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2010年5月 4日 (火)

楽しい庚申街道(大阪市天王寺区)

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四天王寺の古本市の後、南大門から庚申街道を歩いてみました。庚申街道とは、四天王寺の南にある庚申堂への参道です。四天王寺への参道のひとつでもあるのでしょう。南大門から出発します。

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南大門の手前に何かあります。「熊野権現礼拝石」というものでした。熊野詣に出発する人がまずここで熊野権現を遙拝したそうです。こういう空間演出は面白いですね。ここから先、道は下っていますので、昔はずっと先まで眺望できたことと思います。旅立ちの気分が高まったことでしょう。熊野街道は庚申街道より西側(右側)を通っています。

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庚申街道を下っていくと庚申堂のところで坂がさらに急になり、底に谷の清水(清水の井戸)があります。(庚申街道の話なのに庚申堂が登場しなくてすみません。この日は閉まっていたので改めて見てきます)

このあたりは和気清麻呂が788年に上町台地を横断する大和川排水路の開削に失敗した跡とされていて、実際、天王寺公園の河底池まで窪地が続いています。
庚申堂がこの窪地の北斜面に位置するのは意味ありげです。

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さて、谷の清水は、石畳に地蔵堂があり、屋根がかけられています。線香のにおいが漂っていました。
この井戸水は西南の崖上の噴井から引かれていたそうです(戦後止まる)。

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清水の注ぎ口には石の器が埋め込まれています。


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谷の清水の斜め向かいに渋い建物がありました。
千寿荘という名前からは、アパートとも高齢者施設ともとれます。
→(追記)アパートでした。

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※クリックすると拡大します。

かっこいいです、これは。
これだけで記事にしようかと思ったぐらい。
壁を塗り替えたためか、玄関部の大谷石(?)と色彩がアンバランスになったようなのが惜しい。

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建物は左側だけが張り出しています。
真ん中の窓のみ、バルコニー風にゆるい曲面を描きボーダーのタイルが貼られています。
木製建具の格子デザインなどから見て、昭和初期の建物でしょうか。
→(追記)不動産情報から昭和33年築と分かりました。2018年現在、建具は残しつつ、ワンルームアパートとして内部はきれいに改修されています。(2018.2.17記)

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庚申街道をさらに進むとJR阪和線にぶつかる・・・と見せかけて抜け道があります。

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地下通路をくぐります。

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地上に出たと思うと、今度は「くの字」の陸橋で環状線・関西本線を渡ります。これは楽しい。

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建て替えが始まった近鉄百貨店の横に出ます。

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ここで終わりかと思ったら、ちゃんとビルをくぐる通路が用意されています。
ゆるい階段で自転車もOK。

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反対側もゆるい階段になっています。

この先は以前、「大阪市阿倍野区の2つの小公園」で紹介した道へとつながっています。

前に西国街道を歩いたときにも感じましたが、旧街道は大きな道で分断されてもルートは確保される場合があるのですね。
庚申街道は歴史ある道ですが、抜け道としても歩いて楽しい道になっています。


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