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2010年7月19日 (月)

運河跡の公園(大阪市城東区)

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京橋の鴫野橋を渡ったあと、歩いていると、さくら公園という公園がありました。

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公園の入り口(正確には入り口の内側)に橋の親柱が立っています。

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城東橋という名前が付いています。
年代は入っていませんが、古そうなデザインです。

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さらに歩いていくと、公園の北の端にもやはり親柱がたっています。
道路と段差があるのも気になるところ。

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こちらは櫻橋という名前で、旧字体ですし、こちらのデザインもアールデコっぽくて古そうです。
他にも怪しいものがいっぱい。「何かありそう」とビリビリ感じました。

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<明治18年測図 大阪中部>
※オレンジの四角は次の図の範囲。クリックすると拡大します。

気になるので帰ってから地図を確認しました。
川が何本か流れていますが、ここは田んぼが広がるばかりです。

Shigino_t10
<大正10年測量 1万分の1大阪東部>
※クリックすると拡大します
 紫の網掛けは工場、赤の網掛けは商業地

大正時代になると一気に都市化しています。
鐘淵紡績(カネボウ)の大阪支店(鴫野工場)があり、「h」字型の水路が登場します。
調べてみると、この水路は通称“カネボウ運河”と呼ばれる運河だということがわかりました。

大正2年、この地に朝日紡績が大阪工場を設立、大正4年に鐘淵紡績に合併されました。
大正8年に物資運搬のための運河の開削と工場用地の造成が図られました。この運河がカネボウ運河です。

カネボウ運河には8つの橋が架かっていたようで、その後の地図にはたいてい5つの橋の名前が記載されています。
そのうちの1つが城東橋で、今置かれている場所に近い位置です。
そして、さくら公園はカネボウ運河の跡(の一部)ということです。「h」の上に飛び出した部分が公園になっています。位置的には北端の橋が櫻橋だったのかもしれません。

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<昭和22年発行 大阪市街地図(戦災消失区域入=ピンクの部分)>

昭和20年の空襲で鐘淵紡績工場は全焼してしまいました。(ちなみに鴫野駅は昭和8年開設)
跡地は市営住宅などになります。
運河はというと昭和26年発行の地図までは確認できますが、昭和29年発行の地図では消えていますので、この間に埋め立てられたようです。

この地図から運河以西に古い建物が残っているのもわかりますね。

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・・・ということがわかったところで、さくら公園を見てみます。
前回の記事でも登場した少し高い位置の道路です。
右は寝屋川で、左はさくら公園=カネボウ運河跡。

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こうして見ると運河がイメージできますか?

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そういう目で見ると、これなどは増水したときに水の浸入を防ぐゲートです。

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こちらも同様。

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さくら公園が南端で少し斜めに広がっている理由も分かりました。
川の分岐部の形がそのまま残っているんです。

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公園としては他にもちょっと変わっています。
公園に向かって玄関があります。

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公園に向かって入り口がある路地。

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古そうな建物。

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これはいつのものか分かりませんが、気になります。

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手作りしたような塀です。
富嶽三十六景?
ちょっと本題離れていますが・・・

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こういう謎な一角も。
そもそもこのさくら公園、大阪市営の公園じゃないんです。
町会が管理しているみたい。
管理が難しいので砂場をコンクリートで固めたのかも。

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ほかにも古いものとして、大阪窯業の赤レンガも転がっていました。

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菱形にS字は耐火煉瓦の一種でしょうか。

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また、この公園やたらと遊具が多いのも特徴です。
あまりに多いので数えてみましたが、ブランコ5台、カゴブランコ3台、ジャングル・ジム5台(うち1台滑り台複合型)、雲梯類5台、滑り台3台、鉄棒1台、遊動円木1台、その他1台(ブランコを登り棒に改造)で、計24台もあります。このほか謎の屋根つきコンクリート敷きが2箇所、藤棚が2箇所も。

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中にはこういう電柱一体型のジャングルジムまであります。

その来歴から始まり、さくら公園、気になる人にはかなり気になる公園です。

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コメント

こんにちは。
こんな公園があると言うのは、昔あったブログで知ってはいるんですが、まだ遭遇してません。そんな歴史の公園なんですね。あんなとこにカネボウがあったのか…とか。かなりおもろそうですね、ここ。

城東区ネタも興味深く拝読させて頂きました。また行こ。

投稿: 山本龍造 | 2010年7月19日 (月) 10:18

ご存知ですか?
カネボウ跡は大きな市営住宅なので足が向かないかもしれません。
でも運河跡より西の方はええ感じです。

投稿: びんみん | 2010年7月19日 (月) 22:15

カネボウ運河は戦争中に一部埋め立てられZ型になりました。
さくら公園はその角に位置します。(寝屋川から南に行って東に折れ曲がる角)

実は、このずっと北の国道1号線あたりが蒲生桜小橋というのですが、なぜ桜小橋と呼ぶのか不明で、ずっと疑問に思っています。

投稿: よし | 2012年1月10日 (火) 16:54

よしさん、こんばんは。
カネボウ運河は戦争中に一部埋め立てられたのですね。
昭和22年の地図はまだ古い地図をベースにしていたのかもしれません。
蒲生桜小橋は櫻橋と対になっている・・・にしてはちょっと離れすぎでしょうか。

投稿: びんみん | 2012年1月11日 (水) 01:12

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