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2012年4月 4日 (水)

芦屋遊園から芦屋公園へ

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さて、今回の目的地、芦屋公園を紹介します。
芦屋川下流の左岸にある松林の公園です。
道路にも覆いかぶさる勢い。

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遊歩道部分と松林の部分が縁石できっちり分けられています。
ちょっと面白い感じです。

ちなみに松林は昭和10年に、海岸から業平橋まで約2kmに約350本が植林されたそうです。
桜は昭和22年3月から1年がかりで植栽されたとあります。

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北から歩いて行くと最初の碑がありました。

「猿丸君彰功碑」と書かれています。
 漢文調で書かれているので、できるだけ読みやすく書き直してみます。

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猿丸又左衛門安明君は累世芦屋の名門にして明治五年四月五日、家の嫡子に生る。性聡明闊達にして事を処する敏捷なり。かつて精道村長二回、芦屋郵便局長、県会議員等に選ばれて令名あり。つとに世の推移に着目し、官線芦屋駅の創設、芦屋川の改修及び耕地整理の如き公共事業を企て、率先努力して遂に素志を貫徹せり。しかも此れみな本村発展の基となり、近時諸般の膨脹驚くべきものあるに至る。しかるに大正九年四月病て歿す。年四十九衆。皆その功績を称え、天寿の足らざるを惜しむ。是を以て闔邑裏(?)に報るに村葬の礼を以てす。今またあたかも十周年に当たり村会の議決に依り、偉績の梗概を勒してここに称頌すと爾云う。
昭和五年四月

正三位勲一等 犬養毅先生題額
元武庫郡長正五位勲四等 安達儀一郎撰書
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猿丸又左衛門安明さんという功労者を称える碑です。
芦屋の開発に尽力された方のようですね。
ここで昔の芦屋の地図を見てみます。

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<明治18年測図 2万分の1 芦屋>

緑で囲ったあたりがだいたい現在の芦屋公園に相当します。
この時の芦屋川は水が見えず、涸れ川のようですね。西国街道が北側を通っていますが、周囲に人家はあまりありません。
芦屋公園はもとは明治40年に当時の精道村(のち芦屋市)が芦屋遊園として開発したのですが、開通したばかりの阪神電気鉄道が手厚い補助をしたそうです。

(参考)白水社:連載・エッセイ 今尾恵介さんの
    「日本を定点観測する」
     第17回 浜沿いの農村から住宅地へ−芦屋市
     (2012.1.13)

 *非常に面白いのでリンク先を読んでみてください。

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<昭和20年代後半? 2万分の1 神戸市/阪神間地図>

戦後になるとこのような状況です。
緑で公園部分を着色しました。
芦屋川の東岸が住宅地として開発が進んでいるのが分かります。

そして現在。
埋め立てられて、海はすっかり遠くなりました。

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さて、先を進みます。
芦屋公園の石碑が立っています。

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公園には碑がたくさんあります。
これは阪神淡路大震災の震災記念碑。

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日中友好平和之塔。
1973年に建てられています。

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ぬえ塚。ぬえというのは頭がサル、身体がタヌキ、手足はトラ、尾はヘビという怪鳥です。
源頼政の鵺(ぬえ)退治で死骸を丸木船に乗せて桂川に流したところ、芦屋の浜辺に漂着したため、りっぱな墓をつくったという伝説によるものだそうです。

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その先には芦屋公園テニスコートがあります。
芦屋にはテニスコートが似合いますね。何面も連なっています。

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今度は芦屋遊園の碑がありました。
公園として面白いのはここからの公園南部です。

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公園の隅に日本庭園風の区画があります。
恐らく奥が滝で、そこから水が流れ出しているイメージでしょう。
左の石の円柱は水飲み場でしょうか?左にパイプがあり、また円柱から「川」に向かってパイプが伸ばされています。排水用かと思われます。

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「川」をたどると擬木の橋があります。

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さらに石橋が2つ続きます。

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その先に2つの小山があって、橋が架かっているという趣向です。
ロッククライミング遊びなどもできるようになっています。

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公園の最南部は少し高台になっていて、東屋があります。

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今回の目的地の中でも一番見たかったのがこれです。
「旧芦屋遊園乗合バス待合所」というもので、兵庫県の近代化遺産報告書に紹介されていました。

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すっきりしつつ、メリハリのある色使いです。
芦屋の浜に海水浴に来た人たちがバスを待っている姿を想像すると良い感じです。

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待合所の周辺は遊歩道の跡のようなものが残っています。

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ちょっとした石橋も架けられていて、庭園風になっています。

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その先には防波堤がまだ残っています。
現在は埋め立てられて、その先にも家が並んでいますが、この先の砂浜を想像することができます。

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さて、芦屋公園の北から南まで歩いてきたわけですが、芦屋公園に関してもう一つ興味深いできごとがあります。

それは1955年の7月25日から8月6日まで開催された「真夏の太陽にいどむモダンアート野外実験展」です。
私は全く詳しくないのですが、1954年に発足した前衛美術の具体美術協会が初めて開いた屋外展だそうです。
ここで昨年亡くなった元永定正さんが、ビニールに着色した水を入れて松の枝に吊したりしたというのを想像しながら松を眺めるのもまた面白いですね。
日本の美術史にも意味のある場所ということで、せっかくならそういう解説板もあったらいいのにと思います。

(参考)「生誕100年記念 吉原治良展」解説(愛知芸術文化センター)

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コメント

具体派をこよなく愛する新之介です。
この公園は具体美術を愛する人にとって
聖地のような場所です。
と、かってに決めつけておりますw
お隣りにある芦屋市立美術博物館に具体美術に関する資料がたくさんありますし、具体美術の展覧会も昔はよくしていました。私も若い頃はよく行っていました。
残念なのは近年財政難でもめ事がたえないことです。
具体美術ファンとしてはちょっと残念です。

投稿: 新之介 | 2012年4月 4日 (水) 21:01

新之介さん、コメントありがとうございます。
私は後から知ったのですが、具体派を愛する人にとって、この公園が聖地というのは分かる気がします。
その記憶を留めているのが美術館の壁ではなくて、松の木というのがいいですね。ここでイベントをしてもいいのにななどと思ったりも。
芦屋市立美術博物館の現状は残念なことですね。

私はこれから入門ですが、芦屋市立美術博物館の「没後40年 吉原治良」展を見に行ってみようと思います。

投稿: びんみん | 2012年4月 5日 (木) 01:38

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