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2009年5月31日 (日)

六光星を追って津守へ

090429tsumorirenga0
このところ気になっている煉瓦の刻印があります。六光星の刻印です。
豊中岡町の住宅地側溝、東淀川の鉄道橋脚、野田の側溝、中之島の阪大医学部跡、住吉の蔵の前など、比較的よく見かけて、私が確認したのは大阪以北だけです。
どこの煉瓦会社の刻印なのでしょうか。
(私が知らないだけかと思いますが。)
ちょっと調べてみました。

形からたどるのは難しいので、煉瓦会社からたどることにしました。
神戸大学の新聞記事文庫に、「煉瓦界独占計画 地方煉瓦業の勁敵」(大阪朝日新聞、大正2年12月9日)という記事が載っています。
それによるとその頃(大正元年頃?)の全国の煉瓦生産量は4億2000万個で、大阪府の煉瓦会社6社の生産量は1億7200万個だったそうです。煉瓦は価格の割に重いので、主には各地域で使われ、まして煉瓦生産の中心である大阪によそから運ばれる煉瓦は少なかったのではと思います。

そこで、大阪の6煉瓦会社とその上記記事での生産量を刻印とともに紹介します。

Osakayogyou1<大阪窯業会社(堺市・岸和田市・貝塚市など)>
年産8000万個
明治21年設立

Kishiwadarenga1<岸和田煉瓦会社(岸和田市)>
年産3500万個
明治5年製造開始

Tanjirenga1<丹治煉瓦(堺市)>
年産1800万個
明治3年製造開始

Nihonrenga1<日本煉瓦会社(堺市)>
年産1800万個
※刻印は推定

Sakairenga1<堺煉瓦会社(堺市)>
年産1200万個
明治26年創業

Tsumorirenga<津守煉瓦(大阪市西成区)>
年産900万個
明治30年創業

津守煉瓦だけ、刻印が分かりません。(私は、ですが)
六光星は、津守煉瓦の刻印では?という仮説に至りました。
この生産量、工場が一番北にあることから、北大阪でしばしば六光星の刻印煉瓦が見られることと対応しているような。

もう少し、大阪の6大煉瓦会社以外の煉瓦会社についても調べてみました。
同じく神戸大学の新聞記事文庫に、「煉瓦減産五千万 五十銭の値上発表[関西煉瓦生産制限 其一]」(大阪朝日新聞、大正3年6月27日)という記事があり、その中で、大阪の6社と讃岐煉瓦(香川県観音寺市、明治30年設立で現存)、三津ヶ浜煉瓦(愛媛県松山市、大正2年設立)の名前が出てきます。

讃岐煉瓦は、大阪の阿倍野区で見たことがあります。

Sanukirenga1<讃岐煉瓦(香川県観音寺市)>

三津浜煉瓦の刻印は不明ですが、そんなに出回っていることはなさそう。

もちろん大正2年以前に消えていった煉瓦会社もあります。
貝塚煉瓦(明治40年に大阪窯業と合併→貝塚工場)、和泉煉瓦(明治40年に大阪窯業と合併→岸和田工場)などです。大正10年に解散し、大阪窯業に吸収された別の和泉煉瓦(株)(→堺東工場)というのもあったようです。他にも明治初頭に小煉瓦会社が2、3年に1つずつ生まれていたと「大阪窯業株式会社五十年史」には記されています。

ただ、最大手・大阪窯業の「五十年史」(昭和10年)で生産量の推移をみると、ピークは大正6年の1億3000万個です。大正以前は官公需中心で、生産量も少ないと思われます。

また、大阪窯業は大正9年にアメリカに技師を派遣して煉瓦舗道を研究、舗道用煉瓦を完成させました。大正10年に「重量物運搬道路なる、大阪市北区田蓑橋北詰、元知事官舎前、及び、兵庫県武庫郡西宮、武庫郡役所に、煉瓦舗道を試む。蓋し、我が国に於ける、舗道煉瓦の嚆矢」(「大阪窯業株式会社五十年史」、p159)という記述がありますから、舗道に敷かれている煉瓦は(再利用という可能性もあるものの)これ以後の煉瓦でしょう。

参考まで、貝塚煉瓦の刻印も紹介します。

Kaizukarenga1<貝塚煉瓦(貝塚市)>
明治27年創業、明治40年大阪窯業と合併

ここで、津守煉瓦製造所について私の知っていることをまとめると、
・明治30年5月創業
・所在地は、西成郡の津守村(現在の大阪市西成区北津守)
・明治43年末の従業員は90人、代表者は林尚五郎氏
・大正2年の新聞記事で年産900万個
・大正7年の新聞記事にも名前が登場
・津守の煉瓦工場は昭和10年頃までは地図に記載
 といったところです。
(余談ですが、西成区には勝間村に尾崎煉瓦製造所というのもあったようです。明治31年創業、従業員34人)

しかし刻印については分からず、津守煉瓦製造所の工場跡に見に行ってみることにしました。
丹治煉瓦の例などを見ると、失敗した?煉瓦を工場周辺で使ったりする場合があるので、周辺で六光星の刻印など手がかりが見つかれば、ということです。

Tsumorirenga_t10
<大正10年測図>

大正10年頃の工場の様子です。

Tsumorirenga_t13
<大正13年発行パノラマ地図>

パノラマ地図で見る限り、そんなに立派な工場ではないように見えます。


より大きな地図で 煉瓦関連 を表示

現在はこのように、辰野(株)木津川倉庫となっています。
出かけてみました。

090429tsumorirenga1
最寄り駅は南海汐見橋線の木津川駅です。(実際には大正から歩きました)
明治33年(1900年)に高野鉄道の駅として開業したので、歴史は古い駅です。

駅前に、煉瓦工場の敷地があります。
駅周辺は多少家もありますが、空き地も多く、寂しい感じ。

木津川倉庫のフェンスに沿って煉瓦がないか見て歩きました。
倉庫の敷地内は金網フェンスなのでよく見えますが、煉瓦はなさそう。周辺も倉庫や工場で、煉瓦などは見られません。

090429tsumorirenga2

半周して白木神社。
明治41年に、神祠に白蛇が依憑していたので、「巳の神」として祭られたそうです。
御利益は水難ごとのご加護、船舶航行の守護神、のちに生活保護の神となったそうです。
大正4年8月に現在地へ。

ここは煉瓦工場の外だったようです。
しかし、ここにも煉瓦はありません。

線路を渡って東側に回ると、所々煉瓦は転がっていますが、刻印がありません。


090429tsumorirenga3

ほとんど一周して、駅の近くにある古い木造住宅。
その横の通路に煉瓦が埋め込まれていました。

そしてその刻印を確認すると・・・


090429tsumorirenga4

六光星!
狙い通りに六光星の刻印煉瓦が見つかりました。
そう思ってみると、失敗した煉瓦にも見えます。
しかし、結局、刻印煉瓦はこれ1つだけです。

仮説を否定はしないけど、確実にするにはちょっと弱いです。
もっとたくさんあれば良かったんですけど。
また資料に当たるなり、別の方法が必要なようです。

090429tsumorirenga5

再び、木津川駅へ。
後で、WIKIPEDIAの木津川駅の項を見ていて、気になる記述がありました。

 昔、この駅の北に煉瓦工場があり、そこで生産された煉瓦が、友が島の砲台などに使用された

出典がないので、情報の信頼度が分かりませんが。
次は友が島に行ってみるべきでしょうか?

六光星の刻印探索はまだ続きます。

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コメント

パチパチ

すごいすごい。
謎に近づいて行く感じが伝わってきます。
可能性はかなり高いんじゃない?
友が島の砲台で見つかれば
ほぼ断定してもいい!
と、思う(無責任だけど…^^;)
ちょっと遠いけど行く価値ありますね。

ひつこいけど、電池とメモリーのチェックをしっかりとね^^

投稿: 新之介 | 2009年6月 1日 (月) 11:06

新之介さん、こんばんは。
応援ありがとうございます。
友が島の戦争遺跡は見てみたかったので、いい機会かなとは思います。
行くときは2台カメラを持っていくことにします。

投稿: びんみん | 2009年6月 1日 (月) 19:25

こんにちは。
ここのくくり、ものすごく深くて面白いですね。ガラス瓶の刻印には興味持った時期があるんですが、レンガの刻印にもそんな違いがあったとは…これからは、レンガ刻印もついついチェックしてしまいそうです。

投稿: 山本龍造 | 2009年7月30日 (木) 15:31

山本さま
コメントありがとうございます。
煉瓦の刻印は見ていくと面白いと思います。
全く焼きむらのない煉瓦は新しい煉瓦なので、まず刻印はありません。また刻印のある部分はたいがい平の面です。ということを意識すると無駄が少ないと思います。
面白い刻印がありましたら、ぜひ教えてください。

投稿: びんみん | 2009年7月30日 (木) 23:38

いつも楽しみに拝見しております(^^ゞ
最近、煉瓦刻印に興味を持ちました^^;
六光星の刻印の事はこのブログで知りました。

いつもかなりの情報を得てます。m(__)m
大阪府の煉瓦好きの者です。

唐突で申し訳ないのですが、実は岩湧山の五ッ辻よりダイトレよりの凍り豆腐を作っていたという煉瓦水槽からこの六光星の刻印を見つけました。

嬉しかったのでご報告までm(__)m

投稿: kousen | 2012年10月 7日 (日) 00:40

kousenさま、いつも読んでいただいているとのこと、ありがとうございます。
まだ六光星の刻印は解明できていないのですが^^;
「凍り豆腐を作っていたという煉瓦水槽」ってそのもの自体が非常に興味深いです。(宮本常一さんの文章で凍り豆腐のことを読んだことがあります。)しかも六光星の刻印入りとは。
ご報告ありがとうございました!

投稿: びんみん | 2012年10月 7日 (日) 01:56

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