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2010年12月 3日 (金)

奈良のきたまち

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奈良というと近鉄奈良駅の南側に広がる「ならまち」がイメージされますが、反対に駅の北側は「きたまち」と呼ばれています。さっき初めて知ったのですが。
先日、私が歩いたあたりも「きたまち」に入るようで、そのあたりで気になったものなど紹介してみたいと思います。(実際には逆ルートで歩きましたが、分かりやすいように駅から順に紹介します)

(関連サイト)
 「きたまち歴史のモザイク 〜奈良きたまちの観光・歴史探訪〜」
 
観光客であふれる東向商店街から、大宮通をはさんで北には東向北商店街が続いています。

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突き当たりにはぐっと古い町家が建っています。
こう見えて洋装店と書かれています。
スクラッチ風タイルが張られているので昭和の初めぐらいでしょうか。

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古い交通安全看板なども。

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奈良女子大学の角を曲がったところに古い交番の建物がありました。
屋根を葺き替えて塗り直せば、さらにいい感じになりそうです。
この左に奈良女子大学のキャンパスがあり、中には近代建築もあります。

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交番の角を曲がってさらに進むと、シュロの木がある若干スパニッシュな町家がありました。
これも看板建築の一種と言っていいのでしょうか。

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そのお隣は、ならまち文庫・古書喫茶「ちちろ」さんです。
築90年近い町家らしく、改めて来たいと思います。

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その先には半田アパートという渋いアパートがありました。
右から書いてあるということは戦前?
ここで北に向かいます。

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通りで見かけた植木鉢。
なんだかインパクトのある。

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突き当たりのT字路に石の柱が立っています。
そう、橋の親柱です。

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「北なんとか橋」ですが、私には読めません。
 何と読むんでしょう。

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<昭和8年 奈良市街地図>
※クリックすると拡大します

この橋の場所は現在、暗渠になっていますが、上で○で囲った部分です。
吉城川でしょうか。以前、率川(いさがわ)跡を歩きましたが、元々少ない川が暗渠になってさらに減っています。

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右にカーブしているのが川の跡のようです。

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今回は川の跡は追わず、まっすぐに。
ひのりという会社の建物、角がアールになっていて、別の意味で渋いビルです。
面格子も付いています。

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このまま東に進むと「喫茶 工場跡事務室」に着きます。
いや話が逆で、このお店に行った帰り道なのでした。
ここについては次回、紹介します。


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コメント

奈良は、京都の革新性とはまったく異なり古いものが丸ごと残っているようなところがあって(たとえば朱雀門や遣唐使船の復元)何なんだろう、と思っていましたが、裏を返せば『国のまほろば』という強烈な誇りがあるんですね。奈良町も、平城京の外京という張り出した部分がそのまま現代まで残ったといってもいいでしょう。

投稿: 北摂万歳 | 2015年1月10日 (土) 17:19

北摂万歳さま
京都と奈良はともにかつての都でありながら、違うありようなのが興味深いですね。江戸時代まで都だった京都に比べると、奈良は都だった時期が古すぎる?
大阪になるとさらに古いので、みやこ意識はないですね。

投稿: びんみん | 2015年1月10日 (土) 23:27

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