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2010年9月

2010年9月26日 (日)

新潟なつ歩き(12)佐渡金山の産業遺産

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道遊坑を出て歩いて行くと、崖の端に工場の建屋があります。
昭和12年頃に完成した粗砕場(鉱石の一時破砕を行った施設)跡です。
工場に向かってトロッコのレールが伸びていますが、これはグランビー鉱車(1.6トンの横開け鉱車)で、鉱石が運び込まれたのだそうです(説明板より)。

ただこれだけの施設かと思うと・・・

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なんと! 下に回ると七層構造の大きな施設なんです。
(一番上に見えているのがさっきの建屋)
解説板によると、鉱車から落とされた鉱石は、上層部から下層部に作業工程を進んでいくうちに分級・破砕され、大きさを揃えられて、最下層部にあるベルトコンベアーで貯鉱舎に運ばれたそうです。

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この鉱石が落ちてくる下の地区は、間ノ山地区というそうです。
奥に見えるのが先ほどの破砕場跡。
鉱山関係の施設が立体的に配置されています。
手前にあるのは明治37年に架けられた石積アーチ橋です。
もう一つ上流にも石積アーチ橋があり、そちらは現役です。

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何の施設か判りませんが、背の高い施設。

相川に出るバスはいい時間の便がなく、2kmほど下ればすむので歩いて戻ることにしました。
梅雨が明けたばかりで、かなり暑い歩きでしたが。

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途中、トロッコの線路の跡、トンネルの跡なども見られます。

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相川の町まで下ってくると、丘の上に佐渡版画村美術館があります。
明治21年に建てられた旧相川裁判所です。
時間がないので中には入っていません。

ここで急に写真が保存できなくなるトラブル発生。
気付かないうちにSDカードの容量を使い切っていたのでした。そんなのは初めて。
不要な写真を何枚か削除して急場をしのぎます。

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旧相川裁判所の向かいには復元された佐渡奉行所があります。
(強烈な逆光で見苦しくすみません)

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丘の上からのぞき込むとなにやら遺構のようなものが点々と。
これも鉱山関係の遺跡らしいので見に行ってみることにしました。

それよりまずはSDカード。
丘を降りて電気屋さんに飛び込み、無事入手できました。
すぐ入手できるような場所で助かりました。

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<大間地区の案内板より>
※クリックするとやや拡大します

さて、佐渡金山の産業遺産はいくつかの地区に分かれています。
先ほどの高任・間ノ山地区で採鉱、ここ北沢地区で選鉱・精錬、大間地区(次回紹介)で鉱石積み出しという流れになっているそうです。

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北沢地区の入り口には赤屋根で下見板張りの建物群があります。
明治22年に建てられた旧宮内省御料局佐渡支庁の建物。右の平屋の建物は相川郷土博物館となっています。

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さらに奥には白ペンキ塗りの小さいながら瀟洒な建物があります。
他の3つの建物とは異質です。

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さらに進むと変電所跡の煉瓦建築があります。


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※クリックすると拡大します。

こうして全景を眺めると巨大ステージのようで壮観。
丘の上にある集合住宅と大きさを比較してみてください。
北沢地区には元々明治23年前後から施設はあったのですが、昭和12年から、国策の金増産のため大改修が行われたそうです。今はその遺構だけが残っています。

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<北沢地区解説板より>
※クリックすると拡大します。

上の写真の範囲はこの右の網掛け部ですので、どれだけ巨大か分かります。

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<大間地区の解説板より>

かつてはこのような上屋が建っていました。

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他にも直径50mのシックナー。
昭和15年に完成した泥鉱濃縮装置です。
泥状の金銀を含んだ鉱石から、この装置で水分を分離し、対岸の北沢浮遊選鉱場に送られました。

また、手前は製材及雑作業所跡だそうです。
機械部品の原型となる木型用材を製材加工しました。

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鋳造工場跡。
木型工場で組まれた木型を基に作られた鋳型へ溶けた金属を流し込み、機械部品を製造する施設だったそうです。

佐渡金山の産業遺産としては、北沢地区も一つのハイライトと言えそうです。
大間地区の話に続きます。

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2010年9月20日 (月)

新潟なつ歩き(11)佐渡金山へ

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間があいてしまいました。
新潟旅行・佐渡島で両津の街を歩いた続きです。
両津は島の東海岸にあるのですが、バスで一気に西北海岸の佐渡金山(相川)を目指します。
「本線」という島のメイン路線です。

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今回、バス移動ということで、2日間バスが乗り放題になる「佐渡2dayフリーパス」を利用しました。土日なら2000円のチケットもあったのですが、平日にまたがるのでこちらです。

いくつか利用特典があり、中でも便利だと思うのが、荷物をバスの営業所か主要な旅館に届けてくれるサービス「手ぶら便」。500円が300円になります。コインロッカーに預けるよりいいです。営業所受取の場合、営業時間に限られますけどね。

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バスは平坦な国仲平野を横断して走ります。
北にも南にも山地があるので、島にいる感じがしません。
平野を風が抜けていきます。


より大きな地図で 佐渡 を表示

バスは西の中心地・河原田で西海岸に出た後、海岸沿いに北上、山地をトンネルで抜けて相川の町に出ます。
この間、1時間弱。
途中、沢根で古い小学校建築を見ました。

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相川で止まるバスも多いのですが、私の乗ったバスは眼下に相川の街を見つつ、川を2kmほどさかのぼった佐渡金山まで行きます。相川〜佐渡金山間は純粋に観光路線です。

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佐渡金山の坑道では、江戸時代の宗太夫坑(右)と明治時代の道遊坑(左)の2つが一般公開されています。入り口はほぼ同じ。入場料は各800円で、両方なら1200円です。
私はあまり来る機会もないので両方見ることにしました。

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まずは江戸時代の宗太夫坑から。
中に入ると寒いぐらいに涼しい(10度ぐらい)。

解説によると宗太夫坑は、江戸時代初期に開坑され1690年代の主力間歩(まぶ/坑道)の一つだったそうです。公開されているのは一部ですが、坑道は2km先の海面下まで延びています。

枝分かれした坑道には鉱夫の動く人形と道具などが再現されていました。
ただ掘るだけでなく、換気や排水に多くの労力が割かれていたことが分かります。

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一般には囚人労働のイメージが強い鉱夫ですが、それは一部であるということを強調するような展示内容でした。坑内での祭礼の様子なども再現されています。

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坑道を抜けると資料館があります。
この写真は相川の町の様子。
町を見下ろす位置に奉行所があり、その向こうに鉱山がありました。

相川は鉱山の町として賑わい、江戸時代に人口は5万人もいたそうです。

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こちらの模型は鉱脈を立体的に表現したもの。
人体模型みたいですね。板状に縦に鉱脈が何本も走っているのが分かります。
手前が相川の町で、今は海岸沿いが主な市街地ですが、江戸時代には岡の上にも町が広がっていました。

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続いて明治時代の坑道である道遊坑に入ります。
道遊坑は明治32年(1899年)、佐渡鉱山の主要鉱脈「道遊脈」の開発を目的に開削された主要運搬坑道です。つい最近の平成元年まで使われていたそうです。

広くて歩きやすいですが、洞窟というよりトンネルで、歩くには単調です。

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気温はわずか11度。

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トロッコの線路がひかれ、蓄電池式機関車が止まっています。

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トロッコの軌道を歩いて行きます。

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外に出ました。外から見るとトンネルですね。

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坑道を出たところには昭和20年代に建てられた機械工場が、資料館としてそのまま活用されています。
蓄電池式機関車とターンテーブルは、おもちゃのようなかわいらしさ。

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採掘機械のメンテナンス用の工作機械が並んでいます。
こういうのも自前でかかえていたそうです。

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人を運ぶトロッコ。

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鉱石を運ぶトロッコ。

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振り返ると江戸時代初期の露天掘りの跡である「道遊の割戸」が見えます。

佐渡金山というと江戸時代の鉱山のイメージが強かったのですが、平成元年まで操業されていたわけで、産業遺産としても見応えがありました。
産業遺産としてはこの後、まだまだ多くの遺構を見ることになります。

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10/9〜11「まちかどの近代建築写真展 IN 旧神戸生糸検査所」が開催されます

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 お知らせです。
 関西では、毎年春に大阪築港で開催されている
 「まちかどの近代建築写真展」が、
 神戸の旧神戸生糸検査所でも開催されます。

 内容は、大阪で展示された赤煉瓦建築の写真がベースです。
 期間中には、10月9日(土)、10月10日(日)に、
 近代建築をめぐるツアーも予定されています。

 また、
 ・11日(日)には旧神戸生糸検査所に関するDVD上映会
 ・9月4日(土)〜10月31日(日)には
   「塩屋百人百景」「塩屋百年百景」展覧会
   →旧神戸生糸検査所の9月イベント情報

 なども開催されている(開催される)ようですので、
 どうぞ神戸にお越しください。
 (主催者みたいですが、ちょこっと片付けを手伝うだけ)

 詳しい関連情報が分かれば追記します。
 
============================
「まちかどの近代建築写真展 IN 旧神戸生糸検査所」
 (第19回)
     ●今回のテーマ 日本の煉瓦建築

 会期:2010年10月9日(土)~10月11日(日)
 時間:10月 9日(土)13:00~17:00
    10月10日(日)9:30~17:00
    10月11日(日)9:30~15:30

    会場:旧神戸生糸検査所1階旧フィラメント検査室
       兵庫県神戸市中央区小野浜町1番地

 主催:まちかどの近代建築写真展 IN 神戸実行委員会
 企画:まちかどの近代建築写真展実行委員会
 協力:近代建築探訪メーリングリスト
 協賛:港まち神戸を愛する会

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より大きな地図で 旧神戸市立生糸検査所 を表示

☆このほか、「まちかどの近代建築写真展」は、
 10月2日(土)〜3日(日)に神奈川県立柏陽高校
 10月23日(土)〜31日(日)に門司赤煉瓦プレイス
 でも開催されます。いずれもテーマは「日本の煉瓦建築」

 詳しくは、こちらで。

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2010年9月10日 (金)

5周年を迎えました

皆さま、こんにちは。

 このブログは本日、5周年を迎えました。
 見に来ていただいている方、コメントいただいた方、ありがとうございます。
 この記事で639本目の記事(いくつかは目次だけですが)になります。

 このブログのコンセプトは、「日常の中に旅の目を持ち込み、海外でも近所の街でも面白いもの、素敵なものを見つける」です(今、まとめました)。メジャーな対象は歴史や建築に詳しい人、写真の上手な人に任せて、もっぱらひっそり消えていくマイナーなものに注目しています。たまたま近代という時代への関心が長く続いています。

 節目ですので、これまでのことを振り返りたいと思います。

 ●2005年
  9/10にブログスタート(熊野古道の旅行記
  当初は旅行中心に、映画など雑多な趣味のブログでした。
  ・10月 上海旅行記で早くも日記を逸脱。
      近代建築の記事に走るきっかけ。

 ●2006年
  様々なシリーズものが始まり、方向性が定まった時期。
  近代建築のブログ仲間と知り合った時期でもあります。
  ・1月 通勤旅行シリーズ(いまだシリーズ化せず)
  ・4月 街道の近代シリーズ開始(初瀬街道
  ・5月 ハノイ旅行
  ・6月 近代の公園シリーズ開始(大正時代の公園
  ・7月 島と港町シリーズ開始(塩飽本島
  ・8月 長崎旅行
  ・8月 戦後ビルも取り上げ始める
      (見た目にこだわるビル
  ・9月 地域の石材シリーズ開始(長崎の石畳
  ・11月 近代郊外住宅地シリーズのはしり(堺東
  ・11月 鍾馗さんを取り上げ始める(四日市の鍾馗さん
       散発的に

 ●2007年
  橋の親柱や面格子、煉瓦など、細々したものが、
  気になりだした時期。
  地図を入れだして記事に時間がかかるようになりました。
  ・2月 近代の橋シリーズ開始(新町橋
  ・3月 下関旅行、地図を使い出す。面格子の初出
  ・4月 まちなかの煉瓦(刻印)シリーズ開始
      (新長田の路地
  ・4月 出雲旅行

 ●2008年
  ますます長期化するシリーズものと整理の時期。
  この年に目次のページをつくったり、
  かなりブログを改造しました。
  ・5月 最初の新潟旅行
  ・5月 青島・煙台旅行
  ・5月 六光星の煉瓦刻印との出会い(聖天坂通)未解決
  ・11月 止まれのある風景の初出
  
 ●2009年
  遠出の旅行レポート+近場の定番もののパターンが、
  固まった時期。
  ・2月 冬の新潟旅行
  ・5月 網干旅行
  ・6月 北海道旅行
  ・8月 友ヶ島旅行
  ・11月 面格子シリーズ開始(堺のアートな面格子
  ・12月 彦根旅行

 ●2010年
  2月にツイッターを始めました。
  ツイッターを通してのやりとり、アクセスが増えました。
  廃墟系の方と知り合ったのも今年から。
  ・1月 相生旅行
  ・2月 東京旅行
  ・5月 飾磨旅行
  ・5月 彦根旅行
  ・7月 夏の新潟・佐渡旅行※レポート継続中

 95年にニフティサーブのフォーラムに入って以来、HP、mixi、ツイッターなどをやってきたものの、ブログという形が自分の性に合っているように思います。
 取り上げるものについてはこれでいいと思っているのですが、もう少し興味を持ってもらえる記事の書き方にしないといけないなとは思います。

 これからも無理せず続けていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
 コメント気軽にください。

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2010年9月 5日 (日)

明治村の換気口面格子《解答編》

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明治村の床下換気口面格子の紹介、《解答編》です。
実は前回の記事ではあえて説明してなかったのですが、建物の年代順に写真を並べていました。
古いものから新しいものへという流れですので、それも踏まえて眺めてみてください。
面格子の写真-建物の写真の順に紹介します。

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ク)歩兵第六聯隊兵舎(名古屋) 明治6年(1873年)

 兵舎だからか簡素です。

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ウ)西郷從道邸(東京)明治10年代(1877〜1886年)

 これはかなりきれいなデザイン。
 要人のお屋敷だからでしょうか。

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ケ)三重県庁舎(三重)明治12年(1879年)

 建物全体としては華やかですが、面格子にまでは装飾を入れず。

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セ)神戸山手西洋人住居(神戸)明治20年代(1887〜1896年)

 アカンサスのデザインです。
 ここの面格子には特別に解説も付いています。

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ア)近衛局本部付属舎(東京)明治21年(1888年)

 同じ役所の建築でも、時代の違いか、中央政府だからか、おしゃれなデザインです。
 アール・ヌーヴォーっぽい。

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オ)日本赤十字社中央病院病棟(東京)明治23年(1890年)

 さすがに病院の病棟になると簡素。
 でも風通しに気をつかっているのか大きめの換気口です。

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シ)聖ザビエル天主堂(京都)明治23年(1890年)

 十字を意識しているのかどうかまでは分かりません。
 両津カトリック教会を設計したパピノ神父が関わったという話も。

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カ)清水医院(長野県大桑村)明治30年代(1897〜1906年)

 場所柄、和風のデザインなのかもしれません。

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サ)聖ヨハネ教会堂(京都)明治40年(1907年)

 煉瓦に合わせた煉瓦色(もともとの色かは分かりません)、ひとひねりある斜め格子と、なかなかきれいな面格子です。建物そのものももちろん。

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キ)金沢監獄監房(金沢)明治40年(1907年)

 逃げられないように(?)小さい換気口。
 石材の色合いとのコントラストがきれいです。
 ちなみに全景は中央看守所で、奥にちょっとだけ見えているのが監房です。

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イ)学習院長官舎(東京)明治42年(1909年)

 学習院と言われれば、なるほどと思うデザイン。

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コ)宇治山田郵便局(三重)明治42年(1909年)

 建物は郵便局としては派手ですが、面格子まではそれほど凝っていません。

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ス)芝川又右衛門邸(西宮)明治44年(1911年)

 簡素ながら周りの石垣を含めて美しいデザイン。
 設計者は武田五一です。

 ということで、床下換気口面格子が確認できなかったのは、
 エ)帝国ホテル中央玄関(東京)大正12年(1923年)でした。

 このように明治建築について見ると、個人の邸宅や宮内省系の面格子が華やかなのかなという傾向が伺えました。大正・昭和初期の建物もですし、まだまだサンプルを集めないといけないですけどね。

 マニアックな内容でしたがお楽しみいただけましたでしょうか。

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2010年9月 3日 (金)

明治村の換気口面格子《問題編》

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お盆休みに愛知県犬山市にある明治村に行ってきました。
近代建築ファンならずとも有名な場所です。
実は私は初めて。あまりにたくさんの建物があるので、じっくり見ていては回りきれません。
そこで今回、私はテーマを設定しました。
それは「全建築の床下換気口面格子を撮ること」

床下換気口面格子は以前から気になる存在でした。
床下換気口にはめてある面格子ですが、近代建築では凝ったデザインのものがはまっていることがあります。こんなところにまでデザインしてあるってすごいなあと感心しながら、気をつけて見るようになりました(外から観察できるのもいいところです)。

本場の近代建築にもきれいなデザインの格子がはまっているのではと思っていました。
ところが、中国の煙台で各国の近代建築を見る機会(もちろん建てたのは中国人ですが)があり、穴を開けただけのあまりに素っ気ないデザインにがっかり。
もしかして、これは日本的なものなの?という疑問が生まれました。

もっとたくさんの近代建築の床下換気口面格子を確認したい。
それなら明治村だ!といつか確認しなければと思っていて巡ってきた機会です。

普通に紹介してもいいのですが、いつもと趣向を変えて、クイズ形式で紹介しようと思います。
末尾に建物のリストを付けておきます。
ノーヒントで考えたい方はノーヒントで、建物名から推理したい方はヒントを見て、マニアックではない大多数の方はこんなデザインがあるのかと眺めていただければ結構です。

解答編はたぶん9/4(土)あたりに掲載します。

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1)木製の格子です

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2)

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3)シンプルな斜め格子

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4)アカンサスのデザイン

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5)

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6)単純な縦格子

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7)花でしょうか

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8)和風の連続模様

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9)単純な斜め格子のようで凝っています

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10)単純な縦格子

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11)かなりデザインされています

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12)単純な斜め格子のようでありながら、ぽつぽつが付いています

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13)格子はシンプルですが、その周囲の石組みが良いです

なお、つい最近、面格子ファンクラブが立ち上がって、私もさっそく入会したのですが、この記事はその前から予定していましたのでたまたまです。
これも何かの巡り合わせでしょうか。

↓ヒントの建物リストはこちら

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