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2009年11月

2009年11月25日 (水)

堺市六条通〜七条通の長屋

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堺市二条通から七条通を歩いた話の続き、最後は六条通〜七条通です。
昭和8年頃に整備された長屋の多い街です。

六条通を北から歩きます。まず最初はアパート。
玄関ポーチの柱を支える市松模様のタイル、玄関扉、そして「空室」の看板に少し心動きます。

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六条通にも和洋折衷長屋があります。

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完全に敷地内に囲い込まれた形の物件。

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マスクのように生垣に囲い込まれた物件。

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赤い屋根が4軒並ぶ長屋。
これだけ揃っていると見応えがあります。
腰までスクラッチ風タイルが貼られています。

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こちらは和風長屋の連続パターンです。

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折り返して七条通。七条通は一番端で、南側は旧大阪女子大学(右)と白菊高校(左)の森に接しています。

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コンクリート製の凝った地蔵堂。
手作り風の味があります。

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似たようなデザインながら、ひと味違うのがこの住宅です。
洋館付き住宅の一種かと思います。

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カーブした石張りの階段、門柱、丸い玄関ポーチと、玄関周りが魅力的です。

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こちらも和洋折衷の長屋ですが、洋間部分が二戸一になっているので、突出部の屋根の傾斜が緩やかで、一戸ごとの場合と違った表情です。

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最後に6戸連続の和洋折衷長屋を紹介しましょう。

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石垣・生垣があり、敷地が高くて、階段で上がるようになっているので、グレードが高いように思います。

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まだ改修が少ない2戸。

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そして、そのうちの1戸はフラOZカフェ!
和とポリネシアンをテーマにされています。
最初に見つけた時(8月)は開いていたのですが、それ以来、開いているのを見ません・・・

何度目かに、ようやくフラ教室を開催中のところ、中を覗くことができました。でも出てこられた女性は「カフェはやってません」というお返事。
「カフェはやめた」という意味に取ったのですが、単にそのときはやってないという意味だったかも。
長屋好きとしては、カフェとして営業していてほしいと願います。
ホームページはありますが、ご迷惑だといけないのでリンクはやめておきます。

なお、この長屋の隣家は、裏庭に3階ほどの高さの立派なカナリーヤシ(フェニックス)がありましたが、11月に訪ねたときには切り倒されている最中でした。家も取り壊されるのでしょう。

最後はしんみりしてしまいました。
とはいえ、堺市二条通〜七条通にある和洋折衷の長屋は、数が多くて見応えがあります。
カフェでなくていいので、うまく活用されていくといいなと思います。

なお、この七条通の隣は陵西通、そして以前に取り上げた丸保園です。また、斜め向かいは永山園です。
田出井町中三国ヶ丘町南三国ヶ丘町からひろさんの探訪された旭ヶ丘・緑ヶ丘上野芝へと堺の周辺部には洋風デザインの住宅が広がっていたようです。
西の方にも、南島町ひろさんの探訪された出島海岸通があります。
なんとなく堺周辺部の洋風住宅の広がりが見えてきました。

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2009年11月24日 (火)

堺市四条通〜五条通の長屋

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昨日の二条通から三条通に続いて、今日は堺市の四条通から五条通を紹介します。
まず四条通を南下。この通りにも和洋折衷の長屋があります。

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ほとんど同じですが、こちらの方が元の姿らしい感じがします。
低い門柱、コンクリート製ゴミ箱までセットなのがいいところです。

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ちょうど横が空き地なので、断面がよく分かります。
前洋後和型とでもいえるでしょうか。
裏にも小さな庭があるようですね。

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3軒並びの兄弟が改装を経て違う姿に。

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この通りにも和風長屋があります。

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工場の前にお地蔵さんもあります。

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妻の部分に横棒が渡されているタイプ。

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○条通に直交する道にも長屋があります。でも奥行きが狭いので、ごく短い突出になっています。
ちなみに遠くに見えるのはかつての大阪女子大学です。

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大幅増築パターン。
本当にいろんな改築バリエーションを見ることができます。

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この長屋は逆T字の木材が壁面に浮き出ています。
ちょっとだけハーフティンバー。

四条通は和洋折衷の長屋が多いようです。

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ところが五条通を南側から歩き始めると様子が変わります。
戸建住宅が建っているんですね。
洋館部分が2階建てになっていると見ればいいのでしょうか。
丸窓に丸い鎧戸が付いています。
玄関先にもアーチ状の装飾があります。

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こちらも洋館付きの戸建住宅らしい。
本体は重厚な和風住宅です。

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日限不動尊だそうです。
一般的には日を限って願い事をすると願いを叶えてくれるのが日限の意味だとか。
右の石柱には、「陵西第二町内会建立」と書かれていて、側面には昭和21年と入っています。誰かの無事への祈りでしょうか。

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こういう四角いのは見過ごしがちですが(そして私もあえて写真に撮らなかったりしてますが)、和洋折衷のパターンだそうです。三角屋根は赤い瓦が多かったのに、これは緑の瓦でそこも違いますね。

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ここで注目したいのが門柱。
タイルが埋め込まれて、かわいいデザインです。

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側面に下見板が見える住宅。
意外と古いのかもしれません。

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前栽に松を植えて本格的な和風の長屋です。

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ここでも注目したいのは門柱。
上に菱形の盛り上げがあります。
この小さな門柱をとっても少しずつ違えてありますね。

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こちらの長屋は面格子と桟に注目。
左右の玄関上の明かり窓の桟、左右の窓の面格子、それぞれ違うパターンです。
とくに左は複雑。

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写真を並べると連続しているのかと思われそうですが、実際は飛び飛びで、今もこのように建て替えは進んでいます。
奥の新築は長屋チックな建て替えをされてます。
昔のデザインのいいところは取り入れていってほしいなと思います。

次回は六条通です。

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2009年11月23日 (月)

堺市二条通〜三条通の長屋

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堺市の堺東駅前を横切る大通りを南に進むと、一条通という通りに入ります。
平行して、二条通から七条通までの通りがあります。京都や札幌の○条通と違ってその間隔は狭く、家2軒分の幅しかありません。堺の○条通は、陵西土地区画整理事業(昭和2〜6年)後、昭和8年にできた町名で、ここには昭和8年頃建設された長屋が多数残っています。以前から気になっていたので、数回に分けて通りを全部歩いてきました。
これを二条通から順に紹介していきます。

まずは二条通を南へ。

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さっそく和洋折衷の長屋があります。
洋館付き住宅の長屋版という感じのもの。
二条通の長屋が最も有名です。

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さらに3棟続きの和洋折衷長屋。

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この家はよくデザインの原形をとどめていると思います。

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木製の玄関扉が残っていました。
玄関灯デザインやその両側の明かり窓デザインもおそらくオリジナルです。


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向かいにも和洋折衷長屋があります。
ここは前栽の木柵があります。
二条通は以上。

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三条通を南から北へ歩きます。
正面だけ青い瓦を使っているのは違和感がありますが、揃っているところを見ると意図的なんですね。

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和風の長屋もあります。
コンクリートの小さな門柱だけ洋風。

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面格子や桟が面白い家。

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長屋だけでなく戸建住宅もあります。
玄関灯のデザインが先ほどの長屋と同様ですので、似た時期ではないでしょうか。

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たぶん、和洋折衷長屋が一区画だけ残ったもの。
お地蔵さんもところどころに祭られています。

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和洋折衷長屋が多いです。

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これもまた。

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ポンプも残っています。

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間を縫って流れる細い水路。
もともとあった水路が排水路として整備されて残ったのでしょうか。

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前栽に花木が植えてあるとぐっと雰囲気が良くなります。

四条通に続きます。

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観心寺恩賜講堂 〜ぐる博2009〜

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今年も河内長野市の文化財公開「ぐるっとまちじゅう博物館2009」(ぐる博)が開催されています。
会期は2009年11月20日(金)〜11月24日(火)まで。
毎年エリアを決めて公開されていて、今年は市の看板とも言える観心寺・延命寺・金剛寺がエリアです。観心寺では近代建築の恩賜講堂が公開されると聞き、出かけてきました。

ちなみに過去のぐる博はこちら
ぐる博2006ぐる博2007ぐる博2008

観心寺へは、普通は河内長野駅からバスが一般的ですが、私は三日市町駅から自転車で出かけました。
途中、いい雰囲気の日之下橋があったので一休み。

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コンクリートのアーチが欄干に取り込まれたデザインで、昭和12年に架設されています。

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すぐ上流には大同製薬(株)長野工場がありました。
道路側からは平屋に見えますが、川に張り出した3階建ての建物で、旅館のようにも見えます。ちょっとこの写真では分かりにくいですね。右から水路で建物内に水が導かれていて、いまだに現役の水車小屋なんです。漢方薬を粉砕しています。会社は四條畷から移転してきて、昭和24年に建てられたそうです。
河内長野には生駒山系とともに多くの水車小屋がありましたが、今はこれだけです。

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上流側から見たところ。
堰堤が築かれ、左側にある取水口から水路が工場に向かって伸びているのが分かります。

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さらに進んで観心寺の手前にある旅館・松中亭にも寄り道しました。
明治期の部材を使って大正前期に建てられ、大正14〜15年に移築されたそうです。離れは昭和10年頃。『河内長野の近代建築』(平成14年、河内長野市教育委員会)にも紹介されています。
泊まる必然性がないけれど、泊まってみたいような宿です。

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などと寄り道しつつ、観心寺に到着。
特別公開でも入山料500円は必要です。

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あまり時間がなく、急いで恩賜講堂を目指します。
途中、石造の柵の柱が並んでいました。

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これが観心寺恩賜講堂です。
もともとお寺の建物ではなく、昭和3年に京都御苑で行われた昭和天皇即位御大典で建設された饗宴場の建物を下賜され(だから恩賜)、昭和4〜5年に移築された建物です。楠木正成ゆかりの地ということでいただけたのでしょうね。

『河内長野の近代建築』によれば、饗宴場は3分割され、1つは観心寺、1つは関西大学の威徳館となり、昭和28年にさらに千里山の千里寺の本堂・講堂として再移築、1つは橿原神宮の建国会館から県営橿原会館となったものの平成10年の台風で破損・解体撤去されたそうです。

(追記)
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<絵葉書 橿原神宮・建国会館の大講堂>(2010.3.10記)

なので、もっとも原型に近いのがこの観心寺恩賜講堂ということになります。

当初の設計者は、池田谷久吉だそうです。
熊取交流センター煉瓦館(昭和3年)、金光教玉水教会(昭和10年)などが現存。
『史蹟の加太友ヶ島』(昭和24年)という著書があるのも気になります。

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今回、ようやく中に入ることができました。
中に入ると外観から想像できない天井の装飾に圧倒されます。
きちんと補修されているのか、非常にきれいです。

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見上げると目が回りそう。

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ぐるぐると。

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折り上げ格天井になっていて、植物模様で埋めつくされています。

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またくどいほど電球を付けたシャンデリア。
3基が残っています。

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真下から見るとこうなります。

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壁面には小型の電灯が付いています。

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壁紙もまた細かく模様の入った手の込んだものです。

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外廊下に出るとお寺のような造りで、電灯だけが洋風になっています。
仮設建築なのに80年ももっているってすごいことですね。

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宝物館も公開されていましたが、写真が撮れないのでなし。
仏像もいいのですが、踏んづけられているのに不敵な笑みを浮かべる邪鬼(反省の色なし)が印象的でした。
最後に観心寺の金堂(室町期のもので国宝)を遠望。
こちらは以前に見たことがあります。

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ところで、余談的にちょっと面白いのが星塚です。
観心寺は弘法大師が北斗七星を勧請したことから再興したので、大きな意味を持つ塚です。

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金堂を囲むように7つの星塚があり、それを巡ってお参りするようになっているのがユニークです。
こういうものにはとても惹かれます。

観心寺恩賜講堂は11月24日(火)まで公開されているので、この機会にいかがでしょうか。

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2009年11月20日 (金)

ちょっと懐かしい中浜(大阪市城東区)

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白山公園を訪ねて、城東区の中浜を見に行きました。
最寄り駅は鴫野、大阪城公園、緑橋で、私が選んだ大阪城公園駅からは、直線では近いのに行きにくいところです。
上の写真は第二寝屋川を渡る環状線の鉄橋で、赤白煙突の清掃工場の向こうに中浜があります。

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いったん第二寝屋川北岸に回り、抜け道めいた通路をくぐります。

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清掃工場(大阪市環境局森之宮工場)のところで橋を渡ると下水処理場の敷地に阻まれて通り抜けられません。大きく南に迂回し、公団住宅の敷地を通って、この平野川を渡るとようやく中浜です。


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川を越えたとたん地蔵堂や寺のある懐かしい雰囲気の街に入りました。
この平野川沿いに白山公園があります。

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白山公園は細長い静かな公園です。
昭和15年(1940年)に開園しました。

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ここに気になるものが。
白山公園と書かれた石柱。
上部に穿たれた窓がベニヤ板で塞がれています。
一見して戦前を感じさせるもの。
公園標柱とも見えますが、何だったのでしょうか。

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公園というより、お隣のものかと思いますが、コンクリート製の重りのようなものが置かれていました。何に使うものなんでしょうね。


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上空から見た白山公園。

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隣には白山神社があります。
歯の神様で有名だったそうです。

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道は手描きの味わいで、緩やかな起伏もあります。
神社裏の路地に渋い喫茶店もありました。

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気になったのがこの建物です。
1階正面に石がはまっているのが見えると思います。

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近づくとこうなっていて、かなり大きな石を使っています。
感心して眺めていたら不審がられてしまいました。
教えていただいたところによると、戦前からある建物だそうです。

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近くにある菊水温泉もレトロな味。

ちょっと懐かしい雰囲気のある中浜でした。

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2009年11月15日 (日)

水と祭りの伊予西条

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新居浜の話の続きです。
電車で10分、伊予西条に移動しました。
ローカルの懐かしい雰囲気が溢れる構内で、ホームの向こうに古い建物が並ぶのが見えます。

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煉瓦の小さな小屋などもあります。
(この記事は3日分をまとめてますので、時間がばらばらです。ご了解下さい)

愛媛県西条市は11万都市で、新居浜市とは近い規模です。
しかし、住友城下町の新居浜市とは町の特徴がかなり異なります。西条は江戸時代の大部分を紀州徳川家支藩の西条藩として送り、明治以降の農村から現在は四国有数の工業都市になっています(野菜の生産も盛ん)。

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そんな西条の特徴はまず良質な水。
まちなかの各所に「うちぬき」と呼ばれる自噴井があります。

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この図解にあるように、西条市の端には四国最高峰(1982m)の石鎚山があって、そこから加茂川が一気に海まで流れ降りており、地下水に圧力がかかっているため、パイプで粘土層を「うちぬく」と勝手に水が湧いてくるそうです。

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側溝の水などもとてもきれいです。
滋賀県高島市の針江を思い出します。

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「うちぬき」から流れる川は、遊歩道として整備されています。
ついでにいうと、護岸には伊予青石が使われていました。中央構造線沿いならではの結晶片岩で、和歌山市の紀州青石、伊勢青石などとは仲間です。なぜか行く先々で出会います。

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図書館などの公共施設も遊歩道沿いに置かれています。
これは総合福祉センター。
財政が豊かなんでしょうね。

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西条は石鎚山の登山口であり、石鎚信仰の石鎚神社が何カ所かあります。
ちょっと変わっています。

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石鎚山に向かう道ということでしょう。登り道という道があり、アーケードの商店街が連なっています。

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どちらかというと寂しい商店街にあって、威勢のいい祭り仕様のお店がありました。
西条のもう一つの名物が祭りです。
西条は隣の新居浜と並んで祭りの盛んなところらしく、私が泊まった駅前ホテルのおじさんは、西条まつり(10月)の1ヵ月前なのに既に仕事が手に付かないと言っておられました。伊曽乃神社の祭礼には80台余りのだんじり・みこしの屋台が集結し、2日間、夜通し行われるそうです。西条駅前を囲むようにホテルが並ぶのですが、駅前広場側の部屋は祭り期間中、満室になるとか。

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マネキンはもちろん祭りの衣装。

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真新しいだんじり小屋が、今も祭りが健在であることを示しています。

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さて、古い陣屋町ですので、こういう伝統的な屋敷もあります。

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レトロな洋服店なども。

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なかなか屋根瓦に凝った住宅がありました。
鬼瓦に凝っているのは遠目にも分かりますが、

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すごいでしょう。
しゃちほこに鷹に登り鯉に松。
ここまで盛りだくさんな鬼瓦はなかなか見ません。

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何瓦というのでしょう、帯のように瓦が張られています。
ここには流水に鶴?鳳凰?と矢羽根の車輪のような吉祥模様が描かれています。

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市街の中心部には地元資本の大屋(だいや)デパートがあります。
1951年創業だそうで、この建物は60〜70年代でしょうか。

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こんなポスターも貼ってありました。

こうして眺めてくると、西条市はかなり個性的な街といえます。
何より水(水道水も)がいいのはうれしいところです。

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おまけに「止まれのある風景」西条編を。
ここのは「オハヨウ」入りです。


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御幣島・千舟の公園(大阪市西淀川区)

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大阪市西淀川区の公園めぐりの続きです。
歌島公園の後は、すぐ近くの御幣島(みてじま)公園に向かいました。
鎮守の森のような、ごく小さな公園です。
歌島公園などと同じく大阪市阪神国道沿線土地区画整理事業(昭和5〜19年)で、昭和15年に開設された公園です。

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この公園も端の方に小高い藤棚があります。
真ん中が割れていて、

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うやうやしく石柱が立っています。
何でしょうか。

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正面には住吉神社跡と書かれています。
大阪湾の新田干拓地にはよく住吉神社が祭られていますが、それらよりもっと古く、神功皇后がこの地を住吉大社に寄進したことにちなむもので、朝鮮の調貢を都に運ぶ船が付近の川で沈んだため、運航の安全のために姫神を祭ったそうです。
由緒がありながら、明治42年の神社合祀の嵐で加島の香具波志神社に合祀されてしまいました。

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それだけでなく、この記念碑(昭和14年)は、阪神国道の区画整理記念碑も兼ねています。

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御幣島公園は御幣島の集落に隣接するようにあり、このように古い蔵などが残っています。奥の森が御幣島公園です。

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ここに気になる建物がありました。
見ての通り派出所で、「御幣島警ら連絡所」といいます(御幣島4-2-16)。
シンプルなモダンデザインですが、庇がL字にかかっていたり、陸屋根の端がわずかに内に傾いていたり、こだわりを感じます。

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正面から見るとこの美しいプロポーション。
白いペンキで塗りつぶされているものの、腰まではスクラッチまたはスクラッチ風タイルが貼られています。ひょっとして戦前のものかもと思わされます。

この後は工場地帯を南に歩いていきました。
国道2号線(つまり阪神国道ですね)を越えて、南の千舟(ちふね)公園に立ち寄りました。
昭和17年(1942年)にできた公園です。


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ここは道路沿いに2列の桜並木があり、公園自体はほとんどが開けたグランドです。

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大型の藤棚が一つ、グランドと遊具の間に置かれています。
しかしながら、この公園では古そうなものは見つけられませんでした。

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公園の近くにあった事務所。下見板張りで、年季が入っています。

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2階の窓の桟などは木製です。
千舟はその名の通り、多くの船をかかえる漁村だったのですが、昭和初期に阪神国道(国道2号)・阪神国道電軌(路面電車)が開通して、工場進出により、相当賑わったそうです。そんな時代を見てきた建物ではないでしょうか。

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国道2号を歩き、神崎大橋を渡ります。
昭和2年に橋が架けられましたが、1956年にかさ上げされているそうで、欄干などはもっと新しく、上から見る限り、古さは感じません。

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ただ、橋に至る取り付け道路に遺構が残っていました。
横から覗き込むと構造が見えます。

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もう少しアップで。装飾も施されています。

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今は切断されていますが、ここに街灯が立っていたのではないでしょうか。

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さらに歩いていくと道路脇に煉瓦の構造がありました。
高低差を利用した、国道側から見れば地下室部分の壁だったのでしょう。

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刻印を確認します。
こちらは×印の岸和田煉瓦。

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もう一つ、くさびを3本組み合わせた三ツ矢の刻印?
私は初めて見ました。煉瓦刻印の世界はまだ広いようです。

この後は、阪神本線の千船駅まで歩いて公園めぐりを終了しました。


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2009年11月13日 (金)

歌島の公園を歩く(大阪市西淀川区)

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前回の塚本公園から、線路を越えて(西淀川区に入って)、さらに近代の公園をめぐりました。
これから紹介する4つの公園(2つは次回)は、いずれも大阪市阪神国道沿線土地区画整理事業(昭和5〜19年)によってできた公園です。

公園に行く前に、歌島1丁目にちょっと楽しい長屋がありました。
タイルがカラフルでしょう?

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拡大するとこんな感じにタイルが使われています。
アートセンスが問われますね。

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まず歌島2丁目の北之町公園です。
昭和19年に開園した公園です。
三角形で、住宅地と学校に囲まれています。

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L字の藤棚。

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たこの砂場。時々見かけますけど、なぜたこなんでしょう。

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古そうなのはこの車止のコンクリート柱ぐらいでしょうか。
手書きの味です。

(追記)
 路爺さんからの情報提供で、同様の車止めが下福島公園にもあるとのことです。
 >道草画日記「神跡・福島天満宮」
(2009.11.15)

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大野川遊歩道を渡って御幣島(みてじま)へ。
大野川は、神崎川と新淀川を結ぶ川で、1971〜72年に埋め立てられ、1979年に遊歩道が完成しました。30年でいい緑地に育ってますね。

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御幣島3丁目に気になる工場の門がありました。
デザインがセセッションぽいので、戦前のものではないでしょうか。


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高い並木(メタセコイヤ?)が見えてくると歌島公園です。
御幣島にあるけど歌島公園。昭和11年に開園した古い公園です。

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歌島公園のプールです。
カナリーヤシがプール内にありますが、取り込まれてしまったようにも見えます。

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このプールはこの夏で廃止され、もう使われることはありません。
「十三のいま昔を歩こう」の記事でそのことを知り、公園が改修される前にと訪れました。
この張り紙のメッセージには思いが感じられます。

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写真がかぶりますけれど、手書き風の公園名。
2ヶ所にありました。

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ここにも「車止」が。

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こちらの門柱も古いかもしれません。

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歌島公園は運動公園で、野球グランドが大きな面積をとっています。

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対戦表をみると、工場の野球チームなども来ているようです。
この周りは工場地帯です。

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藤棚、そして小さなフェニックス。
少し高くして藤棚という、昔ながらのスタイルです。
周りを見渡せる位置にあって、お母さんが子供たちを見守るには最適。
この日は野球チームの応援に来た人たちが、ここから試合を観ていました。

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まんじゅう形の滑り台はいつ頃の流行なのか、まだ調査中です。

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最後に公園の東側で、古そうな事務所を見かけました。
大阪精密鋼業さんといって、設立は昭和12年(1937年)だそうです。
創業70年余り、公園とほとんど同じ歴史ですね。
事務所が創業時のものかどうかは分かりませんが、側面のタイル、窓の形、屋根瓦の色合いから見て、戦前のものかなあという感じがします。

次は御幣島公園に向かいます。

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2009年11月10日 (火)

昭和17年の塚本公園(大阪市淀川区)

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淀川区と西淀川区の近代の公園を巡りました。
淀川区の東部の公園は以前回っています。
今回はJRの塚本駅の東側から歩き始めました。

駅前のアーケードをくぐります。

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アーケードを抜けたら北へ。
少し横道にそれると旧塚本村の集落に入るようです。
ちょっと懐かしい建物が現れました。

淀川の改修が行われるまでは、塚本村を北に回り込むように中津川が流れていましたので、このあたりの街路パターンはあっち向いたり、こっち向いたり複雑です。

なお、塚本に関しては、「十三のいま昔を歩こう」に非常に詳しく紹介されています。
塚本村や中津川については、そちらを見ていただいた方がいいでしょう。
 →「十三のいま昔を歩こう」のカテゴリー「塚本を歩く」
                  うち、「消えた中津川 2 塚本編」など

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市ノ湯の煙突など眺めつつ、目的の塚本公園へ。
塚本駅を挟んで、昭和10年認可の塚本土地区画整理事業が行われ、換地処分(新しい区画への権利の移動)が行われた昭和17年にこの公園ができています。

小ぶりですが、シュロのある円形花壇をここぞというところに置いてあるのが、古い公園らしい感じです。


より大きな地図で 近代の公園 を表示
衛星写真ではこうなっています。

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この公園内に塚本土地区画整理組合の竣工記念碑が立っています。
昭和17年ともなると記念碑も至ってシンプル。
塚本公園では、これ以外に面白いものは発見できませんでした。

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西に向かい、JR神戸線をくぐりました。
なぜかところどころ屋根のある線路下です。
光と影のパターンがなんだか楽しい。

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いい味の出ている線路下です。
昔の地図と照合すると、どうもこの通路から北側(左側)が、中津川の旧河道だったみたい。

線路をくぐると西淀川区に入ります。

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2009年11月 4日 (水)

神田須田町から万世橋へ(東京都千代田区)

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話は研修後に飛びます。
神田神保町の学士会館にチェックインした後、まだ日が高いので秋葉原の方まで歩いてみることにしました。

木津硝子店と書かれています。
どうしても気になるのはこういう建物です。

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またこちらは額縁屋さんの優美堂です。
富士山の看板は戦後すぐに描かれたそうです。

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神田須田町まで来て、足場を組まれた建物が気になったので写真に撮っておきましたが、後で調べると昭和4年(1929年)の都ビルという建物だそうです。
壁をぶち抜かれていて、その後どうなったのか気になります。

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ここで覗き込んだ路地にさらに気になる建物が並んでいました。
手前は「びいんず」という喫茶店。
そして奥にネットをかぶっているのは・・・

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旧村木商店というそうです。
なんと設計は中之島公会堂などで知られる岡田信一郎。こんな建物も設計していたとは。

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小さいながら、かつて華やいでいた雰囲気もあります。
ただ現在ではネットをかぶった痛々しい姿で、このまま朽ちてしまうのではと気がかりです。

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そのまま通りを抜けると繊維関係の事務所が集まっていました。
このあたりは繊維街なんですね。神田の楽器店街から古書店街、繊維問屋街、そして秋葉原の電器店街へと移り変わるのが面白いところです。
この建物は縁取るように銅板が使われています。

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おでんの三金さん。看板建築ですね。
平面的にいろんな正面が盛り込まれているのが面白いところ。

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戻って交差点の角には鷹岡東京支店があります。
本店はどこ?と思ったら大阪なんですね。
昭和10年(1935年)の建物です。
窓の向こうには、建物の品に似合って、ほれぼれするような姿でスーツを扱っておられるのが見えました。

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玄関を見上げると、庇の下に花模様の照明装置が付いていました。

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交差点の向こうには秋葉原のビル街が見えています。
すぐそこなのに、どこか蜃気楼のよう。

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その手前にあるJR中央線の高架は煉瓦造の装飾的なものです。

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煉瓦のアーチが連続しています。

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現在の万世橋は昭和5年のものです。
帽子をかぶったような親柱が面白い。

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北岸には古そうな石垣と欄干が残っていて、味わいがあります。

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ここから旧万世橋駅の連続アーチが延々続いています。

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秋葉原を一回りして、上流の昌平橋へ。
秋葉原の裏通りは、金曜の夜7時というのに客が1人もいない飲食店がちらほらあり、大丈夫かなと思いましたが、赤煉瓦の高架下を活用したこちらのお店は人でいっぱいでした。
このような立地は真似できないだけに強いですね。

今回の東京編はこれで完了して大阪に戻ります。


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レトロな西神田(東京都千代田区)

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研修で東京に出かけたときの記事を書いています。
学士会館に連泊するのも研修の身としては贅沢ですので1泊だけにして、どこか面白い宿はないかと探すと、猿楽町にYMCAアジア青少年センターという宿泊施設がありました。フルネームは「在日本韓国YMCAアジア青少年センター」で、つまり韓国系の施設です。
朝食からコムタンが選べて、部屋には高麗人参茶ですから、ちょっとした海外旅行気分です。しかも東京にしては安い。

そこまでは事前に分かっていましたが、もう一ついいことがありました。
「部屋からカトリック神田教会が見える」
(少しだけだけど)

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建物の内部はちょっと独特で、太い梁のようなコンクリートが木の色に塗られています。

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毎朝、ルートを変えながら周辺を歩きました。
数日分をまとめて紹介します。

まずは窓から見えるカトリック神田教会
昭和3年(1928年)に完成した、M・ヒンデル設計の聖堂があります(登録文化財)。様式はロマネスクとルネッサンスの融合らしい。
神田教会は、明治7年、東京で初めて日本人向けに開かれた聖堂だそうです。

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全体の姿。

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門柱も古いデザインです。

(追記)
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床下換気口の面格子を確認しました。
○と□のシンプルなデザインです。(2010.1.31)

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表通りの西神田には、研数学館があります。
最古の予備校でしたが、今は予備校業務を停止しているそうです。
現在の本館は関東大震災後の再建で、昭和4年のもの。
手前の別館には居酒屋の和民が入っています。
中はどうなんでしょうね。

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癖のある玄関です。この凹凸は何を表しているんでしょう。
年季の入った「研数専門学校」という扁額が掛かっています。

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再び猿楽町に戻って、神田猿楽町町会詰所。
見た目通り、元交番だそうです。昭和5年頃らしい。
小さいながらいい建物ですね。端にまで窓を開けていて、見張りはばっちりです。
ドラマや映画によく使われるそうで、最近では映画『空気人形』に交番として登場していました。

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映画というと、誠心堂書店。
台湾映画の『珈琲時光』に出ていました。
スクラッチタイル張りの古書店です。

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ついでに喫茶エリカ。
同じく『珈琲時光』に登場する喫茶店です。
古くは見えませんが。

映画に登場するのももっともな、少し懐かしい風景がありました。
ちなみに以前取り上げた錦華公園もこの近くです。

(追記)
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再び東京に出かけてこのあたりを散策しました。
西神田2丁目の鉄道日本社の事務所がいい感じです。
とくに玄関周りなど。
(2010.1.31)

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2009年11月 2日 (月)

日比谷公園の門(東京都千代田区)

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日比谷公園の古いものを2回に分けて紹介してきて、まだ紹介していなかったものがあります。
それは「門」です。全部で9つの門があります。(古いものには日比谷見附跡などもありますが)
まずは東角の有楽門から。門柱の形と上の照明のバランスに違和感を感じますが、みなこんな組み合わせです。ただし、門柱の大きさはいろいろ。
有楽門の裏を見ると、日比谷門の旧礎を使って明治35年につくられたと書かれています。石材の再利用なんですね。

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反時計回りに行きましょう。
桜門があります。ピンクに塗られているのは桜門だから?
オリジナル形で残っているのではないでしょうか。
この門は照明が乗っていません。
桜門も裏を見ると、鍛冶橋門と数寄屋橋門の旧礎で明治35年につくられたそうです。

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祝田門、霞門、西幸門は写真を撮っていなかったので飛ばします。
南側に回って中幸門です。
ここも原型をとどめているように見えます。
私は確認してなかったのですが、これは幸橋門の再利用とのこと。

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南端にある幸門。
この門をくぐる人が多いのかもしれません。

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新幸門は明らかに違う形で、後からできたのでしょうね。
名前からして「新」が付いていますが。
ブロック造の門です。

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そして最後にして一番立派な門、正門ともいえるのが日比谷門です。
頂部の軒(?)が他の門より装飾的でしょう?
赤坂門と四谷門の旧礎の再利用だそうです。

公園より古い歴史のある門が使われているのも面白いですし、いまだに残っているというのもうれしいことです。

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当初、「日比谷公園の江戸」という記事も書こうかと思っていてやめたのですが、これだけは紹介しておきたいと思います。首かけイチョウです。
日比谷見附にあったイチョウで、明治32年に道路拡張で伐採されそうになったのを、日比谷公園を設計した本多静六博士が惜しんで、「自分の首をかけても移植させる」と移植させたものだそうです。
日比谷公園の主の風格があります。

ちなみに奥に見えるのは明治36年の開園当初からある松本楼です。
公園内に料亭やレストランがあるのが、明治の公園らしさです。

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最後に大きく余談ですが、帰り道、虎ノ門の駅近くにあった虎ノ門実業会館ビル。
60年代ビルでしょうか。とてもかっこいいホールそして階段です。


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2009年11月 1日 (日)

堺のアートな面格子

とくに説明不要の軽い記事で。
堺を歩いていて見かけたアートな面格子3枚を紹介します。
メインの報告は後日行います。

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これぐらいは見かけますか。

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流水紋が入って少し和のテイスト。

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ここまでくると現代アート。

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