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2011年7月

2011年7月31日 (日)

山形の旅(9)酒田の百年農業倉庫

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酒田市立資料館を見た後、少し先にある山居(さんきょ)倉庫を見に行きました。
山居倉庫というのは、明治26年から30年にかけて建てられた農業倉庫で、百年以上たった今でも14棟のうち12棟が残り、9棟は現役の農業倉庫(JA)として使われています。

現在2棟は「酒田夢の倶楽(ゆめのくら)」という観光物産館、1棟は庄内米歴史資料館として利用されています。

倉庫は酒田市街の南、新井田川をはさんだ対岸にあり、もともと中州(山居島)だったそうです。ここに杭を打ち、高い盛り土をして建てられています。


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山居倉庫は、当初は酒田米穀取引所の付属倉庫でした。
興味深いのは、この倉庫を建てたのは旧庄内藩主の酒井家で、働いていたのも士族だったとのことです。江戸時代の生き残りのようにも感じられます。

かつて、庄内平野の米が酒田に集められ、北前船などに積み替えられて、遠くは大阪まで運ばれていったという機能が引き継がれた形です。もちろん輸送手段は船から、鉄道、トラックへと移り変わっているのですが。

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倉庫は所々に通路を開けつつ、一列に並んでいます。
この倉庫を設計したのは、以前に紹介した鶴岡の旧西田川郡役所、旧鶴岡警察署などを建てた高橋兼吉で、自然をうまく利用しつつ、米を保管する工夫が凝らされています。

ご覧のように、屋根は二重になっていて、太陽の熱を遮り、風通しをよくしています。

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倉庫の入口や通路の上にも屋根がかけられ、濡れずに行き来できるようになっています。

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壁も二重で、間に空間があります。

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裏側にあたる西側は有名なケヤキ並木で、強い海風と西日を遮っています。
NHKのドラマ「おしん」のロケ地でもあるそうですが、記憶にありません。

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同じような倉庫が並んでいながら、所々の庇がリズムを与えています。
大きく張り出した庇。

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斜めから見るとこんな感じです。

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こちらは大きな庇がない倉庫。

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倉庫には番号がふられています。

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当初は川船で米が運び込まれていました。
その記憶として、小鵜飼船(こうがいぶね)が復原展示されています。
長さ13〜15m。支流や近距離輸送用で、積載量は50俵程度だそうです。
前方に帆をかけて風も利用しました。
(案内板より)

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山居倉庫裏には、元々あった山居稲荷に藩主酒井家、徳川家からもお稲荷さんが勧請・合祀されて、三居稲荷として、倉庫の鎮守になっています。

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倉庫としては以上なのですが、敷地内には、大正15年建設の「東宮殿下行啓記念館」があります。皇太子(のちの昭和天皇)が行啓された記念に建てられたようです。

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川側からみると、より立派な建物に見えます。
川面と倉庫はこれぐらいの高低差があります。

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ついでながら、庄内を列車で回っていると、駅前に大きな農業倉庫があります。
これは鶴岡駅前の農業倉庫です。

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大屋根を持つ大きな倉庫が並んでいました。木の壁も趣きがあります。

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余目にも巨大な倉庫があります。
こちらは改めて紹介します。

鶴岡や余目では観光利用されていないようですが、産業観光資源としても面白いなと思いました。


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2011年7月24日 (日)

山形の旅(8)酒田でサイクリング

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鶴岡で夕方まで過ごした後、列車で30分、酒田に移動しました。酒田は北前船の港町で、今回の旅行のメインといってもいい町です。
駅前にある背の高いホテル(ホテルイン酒田駅前)に泊まりました。


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唐突ですが、酒田は新潟と似ていると思います。
ともに大きな川の河口に位置する、日本海航路の港町です。
河川を介した内陸の物資と、海を介した他地域の物資とのやりとりの場であるのでしょう。
川が押し流した大量の砂は、日本海の強風にあおられて砂丘をなします。その砂丘の背後に町ができます。

酒田は、「砂潟」とも書くらしく、「狭潟」を語源とする説もあるようです。それなら、新潟にさらに似てきます。

酒田は奥州藤原氏の遺臣36人が開いたという伝説があります。
京都から日本海へ抜けて、海路、酒田に至り、ここから最上川を遡って、陸路、山を越え平泉に至るルートがあったと聞くと、日本地図のイメージが変わります。

酒田には「西の堺、東の酒田」という呼称もあるそうです。
ともに交易で繁栄し、また町衆による自治の歴史があります。堺の自治は戦国時代で終わりますが、酒田は、江戸時代まで三十六人衆の町衆による自治が続いていました。

なんとなく酒田のイメージができましたでしょうか。

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ホテルから西の方向を見たところです。
所々にかつて砂丘だった丘があり、防砂林としての松林が見えます。
(指が入ってすみません)

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翌朝、酒田の街をレンタサイクルを借りて回りました。無料。
市内各所で借りることができ、私は駅前を利用しました。
天気は良くなかったのですが。

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初めての街では、できるだけ郷土資料館を訪ねます。
今回もまず酒田市立資料館を訪ねました。
到着したところで雨が降り出し、館内に駆け込みました。

酒田の歴史、民俗などの展示があり、有名な酒田の大火(1976年)に関する展示もあります。大火では市街の中心部が焼けてしまいました。館内はそう広くありませんが、ゆっくり見せてもらいました。
震災後に観光客が減っているらしく、大阪から来たというと館長さんに妙に喜ばれてしまいました。(遊びに来ている身で恥ずかしいのですが)

この後は、個別に記事にする以外にあちこち走り回った写真を載せておきます。

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砂丘ですので、こんな坂もあります。Y字路。

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坂に建つ、元割烹か何かでしょうか。

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クドウ時計店。
トタンに覆われてはいますが、たぶん近代建築。

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インパクトのある大衆食堂。
山形ホールという名前も良き時代をイメージさせます。

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S字カーブ。

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港に近い、古そうな建物。

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同じく港に近い、港らしい家並み。

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邸宅の門。
立派な松の木は防砂林の生き残りでしょうか。

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駅の近くにあった整地記念碑。
戦前のものかと思います。

かなり偏っていますが、酒田の街をイメージしていただいたところで、次回から個々の建物や地域を紹介していきます。

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2011年7月19日 (火)

我孫子前に貸家あります

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土曜日に我孫子前を少し歩いたのですが、2軒、住んでみたい貸家がありましたので紹介します。
(この記事は時期をみて削除するかも知れません)
まず1軒目。4軒長屋の右端です。
佇まいが非常によく残っていますでしょう。

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4軒長屋全体でもこのように整っています。
そのまま使って下さる方がおられないかなあ。
我孫子前駅から駅前通りを西に進んで、北に上がった、徒歩5分ぐらいの場所です。

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2軒目は駅前通りの西に歩いてすぐのこの4軒長屋の左端です。
盛り土してあるのは、室戸台風の後に建てられた長屋なのでは?

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長屋全体はこんな感じ。
こちらはこちらで良いでしょう?

物件は以上の2つなのですが、周辺の環境もご紹介しておきましょう。

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周辺には他にも長屋がたくさんあります。

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透かしブロックのブロック塀は家ごとに異なっています。
それぞれ変えるもののようですね。

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鍾馗さんのおられる家もあります。

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また、清水丘の方に行くと、洋風のデザインが入った住宅もちらほらと。
この家など、丸窓が素敵です。

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大通りにも丸窓の町家。

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側面に洋風の壁を建てている長屋もあります。

どなたか我孫子前に住んでみられませんか?

※こういう街並みが残ってほしいなと思いますので、すてきな貸家を見つけると紹介しています。

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2011年7月18日 (月)

旧尼崎警察署を見学(2010年11月)

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昨年の秋のことなのですが、J-heritageさんの企画で旧尼崎警察署を見学する機会がありました。
写真主体ですが、お蔵入りする前に載せておこうと思います。

外観は、以前「尼崎近代建築ラリー」の記事で紹介しました。
阪神尼崎駅の近くです。

この旧尼崎警察署は、大正15年(1926年)に尼崎城跡の二の丸に建設され、昭和45年(1970年)に移転するまで、警察署として使われていました。その後、平成7年(1995年)の震災まで、城内児童館、市役所の城内出張所、青少年の武道場として使われていましたが、現在は使われていません。

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地上階の内部は児童館などに使われていたため、間仕切りが追加されて、警察署時代の面影はよく分かりません。
ただ、ところどころ、壁から柱の曲線が飛び出していることや、奥の曲面の壁などに名残がうかがえます。使われていない部屋を開けると天井に装飾が残っていたりもしました。

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武道場に使われていた3階の部屋はきれいでした。
柱や窓の形に名残があります。

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でも一番私が気に入ったのは階段です。
警察署時代からそのままではないでしょうか。

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階段手すりにはタツノオトシゴのような装飾が入っています。

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階段の親柱は大理石でできているようです。

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長らく塗り直されることなく、そのままの状態です。

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一方、別の階段には木製の手すりが付いていました。
ささやかながら、装飾があります。

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最も警察署を感じさせるのは地下です。
昔はここに留置所がありました。

緑の鉄骨は、阪神の震災後に入れられた耐震補強です。

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掃除のおかげでかなりきれいになっています。
扉や窓はそのまま。

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部屋の表示板は懐かしい木の看板です。

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何か利用されると良いのですが。

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留置人の日課表というのが残っていました。

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ここから先が留置所の部屋。

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部屋番号。ここから食事を渡していたのでしょうか?

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部屋の中です。
なお、こんなに暗いのは窓を塞いでいるからで、もともとこんなに暗かった訳ではないようです。
フラッシュをたいてようやくこれだけ写ります。
壁には落書きがびっしりと書かれています。

旧尼崎警察署は時々イベントには活用されていますが、常時開いている訳ではなく、現状保存されています。本格的な公開には手を入れないといけない部分があるようですが、なんとか活用されればと思います。

○関連ブログ
 One Flight Down「旧尼崎警察署」

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2011年7月14日 (木)

山形の旅(7)鶴岡の丙申堂

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鶴岡の話も最後。丙申堂を紹介します。
丙申堂は、鶴岡の豪商・風間家の住宅です。
明治29年の丙申の年に建てられたので、この名前があります。

風間家はもともと新潟の沢海藩の武士でしたが、18世紀後半に鶴岡に移って、庄内藩の御用商人として呉服や太物を扱い、幕末には鶴岡一の豪商になったそうです。明治期には貸金業に転じました。経営していた風間銀行は、荘内銀行のルーツの1つです。

今回は訪ねませんでしたが、近くには別邸の「無量光苑釈迦堂」もあります。

閉館時間間際に訪れて、広い邸内を大急ぎで案内していただきました。

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2階から中庭の眺めがとてもよくて、ほんとならゆっくりしたい気分でした。
屋根に石が敷き詰められているのが特徴です。

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畳敷きの部屋がどこまでも。部屋数は全部で19です。

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中庭に面する通路は住宅とは思えない長さです。
営業もしていたわけですが。

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模様入りのガラス。

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最近、気になっている釘隠もさすがにいいものが使われています。

あまりに駆け足で回ったのでほとんど写真を撮っていませんが、この他にもみどころはいろいろあります。
なお、映画「蝉しぐれ」のロケ地の1つにもなっているそうですので、興味のある方はどうぞ。

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2011年7月10日 (日)

山形の旅(6)鶴岡のまちなか近代建築

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鶴岡には立派な明治建築もありますが、まちなかにも近代建築がいくつもあります。
とくに山王町の商店街のあたりに昭和初期の建物が集まっているようです。

駅前通りが分岐してお城の方に向かう道の入口に、ランドマークのように立っているのが寛明堂写真館です。
昭和7年に建てられた写真館を、外観を残して平成元年に改築されています。

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中国風のロゴで、八角窓の格子もユニークです。
最初に見たときはハンコ屋さんかと思いました。

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山王町の商店街を進むと木村屋本店
古いパン屋さんで、木村屋というのはほんとに多いですね。
創業者が東京の木村屋総本店で修行し、明治20年に山形県初のパン屋さんとして創業したそうです。
現在の建物は昭和初期の建築で、パン屋さんとしてはかなり立派な店構えです。

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さらに進んでお城の堀を兼ねた内川にぶつかるのですが、内川を渡る大泉橋のたもとにギンヨー827という服屋さんがあります。ここは昭和6年の賑やかな建物です。

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大泉橋自体も昭和6年に架け替えられた橋で、アールデコのデザインが入っています。
この時期に街並みの整備が進んだのでしょうか。

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それ以前の橋が眼鏡橋だったのを、橋脚をなくしてアーチ型にしたという美しいデザインの橋です。


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大泉橋を渡ると本町です。
地名からいって歩いておきたい町です。
アーケードのある通りですが、その上に近代建築の頭が出ていました。
エビスビルと書かれています。

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大正〜昭和初期のデザインが残っています。

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アーケードに下にもえべっさんの装飾が。
洋風なのにえべっさんというのが面白いですね。

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商店街を離れて、内川沿いにも気になる建物があります。
庄内地域産業保健センターといって、現在は福祉施設に使われている建物です。福祉施設への転用も最近は多いですね。

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もう一つ、謎めいた建物もありました。
どんな目的の建物だったのか、気になります。

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再び、大泉橋の方に向かいます。内川沿いの緑地公園の中に煉瓦小屋が立っています。実は、大正9年に蒸気ポンプを入れるために建てられた正式名称「旧鶴岡町消防組第八部消防ポンプ庫」です。元々大泉橋のたもとにあったものを平成8年に移築したものです。

なんとトイレとして活用されています。
近代建築風に建てられたトイレというのはよく見ますが、近代建築をトイレにしているのは珍しいのではないでしょうか。

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美しい煉瓦積みです。
こういう残し方もあるのですね。

鶴岡の街は近代にも華やかな歴史があり、このように近代建築を楽しむこともできます。


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2011年7月 7日 (木)

洋裁学校のギャラリー(枚方市)

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久しぶりに大阪の記事です。
先日、新潟でいつもお世話になっているUさんが来られることになり、大阪を案内しました。
最初に訪れたのが枚方市の星ヶ丘にあるソーイング・ギャラリーです。
もっとも、これはUさんからのリクエストでした。
偶然、新潟絵屋から別の3人の方もこの日来られる予定だそうで、巡り合わせというのは面白いもの。

私も以前、別々の2人から「いいよ〜」とここを勧められたことがあったのですが、訪れるのは初めてです。

京阪の枚方市駅から、交野線で2駅の星ヶ丘駅。
駅を降りるとすぐ、店や住宅の連なる小さな上り坂になり、丘に上ると左手にかわいらしい門柱と看板が見えます。そこがソーイング・ギャラリーのある星ヶ丘洋裁学校です。

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別世界への入口のような門を入ると、左手に木造の校舎があります。
ソーイング・ギャラリーでは、畑尾和美さんの「九月の朝顔/声の本」展が開かれていました。

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一番手前の部屋がソーイング・ギャラリーです。

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玄関を入ると懐かしい廊下が。
洋裁学校らしく、ミシンや勉強机を展示台に使っています。

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ギャラリーは広々とした空間。
既に大阪は蒸し暑い季節ですが、高台にあるため、ときおり、風が通ります。
蚊取り線香の煙がほのかに漂っています。

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こちらは和紙に文字が書いてあるようですが、実は刺繍です。
洋裁学校らしい展示です。

畑尾さんの、黒い糸で綴られたイラストは、しみじみした味わいがありました。
美しい光景ではなく、電線に止まる鳥など、日常の光景が描かれています。紡がれている言葉も自然なもの。

Uさんがいらっしゃったおかげで、畑尾さんが試行錯誤の末に和紙にたどりついたこと、裏側に下書きをされていることなど、ギャラリーの方にいろいろ説明をいただくことができました。

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展示だけでなくて、どらやきも売られていました。
白あんにレモンが一片挟まれている爽やかなどらやきです。
気分は夏休み。

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廊下を突き当たりまで歩いてみました。
建物は古いまま。この洋裁学校は、昭和23年にできたそうです。

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これも型板ガラスといっていいでしょう。

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ブラザーミシンの足踏み部分は、面格子を思わせるデザインです。

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外に回って、校舎の全景です。

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夏に向かって草が生い茂っています。

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屋根に葺かれている赤い瓦が少し置かれていました。

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庭にある別棟の小屋が、SEWING TABLE COFFEE というカフェになっています。
ここでは庭を眺めながらコーヒーを飲むことができますし、庭にもテーブルがあります。
暑いのでアイスコーヒー。

世間から切り離されたようなゆったりした空間で、のんびり過ごすのにとてもいいところだと思います。ぜひまた訪れたい場所です。やはり人の勧めには従うべきですね。

小さな出版社「ブックロア」のご夫婦にもお会いできました。

楽しい気分で帰りの坂を下っていたところ、なんと新潟絵屋から来た3人の方とばったり。
このタイミングで会うのは絶妙すぎます。さっきの門に戻って記念撮影をしました。

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ところで、今回初めて乗った交野線には、きかんしゃトーマスのラッピングの電車が走っています。
社内ではトーマスもアナウンスをするほどの凝りよう。

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各駅にはキャラクターが割り当てられています。
星ヶ丘駅は、ダッシュ&バッシュだそう。(よく知らないのですが)

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もっとも駅のベンチは懐かしい木のベンチで、のどかな旅気分も味わうことができます。
近代の住宅らしきものもあり、また周辺も含めて散策してみたいと思ったのでした。

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