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2009年7月 5日 (日)

初めての北海道(6)釧路の原点

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釧路の旧市街は釧路川の南にあり、岬のような地形です。
前回書きました南大通は岬の北側の平地です。
事前に地図は見ていましたが、実際に訪れるとその起伏の大きさに驚きました。

その丘の先端部に「佐野碑園」という公園があります。
「江戸時代末期、ここに釧路の漁業と交易をすすめる「久寿里会所」があり、明治時代にはこの付近に釧路初の学校の「丸太学校」や「電信分局」も建てられました。また、明治41年(1908年)に釧路に滞在した石川啄木がしばしば訪れた料亭「喜望楼」もこの地にありました。」(解説板より)
いわばここが釧路の原点です。(久寿里=クスリは、江戸時代の釧路の呼称)

 →釧路の歴史について、詳しくは「釧路歴史散歩」を参照

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佐野碑園には、「佐野氏紀功碑」、「久寿里会所の跡石碑」、「丸太学校風休憩所」、「東北海道電信創業記念碑」、「石川啄木歌碑」といった記念碑が並び、ちょっとした歴史博物館です。

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中でも「佐野氏紀功碑」は、昭和10年に立てられたもので、江戸時代末期から明治初めにかけて、久寿里場所の請負人(漁場持)として釧路地方の開発にあたった佐野孫右衛門(1841-89)の功績を顕彰したものです。佐野家は新潟の寺泊から移って代々場所請負人を任じられてきましたが、孫右衛門は、昆布漁業振興、自費での道路開削、川湯の硫黄採掘事業も行い、釧路の発展に貢献が大きかったそうです。(解説板より)

釧路の主な産業は、当初は昆布採取、のちに漁業、道東の産物の集散(雑穀の輸出など)、製紙、枕木の製材、石炭採掘だったそうです。
このうち、漁業については新潟漁民の功績が大きかったようです。


より大きな地図で 北海道 を表示
この佐野碑園のあたりから、岬の周辺に街が広がっていきました。

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米町1丁目には、古い町家を曳家・改造した米町ふるさと館があります。
旧称は渡辺虎蔵家住宅で、海産仲買商の店舗兼住宅です。明治33年(1900年)に上棟された釧路市内最古の町家だそうです。
喫茶併設の資料館ですが、訪ねた時間は閉館後でした。残念。

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米町ふるさと館から米町本通をはさんでその先はまた丘になっています。
丘の上には、米町公園があり、昔の釧路崎灯台の形を摸した米町展望台、石川啄木歌碑(昭和9年)、釧路港修築碑(明治42年に滋賀県からの移住者が建てる)があります。

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ほんとは港や米町を一望できるはずなのですが、これも釧路名物の霧の襲来を受け、なんだかよく分かりません。
佐野碑園や港の方を見ています。いちおう。

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丘の並びには、県社の厳島神社と護国神社があります。
江戸時代に佐野孫右衛門が漁場の安全と大漁祈願のため、安芸の厳島神社から勧請したのが始まりで、元は佐野碑園側の高台(南大通7丁目)にあったものが、明治24年にこちら側の高台に移ったそうです。
住吉神社じゃないんですね。

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さらにその先は寺町になっていて、4つのお寺が並んでいます。
海に背を向けた斜面に街を見下ろすように立っています。
どれもかなり大きなお寺です。

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丘の海側には釧路崎灯台があります。
今は管理棟の建物と一体化して、あまり灯台らしくありません。

霧が出ては灯台の光は役に立たず、霧笛がぼおと鳴ります。
釧路らしい情景、音風景です。
GPSの発達で霧笛は廃止の方向らしいですね。
住民の方には騒音なのかもしれませんが、情緒がなくなるのは惜しい気が。

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米町本通の先には石炭運搬用鉄道の踏切があります。
釧路には国内唯一の炭鉱が残されています(露天掘りを除く)。
釧路コールマイン(株)が、2002年に閉山した太平洋炭礦(三井系)の事業を引継ぎ、中国・ベトナムなど海外への採炭技術継承のために残されているそうです。
炭鉱街は釧路の東にあり、坑道は斜めに太平洋の下に潜っています。
石炭の輸送は、太平洋石炭販売輸送(株)が担っています。採炭施設と積出港を結ぶのがこの鉄道です。

しばらく待ってみましたが、貨物列車が来ることはありませんでした。
めったに動くことはないようです。
太平洋は霧にかすみ、カラスが一羽、視界をよぎりました。

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コメント

釧路に行ったのは、30年前(自転車)と25年前(カヌー)かな・・・(^^;;;
あ、新婚旅行でもいったんで18年前の3回も行ってますが
当時、町に興味がなかったのでレポートが新鮮ですわ。
そうそう海底炭鉱の石炭、港やったかでひらいましたわ。

投稿: 路爺 | 2009年7月 6日 (月) 23:54

路爺さん、コメントありがとうございます。
釧路に3回もいらっしゃったことがあるのですか。
それに自転車にカヌーに新婚旅行とは思い出の地ですね。
当時はまだ賑やかだったのでは?
丸井今井の2館が2006年に閉店してから空きビルのままのようです。石炭関係も1万人ほど減ったと聞きました。
たぶん自然はそんなに変わらないかと思います。
海底炭鉱の石炭はぜひ大事に。

投稿: びんみん | 2009年7月 7日 (火) 00:10

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