« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月

2012年2月26日 (日)

石垣風の植木鉢(神戸市東灘区)

120226fukaehachi1
今日取れたての報告です。
深江は深江でも、神戸の阪神・深江駅の辺りを歩いていたとき、鉢植えに目が留まりました。
最初はどうも思わなかったのですが、よく見て、「おおっ」と思ったのはその鉢。
近代の住宅で見かける丸石張りの石垣や門柱によく似た植木鉢!
恐らく自家製なのではないかと思います。

120226fukaehachi3
全体ではこれだけ並んでいます。

120226fukaehachi4
・・・と思わせておいて、角を曲がった先にも続いていました。台にも石を張っていますね。

120226fukaehachi2
丸石だけでなくて、溶岩、青石や貝殻を貼り付けてみたりも。
想像するに、筒の内側に石を積み上げて、内側にも筒を入れて、コンクリートを流し込んで作るのではないかと思います。

120226fukaehachi5
ここ、パーマ屋さんなのですが、三色の回転広告塔の柱にも石が貼り付けてあるのを見ると、次の展開があるのではと気になります。

(なんだか「大阪アホげな小発見。とか」の記事みたい)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年2月23日 (木)

摂津富田の桜ヶ丘経営地(高槻市)

120128sakuragaoka1
先日ふと思い立って、摂津富田を歩きました。
あまり時間もなかったため、駅前の地図を眺めて、なんとなく桜ヶ丘南町という地名にひかれて行ってみました。古い住宅地らしく、立派な生け垣のお宅などがあります。

120128sakuragaoka17
刈り込みが山並みのようですね。
おそらくここが東西のメインストリート。

120128sakuragaoka2
そして、この見事な生け垣が南北のメインストリートです。



(範囲はおおまかに引いてますので参考程度でお願いします)

後で、小寺池図書館に飛び込んで『高槻市史第二巻』を調べたところ、このあたりは昭和5年に竣工した「桜ヶ丘経営地」という郊外住宅地であることが分かりました。
阪急京都線を挟む、桜ヶ丘南町、北町にあたります。

120128sakuragaoka18
地区の東には、由緒のありそうな五百住神社があります。
周囲よりやや高台です。

120128sakuragaoka3
この住宅地で見た建物の中で、一番近代建築らしいのはこの建物でした。
阪急京都線の車窓からも見えるはずです。
公園の向かいなので引いて見ることができます。

120128sakuragaoka4
門のあたり。とても大きなお屋敷です。

120128sakuragaoka5
玄関ポーチ上の漆喰細工も細やかですし、ステンドグラスもカラフルな分割です。

120128sakuragaoka6
またこの裏手にはこんな建物がありました。
とてもきれいに手入れされ、真っ白に塗られていますが、ベースの形が古そう。

120128sakuragaoka8
こちらは面白い門と煉瓦塀。
とくに煉瓦塀の透かしの入れ方がユニークです。

120128sakuragaoka9
洋風の入った住宅。
1階の白い窓枠などいい感じです。

120128sakuragaoka7
また、この住宅地は洋館付き住宅が目立ちます。
公園脇のこの住宅もそうです。

120128sakuragaoka10
これも洋館付き住宅。
門柱のタイルも発色がきれいです。

120128sakuragaoka11
某宗教法人ですが、これも洋館付き。

120128sakuragaoka12
サンルーム風の洋風の部屋付き。

120128sakuragaoka13
これも洋館付き住宅。
以上は全て、桜ヶ丘南町です。

120128sakuragaoka14_2
線路の地下通路をくぐって、桜ヶ丘北町も見に行きました。
明かり取り、換気塔の部分が大きく取ってあります。

120128sakuragaoka16
桜ヶ丘北町の方では古い住宅はあまり確認できませんでした。
これがやや古いかなあと思うくらいで。
もちろん見落としがあるかもしれません。

急な思いつきで訪ねましたが、意外と古い住宅がありました。
今回回れなかった摂津富田の旧市街の方も、見どころはあると思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月21日 (火)

春夏秋のベランダ(堺市)

120219shunka1
上野芝の建売住宅で、ちょっと面白いデザインを見つけました。
ベランダの手すりにシンプルな花のデザインが入っていることはよくありますが、ここのはもう一歩進んでいます。
まず、花と蝶。春のモチーフ。

120219shunka2
トンボが2匹。
夏のモチーフ。

120219shunka3
紅葉にイチョウ。
秋のモチーフ。

120219shunka4
こんな感じに連続しています。

複数の家をまとめて建てるときに、隣同士、タイルや面格子、戸袋などデザインに変化を付けることはよくありますが、こんな風に明快にモチーフを使っているのは面白いなあと思います。
窓ガラスが型板ガラスですし、1960〜70年代のものではないでしょうか。

※先にインスタグラムやツイッターに投稿しました。
 屋根が掛かっていなかった気がして、「バルコニー」と表現したのですが、改めて写真を見るとしっかり庇が出ているので、「ベランダ」と言った方がいいみたい。ぐだぐだや・・・

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2012年2月19日 (日)

上野芝の戸袋(堺市)

120219tobukuro1
最近、「大阪 アホげな小発見。とか」の記事で、「パンクな戸袋」の紹介があり、これからも戸袋採集に励みましょう、というやりとりがあったのですが、こういうのは流れがあるらしく、上野芝でユニークな戸袋を見かけましたので報告します。

全体はこういう配置です。
文化住宅の側面です。

120219tobukuro2
まず右上。
矢羽根模様と言っていいのでしょうか。
こういうクッキーがあったような。

120219tobukuro3
左上はもみの木型といえるでしょうか。

120219tobukuro4
左下は屈折型。

120219tobukuro5
右下は屈折型の反転です。
全体として統一感があるとは言い難いのですが、色合いはなじんでいます。

120219tobukuro6
また別の文化住宅では、十字架または四つ葉型。

120219tobukuro7
隣の文化住宅はダイヤモンドの斜めカット。

ダイヤモンドばかりと思っていた戸袋もいろいろあるものです。
でも、今回のはどれも行儀良くって、パンクではないですね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年2月17日 (金)

加古川の近代を訪ねて(7)気になるもの

120122kininaru_2
加古川の記事の最後に、私が気になったものをいろいろ紹介します。
まず、老舗銭湯の宝湯さん。煉瓦の四角い煙突があります。
でも気になったのはそれではなくて・・・

120122kininaru2
玄関の上に「雀」を逆さにした紙。
これはどういう意味なんでしょうか。
何かと掛けた縁起物かなと思うのですが。
すごく気になります。ご存じの方、教えて下さい。

120122kininaru3
防火水槽の再利用。

120122kininaru4
面格子っぽい飾りの付いた柵?
窓手すり・・・なんでしょうか?

120122kininaru5
消火栓はどこに?

120122kininaru6
これは気になるというよりかわいい部類。
風呂場などにある卵型のタイルが壁に散らしてあります。

120122kininaru7_2
ニッケ社宅街にて。
119番がまだポピュラーではなかった時代のものでしょうか。

120122kininaru8
同じくニッケ社宅街にて。
右側の箱はなんでしょう。
そうじ用具入れにしては玄関の前に置くのかなと。

120122kininaru9
ニッケ社宅街隣にある春日神社の撫猫(なでねこ)。

120122kininaru10
※クリックすると拡大します

その説明として、赤壁さんの話。
昔は「加古川といえば赤壁」だったとのこと。
おどろおどろしい話です。

120122kininaru11
松岡さんのベランダ。

120122kininaru13_2
微妙に意味ありげな面格子。

120122kininaru12
フォトグラフ?

120122kininaru14_2
余談ながら使われているタイルも面白いです。

いくつ気になりましたか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月16日 (木)

加古川の近代を訪ねて(6)うねる道

120122curve1
加古川の路地を歩いていると、何度か、自転車を連ねて駆け抜ける子供たちに出くわしました。
後で思い出して気付いたことがあります。
加古川はうねる道が多い!
くるくると変わる景色、自転車のスピード感は子供たちにとってとても楽しいのだと思います。

うねる道は数多くの水路や水路跡であったり、トロッコ道の跡だったりするようでたどると面白そうなのですが、十分な資料はありませんので、今回は写真の紹介だけにしておきます。

120122curve2
うねるだけでなくて、上に建物が建っていて、建物までうねっていたりします。

120122curve4
この建物などもそう。

120122curve5
水路のカーブに沿って、建物もカーブ。

120122curve3
ニッケ社宅街の外周もうねる煉瓦塀、水路、小道のセットです。

120122curve6
当然、Y字路も多い。

120122curve10
面白いのが水路に必ずといっていいほど道が添えてあること。
水路だけが通っているということがあまりありません。

120122curve7
Y字路に立つお地蔵さん。

120122curve8
川の流れのようなY字路。

120122curve9
これも水路の上に建物があります。
それが牡蠣のお店なのは偶然ではない気がします。

私も自転車で走ってみたいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月15日 (水)

加古川の近代を訪ねて(5)看板建築など

120122kanban1
加古川を歩いていると所々に看板建築っぽい建物があります。
そんな地味だけど気になる建物を集めてみました。
まず最初は新聞屋さん。街歩きマップにも載っています。
鈍角の角に合わせて建っているのがまた面白いです。
足元はスクラッチタイルなので古いのでしょう。

120122kanban2
こちらはもっと地味ですが、軒に三角の模様が入っています。

120122kanban3
2階に塞がれた扉があるのですが、庇が丁寧に作られているところを見ると、サッシを変える前はもっと味があったのではと思わされます。

120122kanban4
お隣は型押し鉄板に覆われた建物。
型押し鉄板とはいっても1枚が大きそうですので、そんなに古いわけではないかもしれません。

120122kanban5
こちらの薬局は石造風の看板建築。
本格派という感じがします。

120122kanban6
宝湯の近くにあるこの建物は下見板張りの洋館に見えますが・・・

120122kanban7
側面から見ると看板建築、ですね。
洋館付き住宅の変形という解釈も出来ますが。

120122kanban8
最後は洋館付き住宅で、線路脇なので電車からも見えるのではないかと思います。
これも街歩きマップに載っています。

120122kanban9
面白いのが両面に付いているライオンの顔。
これってドアノッカーですよね。

こういうのを見て回るのも楽しみです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月14日 (火)

加古川の近代を訪ねて(4)旧加古川町公会堂

120122kokaido1
ニッケ社宅街を見た後、現在は加古川図書館として使われている旧加古川町公会堂を見に行きました。
昭和10年(1935年)の建築です。
設計者は置塩章。旧神戸移住教養所(神戸移住センター)や旧大阪砲兵工廠化学分析場、旧国立生糸検査所などなど、残された建物が多数あります。
この建物については多くの方が紹介されていますので、詳しいことはそちらで。

とても立派な建物です。
近代建築ではよくあることですが、目の前に立って思うのは「え、こんなに小さいの?」この場合もそうでした。だんだんせり上がっていくような形がそう思わせるのかも。

120122kokaido16
北側から。松が一本見えますが、ここで三島由紀夫が徴兵検査を受けたとされると後で知りました。(住んでいたのは東京の方なのですが、本籍地が加古川で、わざわざ検査に通らないように田舎に来させられたとか)

120122kokaido3
一応、裏側もお見せしておきます。
裏側は裏側ですね。

120122kokaido2
再び正面から。
大きな半円のステンドグラスが目を引きますが、それは後で紹介します。
非常に装飾的ですが、それが残される理由でしょうか。
門柱も変わっています。

120122kokaido5
門柱は正面だけでなくて、正面左右にもあります。
どう形容して良いのか、なんとも不思議な形。

120122kokaido4
玄関を間近から。
庇が大きく張り出しています。
縁から持ち送りまでアールデコの装飾で彩られています。

120122kokaido6
玄関脇の壁。
タイルのはずですが、煉瓦っぽい分割をされています。

120122kokaido10
玄関ホール。
梁も段々になっています。

120122kokaido9
柱の頭にはアールデコの装飾。

120122kokaido7
玄関の市松模様のタイルなども古いものかもしれません。
壁にはスクラッチタイルです。

120122kokaido8
近くで見ると角には曲面のスクラッチタイルが使われていて、柔らかい印象です。

120122kokaido11
2階への階段。
ちなみに図書館内は、階を区切る天井が入れられたり、元の様子を留めていないようです。
事務エリアまでは分かりませんが。

120122kokaido12
2階の階段手すり。
これも角が丸くなっていますね。

120122kokaido14
階段手すりの壁は、油絵風に厚く塗られています。

120122kokaido13
そしてステンドグラス。
内側から見ると非常にきれいです。
(この照明器具、ここに要るのでしょうか)

120122kokaido15
ステンドグラスを近くから。
これもアールデコ風のデザインになっています。

加古川に残る近代の公共建築としてはここぐらいらしいので、ぜひこれからも使い続けていただきたい建物です。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月12日 (日)

加古川の近代を訪ねて(3)ニッケ社宅街

120122shataku1
ニッケの工場を見た後、いよいよ社宅街に向かいました。
国道2号線をくぐる「トロッコ道」を通ります。
昔、トロッコが走っていたそうです。
(今回の写真、逆光がひどいものが多くてすみません)

120122shataku2
トンネルをくぐると目の前に社宅!
この感覚面白いです。これは二軒長屋タイプ。

120122shataku3
社宅なので、このように○区○号という管理をされているようです。全部で何区何号まであるのか知らないのですが。

120122shataku4
二軒長屋タイプの玄関。
長屋であっても板塀で囲われ、踏み石があって、煉瓦敷きがあって、玄関という並びになっています。玄関扉はまとめて更新されたようで、どれも新しいものでした。
玄関の上に角丸の木の表札があるのが面白いです。

120122shataku5
長屋とともに、2つの洋館も目に入ります。
現在はニッケ社宅倶楽部と呼ばれる建物です。

どちらかが明治31年に服部長七の設計で建てられた仮事務所を移築したもの、もう一方が明治44年または大正期に建てられた外国人技師用の住宅らしいのですが、説明がまちまちなので保留です。

→ウィキペディアの「加古川日本毛織社宅建築群」

120122shataku6
東側の建物はシンプルな平面の下見板張りの建物。

120122shataku7
西側の建物は下見板張りで、柱を表に見せています。
1階にはベランダがありますが、今は柵をはめています。
こちらの方が明治っぽいかなあ。

120122shataku8
東側の建物は裏の公園側からも出入りできます。
出入口が公民館風に改造されています。

120122shataku9
一緒にある和風の小さな建物。
これはこれで懐かしい雰囲気です。

120122shataku10
公園では子供たちが遊んでいました。
ここが社宅街の中心という感じがします。

Nikkeshatakumap_2
<ニッケ社宅街の現状(筆者作図)>
※クリックすると拡大します。
 あくまで概念図です。

ここでせっかくなので、現況を図解しておきます。
このように大正時代以降整備された社宅が、まだたくさん残っています。
広場を中心に長屋の社宅が並び、周囲にグレードの高い戸建ての社宅が配されているようです。

ちなみに常住寺は、西国街道沿いにあった由緒あるお寺で、工場建設に伴っていったん駅前に移転した後、昭和59年にここに移転してきたようです。この敷地ももとはニッケの土地だったのではと思います。

120122shataku11
敷地の南端は水路で区切られ、そこに橋が架かっています。

120122shataku12
「かつさきはし」?
別の柱には大正15年の銘が入っています。

120122shataku13
この敷地は2011年5月に老朽化のため解体された社宅が建っていた場所です。
明治32年にニッケ加古川工場のできた頃建てられた和風の木造2階建て住宅で「火垂るの墓」のロケにも使われたそうです。
庭の桜だけが残され、交流広場として整備されるとのこと。
敷地境界の低い煉瓦塀も残っています。
神戸新聞「「火垂るの墓」ロケ地の社宅取り壊し」
     (2011.5.20)

120122shataku14
二階建ての五軒長屋タイプ社宅。
メインの通りは舗装されましたが、未舗装の砂利道が残されています。

120122shataku15
西側の平屋の二軒長屋タイプ社宅。
社宅街の風情が非常によく残されています。

120122shataku16
側溝にあった煉瓦。×印刻印の岸和田煉瓦?

120122shataku21
門柱の保護部材、兼装飾。

120122shataku19
二軒長屋の間の通路。

120122shataku17
南側の五軒長屋と一戸建て住宅。

120122shataku18
一軒の家は洋館付き住宅でした。
アールヌーヴォーっぽいカーブの窓が付いています。

120122shataku20
北側の戸建て住宅群。

以前は関係者以外立入禁止の表示もあったそうなのですが、現在は車の通行に注意を促す表示だけで、桜の時期には多くの人が訪れるようです。
もちろん、まだ人が住んでおられるので、ご迷惑にならないように見せていただかないといけませんが。
各地の社宅街も次々消えていますので、かつての生活を伝える貴重な存在だと思います。


続きを読む "加古川の近代を訪ねて(3)ニッケ社宅街"

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2012年2月 8日 (水)

加古川の近代を訪ねて(2)ニッケ工場

120122nikke1
今回、加古川のニッケ社宅街を見に行ったのですが、もちろんニッケ(日本毛織(株))の工場自体も見ました。明治32年に創設された歴史ある工場です。
前回も紹介しましたが、裏門が西国街道に面しています。
左手に建っている門衛所が古い建物のようです。

120122nikke2
扉の隙間から見た門衛所。
裏門周辺の敷地はニッケの介護施設に転用され、門衛所は使われていないようです。

20120122nikkeplus3
※クリックすると拡大します

加古川の堤防に沿って(歩道がないので冷や冷やしながら)歩いて行くと、赤煉瓦でのこぎり屋根の工場が見えてきます。今は、ニッケ機械製作所が入っています。

20120122nikkeplus2_2
※クリックすると拡大します

赤煉瓦の建物がいい状態で使われています。

20120122nikkeplus4
※クリックすると拡大します

堤防を歩いて行くと、赤煉瓦の壁を間近に見ることができます。

120122nikke5
反対側には加古川、向こうにJR山陽本線の鉄橋が見えます。

120122nikke6
赤煉瓦塀が堤防の上まで続いて、ここにも門があります。

120122nikke7
水利利用標識がありました。
ここから加古川の水を引き込んでいるようです。

120122nikke8
水の向かう先には平屋の建物があります。
ポンプ室か貯水槽かなにかでしょうか。

120122nikke13
土手の下に、マンホールがあって、この下を通っているようです。

120122nikke14
そして対岸に煉瓦色の円筒が見えるのは日本毛織(株)の印南工場。
こちらは大正8年竣工の広大な工場です。現在も制服を作っているそう。

Nikke
<明治36年修正測図・大正8年鉄道補入 5万分の1地図「高砂」より>

こういう位置関係です。
毛織物工業は染色工程で大量の水を必要とするので、大きな川の側に立地するものらしく、また製品の輸送には鉄道が役立ったのでしょう。原料の羊毛やボイラーの石炭は、当初は川を遡って運びこまれたのでしょうか。
いい場所です。

120122nikke9
回り込むと現在残っている工場群が見渡せます。

120122nikke15
その北側は広大な複合商業施設「ニッケパークタウン」とその駐車場になっています。
ここも元々は日本毛織(株)の加古川工場敷地でした。
この中に赤煉瓦倉庫を使った商業施設があるらしいのですが、見逃してしまいました。
福祉施設も、商業施設も自前でやってしまうとは驚きます。
従業員のためでしょうか。

大きな木が見えますが、樹齢360年のイチョウです。
ニッケの工場ができるずっと前からあるものです。工場のシンボルなのかもしれません。
この足元に明治32年に氏神・泊神社から分霊した大神宮があります。
「社運隆昌、工場安全」から現在は「各店隆昌、参拝者加護」まで増えて大忙し。

120122nikke16
この駐車場にニッケの記念碑があります。
明治32年の川西社長による「一以貫之」の題字と昭和39年の解説板です。
次のように書かれています。

「ここは、わが日本毛織の発祥の地である。
 1899年、加古川工場は操業開始を告げる汽笛第一声をここで挙げた。その汽罐室の正面高く、社長、川西清兵衛翁はこの四大文字を掲げて、われらの心構えを示されたのである。
 爾来六十有余年後の今日までこの文字はわれらの根性となって生きてきた。将来もニッケの続く限り、この文字はニッケマンの旗印となるであろう。
  昭和三十九年十二月三日 」

 という熱い言葉です。

20120122nikkeplus5
※クリックすると拡大します

この赤煉瓦の建物が汽罐室(ボイラー室)のようです。
ちょうど入口の上の白っぽくなった部分に、先ほどの石板が掲げられていたのでしょう。

120122nikke12
汽罐室入口の階段。

20120122nikkeplus1_2
※クリックすると拡大します。

汽罐室を堤防側から。

120122nikke10
奥にもまた古そうな建物が連なっています。

120122nikke17
ところで、加古川駅の案内所でもらったマップ(非常に充実しています)に、ニッケ工場の煉瓦塀の散歩道が紹介されていたので、そちらも見てきました。
門衛所の東側で、とても狭い路地を入っていきます。

120122nikke19
煉瓦塀と水路に挟まれたとても雰囲気のいい道です。
煉瓦好きにはたまりませんね。

120122nikke20
水路は工場の中から塀をくぐって流れ出ていて、向こうには赤煉瓦の工場。
とても画になります。

加古川から引き込まれて毛織物を洗うのに使われた水は、この水路からまた流れ出ていたのでしょうか。この水路はこの先、ニッケ社宅街の外周を巡って流れ去ります。
私もこの水路をたどって、社宅街に向かいます。

120320renga
(追記)後日、車窓から煉瓦館を撮影しました。(2012.4.18記)

(追記)
 2012年8月19日、神戸新聞で、日本毛織加古川工場は2013年秋までに解体され、加古川市民病院が建設されるとの報道がありました。
 病院のラフゾーニングプラン(PDF)を見る限り、ノコギリ屋根の工場はもちろん、汽罐室や門衛所まで、ほとんどの建物が撤去されるようです。もう少し設計のしようがなかったのでしょうか。
 昨年10月に解体が始まり、2月末時点でノコギリ屋根の工場部分は解体が完了しているようです。その東側はまだ残っているとのことです。
 この建物を記憶に留めるため、写真を拡充しておきます。
(2013.3.5記)


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月 6日 (月)

加古川の近代を訪ねて(1)宿場町・加古川

120122kakogawa1
針穴写真家のOさんに「加古川のニッケ社宅街がいい」と教えていただき、加古川に出かけてきました。
加古川は大ざっぱにいうと明石と姫路の間で、新快速も止まりますので出かけるには便利な街です。姫路出かけるときは、車窓からニッケの赤煉瓦の工場群を見ていいなあと思いつつ、降りたのは初めてです。
社宅街以外にもいろいろ面白かったので数回に分けて紹介します。

加古川の駅は現在、ブルーを基調にしたスマートな高架駅舎なのですが、一部変わった飾りがあります。
最初の加古川駅ができたのは明治21年(1888年)に山陽鉄道が明石から姫路まで延伸された時です。
大正8年に大阪の桜島駅(明治43年)を移築した名駅舎が平成15年まであり、そのイメージのようですが・・・

120122kakogawa2
駅前にはヤマトヤシキ加古川店がそびえています。
元はそごう加古川店(1989〜2000年)だったとのこと。
駅前にデパートがあると賑やかに感じます。

Kakogawa_t8
<明治36年修正測図・大正8年鉄道補入 5万分の1地図「高砂」より>

加古川の町は西国街道の宿場町として栄えていました。
地図の左上に「船頭」の地名がありますが、加古川の渡し船があったのですね。
明治32年(1899年)に日本毛織(株)(ニッケ)加古川工場ができて、工業都市としても発展します。



<同じエリアの現在の様子>

120122kakogawa3
西国街道が通っていた所は、寺家町(じけまち)商店街となっています。
アーケードの商店街です。他の多くのアーケードと同じく、ちょっとさびしい。

120122kakogawa4
側面から見ると、奥行きの長い昔ながらの町家が残っていることが分かります。

120122kakogawa5
「ホッターズ」というレトロな複合商業施設があります。
町家の構造を活かしていて、中庭なども残してあります。

120122kakogawa6
レトロ感溢れる喫茶店なども。
今回は入りませんでした。

120122kakogawa7
アーケードは架かっていても、こんな古い建物もそのまま残っています。

120122kakogawa8
とはいえ、商店街もところどころ空き地や駐車場となっていて、荒れている建物もあり、やはり維持は厳しいようです。

120122kakogawa9
街道に向かって庭がある異質な場所。

120122kakogawa10
ここは陣屋として使われた山脇邸だそうです。
庭木があるのでよく伺えません。

120122kakogawa11
私には隣に建っている近代建築風の建物も気になりました。
かつてこのあたりに加古郡役場があったようなのですが。

120122kakogawa12
商店街を裏側から。
一家に一本ずつシュロの木が立っているのが面白いです。

120122kakogawa15
アーケードが切れた先に、登録文化財の神田家住宅洋館があります。
大正初期の煉瓦造(そう見えませんが)の建物です。
再生を手がけられた設計事務所さんが、詳しい説明をされています。
「神田家住宅洋館 再生保存計画」

120122kakogawa13
加古川の側まで来るとニッケの裏門があります。
現在はデイサービスセンターになっているようです。

120122kakogawa14
日本毛織(株)加古川工場の一部は、(株)ニッケ機械製作所として使われています。

次回は工場の建物を紹介します。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年2月 4日 (土)

鳳の堺市営住宅

111231otorishiei1
JRの阪和線で鳳駅に着く直前、西側に古い似たような住宅が並んでいるのが目に入ります。
何だろう?と気になったので、昨年末、降りて確認してきました。

表通りに面する入口には古い建物の酒屋さんがあります。

111231otorishiei2
道に入って振り返ったところ。
駐車場の合間に古い住宅が残っています。
これは後で紹介する住宅とは別かなと思います。

111231otorishiei3
地区に入りました。フェンスに囲まれた空き地が広がって、合間に古い住宅が点在しています。

111231otorishiei5
例えばこういう住宅。
小屋裏の換気口が古いタイプです。
(後の地図でA・Bの住宅)

111231otorishiei4
こんな風に空き地だらけです。
堺市住宅管理課の看板がありますので、堺市営住宅だったのでは?と思われます。

111231otorishiei6
道はゆるやかに下っていて、線路脇の低地を開発した住宅地のようです。
フェンスに挟まれた道の奥に何軒かの住宅が固まっています。
奥に見える森は大鳥大社の森です。

Otori_genzon
<おおよその図ですので正確ではありません。緑の線で囲ったエリアも推測です>

せっかくなので、現状を地図にプロットしてみました。
AからHまでが現存する住宅で、薄紅色は昭和49年の空中写真で確認できるものの、現存しない住宅です。(?はうっかり写真を撮っていませんでした)

数えてみると29戸、現存は8〜9戸です。

1946年(昭和21年)米軍撮影の空中写真ではこの住宅地はまだ区画になっていないようで、1956年(昭和31年)の写真では住宅地になっていますので、昭和20年代に建てられた堺市営住宅というのが私の推測です。

堺市の地域住宅計画で、
「昭和20年、30年代に建設された木造や簡易耐火構造の市営住宅が残っており、これらの住宅は住戸規模や設備水準が低く、防災面で の危険性も高いため、早期に建替え、居住水準を向上させる必要がある。」
とされていて、これがその一つではと思われます。

(追記)
日本給水党党首のUCさんから、「大阪府住宅年報1957付録「府下公営住宅所在地一覧表」に堺市営中鳳団地というものがありました。昭和26年築で木造29戸。住所も同じです。」という情報をいただきました。情報ありがとうございます。(2012.3.4記)

住民が転出した住宅から順次解体しているのではないでしょうか。
現在の様子をご紹介しておきます。

111231otorishiei11
C・D・Eの住宅です。

111231otorishiei7
D・Eの住宅です。
線路脇なので、電車からよく見えます。

111231otorishiei8
Cの住宅を逆から。

111231otorishiei9
Fの住宅が一番原状を留めているのでは?と思われました。
庭木の松なども残っています。

111231otorishiei10
玄関の周りも元もままかと思います。

111231otorishiei12
最後にH・Gの住宅です。
どれも似ていますでしょう?

111231otorishiei13
住宅地内ではないですが、隣接した地域にも古い住宅があります。

111231otorishiei14_2
表通りの板張りの商店。

戦後の市営住宅は取り上げにくい面もありますが、全て解体されるのは時間の問題で、住宅史の貴重な証人だと思いますので取り上げてみました。

<関連記事>
 *戦後の市営住宅
 「岸和田の木造市営住宅」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月 2日 (木)

岸里トライアングル(大阪市西成区)

120129kishinosato2
南海本線が高架を走る岸里玉出駅から天下茶屋駅間、車窓から西に見下ろすエリアが、緑に囲まれたお屋敷が多く、以前から気になっていたので訪ねてみました。奥に見える高架が南海本線です。
真ん中の建物がアパートの美福荘。左に小さな神社があります。
この細い通りは千本通という名前があるようです。
入口から不思議な空気が漂っています。

120129kishinosato1
美福荘を正面から。
写真では分かりにくいかもしれませんが、タイル張りの壁は曲面の連続です。

120129kishinosato3
味わいのある滲んだ色のタイルが使われています。


より大きな地図で レトロなアパート を表示
このエリア、勝手に岸里トライアングルと名付けてみました。
南海本線、汐見橋線と松虫通に囲まれたエリアです。

120129kishinosato4
千本通沿いに長い板塀があり、広い敷地に古い木造の建物が見えます。

120129kishinosato17
角から。かなり大きな平屋の建物。
右奥には倉庫のような建物が見えます。

120129kishinosato5
拡大してみると、軒に蛇腹が付いていて、近代建築っぽいデザインです。

120129kishinosato18
近くのお屋敷にあった玄関灯。
球に格子が入っていて、初めて見るタイプです。

120129kishinosato6
さらに奥に進むと廃屋のあるエリアがありました。
庭付きの住宅です。

120129kishinosato7
こちらはさらにうっそうとした廃屋です。
このエリア、なぜか廃屋が目立ちます。

(追記)最近通りがかると既に解体されて更地になっていました。結構広い敷地だったことが分かります。(2014.4.19記)

120129kishinosato8
看板建築風の建物。モルタルが塗り直されているようですが、本体は古いのでは?

120129kishinosato9
青く塗られたアパートがあります。

120129kishinosato10
よく見ると看板に「高級アパート白雪荘」の文字が読めます。
高級というのはどういうニュアンスでしょう。
隣にもアパートがあったようですが、既に建て替えられていました。

120129kishinosato11
地下鉄岸里駅に向かう途中、蔵がありました。
この敷地は布地を作っていた工場だったようですが、どうも動いてなさそうです。

(追記)後日通りがかるとこの蔵は解体されて既に更地になっていました。はかないものです。(2012.7.8記)

120129kishinosato12
立派な門柱。

120129kishinosato13
ふと、路地の奥にある文化住宅に目がとまりました。

120129kishinosato15
ちょっと通路にお邪魔させていただいて、左を見ると、思わずあっと声を上げそうに。
隠れるように洋館が建っています。

120129kishinosato16
奥にもさらに建物が。
もっと近づきたかったのですが、さすがに共有通路ではないのでやめました。

(追記)この文化住宅、洋館は解体されて更地になりました。岸里トライアングルも普通の街に近づいています。(2014.4.19記)

このエリアの北はもっと明るい雰囲気なのに、この三角地帯だけ時間が止まったような不思議な空気が流れています。


| | コメント (9) | トラックバック (0)

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »