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2009年5月14日 (木)

松の堤の中崎遊園地(明石市)

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明石の続きです。
中崎公会堂を見た後は、海を見に、裏手の大倉海岸公園に出ました。
広々した草地に松が点々。右奥には明石海峡大橋が見えています。

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そして松林越しに淡路島が見える、気持ちの良い公園です。

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再び中崎公会堂まで戻って、中崎遊園地を歩き始めました。
遊園地といっても昔の公園ぐらいの意味の遊園地です。
この写真に写っている高いモニュメントは、日露戦争忠君碑。
忠君碑と中崎公会堂のある場所が、現在、中崎遊園地の東端あたり。

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「明石遊園」と書かれた石柱もありました。
中崎海岸は、明治25年頃、明石港の掘削土砂で築堤され、松林になっていました。明治31年に国に召された明石公園の代替として、明治36年、明石町が港湾付属堤塘地1.69haを県から無償借地して「明石中崎遊園地」となりました。昔の写真を見ると、松の堤の裏に船だまりの水面があったようです。

明治44年には中崎公会堂と海水浴場が整備されます。
しかし、大正初期から海岸の浸食が進行し、大正11年にはすっかり浜がなくなってしまったそうです。大正15年には海岸堤防の修繕が行われました。
戦後は海岸用地になっていましたが、地先の埋め立てが進み、昭和60年に公園整備を完了したそうです。
(『神戸からの公園文化』)

海からは離れてしまいましたが、松林の堤は残って、いい散歩道になっています。


より大きな地図で 近代の公園 を表示

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松林の中に皇紀2600年の植樹記念碑が埋もれていました。
昭和15年頃に、改めて松?が植えられたようです。

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大きなシュロの木があるのも、近代の公園らしい風景です。


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ここにはラジオ塔もあります。
これを見るのも目的の一つでした。
明石市が昭和12年に建設したものです。

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裏に「明石市」の文字があります。

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中崎遊園地についてはここまで。
堤を降りると、明るい雰囲気の古そうな住宅がありました。

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隣の家も、洋館付き住宅のようなデザインです。もともと洋館付き住宅が建っていて、建て替えるときに元のデザインを生かしたと思うのですが、どうでしょう。

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海岸沿いに歩いていくと、細長い船だまりに出ました。
中崎遊園地ももともとはこんな地形だったのでしょう。

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明石駅に向かう途中、煉瓦敷きの道の奥に祇園写真室という写真館があるのが目に入りました。

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タイルをふんだんに使った建物です。
花街の写真館といった雰囲気。
今は静かですが、賑わっていたのでしょう。

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有名な魚の棚のアーケード。

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その向かいにある木村書店さんの脇には、スクラッチタイルの壁面が顔を見せていました。
明石は空襲の被害が深刻だったところですが、それでも戦前の建物も残っているようです。

前回の明石公園や明石港とはまた違った明石を見ることができました。

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