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2010年10月

2010年10月30日 (土)

新潟なつ歩き(15)佐和田から小木へ

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「新潟なつ歩き(14)相川の街並み」の続きです。
新潟2日目は佐渡島西岸の街・佐和田に泊まりました。
なぜここにしたかというと、昔から島内の交通の要衝で、何か残っているのではと思ったからです。

朝の散歩で、下見板張りに赤い瓦屋根の大きな建物を見かけました。

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表に回ってみると、「本町アパート」というアパートでした。
玄関をのぞき込むと、階段も木製です。
てかてか光る木肌がいい感じでした。

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旧市街の中心部・河原田地区には商店街があり、その北の端に河原田諏訪神社があります。
神社の前に店が並んだのでしょうか。

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石畳の先に拝殿があります。
格式を感じさせます。

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明治40年の国旗掲揚台?
日露戦争にちなんだものです。

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再び街へ。
ちょっと面白いデザインの石塀がありました。
柔らかそうな石です。

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旅館っぽい家。
でも向かいの方に聞くと、「一般の住宅です」とのことでした。

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海辺の街はちらちらと路地の向こうに海が見え隠れするのが好きです。

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とっても最果てな感じ。

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佐和田は大きな真野湾の奥にあるので、両側から岬がのびています。
今は船で来ることができません。

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海の近くに立っていた、「東宮殿下御上陸記念碑」。
大正5年の御上陸とのことですので、昭和天皇の皇太子時代のことですね。
海風で傾いた松並木がこのあたりに並んでいます。

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佐和田では思ったほどには古いものは見つけられませんでした。
ここから小木行きのバスに乗ります。
バスの車窓からは和洋折衷の住宅など見られましたので、もう少しはあるかもしれません。

途中、真野には修景された街並みがありました。

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バスは真野湾の南岸に沿って走った後、半島を突っ切ります。
田んぼの向こうが崖になって、向こうが海という眺めがいいです。

内陸部にある羽茂(はもち)の街も、近代の洋風の建物などがあり良さそうでした。次に機会があれば歩いてみたい。

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半島を横断すると佐渡島南岸の街・小木に到着しました。

土産物店などもある、もう少し賑やかな港に着いたのですが、写真を撮り忘れていました。
この写真は街の反対側にある漁港です。
小木でレンタサイクルを借りて、周辺を探訪しました。


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2010年10月24日 (日)

木津川クルーズ

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10月2日にベイ&リバーサイドパーティー(ベリパ)という大阪の水辺イベントがあり、その目玉とも言える「ウキウキ船さんぽ」に初参加してきました。
いつもは客船の走らない川にも船が走るイベントです。

コースは天満橋の八軒家浜から大阪港まであるんですが、昨年、水都大阪2009で西回りクルーズをしましたので、その続きとして、大阪ドーム前千代崎港発で木津川を下るルートを選びました。

前売一日乗り放題券を1500円で購入。
大阪ドーム前〜名村造船所跡の区間を予約しておきました(ここは船が小さくて混むので予約して正解)。
やってきた船は、48人乗りの「たまえ」(一本松海運)です。
屋根なしなのがうれしい。

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70人乗りの「てんま」も見かけました。

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船は満員で出発。
10月なのに陽射しがとても暑く感じられる日でした。
すぐに大正橋をくぐります。このあたりの橋はまだ低い。

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古いクレーン。
古い小屋とセットでいい感じです。

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大阪環状線の木津川橋梁(昭和3年)をくぐります。
この、橋をくぐる瞬間が醍醐味。

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続いて大浪橋(昭和12年)が見えてきます。美しい橋です。
船ではずっとボランティアガイドさんが解説を続けておられました。
景色の方が面白くて、あまり熱心に聞いてなくてすみません。

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こういった船もたくさん見られます。

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木津川に大きく張り出した山本鋼材(株)三軒家倉庫のクレーン。
鋼材を積みおろすんですね。

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南進造船所。かつては木津川沿いに多くの造船所、ドックがありました。
今も修理のドックはいくつかあります。

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八幡生コン(株)大阪工場。
セメント工場もいくつかあります。

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木津川水門のアーチをくぐります。
ここは見どころの一つ。

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落合上ノ渡の渡船。
大阪市に8つ残る渡船場のうち、4つは木津川にあります。

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大阪市の津守船積場。
大阪市が何を積むのかというと、この裏が津守の下水処理場で、下水汚泥などをここで積み込み、北港処分場などの埋立地に運ぶのだそうです。

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また大きなクレーン。
大阪製罐(株)の中浜倉庫です。

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すごい建築の太平洋マテリアル大阪工場。

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ループの千本松大橋(1973年)。
ここまで来るとかなり高い橋です。

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中山製鋼所の3連の橋形クレーン(?)。
存在感があります。

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名村造船所前まで来て、入港待ち。
このあたりの木津川は川幅が広く、空が広々と感じられます。

木津川沿いは、川に顔を向けた工場や倉庫などが多く、川がよく使われていると感じます。
クレーンの種類など分かると楽しいでしょうね。

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この後、上陸してアヒルの待つ名村造船所跡のイベント会場に向かいました。
前に紹介した記事はこの後の話です。

船を乗り換えて、クルーズはこの後も続きます。

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2010年10月10日 (日)

新潟なつ歩き(14)相川の街並み

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「新潟なつ歩き(13)佐渡金山の港」の続きです。
今回は鉱山関係以外の建物(といっても間接的にはほとんど鉱山関係なのですが)を紹介します。
相川の町は海岸に沿って細長く伸びています。
そこに四角い煉瓦の煙突のある建物が目に止まります。

その脇の路地を入っていくと・・・

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坂を上る階段と木造下見板張りの近代建築がありました。
長坂といって、台地の上にある昔の奉行所や裁判所に出る階段です。
相川の町は上下二層になっています。

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そして近代建築は旧相川税務署。
昭和6年の建築で、昭和24年に増築されているそうです。
まるで人の行き来を監視するような位置ですね。
こんな立派な姿なのは、納税額が多かったから?

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旧道を歩いてみます。
土地が狭いためか、3階建ての堂々とした和風旅館があります。

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こちらも3階建て旅館。

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海岸に平行して通りは長く伸びています。

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通りを歩いていると陶器のオブジェ?を見かけます。
無名異焼といって、今も14の窯元があるそうです。
調べてみると、鉱山の採掘の副産物として出る鉄分の多い赤土を高温で焼き締めた焼き物なのだとか。
やはり鉱山と関係あるんですね。

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海岸線と垂直方向には水路を伴う細い路地が走っています。

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街中で見かけたポンプ式の井戸。

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相川博物館の方に向かうと昔の社宅っぽい建物がありました。

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相川博物館前のバス停。
旅ごころを誘うバス停標識です。

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相川の町は落ち着いた雰囲気の通りが残っています。
大安寺に向かう通り。

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街の真ん中に1ヶ所だけ全く違う雰囲気の通りがありました。
「相川天領通り」という名前です。
観光用に修景したのでしょうね。うーん。

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そこを過ぎるとまた落ち着いた通りになります。
バスの時間の関係で街の南の方や花街跡は歩きませんでしたが、ぶらぶら歩くのも良さそうです。

バスに乗り、この日の宿泊地である佐和田の街に移動しました。

「新潟なつ歩き(15)佐和田から小木へ」に続く


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2010年10月 3日 (日)

大阪の水辺にアヒルがぷかぷか

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10月2日の土曜日、ベイ&リバーサイドパーティ OSAKA 2010 ウキウキ船さんぽというイベントに参加して、大阪の水辺を船で巡りました。
普段は航路のない川や海に船が走り、乗り放題も可能という1日だけのイベントです。

クルーズの話は改めて紹介するとして、このイベントに合わせて、勝手にアヒル応援隊の皆さんが大阪の水辺にAR(拡張現実)でアヒルを浮かべる試みをされました。詳しい説明はのちほど。
面白そうですので、それに私も付いて回らせてもらいました。

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まずなぜアヒルかですが、昨年、水都大阪2009で天満橋に登場した巨大アヒルをご存じですか?
イベントのメインキャラクターではなかったのに大人気でした。

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昨年中にも一度復活しましたが、1年ぶりに3日間だけ名村造船所跡の会場で復活することになりました。今回、アヒルが浮かぶのはかつての造船所のドックです。

「勝手にアヒル応援隊」の皆さんは、最初のアヒル登場をきっかけに集まり、AR(拡張現実)の技術を使って、街で何か面白いことができないか?と動き出したようです(説明合ってるかな)。
これまで梅田の横断歩道道頓堀で公開実験を行い、今回は本物の復活に合わせて、3度目の公開実験です。

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まずは本物のアヒルに対面。参加者で記念撮影。
アヒルマンとしてPR用にアヒルのヘルメット3個(手作り)を用意されていたのですが、これが人気で、たまたま来られた人が次々とかぶって記念撮影する意外な展開に。

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船でイケアのある鶴浜に向かいます。
これがアヒルヘルメットです。

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皆さん、港大橋を撮影されているようですが、ちょっと違って、これがAR(拡張現実)の実験です。

大阪の水辺の何カ所かにさきほどのアヒルの3D画像が、あらかじめ位置情報として登録してあります。Layarというソフトを使い、GPS・コンパス付きのスマートフォン(iPhone、エクスペリア)を向けると現実の風景と3Dのアヒルが合成されて表示されるらしいです(説明合ってるかな)。
携帯の画面の中でしか見えません。
※1・2回目の公開実験とは方式が違います。

ここでは水路の真ん中に小さなアヒルがぷかぷか出現しました。

さらにサンタマリアで天保山に移動して着いたところで、船の上にぷかぷか(携帯画面を通して)。

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私は天保山でアヒルグループと別れて、赤煉瓦倉庫を見に行くメンバーに同行しました。
すると、ここにもアヒルマンが。
・・・ってたまたま赤煉瓦見学ツアーの案内をされる方が黄色いヘルメットだったというだけですが。

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最後は昨年に巨大アヒルが出現した天満橋の八軒家浜に集合。

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ここでもスマートフォンを向けるとぷかぷかアヒルが出現しています。

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一斉にみんなでアヒルを出現させて記念撮影。
たまたま通りがかった人も「何だろう」と尋ねて来られたりしてました。

こういう楽しい企画を勝手にやってしまうのって面白いですね。
この3Dアヒル出現は10/1〜3の期間限定でした。
それ以後はLayarで見ても表れません。

興味を持たれた方は、
ブログの【ぷかぷか〜♪】アヒルちゃん速報!! をご覧いただいたり、Twitterで@AR_Osakaをフォローしてください。
次のイベントのことなどが分かります。

・・・ってメンバーじゃないのに(笑)

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新潟なつ歩き(13)佐渡金山の港

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新潟なつ歩き(12)佐渡金山の産業遺産の続きです。
既に北沢地区でお腹いっぱいで、いい時間だったのですが、もうひとがんばり旧大間港にも足を伸ばしてみました。相川に出かけられるなら、ここもご覧になった方がいいです。

旧大間港は、解説によると佐渡鉱山の鉱石や搬出入を目的に、明治20〜25年につくられた港です。
その後、大正〜昭和にかけてクレーン台座やローダーなど設備が充実され、戦時体制に向かう昭和15年には火力発電所ができるなど、前回の北沢地区と歩調を合わせて整備が進んだそうです。

入り口が分かりにくいのですが(私は裏側から入ってしまいました)、入っていくと木造の倉庫が2つ並んでいます。

倉庫の壁にはずらっと解説パネルが掲げられていました。
長岡造形大学の学生さんによる「佐渡鉱山近代化施設跡地の空地再生計画(造形学部優秀卒業研究)」がメインです。

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木造倉庫の隣には小さな赤煉瓦倉庫もあります。

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旧鉱山書庫らしいです。
世界遺産登録をめざすグループがあるのですね。
これだけ歴史があって、遺産も残っていれば、登録されてもおかしくなさそう。

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2つの倉庫の間を抜けると船だまりに出ます(左が海)。
ちょっとした模型みたい。左から強烈な西日が差していて、写真の方向が限られます。

奥に2つ見える丸い台は作業用のクレーンの台座です。
石積の台座は大正3年だそう。

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こちらもクレーンの台座で昭和10年のものらしい。

この他、海に向かってはローダー橋脚が残っています。
クレーンやトロッコが通り、船に積み下ろしする橋でした。昭和13年頃には南北2本あったそうです。
鉱石の積み出しと火力発電所の燃料用の石炭の搬入が行われました。

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小さなトラス橋。戦前のもの。
手の込んだ構造になっているのは、トロッコの鉱石を下の小舟に落として積み込んだからだそうです。

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トラス橋の内側はさらに入り江になっています。

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また陸側には建物の残骸がありました。
昭和15年に建設された大間火力発電所の跡だそうです。

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※クリックすると拡大します。

親切なことに佐渡市が設置した案内板には、大間港周辺の見取り図が示されていて、とてもよく分かります。
露天鉱石置場は立ち入り禁止になっています。
一番下の煉瓦倉庫は未確認。

最初に紹介した論文でも提案されているのですが、ここが整備されて立ち入れるようになれば、いい史跡公園になるだろうなと思います。
既にこれだけきれいな看板なども整備されているのは意思の表れと期待したいところです。

あと1回、鉱山関係以外の相川の記事を書きます。
「新潟なつ歩き(14)相川の街並み」に続く


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