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2010年11月

2010年11月27日 (土)

新潟なつ歩き(20)分水に寄り道

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いよいよ佐渡島を離れます。
赤泊(あかどまり)からは対岸の寺泊(てらどまり)まで佐渡汽船の高速船が出ています。
料金は2760円。

奥に停まっているのが高速船「あいびす」。
「あいびす」というのは、トキの英訳なんだそうです。
船体カラー(白地に赤)もトキのイメージだとか。

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座席シートなんて、佐渡島パターンです。

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ぎりぎりまで赤泊をうろついていましたので、すぐに出港。
離れていく赤泊の町を見送ります。

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対岸には弥彦山。
昔は明確な目標物があることが、渡海に安心感を与えてくれたことでしょう。

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1時間5分で寺泊港に到着。
こちらも山を背後にした赤泊と同じような町です。
もちろん寺泊の方がかなり賑やかではあるのですが。

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寺泊港のフェリーターミナルからは、
JR寺泊駅経由、長岡駅行きのバスが出ています(14分・240円)。
寺泊駅は丘の向こうにあって4kmほど離れているので乗らざるを得ないのですが、できたら寺泊の町も見たかった・・・

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小さな寺泊駅到着。
私は「何もない」という言葉が嫌いで、何か見つけてやろうと思うのが常なのですが、さすがにここはつらい。ここで49分の電車待ちなんです。

ふと地図を見ると隣に分水という街があって大きそう。
それも次の停車駅です。目の前にはタクシー。
思い切ってタクシーに乗りました。

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途中、川を渡ります。
「分水」というのは、信濃川の大河津分水(おおこうづぶんすい)のこと。
信濃川の洪水を解消するための分水路で、江戸時代から計画があり、明治3年に着工するも中断、明治42年に再開して大正11年に完成したという大工事です。

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到着した分水の街は昭和の匂いが漂う街でした。
昔は分水町でしたが、平成の大合併で平成18年、燕市に合併しています。

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地蔵堂の門前町であるようです。
道の突き当たりにあるのが地蔵堂です。

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この門前の通りにスクラッチ風タイル張りの町田金物店というものがありました。
右から左に読んでください。

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入り口にはステンドグラス風磨りガラス。
塔屋に丸窓もあるので、昭和初期の建物ではないでしょうか。

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能登仁旅館もどっしり風格ある建物です。


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あるいは工事に大量に投入された労働者と物資の需要が、この町に賑わいをもたらしたのでしょうか。

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分水駅で列車に乗り、吉田駅で乗り換えます。
下校時間の駅は高校生でいっぱいでした。

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大河津分水のおかげで実現した広い農地に夕陽が沈みます。

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新潟駅の手前でもう一つの分水を越えます。
関屋分水です。昭和39年に工事が始まり、昭和47年に完成しています。

日がすっかり沈んだ頃、新潟駅に到着しました。

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新潟最後の夜は、毎回お世話になっているUさんたちとお会いすることができました。
見てみたかった北書店にも伺いました。すてきな品揃えのお店です。

そして案山子(かかし)というお店に連れて行っていただきました。

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栃尾(長岡市)の大きな油揚げ。
いつもは脇役の油揚げがここでは主役です。

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これも巨大な岩ガキ。
爽やかな香りがしました。

あとはまた急行きたぐにで大阪に帰るだけです。

今回は佐渡島をメインにした旅行で、結果的に産業遺産をめぐる旅になりました。
また新潟の町+どこかで、季節も変えながら訪れてみたいと思います。

「新潟なつ歩き」はこれで終了です。
4ヶ月に及ぶ記事を読んでいただいた皆さま、ありがとうございました。


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2010年11月26日 (金)

新潟なつ歩き(19)赤泊の望楼

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いよいよ佐渡島も最後の赤泊(あかどまり)です。本州行きの高速船が出る赤泊港に到着しましたが、出港までは1時間ほどありますので、手荷物を佐渡汽船で預かっていただいて街を見に行きました。

港の公園に唐突にこういう所があってびっくりします。
江戸時代に船や物資の出入りを把握する赤泊御番所が置かれていたのを再現しています。


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赤泊は中世以来の港町ですが、とくに相川の金銀山の開発後は本土から最短の渡海場となり、栄えました。対岸は寺泊(てらどまり)です。江戸中期以降、佐渡奉行の赴任は寺泊〜赤泊、離任は小木〜出雲崎となったそうです。

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海岸沿いに車道が通っていますが、その一本内側には昔ながらの町並みが残っています。
左が山で、右が海。山裾にへばりつくように細長く街は伸びています。
土地が狭いため農業は成り立たず、早くから漁業や回船業、北海道への商人としての出稼ぎ(松前稼ぎ)に活路を見いだしていました。

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町並みは思った以上に趣きがあり、まちなみ散策マップもしっかりしたものがあります。
(以下、説明は主にこの「望楼のある港町 赤泊まちなみ散策マップ」によります)
まずこちらは、旧岩間医院。この入り口が変わっています。ちょっとコロニアルな雰囲気もあります。昭和初期の建物です。

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まずは西の方へ。下見板張りの壁に、ガラス窓を多用する町家は小木と同じです。
うねる道に誘い込まれます。

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道の脇に共同井戸がありました。
新しいバケツが置いてあるということは今も使われてそうです。

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赤泊は山が迫っていますので、脇の路地はすぐに階段になります。
上がってみたい気もしましたが、時間の関係でやめておきました。

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柔らかそうな石畳です。

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逆に北の方にも歩いてみました。
こちらもうねる町並みです。

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そして、道の向こうに望楼が見えます。
この町のシンボルともいえる旧田辺邸の望楼です。

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その手前にある旧前佐渡水電。水力発電所を持つ電力会社の事務所でした。
大正9年(1920年)の洋館です。

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玄関扉のデザインなどとくにモダンです。

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間近に見る旧田辺邸。
松前稼ぎで財をなした田辺九郎平が、明治30年頃に建てたものだそうです。
望楼は北海道の鰊場御殿の望楼に似ているとのこと。
望楼付きの家は港町で成功した人がよく建てるものなのでしょうか。

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いったん前を通り過ぎて反対側から。
今も高い建物がありませんので、3階の望楼は十分目立っています。

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望楼部分の拡大。

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2階を見上げたところ。
手すり子が洋風です。ガラスの雨戸は10枚ありますが、左右に戸袋があるということ、手すり子があるということは、開け放てるんでしょうか。

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床下換気口のデザイン。
基礎の石は柔らかそうな石です。

赤泊は宿根木・小木に比べると知名度が低いと思うのですが、うねる町並みは魅力的でした。
私は回れませんでしたが、北雪酒造の酒蔵がありますし、いくつもの旅館が残っています。
佐渡旅行に赤泊ルートを使う理由になりますし、高速船で赤泊を利用するなら、この町はぜひ見ていただきたいなと思います。


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2010年11月21日 (日)

新潟なつ歩き(18)小木のガラスの町屋

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佐渡南岸の宿根木(しゅくねぎ)を見た後、また小木まで戻りましたが、すぐにはレンタサイクルを返さず、バスの時間まで小木(おぎ)の町を見て回りました。

小木は陸繋島らしき小さな岬の付け根にある町です。
江戸時代初期、元小木から港・商人が移されて、佐渡金山と一体で発展した港で、慶長11(1606)年に番所がおかれ、のち佐渡の金銀の積出港となりました。また、寛文12(1672)年には西回り航路の寄港地に指定され、北前船の交易で賑わいました。北前船の歴史は明治末まで続きます。

小木は町の東西に内の澗(ま)、外の澗(ま)という港を持っていました。風向きによって東西の港を使い分け、非常時には移動できるように両港を結ぶ水路まであったそうです。

写真は旧小木小学校。
明治10年に建てられた下見板張りの木造建築です。
今は住宅になっているようです。

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西洋建築の柱頭風デザインが入っています。

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※クリックすると拡大します

小木でも古い本町通りの町並みです。
廻船問屋街であり、船員の娯楽の場でもあったそうです。
左は大正時代の旧小木郵便局、中央は貸座敷の高砂屋でした。

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木造で2階が張り出す出鼻造り、ふんだんにガラスを使っているのが特徴のようです。

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かしやという今は酒屋さん。
古い建物だそうです。

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凝った桟が入っています。

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非常に立派な町屋の鍋屋。
江戸時代の問屋であり、越中船の定宿だったそうです。

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「汽船取扱」の看板が掛かっています。
明治時代に最初の越後・佐渡間の定期船「占魁丸」の就航に尽力したとのこと。

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以上の町は内の澗(西の港)に面しているのですが、外の澗(東の港)に面して5階建ての喜八屋旅館があります。
明治37年の大火後に2階建てで建てられ、昭和3年に5階建てに増築されたそうです。
いかにも「増築しました」という建物です。

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珍しいガラスの戸袋。
雨戸もガラスですから、採光は抜群です。


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このあたりで時間切れ。
神社や資料館なども見られず、名残惜しいですが、自転車を返して、バスに乗ります。
観光案内所の前がバス停なのでとても便利です。

本州に渡る高速船の出る赤泊(あかどまり)港を目指すのですが、バスはまっすぐ海岸を走らず、羽茂(はもち)大橋から内陸に入り、羽茂本郷で折り返します。

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羽茂の平野には水田が広がっています。
パイロットの訓練場もありました。

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再び海岸の羽茂大橋へ。
ここからが壮観で、海岸沿いに大型の蔵が連続して現れます。

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マルダイ味噌の蔵。

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佐渡醤油の蔵が続き、B&Gの施設として使われている古そうな建物などもあります。
昔は今以上に多くの蔵が並ぶ、味噌と醤油の一大生産拠点だったようです。
これらの蔵は、外に送り出すことを想定した立地ですね。

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やがて建物は消えて、自然の海岸になります。
ごつごつした赤い岩の磯です。
赤泊=赤い港。岩の色から取られているのでしょうか。

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約40分で赤泊港に到着。
海岸まで迫る山と海の間に細長く、赤泊の町が伸びています。

船が出るまで赤泊の町を探訪します。


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2010年11月17日 (水)

新潟なつ歩き(17)千石船の宿根木

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「新潟なつ歩き(16)宿根木へのサイクリング」の続きです。
佐渡国小木民俗博物館を後に自転車を漕ぎ出すと、すぐにこの風景に出会います。目の前に屋根が広がっていて、谷をすっぽり家が埋めています。
これが中世以来の港町・宿根木(しゅくねぎ)です。

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<佐渡国小木民俗博物館のジオラマ・宿根木付近>

模型で見るとそのすっぽり具合がよく分かります。
右上にあるT字の建物が旧宿根木小学校つまり佐渡国小木民俗博物館で、要は街の中には小学校を建てるスペースがなかったので段丘の上に建てたわけです。

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集落を回り込むように自転車で坂を下ると、海岸に出ます。
浅い海岸に白い棒がぽつぽつと。

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近づいてみると白い花崗岩の石柱です。
近くに解説板があって、江戸時代(1777年頃)の船つなぎ石なんだそうです。
地元での呼び名は「シロボウズ」。
材質は瀬戸内海の御影石です。

それにしても港にしては浅瀬でしょう?
享和2年(1802年)の地震で海岸が1m余り隆起して千石船が入らなくなったのだそうです。

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ところで港を囲む岬に洞窟のような穴が開いているのが気になり、後で覗いてみました。

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なんと向こうまで貫通しています。
これも解説板があって、相馬崎隧道というそうです。
アラメの加工・貯蔵庫として、昭和10年から5年がかりで全て人力で掘られました。大変な労力ですね。鉱山を掘る技術が生かされたのでしょうか。
トンネルの先では昭和20〜23年まで製塩が行われていました。
今は遊歩道になっています。

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さて集落の全面は、前に島根の鷺浦で見たような日除け(風除け?)が立てられています。
かつての浜は観光客用の駐車スペースになっています。

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※クリックすると拡大します。

宿根木地区の地図がありました。
一つ一つの建物が描かれている詳しい地図です。

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集落内の道は非常に狭いです。
漁村はたいがい狭いですが、それにしても狭い。
そのうちの1本は世捨小路と呼ばれています。
石畳がすり減って凹み、年を経た味があります。

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宿根木は重伝建地区で、2つの建物が公開されています。
1軒がこの清九郎家で元廻船主の家、もう1軒が金子家で船大工職人の家です。
清九郎家を見学しました。400円。

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この建物はもともと江戸末期に建てられたそうです(幕末〜明治期の様子に復元)。
外観は質素で、内部も華美ではありませんが、贅沢に木材が使われ、柿渋で磨かれた床が落ち着いた美しさです。床も梁もぴかぴか。

宿根木が廻船業により、佐渡の富の1/3を集めたと言われるのは中世の話ですが、江戸時代に賑わいの中心が小木に移った後も、廻船業+千石船の造船で栄えました。その名残がうかがえます。

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2階の様子。天井もぴかぴか。
裏庭があって、その向こうは崖です。
崖には穴が掘られ、天然の冷蔵庫として使われていたそうです。
決して広くはありませんが、有効活用されています。

この家を管理しているのは市ではなくて、元の所有者の方がガイドさんを雇ってされているそうです。そういう方が担っているんですね。

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2階から顔を出すと石で押さえたこけら葺きの屋根が見えます。
その向こうに洋風の建物があります。
そちらも見に行ってみます。

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明治42年に開局した宿根木郵便局でした。
黒っぽい板壁の建物が並ぶ中で、白いペンキ塗りの下見板張りは目立ちます。

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さらに進むと小川がありました。
洗濯場ともなっていたのでしょう。
この石橋も瀬戸内の御影石か。

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宿根木のシンボルとなっている三角家。
敷地に合わせた建て方がユニークです。

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さらに奥には宿根木公会堂。
見た感じは昭和初期の建物です。

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その脇にはかわいらしい交番(?)もありました。

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さらに隣には産土神の白山神社。1304年の創建。
白山神社は船乗りの信仰が篤い神社です。
日本海側には多いようですね。
石の鳥居は尾道産の花崗岩で1773年の寄進。
北前船の航路でつながっています。

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一番奥には時宗の称光寺があります。
密集した町並みからうってかわって静謐な雰囲気。
崖を削って墓石が並んでいました。

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小さな集落ですが、食事のできる店が2〜3軒あります。
私はこちらの茶房やましたさんで、和定食をいただきました。
味噌を多く使った料理でした。
メインはイタリアンみたいだったのですが。

宿根木は小さな集落なので2時間もあれば十分見て回れると思います。
私には1時間ほどしかなかったので、実際には結構慌てながら回り、またレンタサイクル(電動アシスト自転車)で小木に戻りました。


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2010年11月14日 (日)

新潟なつ歩き(16)宿根木へのサイクリング

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「新潟なつ歩き(15)佐和田から小木へ」の続きです。
佐渡島南岸の小木に到着した後、小木の探訪は後回しにして、まず宿根木を目指しました。
小木も宿根木もかつて栄えた港町です。
宿根木は中世以来、小木は近世から明治まで、佐渡の金銀の積出と北前船で栄えました。

宿根木は歩いて行くにはやや遠く、バスの本数も少ないので、南佐渡観光案内所のレンタサイクルを利用しました。
ご覧の通り、電動アシスト自転車。数日後に値下げしたようですが、この時は2時間600円、以後1時間200円でした。
おまけに観光案内所で手荷物も預かっていただけました。
すぐ前がバス停なので非常に便利です。

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<佐渡国小木民俗博物館のジオラマ>

今回、電動アシスト自転車で助かりました。
というのは、このあたりは台地が海まで迫っているんです。
手前の入り江が小木で、蛍光灯が映り込んでいるあたりが宿根木(分かりにくくてすみません)。台地をまたいでいくことになります。

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出発してすぐに坂道を快調に駆け上がります。
登り切って、小木漁港を見下ろしたところです。

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模型屋さんでしょうか。
どなたもおられませんが、塔の模型を製作中でした。

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道は整備されていて、谷をまたいで走っています。

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谷を見下ろすと谷に潜むように元小木の集落があります。
風を避けているんでしょうか。

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台地に上がってしまえば、それほど起伏はありません。
道ばたにはお地蔵さん。遠くに見えるのは巨大な幸福地蔵さんです。
そこまで寄り道する時間はないので通過します。
洞窟などもあって気にはなったのですが。

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水田の向こうに水平線が見えて、この季節はとてものどかです。

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やがて大きな建物が見えてきました。
大きな扉が半ば開いていて船の姿が見えます。
ここは佐渡国小木民俗博物館の千石船展示館です。
(入館料は500円)

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大きいでしょう。
平成10年に実物大で復元された512石積の白山丸です。
全長は24m。かつて、このような船が宿根木で建造されていました。

ちなみに大阪の「なにわの海の時空館」にある復元された菱垣廻船は全長30mだそうです。

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中に入ることもできるんです。
引っ越し前の部屋と同じで、荷物がないと分かりにくい面はありますが、船内にいる感覚を体感することができます。この下にもう一層あります。

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ところで、佐渡国小木民俗博物館の本館はこんな建物です。
実は大正9年に建てられた宿根木小学校の木造校舎を利用しています。
開館は意外に古くて昭和47年。民俗学者・宮本常一の提案で実現した博物館だそうです。

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外観は小学校そのもの。

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玄関の柱の礎石には柔らかそうな石が使われていました。

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展示室にも収まりきらないぐらい、石臼がたくさん収蔵されています。佐渡は石臼の産地で、大正時代まで北海道に送られていたそうです。

資料によると、
「相川金銀山の開発によって、鉱石搗砕用の石磨(うす)をはじめ、多種多様な石製品が必要となり、播磨地方から石工が来島し、新しい石切場を開いた。佐渡では、鉱石用上磨・下磨、奉行所や寺社の石垣石や土台石、地蔵、粉挽き臼等製品ごとに石材の使い分けが行われ、それぞれの石切場群が存在する全国的にも希少な地域である。相川には石工専業の町が存在したほか、椿尾や小泊などの石工の村も出現した。」(新潟県・佐渡市『世界遺産暫定一覧表記載資産候補提案書「金と銀の島、佐渡 ―鉱山とその文化―」継続審議案件の検討状況報告』より、平成19年)

また、「佐渡には近世の石造物が数多く現存し、良質な石材を提供する石切場が島内各地に分布している。片辺や吹上といった 外海府海岸沿いの石切場では、主に鉱石粉成用の石臼の石材が切り出された。一方真野湾岸の小泊・椿尾一帯では、墓石や穀物用石臼の石材が産出された。」とも記載されています。

小泊・椿尾は半島の反対側です。
ここでも鉱山から派生した産業が生まれているんですね。

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館内に入ると、廊下も小学校の廊下のままです。

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ほとんどの教室はぎっしり生活用具などの展示品で埋まっていますが、一室だけ教室として保存されている部屋がありました。こういう配慮はありがたいですね。

裏には新館もあり、佐渡の漁労用具、船大工用具、農具などが展示されています。
ジオラマなどもあって、かつての南佐渡の生活を知るには役立ちます。


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2010年11月 7日 (日)

木津川アートの周辺で

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アートイベントに出かけると、“気分がアート”なので、いつも以上にいろんなものが気になります。
イベントには関係ないのですが、木津川アートで出かけた木津川市で気になったものをいろいろ紹介します。

まずは木津川市役所の北側にある木津町商工会館。
一本柱の玄関ポーチがかわいらしい。

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木津川市役所の庭には木津小橋の親柱。

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学研都市線の踏切脇にある住宅。
洋風の玄関が素敵です。

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同じく学研都市線の踏切脇にあるのこぎり屋根の工場。
栗林織布という会社です。

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運送会社の渋い倉庫。

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民家の塀の上。

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木津と上狛の間には、木津川が流れていて、泉大橋が架かっています。
この橋がいいんです。この、森の中に入っていくような入り口部分。

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昭和25年に作られたと示す橋のプレート。
建設は日本橋梁株式会社と汽車製造株式会社(昭和47年に川崎重工に吸収)のように読めます。
リベットが存在感たっぷりですね。

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木津川の流れ。
木津と上狛の街に関わりの深い川です。

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泉大橋の全景。
トラスが決して高くないのがいいのかなと思います。
美しい。

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川を渡ると上狛です。
気になるトマレの表示。
ここのはかなり字が大きい。

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上狛の川縁はお茶問屋街だそうで、今もお茶の問屋さんがたくさんあります。
記念碑によると、明治の頃、山城のお茶は川と街道経由でここに集められて、木津川・淀川の舟運で神戸へと送られ、海外へ輸出されたそうです。この地はかつて、東神戸・今神戸と呼ばれたと記されています。

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壁面に漆喰の帯を引いて模様を描いていくのは、このあたりの流行だったのでしょうか。
お茶の葉のイメージ?

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この銅の雨樋の細工は見事というほかありません。
お茶屋さんは茶道などの世界と近いので、こういうところに凝ったりするのかなと思います。

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異彩を放っている農協倉庫(?)。

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上狛の中心部(大里)は中世以来の環濠集落で、このような堀に囲まれています。

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お城のような門。

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この水車は装飾か、壁面収納か。

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最後に上狛駅前で角が曲面の洋館付き町家を見ました。

木津にも上狛にもまだまだ面白いものが潜んでいそうです。
木津川アートに出かけられる方はそのあたりもぜひ。
イベントは11/14(日)まで開催されています。


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木津川アート第4日:鹿背山の夕べ

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現在、京都府木津川市で開催中の木津川アート(11/14(日)まで)。
初日に行ったものの、鹿背山エリアを回れなかったのが心残りで、再び出かけてきました。
鹿背山エリアは里山で、会場も広く分散しています。
しかし、十分な時間が取れずに駆け足の見学でした。

木津駅15:08のバスで、15:13鹿背山着。運賃は200円。
鹿背山エリアは終了が16時という実にタイトなスケジュールです。(毎時8分にバスがあります)

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バス停を降りるともうそこは里山風景です。
最初の会場までは徒歩10分。

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ここは柿の産地で、まさに柿の季節です。

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正面に不思議な家が見えてきたと思ったら作家さんのお宅。
この地域は、元々アーティストの方が大勢住んで作品を制作しておられるようです。
そういう意味ではただの里山ではありません。

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最初の会場、角井邸。
縁側の敷物が作品です。
座敷や床の間にも生け花のような金属のオブジェが飾られていました。

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続いて徒歩15分でアトリエやま。
木立の間に見えるのがアーティストさんのご自宅で、このさらに上にアトリエがあります。その名の通り、「やま」。

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これがアトリエです。
2階まで吹き抜けの大空間に染色や彫刻、絵画作品が展示されていました。
どれが今回の企画で、どれが元からあるのかよく分かりません。

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田園風景の中を、さらに15分歩いて正面の山の中が次の目的地です。

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鹿背山ベースキャンプです。
ほんとにキャンプしているらしい。
カフェ&ショップの里山マルシェも出店しています。
ピザが名物らしいのですが、私はマンゴージュースをいただきました。

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この会場は、遊歩道があって、その脇に展示された作品を見て歩く趣向です。
こういう木をくぐる場所があったりして楽しい。

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※これは作品そのものではありません。
終点は森の中の黒い池です。
ちょうど夕暮れ時で、木の葉を抜けてきた夕方の光が水面の木の葉を照らし、この時間帯はベストかもしれません。

このエリアで私が見た中では一番気に入った場所、作品です。

ここで16時。時間切れで引き返すことにしました。
残念ながら、鹿背山不動・鹿山文庫、大仏鉄道の遺構、梅谷公民館は見られませんでした。
後で聞いたら鹿山文庫は17時までやっているらしい・・・

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ところで鹿背山エリアは、作品以外にもアートを感じさせるものがあります。
例えば蔵。豊かな村なのか、蔵がたくさんあります。
蔵にこんなデザインの紋が入っているんです。

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農作業の風景もアート作品に見えてしまう。

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民家のデザインも洒落てますでしょう?

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瓦も凝っています。

元々粋なものを受け入れる土地なのではないでしょうか。

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行きには閉まっていたのですが、帰り道に通ると、柿の選果場で作業が始まっていました。

帰りは16:27鹿背山発のバスで木津駅へ。
(毎時27分のバスです)

興味を持たれた皆さんは、できるだけ時間の余裕を持って出かけられて、ゆっくり里山散策を楽しまれてはいかがでしょう。
会期はまだ11/14(日)まで残っています(最終日は15時終了)。


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2010年11月 4日 (木)

木津川アート初日

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今日、11/3(水・祝)から始まった木津川アートを見に行きました。知り合いが関わっているから言うのではないですが、「むっちゃええ!!」です。

この頃、回遊型のアートイベントって多いですね。
多様な「場」との共同作業で、作品に無数のバリエーション(時間や天候によっても変わる)が生まれることや、宝探し的な楽しさがあるからでしょうか。

会場は京都府の木津川市です。
大和路快速で奈良の2駅先の木津駅。そこが拠点です。
(あるいは学研都市線やJR奈良線でもOK)

会場は木津・本町エリア、鹿背山エリア、上狛エリアの3つに分かれています。
そのうち私が訪ねた木津・本町エリアと上狛エリアをネタバレはできるだけ避けて紹介します。

イベント名:木津川アート2010「流れ その先に」
会期:2010年11月3日(祝)〜11月14日(日)
時間:10時〜17時(鹿背山エリアは16時まで)※最終日は15時まで

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まず、木津・本町エリアから。

木津駅から西へ5分歩くと木津市役所があります。
そこでは松村忠寿さんのコミュニケーションアート「フキだしproject in 木津川」のバルーンが展示されていました。吹き抜けに展示されていますが、これはフキだしで、実際には一人一人が持って歩くものみたいです。

抗議や要求を伝える、あるいは広告するプラカードと違って、フキだしは相手へのポジティブな思いを伝えられるところが違うのかなと思います。「おいでませ」とか。
メッセージは高校生が考えたそうです。

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次に南都銀行・旧木津支店。
1950年代の建物ですが、道路拡幅のため取り壊されることになっているそうです。

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ここには多くのアーティストの作品が集まっています。

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その一つに大場典子さんたちの「記憶秘密基地」もあります。
針穴写真を撮られているグループですが、写真というメディアを超えて秘密基地を作り上げられています。内容は見てのお楽しみで。

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この部屋は出展者もお勧めの、小原典子さんのインスタレーション「ミズタマリ -KIZUGAWA」。
蛍光に光る物体が無数に空中に浮かび、その場に入ると宇宙空間のようなというのか、不思議な感覚に陥ります。これは体験してもらわないと分かりません。

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土久里邸。木津の旧家です。
こういうタイプの会場も多いです。
庭での展示とお茶会が開催されていました。

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ここで鹿背山エリアも見たいと、バスの時間も合わなかったので(1時間に1本程度)徒歩で鹿背山に向かいました。
・・・が、地図にない太い道ができていたりして、道に迷いそうになり、時間の関係で途中で断念しました。

鹿背山も大仏鉄道跡など見どころがたくさんありますので、皆さんはお見逃しなく。

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気を取り直して本町エリアに戻り、料亭川喜。
木津川の川港の近くにあります。
ここでは庭に陶器の人形の展示など。
素敵な建物と空間です。

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そして、ここがメイン会場といってもいい、八木邸です。
この大きな米蔵が特徴。木津川アートを見に行くならここは絶対です。
この米蔵や離れを使って展示がされています。
ものすごい技巧の作品が見られます。

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木津・本町エリアは一巡したので木津川を渡って、上狛会場に向かいました。
この橋は昭和26年に開通した泉大橋というらしいのですが、この形は魅力的です。
ちょうど夕陽もきれいでした。

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お茶の積出港のためお茶問屋が集積したという集落を抜け、環濠集落の中にある松原邸に行きました。
明治42年に上棟された庄屋さんのお屋敷だそうです。
結構広いのですけど、現在は無人なのだとか。

古紙をロウで固めた動物(犬?)が屋敷のあちこちに置かれてあったりします。
若手アーティストの展示スペースです。

ここで17時の終了を迎えました。
全体を通して、体感して楽しめる作品がたくさん用意されているなという印象です。
木津・本町や上狛の集落も歩いてみると楽しいのでぜひ。

出かけられる方はできるだけ余裕を持ってお出かけください。
とくに鹿背山エリアを回ると結構時間もかかりますし、終わるのも早いです。

また、各種イベントも開催されています。
例えば、11/7には八木邸米蔵で、イーゼル工房のライブなどがあります。
公式HPをご確認ください。

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おまけ。
最後の松原邸で、木津川アートの缶バッジを記念に買って帰りました。
なぜか初日はここでしか売っていなかったというレアな公式グッズ。
これから各会場でも販売するようですが。

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