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2011年1月26日 (水)

農学校のあった丘(大阪市生野区)

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「大阪 アホげな小発見。とか」の山本龍造さんとの約束で、勝山通を見に行ってきました。
環状線の桃谷駅で降りて、面格子の多い道を南に抜けると勝山通にぶつかります。勝山通は明治33年に開通して昭和8年に拡幅された古い幹線で、両脇には古い建物も残っています。

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医院の建物。はっきり撮るには入り込まないといけないので遠慮していますが、庭に面する窓を見るとかなり古そうです。

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プール女学院・勝山キャンパス。明治12年、川口居留地で永生女学校として創立され、大正6年にこの地に移転してきました。当時はプール女学校です。

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※クリックすると拡大します

なおも勝山通を歩いて行くと、道の脇にこの記念碑があります。「大阪府立農学校跡」の碑。かつて、ここに農学校がありました。

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さらに歴史を遡ると、5世紀前半につくられた御勝山古墳があります。平野川から東は河内湖だったはずですので、湖を見下ろす位置だったのでしょう。その後、大阪の陣で秀忠の陣所が置かれて勝利したため、御勝山の名があります。勝山通の勝山もこの御勝山からです。

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<明治18年?大阪近傍図中部>
※クリックすると拡大します。

明治の中頃、このあたりは全くの郊外です。
上町台地から、猫間川の谷を挟んで伸びる尾根に古墳があります。
桃山停車場が描かれていますが、開業は明治28年だそうです。

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<明治33年大阪市街全図>
※クリックすると拡大します

明治23年、大阪府農学校(明治21年創設)が堺から移転してきます。敷地面積は4.3万坪で、御勝山古墳の前方部が開墾されました。
また、四天王寺東門通りが延長され、農学校道となりました。
まるで四天王寺と相対するかのような配置。
正面には木造様式建築の本館が建っていたそうです。

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<大正15年頃?大阪都市計画一覧図>
※クリックすると拡大します

大正時代を迎えると学校が次々と移ってきます。
大正元年に大阪高等商業学校(のち天王寺商業高校)が江戸堀から、大正6年にプール女学校が川口から、大正12年に生野高等女学校が泉尾から移転してきました。

大正7年に市区改正、大正12年に都市計画が施行され、大阪府農学校を貫通する形で道路拡幅が計画されました。農学校は大正15年、再び堺へと移転していきます(のち大阪府立大学)。

大正12年には平野川の付け替えも行われています。

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<昭和9年 大大阪市街全図>

大阪府農学校が移転した後、今度は様々な官庁が跡地に移転してきます。
昭和3年に鉱山局が上本町から。西日本の鉱山を監督していた役所で、生野鉱山や石見銀山などもここの監督です。
御勝山古墳の南には昭和4年に地震計室、昭和8年に測候所が港区からやってきます。
地盤がしっかりした土地だからでしょうか。
また消防署もできています。

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<昭和16年 大大阪市街全図>

昭和9年の地図には出ていなかったのですが、昭和2年には興国商業学校(のちの興國高校)が下福島から移転してきています。鶴橋警察署もできています。

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<昭和29年頃 最新大阪精図>

昭和18年には生野区役所、昭和23年には郵便局ができました。
生野簡易裁判所もできて、すっかり文教・官庁街の様相です。
その要因となったのが大阪府農学校ということです。

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ここで、再び現在の様子を紹介していきます。
御勝山のあたりから西に勝山通を見たところです。

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御勝山古墳だった場所の前方部は、御勝山南公園ですが、ここに大阪管区気象台があったことを示す記念碑が立っています。

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昭和40年代の写真も添えられています。

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古墳、農学校、気象台と歴史を重ねてきた土地も、今は静かな公園となっています。

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公園の南には戦前のものと思われる洋風の長屋住宅がありました。
屋根の瓦がそれぞれ違ってカラフル。

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農学校跡を離れて、勝山通りをさらに歩いて行くと生野めん食会館のレトロな建物があります。
元はといえば、山本龍造さんにこの会館のあたりを歩いてみますお約束したのがきっかけ。お話をいただいたために興味深い歴史を知ることになりました。

長くなりましたのでこのあたりは次回に紹介します。

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コメント

わっ、ホンマに約束果たしてくれはったんですねびんみんさん。
ちょっとバタついてまして…読み流す訳には参りませんので、しばらくして改めて拝読させて頂きます。
おおきにです。

投稿: 山本龍造 | 2011年1月27日 (木) 08:59

山本さん、こんばんは。
もちろんです(^^)
(まだ果たしてない約束も多々あるのですが)
あまり意気込まれなくても良いですよ。
よろしくお願いします。

投稿: びんみん | 2011年1月29日 (土) 00:40

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