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2009年8月 8日 (土)

旧ダイセル堺工場事務所の一般公開を見学

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お知らせに書きました、旧ダイセル堺工場事務所(赤レンガ建築)の一般公開を見てきました。
といっても終わり頃にばたばたと見ましたので、関連イベントまでは見られませんでした。赤レンガ建築を集中的に見ました。

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汚染土壌の処理が完了したばかりで、とにかくほとんど何もない広い敷地です。
この真夏の暑さで、一日のイベントは無理かも。午前中だけのイベントでした。
ずっと向こうに赤レンガの事務所が見えています。

 →解体前の様子は、
  まちかど逍遥「堺ダイセルの今」

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建物を近くから。
もとは明治43年(1910年)に建てられた堺セルロイドの工場事務所です。

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横から見ると分かるのですが、前面部分は改修か増築されているようですね。
左が元の煉瓦造、右が(鉄筋コンクリートに?)煉瓦タイルと石の組み合わせでしょうか(大阪市中央公会堂みたいな)。

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玄関には階段で少し上がっていますが、その高さまで盛り土で埋められています。

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事務所の内部。柱が斜めに補強されています。
公開部分は1階のみでした。
展示内容は、堺工場の歴史の展示(ちょっと物足りない)、市民への活用アンケートの結果、イオンリテールからの提案からなっていました。

赤レンガ建築をシンボル的に使ったショッピングモールを作りたいということのようです。

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壁面からは煉瓦が覗いています。
この木箱は何でしょう。

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大事そうに煉瓦の展示もありました。

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刻印煉瓦が展示されていて、日本煉瓦会社と推定される四弁花の刻印でした。

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隣の部屋には煉瓦が刻印ありと刻印なしに分けてストックしてありました。
右下に「東京芝浦製作所(東芝)製 明治四十一年八月」のプレートを置いてありますが、解説がないので何に付いていたのか不明。
展示物としてはこんなところです。

結局のところ、今回のイベントは、工場跡地を商業施設として活用するために、住民の方の支援を得るためのものだったようです。
というのは、この土地は都市計画の用途地域が工業地域です。1万平米以上の商業施設は建てられません。方法は2つあって、(1)用途地域を変更するのは時間がかかるので、(2)「今の工業地域のままで、生活系・商業系施設の立地を可能にする「地区計画(開発整備促進区)」を適用」したい、そのために住民の賛同がいるということです。(もらった「地域住民の皆様へ」というビラにそのようなことが書かれています)

展示されていたアンケート結果は、住民の8割が跡地利用として商業施設を望むというものでした。

ダイセルとイオンの間では話がまとまっているようでしたが、堺市としては跡地利用は地区計画適用を認めるかどうかは未定のようです。

ビラには「地域が望むまちづくりを実現するためには、堺市の理解と協力が不可欠です。そのためには、地域住民一人一人の熱い思いを行政に投げかけ、行政の目をもっとこちらに向けてもらう必要があります。私どもは、地域と共に行動し、地域と共に実現の喜びを共有したいと思っております。地域の皆様からの力強いご支援・ご協力をお願い申し上げます。」と書かれています。

話としては理解できますが、全体として、なんとなくすっきりしないものがあります。

ちなみにイオングループは、イオン四日市北ショッピングセンターで、赤レンガの東洋紡績(株)旧富田工場原綿倉庫(大正6年)を取り込んだ開発を行っています。
 →設計した東畑建築事務所の実績紹介
でも紹介されていた事例はそれではなく、海外事例でした。

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コメント

こんにちは。
この建物はかつて毎日のように南海本線の電車の中から眺めていたので、とても愛着があります。今回もびんみんさんのブログで公開情報を知って行きたかったのですが、他の見学と重なってしまったのは残念でした。

内部は想像していたよりも遙かにシンプルなような気がしますね。また、全体としての話には確かに私もすっきりしないものを感じます。”赤レンガ建築をシンボル的に使ったショッピングモールを作りたい”ということであれば、少なくともここの3棟並びの建物はかつての芝生の土手(?)と合わせてそのまま残して欲しかったところです。この建物自体が開発区域の境界線(?)にかかっていたのなら致し方ないとは思いますが。せっかく残った赤レンガ建築なので、活用されずに他の施設からぽつんと1つだけ離れて、あるいは浮いたような感じにならないことを祈ります。

投稿: ひろ009 | 2009年8月13日 (木) 19:23

ひろさん、こんばんは。
あれだけの存在感があった工場群なので、愛着があったというのも分かります。

そうですね。1階は私も想像したよりシンプルでした。
上の階には偉いさんの部屋があって・・・ということがないとはいえませんが。

土地利用としてこの立地なら商業施設が妥当だと思いますし、これだけのまとまった開発を短期間でできるのはイオンぐらいというのは理解します。

ただ、何も残さない、1棟残す、3棟残す試算をして、1棟残すのが一番経済的メリットが大きいという計算が感じられます。残った1棟はうまく活用してほしいと思います。完成した商業施設で、この周りに「煉瓦風建築」が建っていたらたぶん複雑な気持ちになると思いますが。

投稿: びんみん | 2009年8月13日 (木) 23:37

はじめまして。
ダイセル跡地にイオンが来てくれるとうれしい住民の一人です。
私は『堺市の理解と協力』とは用途地域のことと受け取りました。確かあそこは準工のはずですからね。
住民アンケートでもたくさんの人が商業施設を希望しているのですから、市も柔軟に対処してくれるとうれしんですがどう思われますか?

投稿: silen | 2009年8月20日 (木) 12:44

silenさま
コメントありがとうございます。
ちょっと書き方が不正確でしたので、訂正しました。記事の青字部分です。
ここの用途地域は準工業地域ではなくて、工業地域だそうです。
この地区の場合は、市街化の進んでいる地区ですし、十分なアクセスもあるので、住民の方の希望に合うなら大規模商業立地を認めるのが妥当かなと思います。

投稿: びんみん | 2009年8月20日 (木) 17:26

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