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2007年9月

2007年9月30日 (日)

森小路の公園

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地図を見て気になっていた森小路の公園を見に行きました。
これは新森中央公園(新森小路公園)。森小路の土地区画整理に合わせて、また失業応急事業として、昭和7年(1932年)に整備された公園です。


より大きな地図で 近代の公園 を表示

何が気になったのかというと、この街区割です。
中央下にあるのが、新森中央公園で、この公園が面する2つのロータリーをもつ交差点から放射状に道路がのび、この公園のあたりが中心に計画されています。

(追記)森小路土地区画整理組合は、関西土地(株)の支配人が組合長となり、昭和4年設立、昭和8年換地処分(新しい土地に権利が移動)。開発規模は18万8000坪。地区西側を関西土地(株)が設計したので、半分だけ放射状街区になっているそうです。昭和5年の区画整理完了後に、関西土地(株)により、森小路住宅地13万坪の経営が始まり、昭和7年頃の京阪新線開通後、著しく発展したようです。第一期の敷地規模は20〜163坪。住宅地、商業地とともに和風門構え付き貸家(四戸建、五戸建)もあったそうです。
ー以上、和田康由・寺内信両氏の「戦前期における土地会社の住宅地経営ー関西土地株式会社の場合ー」、日本建築学会計画系論文集 第499号、p155-162、1997年9月より。
関西土地(株)は大美野田園都市で有名な会社です。

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これが北側のロータリーです。
実際には2つのロータリーの間は車が通れないので、1つのロータリーとして機能しています。

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そして公園の焦点となる場所にはカナリーヤシ(フェニックス)が、クスノキの巨木に囲まれながら、存在感たっぷりに構えています。

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周辺にはこのような洋館付き住宅もありました。

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さて、今回新たに、昔の公園の名残ではと気づいたものがあります。
それは水飲み場。
逆円錐と卵形の台の組み合わせで、後ろには小さな子供用と思われる足場が飛びだしています。また逆円錐の側面の溝を伝って、前面の受け皿に排水が流れるようになっています。
なかなか美しいデザインだと思いませんか?

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近くの新森北公園(昭和19年開園)にも

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同じく近くの清水南公園(昭和32年開園)にもあります。
もちろん同じ大阪市の公園ですから、同じものがあって不思議ではないのですが。

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ただ、先日見た東京の元町公園の水飲み場、それがそっくりなんです。
どちらも昭和初期のものなのでは、と期待しますが、まだ確定的なことは言えません。
もう少し事例を集めようと思います。
(追記)清水南公園は昭和32年開園と分かりました。(2008.7.8記)

(追記)
京阪沿線森小路経営地の資料が手に入りましたので追記しておきます。

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森小路経営地のパンフレット

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地図のうち、新森小路公園とロータリー部分です。 公園の外周にある長方形はベンチ、左にある囲みはブランコ、黒く塗りつぶされた四角は休憩所かトイレと思われます。

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パンフレットに載っている公園の写真。 まだ木が育っていないので、さびしい公園です。

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新森小路市場の写真。
(2010.2.11記)

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2007年9月28日 (金)

尼崎運河博覧会

知人から案内をいただいたので紹介します。

尼崎で、「尼崎運河博覧会 うんぱく」が開催されます。
主催は、尼崎21世紀の森づくり協議会とNPO法人尼崎21世紀の森。

開催日時は9月29日(土)の10〜15時
会場は、であい橋、北堀運河一帯(尼崎市元浜町・道意町・大浜町・中浜町)です。

運河クルーズができるらしいので楽しみ。

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2007年9月27日 (木)

蛍池の洋館

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豊中市の蛍池中町あたりを歩いていると、屋根越しに洋館の屋根が目に入りました。
近づいてみてびっくり。ずいぶん大きな敷地に建つ洋館でした。和風の住宅も何棟か建っているようですが、全体はうかがえません。敷地は台地の端にあり、さらに一番端の眺めのよい崖上に洋館が建っています。
ここからは大阪空港がよく眺められるはず。

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別の角度からみると、角が丸く張り出しているのが分かります。

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逆方向から。
擬宝珠付きのバルコニー、鴟尾のような屋根飾りなど、ほんの少し和風のスパイス。
ちなみにここに写っているのは通用門です。
正門はかなり立派でした。

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壁にはこんなレリーフが入っています。

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広い敷地の反対側には蔵がありました。
蔵もそびえるように建っています。

周辺はお屋敷街ではありません。
こんなところにも洋館があったりするのですね。

その後、『新修豊中市史 第9巻 集落・都市』に当たって多少情報が得られました(p294)。
このお屋敷M邸は、海運会社の社長さんが、大正末から昭和初期にかけての時期に、麻田藩陣屋の一部である竹藪を切り開き、地形の段差を生かして茶室などのある数寄屋風建築を建てるとともに、洋館も建てたそうです。

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2007年9月25日 (火)

田辺の看板は白に黒

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もう一つ、東住吉区田辺の町から。
道を歩いていると、昔ながらの白地に黒の看板を掲げるお店が目にとまりました。
こちら楽器屋さん。といってももちろん和楽器。

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ブリキヤさん。今では珍しい。

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たたみ屋さん。

商売自体も古そうですし、落ち着いた町並みと合っています。
さりげないものですが、統一感のもつ美しさが出ているように思います。

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2007年9月16日 (日)

田辺のスクラッチ

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大阪市東住吉区田辺のあたりはスクラッチ・タイルの建物が目立ちます。
昭和初期にできた市街化したということなのでしょうか。
南田辺駅の近く(長池町)にはこのような色合いの美しいタイルの建物があります。

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拡大した写真。これはスクラッチ・タイルとは言わないと思いますが、縦横に筋の入ったタイルです。ぷにょさんのおっしゃる焼き豆腐タイルの仲間と思います。
焼き色がまちまちなのが美しい。

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こういうまばらなスクラッチもあります。
山坂2丁目のあたり。

普通のスクラッチ・タイルはそれこそ普通にあります。

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おまけ。田辺3丁目のあたりでは、こんな瓦屋さんを見かけました。
建材屋さんはよく建物をサンプルに使ってますね。
カラフルなサンプルです。

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2007年9月11日 (火)

田辺町住宅地

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大正時代の郊外住宅地の一つ、田辺町住宅地を見てきました。
住所でいうと住吉区の山坂4丁目、駅でいうとJR鶴ヶ丘駅の近くです。もっとも開発当時は、この駅はなく、800m離れた阪堺電気軌道の田辺停留所が最寄り駅だったそうです。
この住宅地は、有名な千里山住宅地を開発した大阪住宅経営株式会社によって開発されました。
千里山に比べると格段に知名度が低いこの住宅地にはどれぐらい当時の名残があるのでしょうか。

※この記事の説明は多くを和田康由・寺内信「山岡順太郎と大阪住宅経営株式会社」(日本建築学会計画系論文集第486号、p167-176、1996年8月)によっています。

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最初の写真もそうですが、住宅地の中心部はロータリー状の円形交差点になっています。
交差点に面して4つの洋風改良住宅が建っていたそうで、これはその一つではないかと思います。

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建蔽率は40%程度とのことで、余裕があるため、建て替えられていないところは、庭木が繁って住宅がよく見えなかったりします。

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恐らくこれが標準的なタイプ。
当初の計画では4軒以外は和風の平屋と2階建ての賃貸だったそうです。
ごくシンプルに見えますが、サラリーマン向け(といっても大正時代ですから今の感覚ではないでしょう)に計画され、水道・ガスが完備、倶楽部、浴場、テニスコートまであったそうです。

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これが2階建てタイプでしょうか。

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こういう2階建ての長屋タイプもありました。

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ちょっと立派な和風住宅。

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経緯は分かりませんが、洋館付きの住宅。
2軒並びです。

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地区外の南西側には戸建ての洋館がありました。
とくに立派だったのがこれ。シュロの木がよく似合っています。

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窓の回りに散らしたスクラッチタイルがいい感じ。

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塀の丸窓にはグリルがはまっています。

周辺には玄関脇に丸いステンドグラスの窓をもつ家もあり、田辺町住宅地の周辺も良好な住宅地になったようです。

>他の郊外住宅地についてはこちら

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2007年9月 1日 (土)

名張のお店はもてなし好き?

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名張では観光企画として「なばり町和菓子食べ歩き」という企画を実施しています。
これは、500円でクーポンを買うと、参加している和菓子屋さんや酒屋さん、お茶屋さん9店のうち、好みの5店で和菓子やお茶などをいただけるというものです。やや恥ずかしいのですが、ものは試しで参加してみました。

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最初は鳥居近くの「はなびし庵」へ。酒屋さんです。
前を通りがかっただけで、ご主人に招き入れられました。築170年の町家や江戸時代の夫婦の見事な生人形(いきにんぎょう)、戦前の観光絵はがき(大量です)などを見せていただきました。この時代、絵はがきを買うのは、今の時代、写真を撮るような感覚なのかもしれません。観光地に混じって、○○銀行の本店など建築の絵はがきもあります。クーポンを出す前にお茶をいただき、クーポンで地酒と酒肴をいただきました。(地酒はそれでなくても試飲できます)

ご主人の話で、「そこに板東英二さんが座られて・・・」、まあこういうお店だから取材にも来るだろうなと思ったのですが、やがて分かったのは、ついさっきのことだということ。「板東さんどっち行った?」と聞きに来る中学生グループがあったり、この日は静かな町がちょっと浮き立っていました。名古屋のCBCテレビが撮影に来ていたようです。

新町の星安新町店は月2回の営業で、この日は営業日ではなかったのですが、通りがかると暑いなか鯛焼きを焼いています。またも呼び止められ、和菓子とタンポポコーヒーの接待を受けてしまいました。とうとうクーポンは出しそびれ。撮影のために特別に店を開けたとのこと。板東さんさまさまです。ここも古い町屋で、中を見せていただきました。

街のあちこちで「さっき板東さんが・・・」といううわさ話を聞きつつ、街を歩き回った後に立ち寄ったのが、トップの写真にかかげた、「お茶の福田本店」。大正8年(1919年)の創業。左下にある線路が見えますか? 昔は店頭で茶農家から買い付けた茶葉を、トロッコで奥の加工場に運んでいたそうですから、かつての繁盛ぶりがうかがえます。今は静かな通路に座ると、ひんやりした風が抜けていき、とても快適です。

お店のご主人と奥さんが、水出し煎茶、そして低温で丁寧に淹れた煎茶を出しながら、おいしいお茶の入れ方や商売の話などいろいろなお話をしてくださいました。大阪に卸の仕事に出かけた話、某関西系スーパーにお茶を卸していた話、小売りの話などなど、この80年は激動だったようです。今は静かに営業されています。

出されているお茶は、京都と奈良のお茶のブレンド。このあたりの方の味の好みは関西系で、今は伊勢茶は扱っていないそうです。行政区は三重県なので、行政からは伊勢茶も売ってくださいと言われるそうですが。
お茶の値段の違いは?とたずねると、「香り」の違いとのお返事。味は肥料でうまみを出せるけれど、香りは難しいとおっしゃっていました。

しまいには、秋になったら長谷寺に行くといい、など観光案内までしていただきました。
秋にまた来るのも良いかもしれません。
すっかり長居をしてしまいました。

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帰ろうとして表に出ると、店頭にこんな石の「猫」が置いてあります。名張の街のあちこちで見かけるので気になっていました。
「お茶の福田本店 おぶう上ってだーこ」と書かれています。「お茶召し上がってください」でしょうね。「だーこ」は伊賀弁です。

こういうのは作者がお店の人と話をしながら作ると思いますでしょう。

ちがうんです。

正解は、ある朝、店の前に置いてある、です。
お店の方も誰が作っているのか知らないそうです。
素敵なプレゼントの仕方!
名張を訪ねる方はぜひ道端の白い「猫」に注目してみてください。

この日は板東さんのおかげも少しはあったのかもしれませんが、どうも名張のお店はもてなし好きらしいと知ることができました。
また涼しくなったら再訪するのもいいかも、と思っています。

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