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2008年10月28日 (火)

初瀬街道の近代−榛原

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長谷寺に詣でた後、まだ日暮れまで時間があったので、近鉄・長谷寺駅からもう一駅先の榛原駅に足を伸ばしました。初瀬街道でも長谷寺〜榛原間は国道165号と重なっています。わずかな道のりですが、ここが大和川水系と木津川水系の分水嶺になっています。

榛原に行こうと思ったのは駅の東に、近鉄の車窓から見える気になる建物があったからです。
それが上の建物で、はっきりしたことは分かりませんが、南都銀行の支店だったようです。白い壁面にアーチ窓の並ぶ銀行らしい建物です。石造っぽいデザインですが、土台以外はモルタルに目地を切っているだけのような気も。切り妻屋根なので骨組みは木造かも。軒が妙に幅広なのも気になります。

角には「左あをごえ道(阿保越え道) 右いせ本かい道(伊勢本街道)」と書かれた古い道標が立ち、ここが街道の分岐点だということを示しています。阿保越え道は初瀬街道で、伊勢神宮に向かう新しい道です。この辻は「札の辻」と言われ、ここ萩原の宿場町の中心でした。

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玄関部分に近寄ると、三角破風を載せた柱はくびれや飾りが多く、奈良の寺院っぽいデザインのようにも思います。木と金物で作っても違和感ないぐらい。

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そして、目立ちませんが、榛原町の道路元標も立っていました。これも町の中心である証です。
気になるのは、大正9年の記録で、榛原町の道路元標の設置場所が「郵便局前」とされていること。銀行以前は少なくとも大正9年まで郵便局があったようです。

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T字路の突き当たり、銀行の向かいには古い旅館のあぶらやがあります。

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「明治・大正・昭和初期の古民家を大切にする会」の設置した「登録古民家 中川家住宅」の表示があり、江戸中期の建物であることが示されています。ここ榛原では、独自の古民家の登録制度があるようです。これとは別に本居宣長が宿泊したことを示す看板も掲げられています。

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札の辻に立つと、どちらに行こうか迷います。辻は鍵状になっていて、西に行くと丘の上に榛原福祉会館(大正時代の旧県立蚕業試験所)(→日本建築学会近畿支部による保存要望書)があるようです。見逃しました。

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長谷寺方面の北に向かいます。どんどん引き込まれそうな街並みです。

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引き返して今度は東へ。こちらも古い街並みが続きます。

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石垣で固められた水路が古い民家を巻いて流れています。洗濯場でもあったようです。
この道の先がまた雰囲気が良かったんですが、住民の方がおられたので、写真は控えました。

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2階の手すりが宿屋だったらしいことを示しています。

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こちらも旅館らしき建物。明治初期の奥田家住宅です。

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持ち上げられたランプが看板になっています。

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向かいには染物屋さん。
広く窓を取って、見せる染物屋さんです。
これ以上深入りはせず、引き返しました。

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札の辻を南に行くと神宮の常夜灯があります(振り返ったところ)。

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昭和5年に参宮急行電鉄の榛原駅が開業します。
それ以後、町の中心は札の辻から線路の南側へ移ったようです。
駅の南に昔懐かしい雰囲気のお医者さん「成田医院」がありました。

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下見板の木造にパステルカラーのペンキ。
大正っぽい雰囲気を醸し出しています。

榛原は戦災も受けていますが、街並みは見どころがあります。
旧県立蚕業試験所も見たいことですし、近いうちに再訪したいと思います。

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