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2008年11月18日 (火)

近代産業発祥の村(四日市市室山地区)

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四日市市の四郷地区は近代産業発祥の地のひとつだそうです。
四郷の4つの集落の中でも、産業は室山地区に集中しています。
室山地区には小さな集落には不釣り合いなほど大きな酒蔵、工場が建ち並んでいます。

産業の源流は、江戸時代の明和元年(1764年)に味噌・醤油の醸造業を始めた初代伊藤小左衛門にたどれるようです。伊藤家の醸造業から様々な業種が派生しますが、醤油は享和元年(1801年)に創業したヤマコ醤油(旧株式会社伊藤醤油部)に引き継がれて、今も製造されています。

多いのは造り酒屋で、上の写真はその一つ、天保3年(1832年)に創業した合資会社笹野酒造部「白梅」です。道になだれ込んでくるような大屋根が見事です。残念ながら2008年3月31日に廃業されました。近くに「ザ白梅クラシックガーデン」という広い敷地の結婚式場がありますが、関連しているのでしょうか。

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こちらは山手にある神楽酒造で、安政5年(1858年)の創業。清酒「神楽」をつくっています。隣では昭和30年に酒造権を復活させた(株)ナカムラが、清酒「三瀧川」などをつくっています。

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同じ醸造で、田中酢店というお酢屋さんもあります。少なくとも明治にはさかのぼれるようです。

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でもやはり地区で目立つのは製糸業です。
文久2年(1862年)に五世伊藤小左衛門が始めた家内の手繰り製糸は、明治7年(1874年)に工場となり、後を継いだ六世小左衛門と甥の小十郎が器械製糸を完成、明治16年(1883年)に蒸気機関化しました。伊藤製糸場は明治33年に焼失してしまいますが、その後、明治36年(1903年)に建てられたのが上の伊藤製糸場新工場です。のち昭和16年に亀山製絲と合併して亀山製絲(株)室山工場となり、平成7年に操業停止するまで現役でした。壊される計画もありましたが、幸いまだ残されています。白い下見板の擬洋風の工場です。正門も当時のもの。

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旧伊藤製糸場の南側玄関の三角破風には、華やかな植物のような装飾が入っています。

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同じく南面の2階の軒には、ブックエンドのような持ち送りが並び、軒下には透かしなど、工場なのに(?)凝っています。2階屋根から飛び出た部分は通風用でしょうか。

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南側から見ると建て込んで見えるこの工場も、北側から見ると広々した空き地が広がっています。文化財の工場以外が取り壊されてしまったためです。

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一部煉瓦の構造物が残されていました。
旧伊藤製糸場は、おそらく傷みが激しくて大幅に補修しないと中が利用できないのではと推測しますが、せっかく残ったので活用していただければと思います。

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工場はまだあります。集落の遊歩道を歩いている見えてくるノコギリ屋根。

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東洋紡績グループのトーヨーニットの倉庫です。
十世伊藤傳七が明治13年(1880年)に北隣の川島村で始めた三重紡績所(川島紡績)は苦しい経営でしたが、明治19年(1886年)に渋沢栄一の援助を受けて三重紡績(株)として再出発、明治21年に四日市の浜町工場、明治23年に第2工場を立ち上げ、経営が軌道に乗ると周辺の紡績会社を次々買収、大正3年(1914年)には、大阪紡績(株)と合併して東洋紡績(株)になりました。

このトーヨーニットの倉庫は、もとをたどると十世伊藤傳七が創設した伊藤メリヤスの第1工場です。大正12年(1923年)に建てられました。下部は煉瓦で、上部は鉄筋コンクリートという、時代の過渡期を表すような構造です。
名古屋で設立された伊藤メリヤス商会は、明治37年(1904年)にここ室山工場を新設、明治39年にはこちらに本店を移して伊藤メリヤス合資会社となりました。

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隣に立つ第2工場(大正13年(1924年))の下部です。
周辺の民家と同じ川石の石垣が積まれ、花崗岩の切石、煉瓦、そして鉄筋コンクリートが重なっています。地層のようです。

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この道は第1・第2工場から続く構内道路で、右手に古そうな下見板張りの建物が並んでいます。この先にかつて室山駅がありました。明治44年(1910年)に村の有志の出資により軽便鉄道(三重軌道(株))の工事が開始され、翌大正元年に八王子〜室山〜日永間が完成。大正5年には四日市まで線路がつながりました。貨物主体の鉄道だったようです。

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再び西日野駅から帰りの電車に乗り込むと、今度は学校帰りの高校生で賑やかでした。
四日市駅では入れ替わりに四日市の高校生が乗り込んできて、今は高校生がこの電車の主役になっているようでした。

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コメント

いつも学校に通う時に通った道です。
なにげに建物をみてましたがね~。
なんだか、ロマンを感じます。

投稿: kman | 2009年4月 3日 (金) 21:21

kwanさん、こんばんは。
通っていた道が紹介されているのは不思議な気がするものかもしれませんね。
近代の建築物がたくさんあって、素敵な通学路だと思います。

ところで、お茶を作られているんですね。
そちらの方も興味がありますので、また書き込ませていただきます。

投稿: びんみん | 2009年4月 4日 (土) 00:45

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