弓矢のような持ち送りが面白い。

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逆方向から。

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屋根のてっぺんの飾り瓦も特長があります。

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さらに坂を登っていくと、2階建ての和洋折衷長屋住宅がありました。
とくに右側の棟が古い壁のようです。

西洋を感じさせるものが多くて、興味深い通りです。



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コメント

こんにちは。
この煉瓦塀の洋館に初めて遭遇したときはビックリしました。
敷地も広大ですね。
坂の途中にある医院は知りませんでしたし、
丸山通・共立通も歩いてみたいと思います。

投稿: ひろ009 | 2012年12月15日 (土) 20:19

ひろさん、こんばんは。
初めて見るとびっくりしますよね。
このあたりはまだ見落としがありそうです。

投稿: びんみん | 2012年12月15日 (土) 23:39

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