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2010年8月

2010年8月30日 (月)

新潟なつ歩き(10)両津:洋風の街角

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両津の夷地区を北に歩いて行くと両津カトリック教会があります。
フランス人のドルワール・ド・レゼー神父が明治12年に創設し、明治16年に消失後、明治20年にド・ノアイ宣教師により再建されたものだそうです。設計はパピノ神父(初期の神田教会や明治村に移築された京都の聖ザビエル聖堂など)。
ちょこんと帽子をかぶったような風情がいいです。

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聖堂だけでなく、右手にも建物があります。

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左手には信者会館があります。
幼稚園も併設されています。

この教会があるためか、この一帯には洋風を感じさせる建物が多いような気がします。

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すぐ近くには夷の地名の由来となった蛭子神社があります。

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また水神さまも祭られていて、水が湧くなど特別な場所だったのかもしれません。

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近くのお寺の塀も一部洋風のデザイン。

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お米やさんも下見板張りの和洋折衷です。

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裏から見ると敷地に合わせて結構複雑な形をしています。

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看板建築的な店舗。

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夷地区の北の端あたりまで歩いてくると、唐突に洋風の住宅が現れました。
こんなところに!というと佐渡島に失礼かもしれませんが。

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玄関周りは、六角形の窓や四角錐の玄関灯など、かなり凝っています。
ちょっとライト風?

夷地区を歩くだけでも2時間はあっという間に過ぎてしまいました。
名残惜しいのですが、バスに乗るため、両津の港に戻りました。

 新潟なつ歩き(11)佐渡金山へ に続く


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2010年8月22日 (日)

新潟なつ歩き(9)佐渡へ

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新潟旅行の2日目です。新潟なつ歩き(8)海を眺めるの続き。
泊まった万代シルバーホテルの向かいにあるバスターミナルから、新潟港佐渡汽船乗り場行きのバスに乗りました。

旅情からいうとフェリーの方がいいのですが、時間を優先してジェットフォイルです。
上の写真は今回乗船した、ぎんが号。ボーイング製なので飛行機みたい(型番は929らしい)。
この航路にはいち早く導入されたそうです。

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新潟-両津間のジェットフォイル料金は6220円のところ、補助が出ているので4440円になっていました。
これでもいいお値段ですけどね。

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6〜7割の乗船率でしたでしょうか。
きれいな船内です。



佐渡島は新潟から西北西の方向になります。
同じ航路をフェリーも走っていて、佐渡島に向かうメインルート。

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あまり揺れないのと、2階席だったこともあり、「いつスピードを上げるんだろう?」とのんきに思っている間に両津の港が見えてきました(実は速かった)。最大速力は87km/時だそうです。

前週まで梅雨で大荒れだったのに、この日はいいお天気で助かりました。

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両津の旅客ターミナルはかなり大規模。
海産物の土産物店が並び、「観光地に来たな」と実感させられます。
このターミナルビルの上に展望台らしきものがあって気になったのですが、時間の関係で確かめられず。ひょっとして、水面に挟まれた両津の街が眺められる?


より大きな地図で 佐渡 を表示

地図好きな私は、両津の地図に非常に心ひかれます。
日本海と加茂湖にはさまれた細い砂州上にある街なのです。
これだけでも行ってみたいと思います。

今回の旅行では、佐渡島島内の移動手段は路線バスで、本数が限られるので、バスの時間に合わせた行動になります。両津に割り当てた時間は約2時間。ターミナルで荷物を預けて、さっそく歩き始めました。

両津の街は、海上保安署のあるあたりを境に、北の夷(えびす)地区と南の湊(みなと)地区に分かれています。ターミナルも両地区の間あたりなので、どちらの地区を見に行くか迷いましたが、古い教会のある夷地区をまず見に行くことにしました。

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歩き始めると、イカがお出迎え。
道ばたでイカが干してあります。

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洗濯物にも混じってイカが干されています。
(あまり洗濯物は撮らない方がいいんですが、すみません)

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両津海上保安署のある場所は、江戸時代に御番所があったところです。
ここに江戸時代からある大樹「村雨の松」があります。「○○の松跡」は各地に多いですが、今も残っているというのがいいですね。

ちなみに御番所跡は、明治2年に新潟運上所(税関)夷港出張所となり、昭和42年に廃止されるまで夷港税関として知られていたそうです。ここがまさに港の中心。

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ここに面白い建物(地図では両商コーポ)がありました。
この建物、船みたいでしょう?
1階が高いピロティで、浮いているように見えます。
この手の「浮かぶ」建物、なぜか港でよく見かけます。

手前の水面は加茂湖と日本海を結ぶ水路で、手前が加茂湖、奥が日本海です。元々細い川が流れていたそうですが、明治36年に水害を防ぐ目的で、この水路が広げられました。建物が建っているのは湊地区です。

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これもまた面白い加茂湖の風景。
遠くに見えるのは恐らく特産のカキの筏です。
湖岸に家が並び、そのまま仕事に出られるようになっています。

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夷地区のメインストリートは、アーケードの商店街になっていました。

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ところどころ、古いデザインの店舗があります。
この2階の窓は櫛形でちょっと洋風。

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商店街を歩きながら両脇をきょろきょろしていたのですが、海側の景色が気になり、そちらに向かいました。
静かな港の風景があります。

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漁業関係の地区なのでしょう。
ここにも浮かぶ建物があります。

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倉庫も並んでいます。
昼間だからか、既に機能が移転しているのか、とても静か。

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魚市場の風景です。

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大型の切妻屋根の建物がなんだったのか気になります。
今はスーパーのキング両津店になっています。

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逆に加茂湖側に入ると歓楽街があります。

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タクシー会社の建物は古い建物を大胆に改造しています。

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この建物も旅館か料理屋っぽいです。
これもまた港町らしい景色ですね。

もう少し夷地区を散策します。

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2010年8月15日 (日)

花苑都市・藤井寺経営地(後編)

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前回に続き、昭和初期の郊外住宅地である藤井寺経営地を歩きます。
今回は藤井寺球場跡の西側にあたる春日丘3丁目です。
こちらはいっそう静かで、同様に昔の住宅も残っています。

昔、教材園があったところに向かって下っているようで、若干の起伏があります。

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こちらの住宅は門まわりがいい雰囲気です。

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拡大してみるとよく分かりますが、門柱の柱頭がチェスの駒に似たデザイン。近代の橋の親柱などでもよく見かけます。下見板張りの小屋があり、洋瓦で葺かれています。

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お向かいも近代デザインの立派な門です。

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和風住宅が並ぶエリア。
ここも小屋は下見板張りで洋瓦です。

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こちらは陶芸工房をされているようです。

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昔のものを残しているというより、昔のデザインを解釈してさらに整えているという印象です。陶芸をされているだけあります。

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こちらのお宅は玄関が洋風の洋館付き住宅。
スパニッシュ風にアーチになっています。

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窓の高さまで下見板張りの和洋折衷住宅。

ところで余談ですが、このあたりを歩いていたときに北東の空に火球(流星の大きなもの)を目撃。今まで見たことのない規模だったので驚きました。

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ツタに覆われて建物の形が見えにくいですが、これも古い建物でしょう。
こちらもギャラリーが入られているようです。

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近代の雰囲気を留める住宅。
シュロがポイント。
塀にはスクラッチタイルが張られています。

春日丘3丁目の方は1・2丁目の大型の洋館ほど目立つものはありませんが、かつての郊外住宅地の雰囲気は今も感じ取ることができます。

旧大鉄沿線の郊外住宅地を歩くのは今回初めてでしたので、他の恵我荘、土師里、白鳥園なども歩いて見比べてみたいと思います。

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2010年8月14日 (土)

花苑都市・藤井寺経営地(前編)

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近鉄南大阪線・藤井寺駅の南に、大鉄(のち近鉄)が開発した郊外住宅地・藤井寺経営地があります。
藤井寺駅ができたのは大正12年。そして、大正14年から昭和3年にかけて藤井寺経営地が開発されました。設計者は関西で活躍した造園家である大屋霊城です。

エリアの南には辛國神社(上の写真)があります。
なぜか郊外住宅地に古い神社は付きもの。
求める立地条件が似ているのか、神社の杜を計画に取り込もうとしたのか。

辛國神社は格式ある神社で、由緒によれば、約1500年前の雄略天皇時代に物部氏がこの地を賜り、氏神である饒速日命(にぎはやひのみこと)を祀ったのが始まりとのことです。渡来系氏族との関係も伺えるとのことで、興味深い神社です。室町時代に河内国守護の畠山氏が現在地に神社を造営し、春日大社から天児屋根命を懇請して合祀したので、春日大社との縁もあります。

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藤井寺経営地で特徴的なのは、藤井寺教材園という庭園があったことです。敷地は2.2万坪。小中学校の生徒に自然科学の資料を提供する目的で、中央には自然の松林、周囲に水中動植物養殖池、果樹園、蔬菜園、温室、動物舎などが配されていました。大屋霊城の先進的な取り組みです。しかし残念ながら早くも昭和8年には廃されています。(吉田高子「近代住宅地と関連の建築」、p68〜69、『大阪府の近代化遺産』所収。wikipedia「藤井寺教材園」

跡地は大阪女子短期大学とURの春日丘団地になっています。
上の写真では高い松のあるあたりから向こうが教材園跡です。
高い建物は大阪女子短期大学の建物です。

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もう一つ特徴的なのは藤井寺球場があったことです。
藤井寺経営地の計画に入っていて、阪神甲子園球場に対抗する形で昭和3年にできました。ちなみに甲子園の計画にも大屋霊城が関わっているそうです。残念ながら2005年に取り壊され、このモニュメントが立っています。かつてのバファローズファン(熱心なファンではありませんでしたが)としてはさびしさを感じる場所です。向こうに見えるマンションが外野席のあたりで、そこから手前に球場がありました。右に見えるのは四天王寺学園小学校です。

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前置きが長くなりましたが、住宅地を歩いてみましょう。
前編では春日丘1丁目・2丁目を紹介します。

球場跡のすぐ脇に、和風の春日丘会館が建っています。
住宅地に会館は付きもの。

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門の脇に「皇紀2600年記念 春日丘会」(昭和15年)の国旗掲揚台が立っているので、古くからの会館かと思います。

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場所が飛んで辛國神社の南側。
このあたりが住宅地の境界(右側が住宅地)で、ここに下見板の倉庫が建っています。

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この境界をたどっていくと段差があります。
低い方が住宅地で、ゆるい丘陵地の地形になっているようです。丘の上には古墳などがあります。

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スパニッシュの入った敷地の大きな住宅。
スパニッシュと和風の折衷なのでちょっと変わった感じです。

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近くにもう一軒。こちらもかなり大きな洋風のお屋敷です。

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こちら裏側なんですが、大きな木造の小屋のようなものがあります。

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洋風の蔵。蔵で洋風っぽいのでちょっと変わっています。

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洋館付き住宅もあります。
ユッカもセットで。

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この住宅地は全体にゆったりしています。
生け垣も手入れが行き届いていて、環境良好です。
とくに2丁目のあたりはゆったり。

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洋館付き住宅の変則パターン。

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洋館付き住宅の洋館部ダブル。

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この洋館付き住宅の車庫には鍾馗さんがおられました。
踏まれている鬼がとってもリアル。

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杉皮壁の和風住宅もあります。

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これも洋館付き住宅。隅の部屋も三角の出窓が一風変わっています。

写真を見ても分かると思いますが、春日丘1丁目・2丁目、とくに2丁目のあたりは敷地がゆったりしていて、その分、建て替えられていないようです。ここで紹介した以外にも「本体は古いのでは?」と思える住宅はたくさんありました。思った以上に古い建物が残っている印象です。

藤井寺経営地の後編に続きます。

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2010年8月12日 (木)

藤井寺のレトロ・アーケード

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新潟旅行の話は少し中断して、大阪の話題です。
藤井寺に昭和初期の郊外住宅地である藤井寺経営地を見に行ってきました。
その話の前に、周辺の様子を紹介します。

近鉄南大阪線で藤井寺駅(北側)に降り立つと、シュロの林がお出迎えしてくれます。
シュロは近代の住宅のいい目印になるのですが、こう並べられると、いっぱいアルヨ〜と言ってくれているようで期待が高まります(私だけ?)。

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今回紹介したいのはレトロなアーケード。
藤井寺駅東側に線路をまたいで南北の通りと、これに直交する通りにアーケードがあります。
木造ではありませんが、昭和30年代でしょうか、味わいがあります。
南北の通りは、バナーに書かれているように、葛井寺(ふじいでら)と辛國神社の参道です。
夕方などは結構人通りがあります。

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直交する商店街アーケード。
円弧状の屋根でまた違います。

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こちらはテント生地のカラフルなアーケード。
「藤井寺センター」も気になると思いますが・・・

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藤井寺センターの内部はこうなっています。
トンネルみたい。

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さらにまた違う表情のアーケード。
それぞれ雰囲気が違うのが面白く感じます。

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ところで・・・
駅の北側で、アーケードから路地を東に入ったところに、珍しいモロッコカフェがありましたので入ってみました。
情報を載せて、というリクエストがありましたのでご紹介しておきます。

店の名前は「ハルワ」。
〒583-0027 藤井寺市岡1-15-23
TEL:072-952-7232
営業時間:11:00〜20:00 不定休

 →食べログの記事

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私はミントティーをいただきました。
こんな本格的なセットで出していただけるんですよ。
ほんのり甘く、爽やかでおいしいお茶でした。

お茶だけでなく、タジンなどの料理もあります。


次回は藤井寺経営地を紹介します。

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2010年8月10日 (火)

新潟なつ歩き(8)海を眺める

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新潟に来るといつも最後には海岸まで歩いています。
今回も海岸砂丘上の日和山展望台にやってきました。昭和11年に初代が建てられ、現在は昭和52年に建てられた2代目とのことですが、本体は変わっていないという話もあり未確認。
9mの低さながら展望台として十分実力を発揮しています。

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ここからは新潟の町が眺められます。

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もちろん海岸も眺められます。
前々回はここで満足して帰ったのですが、今回はあの突堤(西海岸第3突堤)の先まで行ってみたくなりました。この突堤、何のためにあるのかというと砂の流出防止が目的らしいですね。
しかし、それだけでなく、立ち入れるようになっています。

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海岸に出るには車道を渡りますが、そこに懐かしい黄色い旗がありました。
懐かしいといいつつ、自分が使った記憶はないのですが。

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海岸では海水浴をしている人も。

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きれいな白砂です。

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振り返ると日和山展望台。

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まっすぐ海に伸びる道がいいです。

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海岸はますます遠く。

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先端は丸く階段状になっていて、すぐそこは波。
これだけ低いと少々高い波ならかぶってしまうでしょう。
高い防波堤とは違った良さがあります。

夕陽の方向にはうっすら佐渡島が見えます。
新潟一日目の記事はここまで。
明日はあの佐渡島に渡ります。

 新潟なつ歩き(9)佐渡へ に続く

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2010年8月 9日 (月)

新潟なつ歩き(7)夏の庭を眺める

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北方文化博物館新潟分館に続き、すぐ近く(西大畑)で、夏の週末公開中の旧齋藤家別邸を訪ねました。
前回来たときは公開されていなかった建物です。
新潟市の社会実験という形で公開されているようで、運営協力金300円で見学できます。

この建物は、戦前、新潟の三大財閥の一つに数えられた豪商・四代齋藤喜十郎が大正7年に建てた別邸だそうです(本宅の一部は白山公園に移築されて「燕喜館」として公開)。

夏の別邸といわれるだけあって、開放的なつくりで庭が眺められます。訪ねるにはまさにベストなシーズン。

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縁側です。

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どの部屋からも庭が眺められます。

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2階はさらに開放的。
砂丘の斜面を利用して庭がつくられていますので、視野いっぱいに緑が広がります。

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室内に目を向けても、凝っています。
例えば、この板戸絵。日本画家・齋藤紫煙による板戸絵が全部で3つあります。

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2階の床の間には穏やかな山の絵。

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その下にある欄間は、触ったら壊れそうな細工。

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ふすまの引手も繊細なものがあります。

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2階に上がる階段の手すり。
これは分かりませんが、随所に銘木が使われているそうです。

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大きな土蔵もあります。

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庭側から眺めるとこのようになっています。
新潟の街中にあるとは思えない空間。
私が立っている高台には茶室や東屋があります。

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石もいいものが使われているらしいです。
庭木は松の木など。

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庭を歩いても楽しめます。
建物から眺められることになるので、ちょっと落ち着かないんですけどね。

ここはとくに建物に興味がなくても訪ねる価値があると思います。
もう少しのんびりしたかった。


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さらに、近くにある旧新潟市長公舎も見に行きました。
「安吾風の館」の名前で、坂口安吾の資料館として活用されています。
こちらも前回訪問時には公開されていなかった建物です。こちらは無料。

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建物は和洋折衷のつくりです。

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玄関と屋根以外は洋風の下見板の建物です。

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鬼瓦には新潟市の市章入り。
開港五港の「五」と港の錨マークを組み合わせているそうです。

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内部は齋藤家別邸を見た後では普通?
こちらも庭が眺められるようになっています。

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庭側から見たところ。
根上りの松ですね。

新潟では他に新津記念館砂丘館もあります。
公開の建物が増え、建物を見学しながら、こうして庭が眺められるのはうれしいことです。

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2010年8月 7日 (土)

新潟なつ歩き(6)洋館付き邸宅

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新潟なつ歩き(5)7月18日の風景の続きです。
今回初めて北方文化博物館新潟分館に入りました。

北方文化博物館は新潟の大地主である伊藤家の屋敷を公開しているものです。
本館=本邸は新潟市江南区の沢海というところにあります。新津の近くなので行き先の候補ではあったのですが、今回はパスしました。

新潟分館は明治末期に六代伊藤文吉が新潟別邸として購入した建物だそうです。
伊藤家の屋敷は、昭和20年の敗戦後に当主の判断で博物館となりました。

ちなみに右手に煉瓦塀が見えていますが、これは大正4年のもの。

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庭側から見た屋敷。
玄関は向こう側です。
右の建物が明治28年に建てられた和風2階建ての主屋、左の建物が昭和3年頃に建てられた2階建ての洋館です。

庭を眺めることにポイントが置かれています。

この屋敷はもともと西山油田(出雲崎町尼瀬)の掘削で富を築いた清水常作が建てた別邸だそうです。
新潟では新津の石油の里公園新津記念館もそうですし、石油長者の話がよく出てきますね。

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まずは洋館から。
窓が大きく取られています。細い桟が軽快。

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こちらは玄関です。
玄関は和風に近いですね。

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2階への階段。あまり飾り気はありません。
なお、この洋館には、新潟市出身で歌人・美術史家・書家の會津八一(秋艸道人)が、昭和21年〜31年に75歳で亡くなるまでの晩年、住んでおられたそうです。
今では資料館になっています。

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2階から階段を見下ろしたところ。

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いいのが、ナチュラルなランプ。
花びらをかたどって、がくまで再現されています。

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2階の入り口には簡素なガラスがはまっていました。
ここまでシンプルだとステンドグラスともいいにくいですね。
屋内は展示ケースが並んでいました。

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続いて和風の主屋です。
こちらの方がぜいたくな造りです。
広く庭が眺められます。

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2階になるとますます開放的です。
庭を俯瞰で眺められます。

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床の間脇にある非常に繊細な障子。
上部に日本海の波濤が表現されているのでしょうか。
美しいです。

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庭側には廊下がめぐらされています。

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ふすまと引手。
花模様の織り込まれた織物が張られています。

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2階から見た庭。

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庭には土蔵も建っています。
なまこ壁がきれい。

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面白いのが床下の換気口が石(凝灰岩?)でできているのに、開閉できるようになっているんです。これがすっと動いたらすごいですが、試していません。

この後に紹介する斎藤家夏の別邸もそうですが、庭を眺めて過ごした、当時の富豪の文化を感じることができます。

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2010年8月 1日 (日)

味園館内ツアー・後編(大阪市中央区)

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ビルマニアカフェ(BMC)による味園ビルツアーの続きです。
味園ビルは1956年(昭和31年)にオープンした総合レジャービルです。

3階からは屋外のらせんスロープを降りました。
噴水を眺めながらで移動も楽しませてくれます。

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2階は大スナック街になっています。
(暗すぎて写真はなし)
世界にちなんだ名前のお店が揃っていたそうで、
今もネパール、スイス、香港、マニラ、パリ、サンタモニカなどの名前のお店があります。

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このスロープ脇の噴水は、もしかしてジャングルのイメージなのでしょうか。

ここで思うのは、このビルのテーマは男の冒険旅行、それも少年の頃に思い描いた冒険旅行なのかもしれないということです。
天上の宮殿での宴、宝の洞窟の探検、世界旅行。

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最後にして今回メインの見学場所は、地下のキャバレー・ユニバースです。
1階の別の入り口から豪華な演出の階段を下りていきます。

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営業時間前で誰もいない大空間。
ステージの周りにボックスシートが何十と並びます。
当初からほとんど変わっていないそうです。

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照明はまさにユニバース(宇宙)。
ついに冒険旅行は宇宙まで行ってしまうのですね。

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ステージもかなりの広さです。

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天上には籠の目のような模様があり、配線などは目立たなくしています。

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囲みつつ開放的な個々のボックスシート。
ゴージャスな雰囲気です。

ここに満員の人が入るとどんな雰囲気になるんでしょうね。

遊郭建築での名所・異境に遊ぶ演出の伝統をひきながら、戦後文化として、異境が少年の冒険世界に変化したようなのが興味深いところです。
予想以上に見応えのある見学会でした。
ツアーの30分(ややオーバーしたようでしたが)はあっという間に終わりました。

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さて、もっと一般向けのイベントとして駐車場ビル屋上では、トロピカルビルパラダイスという名のビアガーデンが開かれました。
17時のスタート時点ではまだ明るく、周辺の低いビルなどもよく眺められます。

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このビルも非常階段など複雑です。

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らせんで7階まで上る駐車場。

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やはり暗くなってからが本番。
この不思議な照明器具も味園で使われていたものだそうです。

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この日はスチールパンのラスティックパンズのライブ。
前日は河内家菊水丸さんの河内音頭による盆踊り。
いずれも満員で盛り上がっていました。

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最後には味園のネオンサインを見ながら味園ビルを後にしました。
やはり味園はこのイメージです。

実は安い宴会場というイメージしかなかったのですが、イメージを改めました。
また宴会に来る機会もあるかなと思います。
今回、企画していただいたBMCの皆さま、ありがとうございました。

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味園館内ツアー・前編(大阪市中央区)

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昨日、ビルマニアカフェ(BMC)の味園ビルツアーに参加してきました。
味園ビルは千日前の外れにある総合レジャービルで、1956年(昭和31年)に建てられたそうです。
学生時代に何度かコンパで利用したことがあり、派手な演出は印象に残っていますが、当時はこの時代の建築に興味があったわけではなかったので、じっくりとは見ていませんでした。
しかも夜の印象しかありません。

昼間はこのようにミナミの混沌に埋もれています。
屋上に星が掲げられていることに初めて気付きました。

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ツアー参加者に配られる参加証と資料。とても凝っています。
2回に分けたツアーは定員20人ずつで、いっぱいだったようです。
参加者構成はいろいろで家族連れの方もおられました。

大勢の参加者がいて、暗い館内でぱっぱと撮影しなくてはならず、ちゃんと撮れていない写真も多いかと思いますがご了承ください。(なかなかこういうの慣れません)

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玄関では橋を渡って別世界に入っていく演出があります。
BMCの高岡さんの解説では、ここで使われている岩は擬岩ではなく本物。他の部分でも本物の素材が使われているのでそこを見てくださいとのことでした。

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まずは5階の宴会場からです。
これが5階の平面図。左が北です。

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入り口にあった装飾。
この落ち着いた色合いのタイルは壁面にもところどころ使われていました。
靴を脱いで上がります。

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宴会場の一部。このフロアは最大500人収容です。
宴会場は天上の宮殿風のデザインでしょうか。
解説では、プロの設計者ではなく、館内の設計は全て当時の社長が考えたそうです。

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斬新な金属製の欄間、というのでしょうか。
龍と雲が飛ぶ天上世界です。

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南側の客室は中華風?
めでたい双喜マークの格子です。

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庭を通って部屋に入る演出になっています。
この石も本物ということでしょう。

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角の照明。
左に見えるのが先ほどと同じタイルです。

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宴会場の壁紙は古代風のパターンでした。

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裏の出口の床。
いい感じに使い込まれています。

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3階に降りるとホテルがあります。

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ホテルのエントランスには大理石が多用されています。

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ホテルの通路。
理由は不明ながら、奥に行くほど上がっているそうです。

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大サウナ風呂へは専用のらせん階段を上ります。

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現在は営業されていないという大サウナ風呂。
ここが今回のツアーで見所の1つ。
うまく広がりが伝えられませんが、鍾乳洞の雰囲気です。

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それもただ鍾乳洞というだけでなく、冒険小説に出てくるような壁の至るところに宝石の埋まった洞窟なんです。大きなルビーのようなガラスがいたるところに嵌めこまれていました。
浴槽は大理石です。

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落ち着いた雰囲気の休息室。
隣でマッサージも受けられました。

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壁面の装飾はヨーロッパ風。

後編に続きます。

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