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2009年8月

2009年8月30日 (日)

初めての北海道(21)北海道開拓記念館(札幌市)

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このところ、新しい街に行くと歴史博物館に行く習慣になっています。
今回の旅行でも、北海道開拓記念館に出かけました(天気が悪かったので屋内観光にしたというのも理由ですが)。
北海道開拓記念館は、昭和46年に北海道開拓百年を記念して開設された北海道立の歴史博物館です。札幌東郊の道立野幌森林公園内にあります。

野幌森林公園には、札幌の街からも神々しいまでによく見える「北海道百年記念塔」があって、目印になります。北海道開拓百年を記念する高さ100mの塔で、昭和45年に完成したもの。ともに大阪万博世代の建築なんですね。地元の方の評判はどうなんでしょう。

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私は電車移動なので、まずJRで札幌駅から森林公園駅まで行きました。
駅裏に出てみるとこんな感じ。マンションの建つ郊外住宅地のようです。この空き地には何か建てるつもりだったのでしょうか。駅前で食事でもと思ったあては外れてしまいました(駅表に小さなスーパーはあります)。

頼みの開拓記念館行きのバスは少なく、ここで待つのも無駄ですし、歩くのも自信がなかったのでタクシーに乗りました。

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これが北海道開拓記念館です。
かなり大きな建物です。入館料は500円。

展示は北海道全体の歴史について、自然史から、アイヌ、蝦夷地、近代の開拓、戦後の暮らしまで一通り眺めることができます。とくに近代については詳しく、私にとって興味深い内容でした。できるだけめりはりを付けて回ったつもりだったのですが、それでも時間が足りませんでした。
普通の博物館の図録は1冊だと思いますが、ここは展示室ごとに図録があって(8冊ぐらい?)、その点でもかなりの充実ぶりです。

もう一つ充実しているのは、売店の本の品揃えで、北海道で出版されている北海道に関する本はほとんどあるのでは?と思わせるほどでした。

でも観光ルートを外れているのか、お客さんは少なく、レストランも営業していませんでした(ここに行く方は食料の確保にご注意)。惜しいですね。

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バスで帰るつもりで、ぎりぎりまで観覧してバス停に向かいましたが、行けども行けども森の中。道を間違えて森林公園の奥に入り込んでしまっていたのでした。
出かける方は交通ルートの確認にご注意下さい。

結局、公園の入口まで出て、新札幌駅行きのバスに乗り、地下鉄で札幌に戻りました。
森林公園駅から開拓記念館も歩けない距離ではないので、JR+徒歩でも良かったのかもしれません。
野幌森林公園には、明治村のような北海道開拓の村もあるので、また来ることになりそうです。

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初めての北海道(20)札幌軟石の蔵

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札幌の街を歩いていて、ビルの間にふっと小さな建物があります。
例えばこんな蔵。北海道大学の近くにありました。
特徴的なのは蔵が石造であることで、恐らく素材は札幌軟石です。この日は雨に濡れて色も沈んでいますが、乾いているときはもっと暖かみを感じる石です。

札幌軟石は、札幌市の南部・石山で産する溶結凝灰岩(火山灰が固まったもの)で、明治6年に地質調査に訪れたお雇い外国人によって発見されたそうです。明治中期から大正にかけて盛んに採掘されました。今は1社しか採掘していないようですが、石切場跡が石山緑地として整備されているそうなので、次の機会には訪ねてみたいものです。

札幌軟石の蔵は、遥か彼方の道東でも見かけましたから、札幌にはたくさんあって当然ですね。

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この家も北海道大学の近くです。
出窓があって洋風の要素もあります。
そこそこ古いのでしょう。

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反対側に回ってみると石造の蔵がありました。

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大通公園の近くでもこんな蔵がひょっこり現れます。

石造の蔵というと洋風に聞こえますが、屋根は和風で、屋号の入るのも和風。和と洋が混ざり合っているのが北海道らしいのかなとも思います。

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2009年8月20日 (木)

初めての北海道(19)札幌市時計台

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札幌観光では定番の札幌市時計台も見に行きました。
ガッカリ名所に挙げられることもありますが、そんなこともないと思うのですけどね。古い建物好きには。

この建物は、明治11年、札幌農学校(のちの北海道大学)の演武場(軍事教練室、今風に言うと体育館)として建てられました。講義や卒業式にも使われたそうです。1階は研究室など。最初は時計台ではなくて、鐘楼が乗っていましたが、明治14年に時計が取り付けられて時計台になりました。

明治36年に札幌農学校が今の北大キャンパスの位置に移転すると、演武場は札幌市に譲られ、明治39年に現在地まで曳屋されたそうです。

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ここでも開拓のシンボル、赤い北極星が2つ。
鬼瓦の位置に植物の模様も見えます。

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中に入る前に周囲をぐるぐる回ってみました。
白い下見板、赤い屋根は新緑とよく似合います。

090607tokeidai4床下の換気口。木製でかわいらしい。


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玄関の車寄部分。
こういう軒下の穴あきぎざぎざは、古い駅で見かける気がします。
ちなみに背後では中国人観光客が盛んに記念撮影をしていました。
人のとぎれたところを狙って撮影。

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軒下にもさりげなく北極星があります。

入館料は200円。1階は展示室になっていて、時計台や札幌農学校についての展示が詰まっていました。一通りのことは分かります。

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奥の階段から2階へ。

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2階はうってかわって広い空間。
「明治32年札幌農学校卒業生として初めて博士号を授与された佐藤昌介、南鷹次郎、宮部金吾の学位授与祝賀会の時の講堂の情景を再現」しているというのは後で知りました。
それで大きなリースが飾ってあったのですね。
体育館というより、教会を思わせる空間です。
ベンチに腰掛けて、明治の札幌に思いを馳せるのが正解かもしれません。

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2009年8月16日 (日)

初めての北海道(18)清華亭と札幌初の公園

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北海道大学から道をはさんで、南につながるように小さな木立があります。
史跡の清華亭です。このあたりにかつて、偕楽園という公園があり、清華亭はその中に建てられたのでした。しかも偕楽園ができたのは明治4年。計画的につくられた日本で最初の公園とうたっています(だんだんどれが日本で最初なのか分からなくなってきました)。少なくとも札幌では最初の公園でしたので、そう聞けば行かないといけません。

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<清華亭内に展示されている偕楽園の模型>

この模型の一番奥にあるのが清華亭です。
園内をサクシュコトニ川が蛇行しています。
畑などがあり、ただの公園ではありません。開拓大判官の岩村通俊が、明治4年に製物場(工業試験場)、育種場(農業試験場)、さけ孵化場、博物場、花室、競馬場などをつくり、「偕楽園」と命名したものだからで、産業試験場 兼 公園のようなものだったとのことです。当初は8万坪もあったそうです。


より大きな地図で 北海道 を表示
しかし、試験施設が廃止・移動しはじめた明治19年頃から偕楽園は存在意義を失い、寂れていったそうです。偕楽園の敷地は、清華亭部分を除き、住宅地になってしまいました。

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では門から中に入ります。
現在、清華亭は札幌市の管理で、無料で入れます。

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清華亭は下見板張りの和洋折衷の建物で、南側に出窓が張り出し、ガラス戸の廊下がめぐるなど庭が眺めやすい造りです。屋根の破風部分には開拓使のシンボル「北極星」(五光星)がくりぬかれています。

清華亭は明治13年(1880年)、明治天皇の北海道行幸を前に、偕楽園を視察される際の小休所として建てられました。このとき、行在所として豊平館(昭和32年に大通公園から中島公園に移築)が建てられています。2棟は関連する建物で、庭園はともにドイツ系アメリカ人のルイス・ベーマーが手がけました。

役目を終えた清華亭は明治30年に民間に払い下げられますが、昭和初期に保存会が買い取って札幌市に寄付、昭和53年に復元工事が行われて現在に至っています。

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清華亭の東に立つハルニレの木は、偕楽園時代のものらしいとか。

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正面玄関は西側にあります。
雨宿りも兼ねて亭内に入ります。

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中に入ると、管理人のおじさんが出てこられました。簡単な説明を受けます。
洋風の玄関から廊下が伸びています。
小さな建物なので、観覧部分は右手の洋間と右奥の和室1室ずつだけです。左手は管理人さんのスペース。
客は他に誰もおらず、1人静かに観覧しました。

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出窓のあるのは16畳の洋間です。
ここが清華亭と偕楽園に関する展示室になっていました。

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カーテンレールの一部。
隅に植物の彫り物などもあって、格式の高さが表れています。

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シャンデリアの付け根には、しっくいの円盤があり、鏝細工で桔梗が描かれています。

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和室は15畳で、外に廊下がめぐらされています。明るい。

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札幌軟石でできた庭の飛び石はよく見ると洋風で斬新なデザインです。
庭の眺めは明治天皇も気に入られたとか。

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一度失われてしまった偕楽園ですが、一部取り戻すように公園が整備されていました。

開拓初期の札幌を記憶する場所として、ぜひ生かしていってほしいと思います。

○参考
 さっぽろ文庫 第15巻「豊平館・清華亭」

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初めての北海道(17)北大散歩

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北海道旅行の最終日・札幌です。
泊まったホテルは札幌駅の北側でしたので、数分歩くとすぐ北海道大学の正門(門柱は昭和11年)に出ました。札幌のまち歩きはここからスタートします。雨も降っていましたし、全部回るには広すぎますので、キャンパス南側のほんの一部だけ散歩しました。

ちょうどこの日は大学祭「北大祭」が行われていました。私の母校は狭かったので学祭になると人が溢れるのですが、これだけ広いと静かですね。

札幌大学は明治9年(1876年)に開校した札幌農学校を前身とする大学です。最初のキャンパスは時計台のあたりにありましたが、明治36年(1903年)、附属農場のあった現在のキャンパスに移転しました。札幌農学校は明治40年に東北帝国大学農科大学、大正7年に北海道帝国大学、そして戦後の昭和22年に北海道大学となります。

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正門を入るとすぐ大学の本部があります。
昭和12年に建てられた予科講堂の建物です。

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正面玄関は改修されているようですが、アーチはもとのデザインでしょう。
チェーンのようなデザインです。

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同様のデザインでも、むしろ脇の入口の方に味があります。
アーチはオレンジ色のテラコッタでしょうか。

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壁面はスクラッチタイルで覆われています。
それも細かいところまで丁寧に仕上げられています。

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そのまま歩いていくとすぐ赤レンガの南門、そして緑屋根の門衛所(ともに明治37年)が残っています。ともに札幌農学校の移転当時のもので、南門は正門の位置にあった元・正門だそうです。

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この南門のまっすぐ先には北海道庁の塔が見えて、非常に計画的に線が引かれているのを感じさせます。

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美しい北大キャンパスというイメージ通りに、キャンパス内をサクシュコトニ川が蛇行して流れています。うらやましい限り。もともとあった小川だそうですが、扇状地伏流水の水源が涸れたので、今は人工的に水を流しています。

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続いてクラーク像と向き合って、明治の洋館らしい瀟洒な古河記念講堂が見えてきます。
緑豊かなキャンパスで、下がるとたちまち森の中。全体を撮るのは困難です。

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元は明治42年(1907年)に建てられた林学科教室。
古河財閥・古河虎之助からの寄付金で建てられたので、古河記念講堂です。
フランス・ルネッサンス風とのことですが、私は様式はよく分からず。

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三角破風には植物模様。何の植物なんでしょう。
2階正面には「古河家寄贈」の文字がしっかり書き込まれています。
こんなにはっきり書くものなんでしょうか。

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窓枠もシンプルながら、植物柄の線刻が入っておしゃれです。

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床下換気口のつくりは煉瓦アーチに要石まではめて凝っています。石材をかませていて、このアーチに要石はいらないと思うので、装飾でしょう。
格子の模様も見たいところですが、鉄製ふたがはめられています。


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キャンパスのメイン通りをはさんで西隣には北大交流プラザ「エルムの森」があります。
見た目には新しいですが、明治34年(1901年)に完成した札幌農学校昆虫及養蚕学教室で、キャンパス移転後では最古の建物です。

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床下換気口にはアールヌーヴォー風の(?)植物柄。昆虫柄ではありませんよね。

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裏手に目方の重そうな石造の建物がありました。
これは不明です。

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さらに西隣には、今は北海道大学出版会が入る、旧札幌農学校図書館(明治35年)があります。これも古い。

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木の玄関が抽象化されつつ装飾的です。

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裏には赤煉瓦の書庫もつながっています。

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緑に覆われて見えませんが、一番西には農学部本館(昭和10年)があります。
札幌農学校が原点の北海道大学ですから、農学部こそが本流、ですね。立派なのももっとも。

キャンパスにちょっと入るだけでこれだけの建物があるのですから、博物館のような大学です。しかも森の中でゆったりしています。イメージに違いません。
まだ他にも実験農場の建物など、貴重な建築はありますが、それはまたの機会にしたいと思います。

○参考
 さっぽろ文庫・第23巻「札幌の建物」ほか

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2009年8月14日 (金)

北海道・岩手・山形・東京


<初めての北海道>
 2009年6月4日(木)〜7日(日)

 (1)はじめに 神戸空港〜新千歳空港、まとめ

 ■帯広編
 (2)帯広に寄り道 

 ■釧路編
 (3)釧路の幣舞橋
 (4)釧路の土着的建築 −毛綱毅曠の建築
 (5)釧路の南大通 −明治・大正の中心街
 (6)釧路の原点 −江戸・明治の中心地
 (7)釧路の眺めの良い住宅地 −かつての郊外住宅地
 (8)釧路の老舗そば店 −近代建築のそば屋
 (9)釧路の春採公園 −大正5年の公園
 (10)釧路の煉瓦倉庫群
 (11)釧路で晩ごはん −釧路の盛り場・末広町と観光屋台
 (12)釧路湿原の場所鉄道跡 −釧路湿原と鳥取

 ■釧網本線編
 (13)釧路から網走へ −釧路湿原〜硫黄山〜オホーツク

 ■網走編
 (14)網走監獄博物館
 (15)網走市立郷土博物館
 (16)網走の街 −網走と北見の車窓風景

 ■札幌編
 (17)北大散歩
 (18)清華亭と札幌初の公園
 (19)札幌市時計台
 (20)札幌軟石の蔵
 (21)北海道開拓記念館
 (22)大通公園の聖恩碑
 (23)北海道庁旧本庁舎
 (24)圓山開村記念碑 −完

<東北>
 ■花巻編
  ○3月のモノトーン(花巻市、2006年3月)


 ■山形編(2011年5月)
  (1)山形、そして新潟へ(鶴岡市)
  (2)北前船の風待港・加茂(鶴岡市)
  (3)鶴岡の2つの擬洋風建築(鶴岡市)
  (4)鶴岡公園と大寶館(鶴岡市)
  (5)鶴岡カトリック教会は両津の妹(鶴岡市)
  (6)鶴岡のまちなか近代建築(鶴岡市)
  (7)鶴岡の丙申堂(鶴岡市)
  (8)酒田でサイクリング(酒田市)
  (9)酒田の百年農業倉庫(酒田市)
  (10)酒田の日和山公園(酒田市)
  (11)酒田の大正医院(酒田市)
  (12)酒田の大正医院 〜ディテール編〜(酒田市)
  (13)酒田の日和山周辺の建物(酒田市)
  (14)酒田の2つの商家(酒田市)
  (15)山形市内をサイクリング(山形市)
  (16)山形の擬洋風病院(山形市)
  (17)山形の旧県庁・議事堂(山形市)
  (18)余目の倉庫群(庄内町)

<関東>
 ■東京都区部編
  ○学士会館に泊まる(千代田区、2007年夏)
  ○再び学士会館に泊まる(千代田区、2009年夏)
  ○東京・近代公園めぐり(文京区・千代田区、2007年夏)
  ○日比谷公園の明治(千代田区、2009年夏)
  ○日比谷公園の昭和(千代田区、2009年夏)
  ○日比谷公園の門(千代田区、2009年夏)
  ○レトロな西神田(千代田区、2009年夏)
  ○神田須田町から万世橋へ(千代田区、2009年夏)
  ○東京駅異景(千代田区、2010年冬)
  ○旧東京市営真砂町住宅(文京区、2013年春)
  ○鳳明館台町別館に泊まる(文京区、2013年春)
  ○東大の中心軸(文京区、2013年春)
  ○東大の秤の番人(文京区、2013年春)
  ○飛鳥山公園で空中散歩(北区、2010年冬)
  ○御徒町の燕湯界隈(台東区、2010年冬)
  ○上野下アパートを見納め(台東区、2013年春)
  ○台東3丁目の看板建築など(台東区、2013年春)
  ○糀谷の朝散歩(大田区、2012年夏)
  ○目白周辺の近代建築(新宿区、2010年冬)
  ○目白文化村とその周辺(新宿区、2010年冬)
  ○大谷石のある風景(新宿区、2010年冬)
  ○目白から王子へレトロの旅(新宿区・北区、2010年冬)
  ○西北新宿ノスタルジー(新宿区、2012年夏)
  ○阿佐ヶ谷住宅の残照(杉並区、2012年夏)
  ○荻窪の旅館西郊(杉並区、2012年夏)
  ○荻窪のお屋敷跡公園(杉並区、2012年夏)
  ○坂本町公園(中央区、2010年冬)
  ○銀座の奥野ビル(旧銀座アパートメント)(中央区、2013年春)

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2009年8月13日 (木)

新潟・富山・石川


<新潟まち歩き>
 2008年5月4日〜5日
 (1)新潟へ
 (2)まずは新潟絵屋から
 (3)みなとぴあで歴史を知る
 (4)移築された銀行
 (5)上から眺める
 (6)小路の魅力
 (7)堀を想像する
 (8)街なかの近代建築
 (9)街なかの看板建築?
 (10)若者の上古町
 (11)花街のなごり
 (12)擬洋風の議事堂
 (13)日本で最初の白山公園
 (14)白山神社とポッポ焼き
 (15)近代公園いろいろ
 (16)ハンノキ島を歩く
 (17)信濃川クルーズ
 (18)砂丘をサイクリング
 (19)石油王の迎賓館
 (20)丘の上の近代建築
 (21)心ひかれる街角(完)


<新潟ふゆ歩き>
 2009年2月14日〜15日
 (1)暖かい冬の新潟へ
 (2)出窓と階段の町
 (3)沼垂をさまよう
 (4)港の方へ
 (5)ラーメンとイタリアン
 (6)下町(しもまち)へ(完)


<新潟なつ歩き>
 2010年7月18日〜20日
 (1)再び新潟へ ◇大阪〜新津
 (2)新津駅前通り ◇新津
 (3)油田を見学 ◇新津
 (4)油田のある風景 ◇新津
 (5)7月18日の風景 ◇新潟
 (6)洋館付き邸宅 ◇新潟
 (7)夏の庭を眺める ◇新潟
 (8)海を眺める ◇新潟
 (9)佐渡へ ◇新潟〜佐渡島・両津
 (10)両津:洋風の街角 ◇佐渡島・両津
 (11)佐渡金山へ ◇佐渡島・相川
 (12)佐渡金山の産業遺産 ◇佐渡島・相川
 (13)佐渡金山の港 ◇佐渡島・相川
 (14)相川の街並み ◇佐渡島・相川
 (15)佐和田から小木へ ◇佐渡島・佐和田〜小木
 (16)宿根木へのサイクリング ◇佐渡島・小木〜宿根木
 (17)千石船の宿根木 ◇佐渡島・宿根木
 (18)小木のガラスの町屋 ◇佐渡島・小木〜赤泊
 (19)赤泊の望楼 ◇佐渡島・赤泊
 (20)分水に寄り道(完)
     ◇佐渡島・赤泊〜寺泊〜分水〜新潟


<新潟さか歩き>
 2011年5月3日〜4日
 (1)新潟よたび
 (2)坂道めぐり


<「まちの日々180」「にいがたノート」>
 (1)『まちの日々180』の記事について
 (2)新潟旅行の写真をまとめたスライドショー
    (旅のーとさんとのコラボ)


<新潟さと歩き>
 2012年8月17日〜20日
  「糸魚川で途中下車」◇糸魚川市
  「直江津でも途中下車」◇上越市
 (1)大地の芸術祭2012 ◇十日町市・津南町
 (2)津南の木造工場など ◇津南町
 (3)十日町の木造工場 ◇十日町市(以下7以外全て)
 (4)囲うと溶かす
 (5)大地の芸術祭・十日町会場
 (6)除雪車のダンス
 (7)文字通り小千谷 ◇小千谷市
 (8)土の学校
 (9)眺める部屋
 (10)絵本の学校
 (11)泊まれる学校
 (12)松代の街道(完) 



<富山>
 2012年5月3日〜4日

 ■岩瀬湊編
 (1)岩瀬へ
 (2)港の風景
 (3)大町通り
 (4)廻船問屋の森家
 (5)夕暮れ散歩

 ■高岡編
 ○駅前ビルと換気塔
 ○山町筋の近代建築など
 ○看板建築など

 ■伏木編
 (1)伏木駅
 (2)北前船資料館
 (3)伏木気象資料館
 (4)港の風景
 (5)メインストリート
 (6)看板建築など
 (7)工場建築
 (8)気になるものたち
 (9)六渡寺へ ◇射水市


<石川>
 ■金沢編
 ○尾山神社神門の石
 ○旧石川四高と旧石川県庁

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2009年8月12日 (水)

東海(愛知、三重、岐阜)


<愛知探訪>
 ■名古屋編
 ○東山動物園の旧モノレール(2012年春)
 ○東山動物園の恐竜像(2012年春)
 ○東山公園・動物園(2012年春)
 ○東山植物園の温室(2012年春)


<三重探訪>

 三重県(とお隣の奈良、新宮)を探訪した記録。訪問時期はばらばらです。

 ■桑名編
  ○つぶぞろいの石垣(木曽岬町、2007年夏)

 ■四日市編
  ○諏訪公園と旧四日市市立図書館(四日市市、2008年秋)
  ○紡績で建った旧四郷村役場(四日市市、2008年秋)
  ○近代産業発祥の村(四日市市、2008年秋)
  ○四日市の鍾馗さん(四日市市、2006年秋)

 ■鈴鹿編
  ○型紙の町・白子(鈴鹿市、2005年冬)
  ○芸術的な消耗品(鈴鹿市、2006年冬)

 ■津編
  ○津偕楽公園(津市、2007年冬)−明治10年の公園
  ○伊勢竹原の駅前セット(津市、2008年秋)

 ■伊賀編
  ○屋根の上の忍者たち(伊賀市、2007年冬)−瓦
  ○伊賀の持ち送り(伊賀市、2007年冬)

 ■初瀬街道・伊勢街道編
  ○初瀬街道の近代−桜井(桜井市、2008年秋)
  ○初瀬街道の近代−大和朝倉〜長谷寺(桜井市、2008年秋)
  ○初瀬街道の近代−長谷寺(桜井市、2008年秋)
  ○初瀬街道の近代−榛原(榛原市、2008年秋)
  ○名張の水路(名張市、2007年夏)
  ○名張の街並み(名張市、2007年夏)
  ○名張のお店はもてなし好き?(名張市、2007年夏)
  ○初瀬街道の近代(津市、2006年春)
  ○止まれのある風景(津市、2008年秋)
  ○櫛田可動堰を渡る(松阪市、2009年秋)
  ○豪商の中万(松阪市、2009年秋)
  ○伊勢白粉の町・射和(松阪市、2009年秋)
  ○街道の交差点・相可(多気町、2009年秋)
  
 ■伊勢編
  ○格子へのこだわり(伊勢市、2006年秋)

 ■離島編
  ○答志島・答志の路地(鳥羽市、2009年春)
  ○潮騒の神島(鳥羽市、2009年春)

 ■東紀州編
  ○オープンガーデンがいっぱい(熊野市、2007年春)
  ○木本・本町通り散歩(熊野市、2007年春)−近代建築
  ○寄らされて新宮、西村伊作邸(新宮市、2007年春)


<岐阜探訪>

 ■飛騨編
  ○高山の昭和9年(高山市、2007年冬)
  ○下呂温泉のタンク(下呂市、2007年冬)
  ○下呂の鉄橋(下呂市、2007年冬)


 ■東濃の陶都編
  ○多治見60年代(多治見市、2008年秋)
  ○多治見の昭和町(多治見市、2009年2月)
  ○多治見散歩(多治見市、2009年2月)
  ○懐かしの土岐(土岐市、2008年冬)

 ■岐阜市内編
  ○岐阜の小さな公民館(岐阜市、2008年8月)
  ○中山道・加納宿のあたり(岐阜市、2008年8月)

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2009年8月10日 (月)

山口・長崎

<下関散歩>
 2007年3月10日。下関市内の朝の散歩。

  ○ターミナル・ホテル −旧山陽ホテル ※2011年3月解体
  ○煉瓦煙突の銭湯 −紅葉湯 ※2007年3月解体
  ○昭和の下関(細江町周辺) −大洋船具ビルなど
  ○明治の下関 −唐戸の近代建築
  ○2つの旧英国領事館(下関と長崎)
  ○下関の石垣
  ○見せる魚市場(唐戸)

 ■車窓編
  ○煙突のある風景(周南市、2007年3月9日)

<長崎・佐世保をさるく>
 2006年8月20日(土)〜21日(日)

 ■長崎さるく博編
  ○長崎をさるく −丸山界隈、長崎港
  ○長崎流・土地の使い方
  ○戦前倉庫の四段活用 −長崎港
  ○抜け道市場
  ○出島復元中
  ○柔らかな石畳 −下浦石
  ○2つの旧英国領事館(下関と長崎)

 ■佐世保編
  ○佐世保の教会 −三浦町教会、聖心幼稚園
  ○佐世保のランチなら 
  ○日本一元気な(?)商店街 −させぼ四ヶ町商店街など
  ○旧海軍凱旋記念館

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河川敷跡の城北公園(大阪市旭区)

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千林大宮を訪ねた日(→千林大宮商店街の周辺昭和12年の江野公園)、一番の目的は城北公園を見に行くことでした。この公園は昭和9年に開園した公園で、当初は豊里公園と呼ばれたようです。

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<明治18・19年測量図>

この公園の場所はもともと淀川の河川敷でした。
明治18年の淀川の大洪水後、淀川の改修工事が進められ、淀川の流路が整理されました。

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<昭和2年 大大阪市街地図>

昭和2年の地図を見るとよく分かりますが、この時点でまだ、新しい堤防に締め切られた河川敷跡が残っています。旧河道の名残で、一部は東淀川区だったんですね。(この地図は周辺部がデフォルメされています)

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<大阪市土地区画整理図集(昭和6年)の北船場土地区画整理事業図に加色>

大阪市の東北部で市街化が進むとともに、この河川敷跡も整備されることになりました。それが昭和4年に組合設立・工事着工した北船場土地区画整理事業のようです。この時点で城北公園(当時は豊里公園)も計画されています。河川敷跡に残っていた水路を付け替える形で水路(江野川)が計画されています。

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<昭和16年 大大阪市街地図>

昭和16年時点の地図。
かなり市街化が進んできました。

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<昭和16年 大大阪市街地図の公園付近拡大>

昭和16年には城北公園の表示になっています。
この時点でひょうたん池があります。
公園内の右下に「植物園」の文字も見えます。

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公園の変遷が分かったところで、公園を歩きます。
植物園と書かれていたところ、今は桜林があります。
桜の季節には桜の天井になりそうです。

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城北公園といえば、今は菖蒲園で有名ですね。昭和39年に開園しました。ここだけは有料です。
盛りを過ぎてますのでと申し訳なさそうにおっしゃってましたが、十分きれいに咲いていました。

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今は公園の真ん中を菅原城北大橋(平成元年完成)が突っ切っています。
この下ではカラオケが行われていました。音響効果が良さそうではありますが。

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ひょうたん池は、小島も含めて今も残っています。池の側では将棋です。
公園を巡り歩いていると将棋を指すおじさん方はよく見かける光景ですが、ここの水辺将棋は格別に気持ちよさそうです。

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子供たちには遊具も。浅間山型とでも言えるでしょうか、すり鉢状の滑り台がありました。

ただ残念だったのは、城北公園では記念碑など古い構造物が一切見つけられなかったことです(広いので見落としはあるかもしれません)。
城北公園は戦争で荒廃し、戦後再整備されました。

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城北公園のいいところは、公園内にとどまらずに淀川の河川敷と一体化していることです。
もともと堤防の道を介して毛馬桜之宮公園とつながるようになっていました。

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目の前にワンド群が広がっています。
ワンドというのは、意図的ではないものの、人工的にできるものらしいですね。
城北公園や区画整理地区も含めて、一帯が淀川改修の記念物といえそうです。

 →ウィキペディアのワンドの説明

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ところで、公園の南、中宮4丁目に気になる建物がありました。
住宅あるいはアトリエで、コンクリートブロック積みのようです。
木製の上げ下げ窓の上には、まぐさ石(開口部にかかる荷重を受け止めるための水平部材)があり、角を窓にするなど、古そうです。妙に大きな長方形の煙突もあります。

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上の写真では分かりにくいと思いますので、壁面を拡大してみます。
自然石風のブロックが積まれているのが分かりますでしょうか。
誰か建築家が関わってそうなのですが、どうでしょう。
どなたかご存じありませんか?

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2009年8月 8日 (土)

旧ダイセル堺工場事務所の一般公開を見学

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お知らせに書きました、旧ダイセル堺工場事務所(赤レンガ建築)の一般公開を見てきました。
といっても終わり頃にばたばたと見ましたので、関連イベントまでは見られませんでした。赤レンガ建築を集中的に見ました。

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汚染土壌の処理が完了したばかりで、とにかくほとんど何もない広い敷地です。
この真夏の暑さで、一日のイベントは無理かも。午前中だけのイベントでした。
ずっと向こうに赤レンガの事務所が見えています。

 →解体前の様子は、
  まちかど逍遥「堺ダイセルの今」

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建物を近くから。
もとは明治43年(1910年)に建てられた堺セルロイドの工場事務所です。

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横から見ると分かるのですが、前面部分は改修か増築されているようですね。
左が元の煉瓦造、右が(鉄筋コンクリートに?)煉瓦タイルと石の組み合わせでしょうか(大阪市中央公会堂みたいな)。

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玄関には階段で少し上がっていますが、その高さまで盛り土で埋められています。

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事務所の内部。柱が斜めに補強されています。
公開部分は1階のみでした。
展示内容は、堺工場の歴史の展示(ちょっと物足りない)、市民への活用アンケートの結果、イオンリテールからの提案からなっていました。

赤レンガ建築をシンボル的に使ったショッピングモールを作りたいということのようです。

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壁面からは煉瓦が覗いています。
この木箱は何でしょう。

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大事そうに煉瓦の展示もありました。

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刻印煉瓦が展示されていて、日本煉瓦会社と推定される四弁花の刻印でした。

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隣の部屋には煉瓦が刻印ありと刻印なしに分けてストックしてありました。
右下に「東京芝浦製作所(東芝)製 明治四十一年八月」のプレートを置いてありますが、解説がないので何に付いていたのか不明。
展示物としてはこんなところです。

結局のところ、今回のイベントは、工場跡地を商業施設として活用するために、住民の方の支援を得るためのものだったようです。
というのは、この土地は都市計画の用途地域が工業地域です。1万平米以上の商業施設は建てられません。方法は2つあって、(1)用途地域を変更するのは時間がかかるので、(2)「今の工業地域のままで、生活系・商業系施設の立地を可能にする「地区計画(開発整備促進区)」を適用」したい、そのために住民の賛同がいるということです。(もらった「地域住民の皆様へ」というビラにそのようなことが書かれています)

展示されていたアンケート結果は、住民の8割が跡地利用として商業施設を望むというものでした。

ダイセルとイオンの間では話がまとまっているようでしたが、堺市としては跡地利用は地区計画適用を認めるかどうかは未定のようです。

ビラには「地域が望むまちづくりを実現するためには、堺市の理解と協力が不可欠です。そのためには、地域住民一人一人の熱い思いを行政に投げかけ、行政の目をもっとこちらに向けてもらう必要があります。私どもは、地域と共に行動し、地域と共に実現の喜びを共有したいと思っております。地域の皆様からの力強いご支援・ご協力をお願い申し上げます。」と書かれています。

話としては理解できますが、全体として、なんとなくすっきりしないものがあります。

ちなみにイオングループは、イオン四日市北ショッピングセンターで、赤レンガの東洋紡績(株)旧富田工場原綿倉庫(大正6年)を取り込んだ開発を行っています。
 →設計した東畑建築事務所の実績紹介
でも紹介されていた事例はそれではなく、海外事例でした。

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2009年8月 7日 (金)

昭和12年の江野公園(大阪市旭区)

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千林大宮からのまち歩き、続きです。
大宮中公園からみると南西の方向に江野公園があります。
この公園も昭和12年(1937年)に区画整理でできた公園です。


より大きな地図で 近代の公園 を表示
上から見るとL字型をしていて、完全に道路に囲まれています。

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まず面白いなと思ったのは、敷地の北入口にある低いテラス。
広場で遊ぶ子供たちを木陰から見守る形でしょうか。
左側の石張りの囲いは、古い住宅の門柱と同じタイプですので、ひょっとすると古いかもしれません。

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公園の西の端には、大樹に守られるように石碑が立っています。
まるで神社の本殿。

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その実は区画整理の「竣功記念碑」です。
よくある一枚板の大きな石碑で、材質は粘板岩でしょうか。

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裏を見ると紀元2600年、昭和15年に建てられたと書かれています。大阪市榎並ノ荘土地区画整理組合の文字もあります。
榎並之荘は、昭和5年に設立認可が下り、昭和16年に換地処分(新しい区画に権利が移行)された区画整理事業です。昭和15年は換地処分の直前ですね。面積は84ha弱あり、江野公園は地区の北端に近く、南は内代のあたりまでです。

 →旭区の区画整理地区

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おなじみのフェニックスも2本あります。間には藤棚。

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何もない広場。

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水飲みはまた逆円錐形のタイプでした。
いいなあ。旭区ではよく見かけます。

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片隅にお地蔵さんがおられるのも、古い公園ならではかな。
区画整理でできた公園ですが、お地蔵さんがこられ、木が育ち、思い出が積もって、やがて地域になじんでいくのかなと思います。

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ところで、こちら方面に出かけたら「コルヌイエ」という紅茶専門店に立ち寄ってみたいと思っていました。築50年ほどの住宅を利用した喫茶店だとのこと。今回行ってみたのですが、どうも様子が変です。

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玄関前に張り紙があって、悲しいことに5月末に閉店されたとか。
残念なすれ違いでした。


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2009年8月 6日 (木)

ダイセル堺工場跡の赤レンガ建築が一般公開?

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<七道駅から見たダイセル赤レンガ建築>

最近、検索ワードで「ダイセル堺工場跡赤レンガ建築の一般公開」が上昇中なので、「ひょっとして」と思って調べたら、8月8日(土)の9時〜12時に公開されるようです。

オフィシャルな情報が分からないので、「?」を付けてますが、出演されるという月州中学校のHPに載っているので確かでしょう。

ということで、一応お知らせしておきます。

最寄り駅は、南海本線・七道駅です。

○ちょっと関連記事
 「南島町周辺の洋風建築」

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2009年8月 4日 (火)

クラブ・リバーサイドに立ち寄る(大阪市北区)

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ビルマニアカフェさんが企画された水辺イベント「BBB」(ビル・ビール・バー)に立ち寄りました。
7月31日(金)・8月1日(土)の晩、2日間開催でした。
場所は中之島で、国立国際美術館の南東にあるリバーサイドビルディングです。筑前橋の近く。
以前、西谷ビルでのビルマニアカフェ2008というイベントに参加しましたので、案内をいただいたようです。

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窓からは土佐堀川。このイベントは、昔、この場所にクラブ・リバーサイドというクラブがあったことにちなんでいるそうです。
このビルは昭和40年に建ったもので、ビルマニアカフェさんは、1950〜70年代の渋ビルを評価する活動をされているので、それに沿ったものです。

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川に面した細身のビルですが、会場の最上階は一層細くて、風が意識する間もなく抜けてしまうような場所。よくこんな会場を見つけられたと思います。

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反対側は高層ビルに見下ろされるテラスなのですが、高層ビルの人からはうらやましがれてたんじゃないでしょうか。船のデッキから夜景を眺めているような気分でもあります。

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帰り道、淀屋橋の手前で水上のテラスを見かけました。

水都大阪2009はもうすぐですが、関係あるのもないのも含めて、ゆるゆる水辺に集まってきている感じがええなあという気がします。

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