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2009年12月 6日 (日)

豪商の中万(三重県松阪市)

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櫛田可動堰を渡った後、櫛田川左岸堤防の道を上流へ歩いていきました。
中万(ちゅうま)の集落に入り、最初に目にしたのは丸石積みの石垣でした。
川の側なので、それはそうでしょう。
建物は伊勢でよく見る、押し縁下見板(横板を縦の角材で押さえている)の壁です。

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集落の中央を貫く道を歩きます。蔵が現れてきました。
ここで注目したいのは、蔵本体より、土台の石垣です。

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亀甲に近い積み方をしています。
石垣の中でも亀甲積みは高価だと聞きます。

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こちらは伊勢風の美しい蔵。
やはり亀甲積みです。

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この蔵はT字路の突き当たりに建っているのですが、その向かいの道に洋風下見板の離れ(?)を見つけました。

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出窓もあり、デザインは戦前のものに見えます。

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元の道をさらに進むと道がクランク状になっていて、灯籠が立っていました。灯台のような灯籠です。大正7年建立の字が彫られていました。
ここでも切石の土台です。

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土壁がむき出しになった蔵。
それにしても蔵が多い。

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このあたりが中万の中心地でしょうか。
美しい伝統的街並みです。

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すぐ裏手は櫛田川の堤防です。

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この中万の中心地に富山家住宅があります。
この規模の大きいこと。

富山家は江戸にも呉服の店を出していた豪商だそうです。
「伊勢の射和(いざわ)の富山さまは、四方白壁八棟造り、前は切石切戸の御門、裏は大川船が着く」と江戸のわらべ唄に歌われたほどらしい。その雰囲気は十分感じられます。切石も歌い込まれているのが面白いところです。

射和と中万は、上流にある丹生の水銀を原料とした伊勢白粉(おしろい)の産地で、そこで蓄積された富が豪商を育てたようです。

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その勢いが明治にも続いていたことを感じさせるものがあります。
集会所の庭に保存されている古い鬼瓦です。
こちらは役場の鬼瓦。明治22年までは「中万村」でした。

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こちらは中万学校の鬼瓦。
なんとこの学校は、明治初年の開校です。

Chumamap
最後に地図を示しておきます。
中万にも櫛田川の川港がありました。
中万も射和も町は川沿いに長く伸びて、ほとんど接しています。

次は射和に向かいます。


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コメント

いい町並みですね~好きな風景です。

蔵の中にお宝が眠っていそうで気になります。  

投稿: 英ちゃん | 2009年12月10日 (木) 14:05

英ちゃんさま、こんばんは。

いい町並みでした。
立派な蔵が2つあるお屋敷もありました。

たまたま通り道だから見ましたが、目的が射和・相可だったので、逆コースならわざわざ行かなかったかも。
この町並みは見る価値あると思います。

投稿: びんみん | 2009年12月11日 (金) 01:22

興味深く拝見いたしました、写真資料共素晴らしく、感動しています、史実も正確です。

投稿: laquinta0657 | 2011年2月15日 (火) 19:02

laquinta0657さま、初めまして。

まだまだとは思っておりますが、おほめいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: びんみん | 2011年2月16日 (水) 00:06

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