« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

2008年3月

2008年3月31日 (月)

千里山探訪 〜千里山西5丁目

080329senriyamaw51
千里中央に用事があり、前々から訪ねておきたかった千里山住宅地に(強引ながら)寄り道しました。千里山住宅地は、大阪で最も有名な郊外住宅地といっていいでしょう。北大阪電鉄が土地を買い取り、内務省の外郭組織「都市研究会」が田園都市の計画をつくり、大阪住宅経営(株)が住宅地経営を行ったという経緯があります。面積は約10万坪。大正9年に開発が始まりました。

大阪住宅経営(株)の住宅地については、前に田辺町住宅地を紹介しています。
また、ひろさんが、今回紹介する地域を回られてレポートされています。

最寄り駅は阪急北大阪線・千里山駅。西側の駅前通を上ると、上の写真、第1噴水のあるロータリーにぶつかります。ここが千里山住宅地でも中心的な場所で、ここから放射状に道が上っています。起伏の多い住宅地です。

080329senriyamaw52
その一角には、「千里山開発記念碑」が立っています。この千里山住宅地開発を記念するものですが、昭和3年に大阪住宅経営(株)が解散するときに立てられています。

080329senriyamaw516
メインストリートは「レッチワースロード」。イギリスにある田園都市の本家の名前が付いています。似ているかというと疑問はありますが、気持ちは分かります。

※以降は説明の都合で回った順番とは変えてあります。

080329senriyamaw513
ロータリーから上っていく道の一つ。街路樹でクスノキ(?)が保護されています。

080329senriyamaw512
玄関へのアプローチは例えば、このようになっています。ちなみに路側はコンクリートです。

080329senriyamaw511
品のいい和風住宅がありました。
屋根の傾斜が緩いのが特徴的です。

080329senriyamaw53
坂を上っていくと、第2噴水のあるロータリーがあります。
昔は5つの噴水があったそうですが、今残っているのはこの2つです。
さっきのロータリーは円でしたが、こちらはダイヤモンド型です。ちょっと曲がりにくそう。

080329senriyamaw54
こちらも第2噴水です。天辺から水が湧いていて、カラスの水飲み場になっていました。

080329senriyamaw55
ロータリー近くのお屋敷。うねうねと生垣が続いています。まるで蛇踊りのよう。

080329senriyamaw56
ようやく古そうな住宅を発見!
この季節は落葉樹の葉が落ちて見通しがいいので、探訪にはもってこいですね。それでもはっきりとは見えません。

080329senriyamaw57
玄関側から見るとこんな感じ。
仕事の資材置き場に使われているようですが。

080329senriyamaw510
さらに歩いていくと屋根が見えました。
これは期待できる。

080329senriyamaw58
見事な洋風住宅です。1階にはスクラッチタイルが貼り巡らされています。玄関は西向きで、右手=南側が高い斜面で開けていますので、きっと眺めが良いことと思います。
これはひろさんも見つけられています。

080329senriyamaw59
北側を拡大してみるとこんな感じ。
南側もしっかり見たかったのですが、庭木にさえぎられてよく見えません。

080329senriyamaw514
さらに移動してこの家。
(またもひろさんとかぶる)
大屋根と1階部分の下見板が印象的です。

080329senriyamaw515
表通りにあったこの住宅、古いかどうか分かりませんが、複雑な屋根が印象の強い住宅です。
(ここもひろさんと一緒)

千里山西5丁目では思ったほど古い住宅を見つけられませんでした。
これ以外にも似たような住宅が多く、外装を塗り直して新しいのか、全く新しいのか、判断に迷うものも多々ありました。それだけ新しく建てる住宅も雰囲気を尊重しているということで、いい環境を保っている住宅だなという印象を持ちました。

(追記)
千里山住宅地で見落としていた住宅を見てきました。
どちらもひろさんが紹介されている住宅です。
 ひろの東本西走!?「千里山住宅地探訪(その2)」

100808senriyama2

第1噴水からまっすぐ(素直に)道を上がっていくと、目立つ洋風住宅があります。O邸です。

100808senriyama1

ここはたしかに玄関が魅力的です。
メインストリートにふさわしい住宅だと思います。

100808senriyama3

さらに上っていくと、H邸です。
和洋折衷でも、2階に洋風のサンルームがつく斬新なデザインです。
ひろさんが中に入れていただいた話を紹介されていますので、ぜひご覧になってみてください。
(2010.8.15記)

まだ探訪には続きがあります。
 >千里山探訪 ~千里山西4丁目
 >千里山探訪 ~千里山西1丁目

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年3月30日 (日)

豪邸ならぶ百楽荘(箕面市)

080322hyakurakusou1
桜ヶ丘住宅地を見た後は、桜井の駅に戻らずに東の牧落の駅に抜けました。牧落の駅の東にも郊外住宅地の百楽荘があります。

百楽荘は、関西土地(株)が櫻井住宅土地(株)から引き継ぎ、大正14年9月に新櫻井住宅地で売り出した後、すぐに改名して牧落百楽荘住宅地となりました。設計には阪急の指導が入っています。
昭和8年頃の住宅戸数は約180戸で、うち約120戸を関西土地が建設(洋風約20戸、和風100戸、ほとんど二階建)。関西土地(株)は後に大美野田園都市を開発する会社です。この住宅地には社長も住んでいた時期があり、力を入れていた住宅地らしいとのことです。
ーー以上、和田康由氏・寺内信氏の「戦前期における土地会社の住宅地経営ー関西土地株式会社の場合ー」、日本建築学会計画系論文集第499号、p155-162、1997年9月より。

上の写真はメインストリートの弥生通。
今も昭和14年に建った石柱が残っています。

080322hyakurakusou2
弥生通の路側は幅広の石畳です。

080322hyakurakusou3
弥生通には、豪邸が建ち並んでいます。
見てください、この生垣!

080322hyakurakusou4
門柱もこのように石積であったりします。
鬱蒼として住宅が見えません。

080322hyakurakusou5
このような洋風住宅が残っていました。
出窓付きでいい感じ。
ちなみにここは建築事務所が入っています。
きっとちゃんと維持してくれるでしょうから一安心です。

080322hyakurakusou6
その近くの和洋折衷住宅。

080322hyakurakusou62
洋風部分はこんな感じ。

080322hyakurakusou7
ところでちょっと目立たないところにこんな洋館がありました。
新しいとも古いとも判断つきかねるのですが(敷地がかなり狭くて、分筆後のようなので新しいのかな)、そのこだわりは徹底しています。

080322hyakurakusou8
こんなですよ。生垣の整え方もきれい。
マンサード屋根に屋根裏部屋はフランス風?

080322hyakurakusou9
玄関の凝りようを見てください。

080322hyakurakusou10
さて、駅前には百楽会館があります。
簡素ながら、別な意味でモダンなデザイン。

080322hyakurakusou11
百楽荘には、天善堂というギャラリーカフェがあります。
残念ながらこの日はお休みでした。

百楽荘は、その敷地の広さに圧倒されます。
ざっとしか見ていないので、もう少し丹念に見れば、まだ古いお屋敷があるかもしれません。

<関連ブログ>
 住宅地の南を東西に西国街道が通っています。
 十三のいま昔を歩こう「西国街道を歩く(牧落)」に紹介されています。


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年3月29日 (土)

桜ヶ丘住宅地(箕面市)

080322sakuragaoka1
住宅改造博覧会後、周辺は住宅地となったようです。博覧会跡地に隣接する地域は、『近代日本の郊外住宅地』の資料によれば、昭和10年に分譲されています。もっとも戦後の米軍撮影空中写真でも空き地が目立っていますが。
上の写真もその区域です。構造的に新しい住宅かもしれません。ただ、数寄屋風(?)の杉皮壁で、生垣や庭木の仕立て方も昔の住宅地の雰囲気を醸しています。

080322sakuragaoka2
生垣の続く街路が落ち着きを感じさせます。
写真では分からないと思いますが、路側は切石です。

080322sakuragaoka3
博覧会跡地(西側)では、このように路側が石垣のようになっています。出入りしているのが石垣と調和していい感じです。

どうも街路の重要度に応じて路側の仕上げ方を変えているように思います。重要な道には砕石であったり、玉石であったり、それ以外の道は切石という使い分けではないかと。今後、郊外住宅地を回るときに気をつけてみようと思います。

(参考)住宅改造博覧会跡地のあたりで、売り出されている土地がありました。大きすぎるので分筆して、前面が152㎡で4400万円、背面が181㎡で3900万円。ということは2つ合わせて333㎡(約100坪)ということになります。このあたりはこの敷地で標準みたいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「e-よこ・ミュージアム逍遥」

080328maruzen1
<丸一ピアノ・ハープ社>

開平小学校の前を通ると、パンフレットを手にした人が何人か。何だろうと思ったら、「e-よこ・ミュージアム逍遥」というイベントが開かれているのでした。
今橋にパンフレットを置いてあったので読んでみたところ、大林組歴史館(普段は土曜休みです)、丸一ピアノ・ハープ社、渋谷利兵衛商店(高麗橋鉄橋の一部や絵図を展示)など、くすぐられる企画があります。
明日の土曜だけしかありませんが、いかがでしょう。

日時:3月28日(金)10:00〜20:00
     29日(土)10:00〜19:00
場所:東横堀川界隈
主催:e-よこ会 東横堀川水辺再生協議会
URL:http://blog.kaigisho.jp/e-yokobori/2008/02/post_26.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月24日 (月)

住宅改造博覧会跡の住宅(箕面市)

080322sakuragaoka1
箕面の郊外住宅地探訪の続きです。
いよいよ桜ヶ丘住宅地へ。

大正11年9月21日から11月26日まで、ここで「住宅改造博覧会」が開催されました。会場には実物「改造住宅」25戸(コンペと建設会社出展)が建てられ、本館では模型、図面、材料が展示されたそうです。入場者数は7万人余り、多くは知識階級で、女性が多く、近畿からが7割で北は北海道、西は朝鮮・台湾・満州から来た人もいたそうです。その影響力はどれほどだったでしょう。

会場に向かうルートは2つあり、メインが正面の田村橋通、もう1つがこの紅葉橋通でした。

080322sakuragaoka2
というわけで紅葉橋。粗く削った切石と、モザイク状の石張りを組み合わせた味のある橋です。下をのぞき込むとコンクリートのアーチでした。『大阪府の近代化遺産』によれば大正15年の架設です。(ただし、それぞれの親柱上部に金具が残っていますので、照明器具かモニュメントが載っていたと思われます。その後、金属供出か)残念ながら田村橋は架け替えられています。石張りを摸したデザインですので、こちらも同様の橋だったのでしょう。

080322sakuragaoka3
これが現在の桜ヶ丘の街区。この図の中央やや右が会場でした。

080322sakuragaoka11
田村橋通に移動します。
桜ヶ丘はその名の通り丘です。
振り返って駅方向を見るとこれぐらい高低差があります。

080322sakuragaoka15
会場の西側は本館と西洋庭園のような形だったのですが、会期終了後に撤去されました。今はこのような広大なお屋敷の一部となって、残っています。

さて、ここから「住宅改造博覧会」跡の住宅です。
半円状の区画に沿って、住宅が並んでいます。
ただ、ぷにょさんがきれいな写真で詳しく紹介されていますので、私はごく簡単に。
→まちかど逍遥「興奮の渦!桜ヶ丘 〜その1その2その3

080322sakuragaoka4
<横河時介氏出品 米国式コッテージ> ※自邸として

080322sakuragaoka5
<あめりか屋出品 あめりか屋式>

080322sakuragaoka6
<大阪橋本組出品 和洋折衷式>

080322sakuragaoka7
<日本建築協会6号(第3回懸賞2等) コッテージ式>

080322sakuragaoka8
<日本建築協会3号(第1回懸賞3等1席) バンガロー式>

080322sakuragaoka9
<片岡建築事務所出品(乙) 和洋折衷式>

080322sakuragaoka10
<日本建築協会1号(第1回懸賞1等) ミッション式>

というわけで7棟現存ということでしょうか。平成11年には9棟残っていたので、2棟減ったことになります。ただ、周辺の住宅も雰囲気は合っていて、現存物件もきれいに手入れされているので、資料がなければ、分かりにくい感じです。街並みにはいいことですけどね。

080322sakuragaoka12
街区の中には、箕面市が「住宅改造博覧会跡地」の説明板を立てていました。また、平成9年度「大阪都市景観建築賞 特別賞」の記念表示もあります。

080322sakuragaoka13
このほか、箕面市の景観形成対象物件には小さな表示プレートが掲げられています。

080322sakuragaoka14
どういう由来か分かりませんが、統一のものではなくて、デザインはいろいろ。

何重にも、守ろうという気持ちが表れていて、現存物件はまだ使い続けてもらえそうです。もっと後に建ったはずの周辺の住宅は建て替えられているものが多いので、やはり「この家は当時の日本の住宅のモデルだったんだよ」という語り継ぎが行われて、大事に守られているではないのかなと思います。

※今回の記事も『近代日本の郊外住宅地』を参照しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月23日 (日)

桜並木の桜井住宅地(箕面市)

豊中に用事があったついでに、箕面まで足を伸ばしました。
目的は桜ヶ丘の住宅改造博覧会の住宅。先日、ぷにょさんが、「興奮の渦!桜ヶ丘」としてレポートされていたのを見て、私も見てみたいということで。

阪急電鉄の箕面線「桜井」の駅で降りるのですが、桜ヶ丘に行く前に、駅前にある桜井住宅地を見ることにしました。『近代日本の郊外住宅地』には、「櫻井駅前には「池田新市街」(池田室町)に次いで、明治44年6月箕有電鉄により開発された「櫻井住宅地」(5万5000坪)が広がり、大正11年当時は既に閑静な住宅地として定着していた」と記されています。

080322sakurai1
桜井駅から桜ヶ丘に向かうメインの道はこのような細い道です。既に桜井住宅地の街区ができあがっていたので、広い道を付けられなかったのではないでしょうか。

080322sakurai2
桜井住宅地の真ん中には東西にやや幅広の道が通っており、古い桜並木が続いています。道の両側には水路があり、メインストリートの扱いと思われます。桜も桜井の名にちなんで植えられたのでしょう。

080322sakurai3
桜は枯れたものを適宜植え替えているのでしょう、太さがまちまちですが、このような古木もあります。つぼみがふくらみつつありますので、もうちょっと後の時期の方が良かったかな。

080322sakurai4
この桜通りは、どの家も前に石橋をかけ、このような門があります。
いいなあと思って写真を撮っていると、散歩中のおじいさんに声をかけられました。おじいさんは彦根工業卒の建築家だったそうです。このあたりの住宅が気に入って移り住んだのだとか。「建築は面白いだろう!」と何度も強調されます。ここで10分ほど立ち話。

080322sakurai6
さて、別の通りですが、この家の門はなかなか品の良いものです。

080322sakurai10
明治時代の住宅地とあって、さすがに住宅は建て替えられていると思いますが、石垣などに昔の風情を感じることができます。

080322sakurai5
この家などちょっと昔の雰囲気がある?

080322sakurai8
こういう家が原型に近いのかなと思われます。杉皮?を壁に巻くスタイル。門柱が黒石で渋い。

080322sakurai7
ところどころ更地になっています。見てください、この広さ。
ちなみに奥の住宅の裏塀は煉瓦塀です。

080322sakurai9
住宅地内には教会もありました。
塔が特徴的です。

080322sakurai11
この道は博覧会場に向かうもう一つの道、紅葉通りに続く道です。
道路の端を丸みを帯びた形に石を敷き詰めています。面白い。恐らく博覧会に合わせてしつらえられたのではないでしょうか。

そして話も桜ヶ丘に続きます。

<関連ブログ>
 桜井駅前には西国街道が通っています。
 十三のいま昔を歩こう「西国街道を歩く(2)牧落踏切り〜桜井駅」

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年3月18日 (火)

下呂の鉄橋

071010gero1
下呂温泉の街を旧街道に沿って南に向かうと、古い鉄橋がありました。
六ツ見橋といいます。鉄骨に「株式会社大阪鐡工所製作 昭和6年」のプレートが溶接されています。(大阪鐡工所は今の日立造船)

高山の話をしたときに、鉄道の開通が昭和9年と書きましたが、下呂まで鉄道が来るのは一足早く昭和5年です。翌年に架かった鉄橋なわけで、鉄道の到来に合わせて開発が進んだのでしょう。

071010gero2
当時の橋柱も残っています。
時代の雰囲気濃厚なデザイン。

071010gero3
当然、橋に続く道路は主要な道路だと思われます。
面白いのが、街路樹に桜が植えられていて、アーチを描くように道をまたいでいることです。
お辞儀をしているようにも見えます。

071010gero4
あと一つ、近代の雰囲気を持つものに、下呂市森の牧医院がありました。
これも旧街道沿いです。外壁に縦の板が貼られて、白いペンキを塗っています。
庭木でよく見通せません。

071010gero5
窓はこんな感じ。壁は白、窓枠や柱は茶色にすっきり塗り分けられています。軒下が板張りで白いペンキ塗りなのが洋風らしい感じ。でも屋根は瓦です。

温泉街とはまた違った、下呂の落ち着いた風景です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月17日 (月)

「まちかどの近代建築写真展 IN 大阪III」始まる

080315temmaya1

今年も天保山の商船三井築港ビル・ステムギャラリー
「海岸通建物語3 旧住友倉庫編」が開催されるのですが、
それに合わせて、隣の天満屋ビルで一足早く、
「まちかどの近代建築写真展 IN 大阪III」が開催されています。

会期:2008年4月19日(土)まで
    4月19日(土)は14時まで
会場:天満屋ビル2階「お茶と雑貨のハaハaハa
    大阪市港区海岸通1-5-28 東展示室
時間:7:30〜18:00 土・祝は11:00〜18:00(定休日:水曜、日曜)
主催:お茶と雑貨のハaハaハa
企画:まちかどの近代建築写真展実行委員会
協力:近代建築探訪メーリングリスト

 今回の特集は「煉瓦建築」で、全国の煉瓦建築250ほどの写真を展示しています。
 「見比べる」というのが、こういう展示の見どころで、発見もあると思います。
 ぜひ見に行ってください。

15日にその設営があり、このブログでお世話になっている方が参加するので、
私もちょっとお手伝いしてきました。
こういうイベント準備って結構好きです。

で、終わった後は、ハaハaハaさんで食事をして、街歩きということになりました。
東京からも来られているので九条から梅田へ。(けっこう長かった)

080315douhama1
面白いなと思ったのが、福島の堂浜ビル。
(正面の写真じゃなくてすみません)
均整がとれて美しいのですが、とくにデータもない建物なのに、「これは」と皆が同じように反応しているのが、うれしくもあり、道行く人がつられてなんだろうと見上げるのが可笑しくもあり、こういうのもグループの街歩きの楽しさでしょう。

080315higobashi1
今回教えられた発見もう一つは、(日本一短いという)肥後橋商店街を抜けると真正面に山内ビル、そしてその向こうに朝日ビル(朝日新聞)の航空塔が直線上に見えること。
朝日ビルに関しては偶然でしょうが、近代建築がアイストップの位置に立っていることはよくあることで、アプローチの仕方も大事だと感じます。

街歩きの後は懇親会。
ネットで存じ上げていても初対面の方が多く、実り多い一日でした。

| | コメント (2) | トラックバック (3)

2008年3月15日 (土)

大阪・アート・カレイドスコープ2008 大阪時間。(2)

080302oak1
翌日も、大阪・アート・カレイドスコープを見て回りました。
端折ろうかと思いましたが、回った順にひと通り紹介します。

堺筋本町を起点にまずは綿業会館から。
残念ながら今年も外だけの展示です。
見慣れていないとどこが作品か分かりにくいかもしれません・・・

080302oak2
こんなふうに柵に作品がはめこまれています。延々と。
この場合はイチョウですけど、大阪をイメージするものがそれぞれ銅板を引っ掻いたり、エッチングしたりして描かれています。
邪魔にならないし、こういう装飾はあってもいいのかも。
大坪麻衣子さんの「linkage:記憶の連鎖」です。

080302oak3
お次は船場ビルの屋上。
行武治美さんの「再構築ー船場ビル」。
水たまりのように鏡が敷かれていて、風景が映り込みます。
中庭でやったらもっと面白いかもしれません。

080302oak4
こちらは御霊神社の向かいにある北野家住宅です。
昭和3年の3階建て町家。
ここは2階に石塚沙矢香さんの「ささやきたち」が吊されていました。
というのは、この家にあった道具類がたくさん天井から吊されているのです。
空中に浮かんでいるのが面白い、というだけではなくて、ケースに収められているより、ぐるりとよく観察できます。こういう民具の展示方法があってもよさそう。

080302oak5
ガスビルの展示は毎度のことながら、平日しか中に入れません。
なので外から。瓜生昭太さんの「2008年 冬 朝 ガスビル食堂にて」です。
写真なので分かりにくいですが、背景はドローイングで、人物は立体です。
こんなシチュエーションの彫刻は珍しい。
写真でいうスナップですから。彫刻では新鮮です。

080302oak6
こちらは芝川ビルの屋上。
かなもりゆうこさんの「ヴァリアント」の一部です。
映像作品がメインで、それに関連したイメージ・・・傘と瞼がちりばめてあります。
私にはこういうタイプの作品は分かりにくい。

080302oak7
これは作品ではなくて、芝川ビルの屋上から見えた工事現場です。
でもアートを見る目になっていると、アート作品に見えてしまいます。

080302oak8
伏見ビルに移って、村井啓乘さんの「reflection -a work for Picnic on the Ocean-」。
この展示がメインではなくて、作品は日韓の国境の海上で、ボートに乗った日韓の作家が酒を酌み交わすというメッセージ性のある作品(行為)です。それをビデオで紹介しています。真ん中にあるのは、すずり。
展示としてもうまく空間を使っていると思います。

080302oak9
こちらは巨大な作品。大阪証券取引所の玄関ホールを使った、松井紫朗さんの「The Inside's Outside」です。千成びょうたんらしい。
でも私はへその緒をイメージしました。
これだけ大きなものが浮かんでいると重力の感覚が狂います。
なかなか面白い展示です。

080302oak11
ちなみに空気はこのように外から取り込んでいます。

080302oak12
東横堀緑道にある國府理さんの「ROBO Whale」。
去年は動物園になっていた「おり」です。
大昔、このあたりまで海で、クジラが泳いでいたイメージからだそうです。
場所の雰囲気に合っている、か。

080302oak13
最後も東横堀緑道にある原田明夫さんの「海音川 ringing river」。
近づくと海の音がするという・・・
こちらもこのあたりが昔の海岸線だったことからです。

080302oak14
でも隣でポンプが泡を噴き出していて、そちらの音の方が存在感がありました。
アート作品よりも主張が強い。
こういうのも外で展示をする面白さなのかもしれません。

個人的には昨年の展示の方が好みですが、いつもの場所が違って見えたり、普段入れないところに入れる日があるのは楽しいことです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月 2日 (日)

大阪・アート・カレイドスコープ2008 大阪時間。(1)

080301oak1
今年も大阪・アート・カレイドスコープが始まりました。
テーマは「大阪時間。」
3月1日から20日まで、船場や谷四の各所で開かれます。
昨年の方式とは共通する部分も多く、今年もいくつかの近代建築が舞台となります。
→昨年の記事 大大阪にあいたい(1)

私は難波宮跡史跡公園から見学をスタートしました。
ここには3つの作品が展示されています。

080301oak2
日本工業大学小川研究室の作品。
離れて見ると棒が浮遊しているように見えるといいますが、さて。
夜になると淡く光るそうなので、夜に見た方がいいかもしれません。

080301oak3
遠藤利克さんの作品「Trieb-神殿Ⅲ-NANIWANOMIYA」。
炭になった柱と箱が置かれています。
太古のイメージだそうですが、はて。
焼け落ちた宮殿という印象を受けました。
燃えている状態を見たら、また違った印象だと思います。

080301oak4
平丸陽子さんの作品「view」。
鐘楼であったという説のある八角殿院跡の藤棚に、数百本のリボンが吊り下げられ、その先に付けられた鈴が一斉に音を響かせます。とくに今日は風がありましたので、リリリリリ・・・と賑やかでした。

難波宮跡は滅多に行くことがありませんが、大阪市内では貴重な広々した空間です。

080301oak5
おまけ。
公園のすぐ東に住宅協会法円坂住宅(1957年)があります。
その管理事務所に向かうシュロ並木。インパクト大です。

その後、大阪府立現代美術センターの会場に向かいました。
近代建築ファンにとっての見どころは、昭和12年のフィルム「大大阪観光」の上映でしょう。地下鉄、市電、バス、遊覧船と様々な乗り物に乗りつぎながら、市内の観光体験をさせてくれます。その町の姿は私の思った以上にモダン。煙突の煙を誇るのは時代の気分といえるでしょう。
昭和25年以降の50年代までの大阪市ニュースと合わせた1周2時間のループ上映で、ニュースも興味深いですけれども、見るタイミングを合わせるのは難しいかもしれません。

アート作品としては2つ。

まず三島喜美代さんの作品。
新聞紙の束のようなものが山と積まれてあって、その間の通路を歩くという、ボリュームのある作品です。情報の圧迫感を表現しているらしいのですが、むしろ私はわくわくしてしまいました。特別に図書館の書庫に入れてもらったときのような、そんな感覚です。情報量に圧倒されながらも、森に探検に入ったような高揚する感覚。
シンプルですが気に入りました。

土屋公雄さんの作品「時の集積」
数多くの種類も様々な時計が吊られて、傾いた平面に浮かび、それぞれが異なる時間を刻んでいます。
時計の音の集合は、製織機の働く音のようで、時計が機械であることを再認識させてくれます。

明日も他の会場を見て回ろうと思います。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2008年3月 1日 (土)

下呂温泉のタンク

080227gero1
このところ仕事で何度か下呂温泉に出張しました。
下呂の町は、北から南に飛騨川が流れ、その両岸にせまる山に這い上がるように温泉街がそびえています。

下呂温泉は発見が平安時代の天暦年間(947~956年)に遡るという古い温泉。(延喜年間(901~ 923年)発見説もあるそうですが)このときの温泉は山の中腹だったそうです。鎌倉時代中期の1265年に突然出なくなり、飛騨川の河原で再発見されたとのこと。
(以上、下呂市観光サイトの説明を参照)

071010gero1
今も河原に源泉の名残(とその復元モニュメント)があります。
手前のものが本物でしょう。
河原にあるために飛騨川に洪水がおこると泉源が埋もれてしまってたいへんだったようです。

下呂温泉は飛騨街道の宿場町でもあり、湯之島宿と呼ばれました。川の中州に湯が湧いているという意味なんでしょうね。

日本中どこでも深く掘れば温泉が湧くといいながら、伝統ある下呂温泉は無理がない気がします。あちこちの噴水などにも温泉を使っています。

071010gero2
さて、そんな湯の町らしさを感じさせる景観は、温泉のタンクだと思います。
町中あちこちに温泉のタンクがあります。
河原にもタンク。

071010gero3
山の中にもタンク。

071010gero4
湯量が豊富なので、駅前には温泉スタンドがあって、市民が利用できるようになっています。

ほとんど温泉一色のような下呂の町です。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »